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鱗集め

 俺はブルーローズから出て森を目の前にしている。ここは歪みの森と呼ばれている森。一度入れば方向を見失う恐ろしい場所だ。この場所の奥で俺は目を覚ました。目覚めた場所の側にはアールと大きな白いドラゴンの死体があったのだ。今俺が必要なものはホワイトドラゴンの鱗が20枚。今から急いでそれを取りに向かう。


「大丈夫、ドラゴンの鱗を取ってくるだけだ」


 前回は運良く森の外に出られたのだろう。しかし今回、もし中で迷ってしまえば大幅な時間のロスになる。とりあえず真っ直ぐ走れば問題ない、と自分に言い聞かせた。


「……行くか」


 意を決して森の中へ駆け出した。


 加速しながら息を整える。


 吸って、吐いて、吸っ——ぇ。


 もう目の前にドラゴンの死体が見えた。


「っはあ!? いや、待て待て! 何で!? 絶対こんなに近く無かったよな!?」


 既にトップスピードの体を止める為、足に全力でブレーキをかける。しかし地面はガタガタで足を取られてしまった。俺はそのまま地面を転がり、大きなドラゴンの死体にぶつかって止まる。ぶつかる衝撃で鱗が2枚、地に落ちたようだ。


「……こんなのばっかりだ……」


 ロンジとの手合わせの際といい、ゴブリンの洞窟脱出の時といい、無事に止まりたいものである。俺は軋む体を起こし背後の死体を確認した。とても大きく、真っ白な体躯のドラゴンだ。こいつがホワイトドラゴンで間違いないだろう。俺は先程の衝撃で落ちた鱗を拾った。


「あと18枚」


 さっさと必要なものを揃えてアールの元へ戻らないといけない。俺は端にある割れていない鱗から手をつけて引っ剥がそうとした。しかし、思ったよりも硬い。どうにか無理矢理引きちぎろうと力一杯込めて漸く1枚剥がす事が出来た。


「硬すぎだろ……埒があかないな。真ん中の方が剥がしやすいか?」


 ドラゴンの胴体ど真ん中の鱗を剥がそうと観察してみる。他の鱗はピッタリと胴体に張り付いている。こんなにも隙間が無ければ剥がそうにも剥がせない。


「ナイフで隙間を作るか」


 俺は刃が欠けたナイフを鱗の隙間に向けて構えた。そして力一杯差し込む。するとバキンという音と共にナイフが真ん中から折れた。あまりに早いご臨終だった。


「昨日買ったばかりのナイフなのに……」


 ゴブリンの洞窟を脱出する際に酷使してしまったので折れるのも仕方ない。けれどもロングソードも置き去りにしてナイフも折れた今、武器になるのはハンドガンだけになってしまった。


「そうだ、ハンドガンで撃ったら隙間が出来るか……?」


 俺はドラゴンの胴体に向けてハンドガンを構える。的は大きいので外す筈がない。そのまま2発続けて撃ち込んだ。

 キィンキィンという甲高い音と共に脇腹と頬を何かが掠めた。

 恐る恐る脇腹を見ると服に何かが貫通した後がある。そして頬に触れれば指に血が付いた。


「……跳ね返った弾で俺が死ぬ」


 ハンドガンは慌てて仕舞った。跳ね返った弾で死にましたなんて流石にバカ過ぎる。しかし端から剥がすにも割れている鱗が多い上、割れていない鱗はピッタリと胴体に張り付いている。

 こうなればヤケだ。俺は一度ドラゴンから離れて助走の為の距離を取る。そして、全力で走る。


「ぶち蹴る!」


 ドラゴンに届くその直前。地面を蹴り上げて足を振り上げる。そして上体を傾けて地面に手をつき、振り上げた足をドラゴン目掛けて叩き込む。

 ドラゴンの死体は俺の叩き込みによってひしゃげ、鱗が周囲に散らばる。確かな手応えだった。


「? 何か今……?」


 全力で蹴りを入れたその一瞬、足が光ったように見えた。しかし足を見ても何の変哲もないただの足が見えるだけだ。装備だったボロボロの布を纏わせているだけの普通の足元である。今まで足元なんて見る機会が無いから。光ったように見えたのは気のせいだったのだろう。それよりも今は鱗が何枚あるかだ。

 俺は散らばった鱗を急いで回収する。割れが無いのは12枚だった。これで今は計15枚。


「あと5枚」


 再度蹴りを入れたい所だがさっきの一撃で殆どの鱗が上を向いてしまっていた。これでは俺の生足がズタズタになってしまう。


「でも、これなら剥がせる!」


 蹴り上げは出来ないが、大きな隙間が出来た今なら手で剥がせるのだ。俺は折れたナイフを隙間に差し込みながら手で鱗を剥がす。ようやく一枚剥がし終えた時、俺のナイフは根元から完全に折れてしまった。


