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袖の下のお饅頭

 封印に必要な一覧を手にしたレストが飛び出して少し経った時の事。ノエルとライは横たわるアールを挟み、封印のため呪いを解析していた。


「ほんと厄介な呪いだね。レストには必要なものを3日で揃えてくるように言ったけど、もし今呪いが溢れたら持たせられるかどうか……。そもそも、あれらの素材を3日で集めろなんてかなり無理があるけど」

『彼ならすぐに揃えて来ますよ』

「……そうだと良いんだけれ————」


 バタンと大きな音と共に教会の広間の扉が開かれた。開かれた扉から飛び出るひとりの青年。


「ノエル! 戻ったぞ!! 全部素材集めて来た!」

「————ど!? レスト!? 集めたって、早過ぎないかい!?」

「ああ、俺足速いから」

「そういう問題では無いよね!?」





 俺は封印に必要なものをすぐに集めて戻ったのだが、早すぎてノエルを随分驚かせてしまったようだ。そんなノエルは今、素材の袋を持って俺の前方で走っていた。そしてライはアールの右腕が入った培養槽を抱えて浮いている。ライの体は半透明で俺は触れられないのに培養槽を持てたりと不思議なものだ。ちなみにその培養槽からはちょっと生臭い匂いがしている。匂いというものは一度離れると案外分かるものだな。

 ……生臭くして本当にごめんなさい。


 そんな俺はアールを背負ってふたりの後に続いている。俺たちは教会の広間を出て町の外へ向かっているのだ。もし万が一に封印に失敗してしまった時を考えて、町に被害が及ぶのを避ける為なのだとノエルは言う。また、向かっている方角はどうしてか歪みの森の方だ。俺がつい先ほど鱗を取りに行った場所である。バンダーと鉢合わせは避けたい所だが……


「この町の外、歪みの森の中に聖域があるのを感じるんだ。そこで封印を行おう。今までこの付近に聖域は無かったはずなんだけどね」


 聖域とやらでアールにかけられた呪いを封印するらしい。その場所なら呪いの効力を軽減出来るとノエルは言ったのだ。歪みの森にそんな便利な場所があるなんて、俺たちは運が良い。


「そういえば、この付近にシルヴィが来たらしいね。運が良ければ彼女にも手助けを頼めるかも知れない。大抵の事を力技で解決しちゃう少し強引なドラゴンなんだけど、ちゃんと話せば分かる子だから安心して」


 ノエルは走りながら振り返って俺たちに語る。近くに手助けしてくれるかも知れないドラゴンがいると。何だか聞き覚えのある名前だが……まさか、な。どうにも嫌な予感がひしひしとして不安が拭えない。


 そんな訳ないだろうが一応、本当に念の為、聞き返してみた。


「……なぁノエル、シルヴィというのは?」

「守護竜シルヴィアヴラムだよ。聖なる力がとても強い純白のドラゴンなんだ。そうだうっかりしてた、念の為に封印に使う素材が揃っているか確認をするね」


 そんなわけあった。


 あの死体をバンダーは守護竜シルヴィアヴラムと言っていた事を俺は思い出す。手助けは望めないようだ。終わった。そしてノエルは走りながら俺が集めてきた素材の確認をすると言って袋の中を見ている。勿論袋の中にはあのホワイトドラゴンの鱗も入っているのだ。


「えっと、その確認は……今じゃ無くても良いんじゃないか?」


 今俺は見苦しい提案をしているのは知っている。封印に使う素材だからいずれバレるとは俺だって分かってはいるのだ。けれども嫌な事を少しでも先延ばしにしたい気分なのである。


 そんな俺の心境を置き去りにノエルは袋の中に気になるものを見つけたようである。走るのが遅くなったかと思えば、袋から取り出したものを目の前に掲げたのだ。

 取り出したるは、純白の大きな鱗。

 ノエルは虚な眼で呆然と呟いた。


「…………シルヴィ……?」

「ひ、拾ったんだ!!」

「……どうして、20枚もあるのかな……?」


 鱗の枚数を確認したノエルは俺へ振り向いて問う。俺を見る目が何だか怖い。


「えっと、ノエルのリストに書いてあったろ? ホワイトドラゴンの鱗を20枚って」

「普通のホワイトドラゴンで20枚って事だよ? 守護竜シルヴィアヴラムの鱗ならそんなに必要無いからね? まさかシルヴィの鱗を持ってくるなんて想像してないよ?」

「えぇ……頑張って剥がしたのにそんなに要らなかったのか……」

「ねぇ、"剥がした"ってどういう事かなぁ?」

「あ、やべ。今のは聞かなかった事にして下さい、ノエル様」

『ふたりとも、もうすぐ聖域なので早く行きましょう。レストはなるべく体を揺らさないで下さい。アールの集中が散るでしょう?』


 俺がノエルの追及に焦っているとライが助け船を出してくれた。まぁ俺を助ける気なんて全く無く、事実だけを淡々と言ったのかも知れないが。ノエルは俺に胡乱げな目を一度向けた後、ため息をついて再度走り始めた。


