封印に必要なもの
アールの呪いをどうにか出来そうな人物であるノエル。力を貸して貰うために動こうとしたその時。そのノエルが何もない空間から現れたのだった。
「ノエル? 何でここに」
「驚かせたね。僕のスキル"接触転移"触れた相手の元へ転移出来るんだ」
触れた相手の元へ転移出来るスキル。俺とノエルが接触したのはギルドの図書室で会った時、別れ際にした握手の事だろう。
「ちゃんと転移出来て良かった。一昨日のメッセージを僕が受け取った後、君の所へ転移出来なくて本当に焦ったんだよ。生きていてくれて良かったよ、ヴェンジ————いや、今はレストと名乗っていたね」
対象が記憶喪失になるともう一度触れないといけないなんて知らなかったな、とノエルはひとり頷いた。
一昨日? 俺が森で目覚めてアールと饅頭に追いかけられたり、取り調べを受けていた日だ。その日、俺はノエルにメッセージを送った記憶などない。ノエルと会ったのは図書館でのあの時が初対面だ。しかもその時には俺はヴェンジだと言っていなかった。けれどもノエルは俺の事をヴェンジだと呼んだ。
それはつまり、ノエルは以前の俺を知っていた?
「瞬光の……勇者様……!?」
「ノエル・シャイナー……」
「どうして、光の御子様がこのような所に……?」
アンクスは驚き、シーリンと呆然と呟いた。混乱したカナンが言う光の御子様とやらは分からない。けれど目の前の少年が何者なのかが分かった。
「勇者? ノエルがそうだったのか」
「うん、そうだよ。呪いが不安定になるのを感じてね。助けに来たよ」
「っ、この呪いどうにか出来るか!?」
「そのために色々調べていたんだよ。一度見れば忘れる事なんて、放っておくなんて出来ないよ————こんなにも悍ましい魔王の呪いは」
一体、今ノエルは何と言った? アールにかけられた呪いが魔王の呪い? 一体どういう事なのだろうか。だってノエルから図書館で聞いた話では、確か……
俺は訳が分からず頭がこんがらがっている間、ノエルはアールに近づいてしゃがむ。
「それより早く彼女を何とかしないと。ひとまず教会に連れて行こう。話はつけてあ……」
「っ……ぃらン!」
小さい声だったがはっきり聞こえた。ノエルの言葉にアールは酷く拒絶したのだ。アールは無理に声を出したようで、口から血を吐いた。そして吐いた血が気管に入り込んだのか、力なく咳き込んでいる。
ノエルは困ったような顔をした。呪いで体がひどい状態なのにアールは拒絶するなどと。どう考えてもノエルに力を借りた方が良いのは明らかだった。
「お前、なに意地はってんだよ!」
アールはどう見ても変な意地を張っているようにしか見えない。何か事情があるにしても、今はそんな状況では無い。
「俺はアールを助けたい」
アールの虚ろな目をしっかり見つめる。それからノエルにも目を合わせた。そして手で俺自身を指し示す。
「ノエルは〝俺〟に力を貸してくれ!」
その後、言い聞かせるようにアールの眼前に指をさす。半ば強引に合意をさせるように。
「アール、それなら良いだろ?」
『………………はぁ……好きにしろ』
有無を言わさぬ気迫をもってアールに告げた。するとアールの諦めたような声が頭に響く。声を出す元気すらないのにアールは無理をしすぎなのである。アールに了承を得た俺はノエルに向き直る。
「よし、ノエル! 教会へ行こう! 場所を教えてくれ」
「良いの? 彼女は何も言っていないけれども……」
「俺は聞こえた」
「……そう、じゃあ行こうか」
ノエルは少し苦笑いをした後、俺を先導した。俺アールと右腕の入った箱を抱えてノエルの後に続いた。
教会の広間、その中央にアールを横たえる。ここには俺とアール、ノエル以外に人は居ない。広間の四隅には仰々しい装置が稼働している。床には複雑な文様が一面に描かれており、光り輝くその様は大層神聖に感じる。
「にしても見れば見るほど複雑で強力な呪いだね。封印するにも手順がかなり複雑になりそうだよ」
「時間が掛かりそうなのか?」
「そうだね。かなり急いでひと月……もっとかな」
「そんなに掛かるのか!?」
この強力な呪いを対処するには最低ひと月は掛かるらしい。もどかしさに思わず歯噛みした時、空間に声が鳴り響いた。
『そんなに待てませんよ。アールの右腕を使いましょう。先程、ようやく予備の臓器培養槽を見つけましたので』
横たわったアールの陰。そこから半透明の人物がするりと出てきた。陰から出てきた人物は中性的な見た目をしている。髪は長く凛々しい顔つきの人物は水槽のようなものを所持していた。その水槽は円筒形で中身は謎の液体で満たされている。培養槽の壁面には饅頭が押しつぶされたような跡が残っていた。
