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丸っと記憶喪失なだけ

 バンダーはSランクエリアに立ち入る事の出来るほど実力を持った冒険者だ。魔王討伐のパーティーにも選ばれている。魔王討伐からそう日が経っている訳でも無いから、能力はその時の状態と同じだと考えて良いだろう。

 対する俺はここ2,3日の記憶しか無い記憶喪失の未熟な冒険者。


 普通に考えて勝てる見込みなど殆どない。


「バンダー、一度話し合わないか?」

「もうその段階は過ぎてんだよ」

「今からでも遅くないと思うんだ」

「グズってねぇで、さっさとおねんねしてなぁっ!」


 真っ直ぐ飛んでくる短剣。狙いは俺の体のど真ん中だ。俺はそれを素早く横に回避する。それを予想していたかのようにバンダーは俺の側に来ていた。


「短剣が欲しかったんだろ?」

「全体に何か塗ってたろ、あれ!」

「相変わらず勘は良いままか」


 もし飛んできた短剣を掴んでいたら即座に敗北だっただろう。きっとそのあとボコボコにされてしまう。今もかなりピンチだが。

 そして、側に来ていたバンダーは俺に向かって手に持つ短剣を真横に振るう。それを俺は上半身を仰け反らせて回避する。それと同時に俺の足元に地面が纏わりついていたのに気づく。


「っ!?」


 どうやらバンダーはさっきの横薙ぎと同時に俺の足を土で固めたようだ。この足の拘束はさっきの1度目より更に硬く固められている。バンダーは続けて、仰反る俺の眉間めがけて短剣の柄を振り下ろす。

 でも、この程度の硬さなら全く問題ない。

 俺は仰け反ったままの態勢で片足を拘束の土ごと蹴り上げる。無論、バンダーの顔目掛けて。

 バンダーは俺の蹴りを紙一重で回避する。しかし周囲に散らばる土が目潰しになったようだ。バンダーが目を閉じた隙に拘束されたもう片足を地面から引っこ抜く。そして俺は即座にバンダーの胴体に蹴りを叩き込む。手加減は無しだ。

 しかし俺の一撃が届く前に透明な板が何重にも現れる。防御魔術だ。バンダーが幾つも発動したようだ。さっきからバンダーは魔法を無言で使っている上に発動がかなり早い。

 そういえばアンクス達は魔術名を叫んで使用していたが、魔族も無言で魔術を発動していた。強い人達は無言ですぐに魔術を使えるのかも知れない。

 ……魔術ずるい。俺も使いたい。

 そんな事を考えつつも俺は防御魔術に構わず蹴りぬく。バリバリと破れる音がして透明な盾が破損していった。バンダーは防御魔術が全て破れる前にバックステップで俺から距離を取る。


「ヴェンジの戦い方じゃねぇ……誰だお前」


 バンダーは鋭い目つきで俺を睨みつけ、警戒する。そういえば俺はバンダーに名乗っていなかったのだった。


「俺が誰かって?」


 俺自身を指差してヤケクソ気味に自己紹介をした。


「今までの事、丸っと記憶喪失なだけのただの冒険者だよ! レストって呼んでくれ!」


 それを聞いたバンダーは器用に片眉だけを上げる。どうやら俺を疑っているようだ。

 しかしこの状況は不味い。このまま時間がただ過ぎていくのも困るのだ。アールが死ぬ前に呪いを封印しなければならない。時間が掛かればかかる程アールに負担が掛かるだろう。

 俺が取れる選択肢としてはふたつ。バンダーを倒す、若しくはバンダーを森の奥で撒く。バンダーを倒す方については戦闘の経験値の差で俺が負ける可能性がある。しかし撒く方なら恐らく成功確率が高いだろう。さっき一戦を交えた感触では俺の方が足は速い。それにここは歪みの森だ。運良くバンダーが迷子にでもなれば時間も稼げる。その間に俺がここに戻って鱗をさっさと取って逃げれば良いのだ。俺も迷わずにドラゴンの元へ戻れるかは賭けだが。

 心を決めた俺がバンダーから視線を周囲の森へ向けた時だった。バンダーの後ろ、森の奥から光る物が飛んで来た。それはバンダーと俺を目掛けてやってくる。俺は慌ててバンダーに警告をする。


「バンダー! 後ろだっ!」

「そんな手には……っ!?」


 俺は即座にバンダーの元へ着き、足払いをかける。そしてバンダーの胸倉を掴み、地面に引き倒した。無論俺も地面に体を伏せる。俺たちに向かって回転して飛んできたのは古びた剣だった。飛んできた剣はそのままドラゴンの胴体に突き刺さる。


「え、剣? 何で剣が飛んできた?」


 思わず口から疑問がでた。本当に訳が分からない。にしても直前で気付けてよかった。バンダーは俺の警告に最初は疑っていたものの、俺の目線の先を見て飛来物に気付いた。けれど直前で気付いたものの俺が引き倒していなければ回避し切れず、髪の毛が歪にカットされただろう。