     












「もう目の前が聖域だ……よ……、……。…………シルヴィだ……」


 そして森に入って少し経った時だった。じきに聖域へ着くとノエルが俺たちに声をかけた時。進行方向の先。あの白いドラゴンの死体が見えて来た。それを見たノエルはあの死体の事をシルヴィと呼んだ。彼は全てを悟った目をしていた。そして俺にとってこの風景を見るのは3度目だった。


「あぁ、ここが聖域だったんだな……」


 ここで目覚めてアールに会った時、鱗を取りに来た時、そして今だ。ここが聖域だってのは知らなかったなぁ。俺は思わず遠い目になった。

 俺とノエルが意識を飛ばしているそんな時、隣にいるライが前方を見て苛立ったように呟いた。


『チッ、彼奴が何故ここに居るのですか。本当に毎度毎度、間の悪い男ですね……』


 ライの舌打ちに俺はハッと意識を戻した。誰か知り合いでも居るのだろうかとライの見ているものを視線でたどった。


「よぉ、容疑者ァ。お早いお戻りで何よりだ。俺が戻っても居ないから探しに行こうかと思ってたんだぜ?」

「!? や、やぁバンダーさん。さっきぶりじゃあないですか。俺の事はレストと呼んでください」


 ライの視線の先。そこにバンダーが居た。バンダーは見るからに怒っている。そして俺の事を容疑者と呼んでいた。やべぇ。アールはノエルとライに任せれば大丈夫だろうが、俺はボコボコにされるかも知れない。そしてノエルもバンダーが居るのに気付いたようだ。


「……容疑者って?」

「ち、違うんだノエル! 俺は何も知らないんだ! 目が覚めたらここで既にドラゴンが死んでいて、俺は記憶が全部無かったんだ! アールもここに居て、ふらふらだったから多分既に呪われていて……何があったのか本当に俺は知らないんだ!」


 俺はノエルの肩をがっしり掴んで必死に説明した。ノエルにとってはバンダーも元パーティーメンバーだ。バンダーにだけ肩入れされてしまうと俺が困る。

 ノエルは俺と俺が背負っているアールをチラリと見た後に守護竜シルヴィアヴラムの死体を眺めた。


「うん……何があったのか大体分かったよ……揉めちゃったかぁ……」


 そう言ったノエルは片手で目元を覆って俯いた。


「いや、俺たちはやってない……かも知れない!」

「今までシルヴィが暴走する事は一杯あったんだよ……シルヴィがやられる事は無かったけど、いつかこうなると思っていたんだよね……あんな魔王の呪いを見つければすっ飛んで行くに決まっているよ……シルヴィだし」

『…………この呪い封印するなら早くしてくんねぇか?』

『アールの言う通りです。遊んでないで早くしましょう』


 あの脳筋クソドラゴンの話はもう良いだろ、とアールの声が頭に響く。そうだ、こんな事で言い合っている余裕など無い。ライには断じて遊んでいないのだと抗議したいがそれも後回しだ。


「ノエル! 今は兎に角アールの呪いを何とかしてくれ!」

「……うん、そうだね。急いで封印に取り掛かろう。バンダーも居るなら手伝って貰おうか」


 ノエルはそう言うが、バンダーは手伝ってくれるのだろうか? 今のバンダーは聞く耳を持っていないように思う。けれどバンダーが封印に何かしら協力してくれるならきっと成功しやすくなるだろう。そもそもバンダーが怒っているのは俺が短剣を折った事がきっかけだ。折ってしまった短剣の詫びに何か代わりを渡したらいいだろうか? けれども俺に渡せるものなんてあるのだろうか。…………あるのではないか? 大量に。怒りなど吹き飛ぶ程のとびきり美味いブツだ。


「バンダー、これで気を収めてくれないか?」


 俺はアイテムボックスから饅頭を取り出し、バンダーに差し出した。

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