しかし、予備の臓器培養槽とは何なのだろうか。俺はちらりとノエルを見やる。
ノエルはその半透明な人物に向かって目を見開き、見たこと無いほど驚いていた。
「レイ!?」
『僕はライです。それよりもアール、腕を使っても構いませんね?』
ライと名乗った彼はアールに語り掛ける。レイというのは勇者パーティーのひとり、ヴェンジとともに居た精霊のレイの事だろう。ノエルはライの事をレイと見間違えたようだ。目の前に居るライはそんなに驚くほどレイと似ているのだろうか。俺は突然現れた半透明の人物に戸惑っているとアールの不貞腐れた声が頭に響いて聞こえた。
『その魚の臭いは落ちにくいからな……好きに使え』
「……アール……ほんとすまん」
アールは右腕を使う事をライに了承した。どうやら魚臭くなったので腕を元に戻すことは諦めたようだ。恐らく魚の入っていた氷に漬けてしまったのが原因だろう。俺がやってしまったようである。アールが返答した後、ライはひとつ頷いた。
『では、アール自身の腕に呪いを封じましょう。呪いの数が多すぎるので全部は無理でしょうが、半分ほど封じられれば十分です。アールなら問題ありません』
「それならすぐに出来るね。彼女の状態をこのまま長引かせられないし」
「ノエル、俺に出来る事はあるか?」
ライの声はノエルに聞こえるようだ。ふたりは封印方法について話している。そんな中で俺はもどかしさを感じ、ノエルに何か出来るか聞いてみる。するとノエルは紙にさらさらと何かを書いて俺に手渡した。
「この材料を3日以内に準備してきてくれないかい? この呪いが溢れないように対処できるのは恐らく3日が限度だからね」
「あぁ、任せろ」
俺は手渡された紙のリストを手にすぐさま教会から外へ飛び出した。準備する材料なんて見てもちんぷんかんぷんだった。けれど集める為に何処に向かえば良いかは分かる。
町中を颯爽と走り抜けて俺はギルドに飛び込む。そして受付のロンジの所まで真っすぐ向かった。
「っ、ロンジ! ロンジロンジ!」
「っうお!? 何だ、何だ?」
俺は勢いよく受付カウンターに乗り出した。すると暇そうにデバイスを弄っていたロンジが飛び跳ねる。ロンジの様子はお構いなしに俺は用件を告げた。
「この紙に書かれた材料! 最長3日、最短今すぐ! 用意できるか!? 金は出す!」
「……緊急だな?」
ロンジは目を丸くしていたが真剣な顔つきになり、俺が渡した紙を受け取った。そして受け取った紙を見ながら手元のデバイスを操作し始める。
「在庫あり、これも……。……おーい! 誰か夜月草持ってるやつここに居るかー!」
「はいはーい! あたし持ってる! いくら出すー?」
「緊急依頼の場合、ギルド規定は通常の3割増しだ。奥で手続きしてくれ。あと……蓄光貝持ってる奴!」
「お、丁度オレが今日狩ってきたとこだ! 分けてやる! 運のいい奴だな」
ロンジがギルド内に声を掛ければ誰かが手を上げ、素材を渡しに奥へ消えていった。これなら全てすぐに揃うだろう。俺は逸る心を抑えつつ状況を見守った。しかしロンジはリストのある一点を見た瞬間、眉を顰めて低くうなった。
「これは…………誰かホワイトドラゴンの鱗持ってる奴! ……は居ないよな。これは流石に厳しいか……レスト! これだけは揃えるのに時間が掛かる。ホワイトドラゴンは魔族に狩られて個体数が減っている上、そのせいであちこちに隠れているんだ。どこかに落ちている鱗を拾えりゃいいんだが、確実に三日以上掛かるだろう」
「ホワイトドラゴン……? 白いドラゴンが居たらそれがホワイトドラゴンか?」
「それ以外にあるかよ。ドラゴンの生態に詳しい冒険者に依頼を出したとして……」
「いや、俺に心当たりがある。ホワイトドラゴンの鱗は俺に任せろ。それ以外は用意しておいてくれ」
俺はロンジからリストを引ったくって必要な鱗の枚数を確認する。
〝ホワイトドラゴンの鱗 20枚〟と記載がされていた。
鱗が20枚、俺の記憶では確実にそれ以上あったはずだ。あの時は饅頭に追い立てられたので場所は少し曖昧だが、絶対に見つけてみせる。俺は引ったくったリストを再びロンジに押し付ける。ひょっとしたら俺が鱗を見つけて持ってくる方が早いかもしれない。
「直ぐに戻って来るから他はそれまでに頼む!」
「はん、誰に言ってやがる。デバイス紛失手続きより早く用意してやるよ。俺が暇する前に帰って来いよ?」
「ああ!」
俺は白いドラゴンの死体がある森、俺が最初に目覚めたあの場所へ向かった。