「敵か! チッ、こんな時に」


 そう言ってバンダーはすぐに起き上がり、周囲を警戒する。そうか、敵が俺たちに向かって剣を投げつけたのかも知れない。俺も慌てて立ち上がる。

「俺は周囲を見てくるから、お前はここに居てろよ! 今逃げても冒険者ギルドが全力で捕まえてやるから逃げられると思うな!」

 バンダーは俺に言いつけて森の奥へ向かっていった。記憶喪失の俺を置いておいても大丈夫だと判断したのだろうか、どうやら俺の確保は後回しにされたようだ。

 そしてバンダーが森の奥に消えた時、森中から騒めきが聞こえた。


 いまのうち、いまのうち

 けん、つかっていいよ

 あーるさまのためでしょう?

 わたしたちはじゃしんさまのもの

 とってもきれいなじゃしんさま

 あーるさまばんざい

 はやく、はやく

 あいつがいないうちにはやく


 聞こえる声の内容はあまり分からないが、飛んできた剣を使って良いらしい。アールの名前が聞こえたので、きっとあいつの知り合いなのだろう。声の主は何処にいるのかは不明だが。剣を飛ばしたのはこの声の主で俺へのフォローなのかも知れない。……かなり危険な方法だったが。けれど手助けしてくれるのならそれに甘えてしまおう。

 俺は急かされるままにドラゴンの元へ向かう。今ならバンダーは居ない。すぐさま古びた剣を手に取り、ドラゴンの鱗を剥がしにかかる。すぐに1枚、2枚と剥がす事が出来たものの最後の3枚目でミシリと音を立て、古びた剣が真ん中から折れてしまった。けれどこれでホワイトドラゴンの鱗を20枚入手出来た。


「まさか3枚も剥がせるなんて……ありがとう、錆ソード」


 バンダーの短剣も1枚しか剥がせず折れたのに……この古びた剣は凄い。今はめちゃくちゃ錆びているものの、もし錆が無ければ鱗を十枚くらい剥がせたかも知れない。まぁ、鱗を剥がす為の剣ではないだろうが。けれど今は感慨に浸っている場合ではない。いつバンダーが帰ってくるか分からないのだ。鉢合わせする前に戻らないといけない。


 俺は剥がした鱗をポーチに仕舞い、急いで冒険者ギルドへと戻った。


    









 歪みの森から出る時も3秒足らずでブルーローズの町並みが見えたのだった。絶対にこんなに近くなかったのは間違い無い。本当に不思議な森だ。そして俺は冒険者ギルドに着いて真っ先にロンジの元へ向かった。


「ロンジ! 準備は出来ているか!?」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。それより忘れ物か? 早く鱗を調達——」


 俺はポーチから鱗を1枚取り出してロンジの目前に掲げる。


「これだろ? ホワイトドラゴンの鱗。20枚揃えたぞ」

「確かにホワイトドラ………………ちょっと待て。このサイズ、この質感、この魔力、普通のホワイトドラゴンの鱗じゃないだろ? ……レスト、これどうした?」


 ロンジは俺が取り出した鱗に顔を近づけたかと思うと、いきなり目を見開いて鱗をがしりと掴んできた。しまった。チラ見せだけしてすぐに仕舞えば良かったと思うも後の祭りだ。俺はロンジに鱗を奪われぬように引き寄せる。


「えっと、こ、これは……そう! 拾ったんだ!」

「は? 嘘つくならもっとマシな嘘つけ」

「ロンジ! それより他の素材早くくれ!」


 ロンジは俺の鱗をまだ引っ掴んだままカウンターの上に袋をひとつ置いた。俺が依頼した素材は袋に纏めてくれたようだ。


「請求額見て目ぇひん剥くなよ? それよりこの鱗について説明してもらおうか?」

「ありがとうロンジ! あとその辺の説明はまた今度で頼む」


 俺はもう片手でロンジの用意した袋を掴もうとした。その時に折れた錆ソードを持ったままだと気付いた。持てなくも無いから大丈夫か、と錆ソードと袋を片手に纏めて持つと、再度ロンジが俺に声をかけた。


「おい、その剣……」

「森の奥から飛んできた!!」

「だからもっとマシな嘘を」

「これは嘘じゃないんだ!」

「……これ"は"嘘じゃない?」

「あ、やべ。と、とにかく後で説明するから!!」


 錆ソードにまで突っ込まれたらいくら時間があっても足りない。俺は鱗を全力でもぎ取ってロンジの元を去った。後で説明すると言ったもののめちゃくちゃ後が怖い。しかし今はアールの呪いの封印が先決だ。

 俺はアールの待つ教会へ急いだのだった。


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