「くそっ。けどあと……4枚! 全部手で剥がす!」


 約束の20枚まであと少しだったのだ。

 強引に鱗を引っ剥がす事に集中していた。

 だから気づかなかったのだ。

 背後を取られていた事に。


「動くな」


 首にヒヤリとした硬い感覚。切れ味の鋭そうな短剣を首に当てられていた。

 そして低く感情の無い命令の言葉が耳に届く。聞き覚えのある声だった。ちゃんと覚えている。なんせ俺が記憶を取り戻す手掛かりになるかも知れない人物だ。忘れないようにしていた。

 けれど何故ここにいるのだろうか。


「…………バンダー……」

「ヴェンジ。こんな所で何してんだ? 正直に答えろ。回答次第では……分かるな?」


 勇者パーティーのひとり、看破の斥候バンダー・ディッド。

 ギルドで俺の事をヴェンジと初めて呼んだ人物。俺の頭を散々掻き乱した後、ギルドマスターからの指名依頼があると言ってすぐに去って行った。


「……指名依頼は、終わったのか?」

「これがそうだよ。守護竜シルヴィアヴラムの捜索とその周辺調査だ。漸く見つけたと思ったら無惨な死体となってんじゃねえか。そんでその鱗を剥がしてる人物がいるとなっちゃあ怪しいよなぁ?」


 なぁヴェンジ? とバンダーは俺に問う。少し振り返って彼を見た。バンダーの口角は上がっているが目が全く笑っていない。


「なぁ、バンダー」

「何だ? 言い訳なら聞いてやるよ。元パーティーメンバーだからな」


 俺は首に当てられたバンダーの短剣をがっしりと掴み、そのままもぎ取った。


「ちょっとこの短剣貸してくれ」

「っ!? なっ」


 もぎ取る際に刃の部分で手が少し切れてしまった。しかし切った痛みは少なかった。先程チラリと見た時にも思ったが、バンダーが使っているのは良い短剣なのだろう。俺はすぐさまバンダーの短剣を鱗の根元に突き立てる。俺が買ったナイフとは大違いで滑らかに刃が入った。そして力一杯短剣の柄を捻ると同時に空いた手で鱗を引き剥がす。なんと直ぐに鱗を1枚剥がす事が出来た。

 しかしバンダーの短剣を捻った時、バキンと音がした。もぎ取った短剣を見れば真ん中から折れていた。


「ごめん、折れた。返す」


 バンダーは俺が短剣を奪った後の行動に唖然としていたようだ。俺が折れた短剣を手渡すと漸く復活した。


「お、お、俺の!?」

「すまん、後で弁償するから。あとさ、折れてない短剣2,3本くらい持ってないか?」

「ふざけんな! あっても貸さねぇよ!」


 バンダーから短剣を借りるのはもう難しそうだ。バンダーは残りの3枚を剥がすのを手伝ってくれたりしないだろうか?などと考えていた時だ。突然地面が盛り上がって俺の両足を覆う。


「っ! 短剣を折ったのは本当に悪い! けど、今は本当に急いでいるんだ! このドラゴンの話はまた今度するから!」

「さっきは情が出ちまって油断したが、もう容赦しねぇ」


 よくも俺の愛刀を折りやがったな、とバンダーはブチ切れていた。大切な短剣だったようだ。本当に申し訳ない事をした。せめてバンダーの返答を待ってから使えば良かったと今更後悔した。

 何とか説得しなくてはと思ったその時、バンダーの瞳が一瞬色が変わるのを見た。


「俺のスキル〝弱点特定〟。こいつを元仲間に使う事になるなんてな。……ってお前弱点多すぎだろ!? いや、殆どの項目がグレーアウトしている……ほぼ効果無し? ひとつだけ通常表示されてるこれは、即死? ……〝アール殺害〟って何だこれ」


 俺は足に纏わりつく土塊を強引に蹴飛ばす。自由になった体で俺はバンダーを見据えて警戒態勢を取る。


「それだけは絶対にさせない」


 バンダーはスキルだとか何とか言っていたが、俺には内容は殆どが分からなかった。しかし、最後の言葉だけはいただけない。俺はアールを救う為にここに居る。バンダーがアールを殺す気までは無くとも、何かしらの妨害をされるだけで今は命の危機に繋がる。


「……ハッ。腑抜けた面がようやくマシになったな」


 そんな俺を見たバンダーは好戦的な顔をして笑った。


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