テスの企み
ドラゴンに振り回されながらしがみつくのは慣れてる。なんせ二回目なのだ。
金属の羽が唸るように軋む。しがみつく腕に力を込めた。
ビルアノの動きは容赦なく、迷いが無い。
急加速で風圧に叩きつけられ、次の瞬間には急停止の浮遊感だ。
心臓が跳ね、息が詰まる。
思わず手を離してしまいそうだ。
そんな揺られる視界の中、ふと目に入ったのは、緑の浮島。
「っ、あれは」
遠目には、空に浮かぶ大きな球体の籠に見えた。
しかし近づくにつれ、無数の浮島が太い蔦で絡み合い、球体の構造を形作っているのだと分かる。
あれこそ、網の目草の浮島——デビルグラス・アイル。
レースの折り返し地点であり、メカニックが滞在している休憩地点だが……。
「……っ、無人?」
視線を巡らせ、岩陰に人の動きを見つけた。
「隠れてるのか……?」
岩の影には何人もの人が身を寄せ合っていた。
その中にイースの姿はない。
ではなぜ、彼らは岩陰に身を潜めているのだろうか——。
反対方向に目を向けた瞬間に、理解した。
「魔族かっ!?」
巨大な魔族の塊が浮島に張り付いている。
付近に生えるデビルグラスは、相手が魔族であろうとお構いなしに絡みつこうとする。
しかし、その強靭な蔦も、捕食するどころか、魔族の力によって引きちぎられ、次々と枯れていく。
「このままじゃっ、堕ちるぞっ、この浮島っ!」
だが、魔族のさらに下——見覚えのある影が魔族を妨害していた。
ドラゴンの大きな爪が浮島に食い込んでいる。
魔族が這いあがろうとする度、もう片方の大きな腕が魔族を掴み、引き下ろしていたのは——。
「イース!?」
イースは浮島から落ちそうになりながらも、必死に戦っていたのだ。
「あぁくそっ、ここでもトラブルかっ!」
***
時間は少し巻き戻る——。
先頭の選手がデビルグラス・アイルに到着する直前。
デビルグラス・アイルでは、技師たちが慌ただしく準備を進めていた。
今回のレースで全ての浮島が危険と言われる中で、デビルグラス・アイルが休憩地点として選ばれたのには理由がある。
ここデビルグラス・アイルは、動く植物——デビルグラスに気をつけさえすれば後は比較的安全だから、ただこれに尽きる。
そのため、技師たちはデビルグラスアイルに転移した後、普段の仕事を進めるように準備をしていた。
各々が良い設置場所を水面下で争う、そんな最中のこと。
テスは浮島の端のエリアで荷物を広げていた。
指先が不自然に一瞬停止し、収納ケースのロックを外し損ねる。ボディは全て古いボディパーツを使用しているのだ。過去に交換して使用しなくなったものを再利用しているのだからこの不調も無理はない。
けれども記憶人格バックアップは完璧だった。
「……オイルパックカードリッジが無い?」
古ボディのテスは収納ケースの中身を片っ端から取り出して整理する。
「関節用潤滑剤無しなんて、あり得ません」
直近の記憶こそ無いものの、紛れもなく技術者としての知識を兼ね備えたテス本人だ。
恋人のマースワントが復元直後のテスを強く抱きしめて離さなかったほど、性格・言動もテス本人の古ボディのテス。
「今から取りに戻ったとして……ギリギリ間に合いますね」
テスはすぐさま立ち上がり、転移陣へ急ぐ。しかし近くにいた別の技術者にぶつかりかかってしまった。
テスは驚く。
「っ、と!」
「失礼」
相手の技術者は、短く非を詫びた。
テスは立ち止まる。
けれど、古い足パーツは動きが鈍い。つんのめって体が前へと傾いた。
「っ!?」
ぶつかりかけた相手が驚く。
相手は腕でがしりとテスを受け止めた。
「ご無事ですか? 調子が悪そうですが……」
「ぅ、ぐ……えぇ……すみませっ」
テスは一度痙攣し、頭を抑えて唸る。
「シャットダウン……? 視界にノイズが……」
「直近でウイルスチェックは?」
「問題無しでしたので大丈夫かと。それに、二、三日前に最新のセキュリティソフトを定額制で「へぇ。少し確認させて頂いても?」契約して……え、えぇ」
相手の技術者はテスの首の後ろへするりと指を伸ばす。
しかし直後、二人を目掛け、デビルグラスの蔦が上から落ちてきた。
「っ!」
相手はテスを突き飛ばして距離を取る。
何も無い地面だけを叩いたデビルグラスはずるずるとゆっくり外の網へと戻っていった。
「無事ですか?」
「ええ、ありがとうございます。私の不調もどうにか治ったようですし」
「…………それは良かった」
相手は安堵の言葉を淡々と口にする。
「初めて会う貴方にいうのもどうかと思うのですが……ボディパーツが古いので調整が未だ出来ておらず。こんな端の危険な場所しか取れず仕舞いで」
「いいえ、それは仕方ないでしょう。貴方も無事で何よりです。それでは」
「えぇ、お気遣い感謝します。……何やら転移陣周辺が妙に騒がしいですが、敵襲のはずはありませんよね……?」
相手は立ち去り、テスは転移陣へと急いだ。
相手は、後ろを振り返った。
相手は、アンドロイドだ。
相手は技術者として一般的な作業着を身につけ、顔を布で隠していた。
相手は、顔を隠していた布を剥ぎ取り——テスの顔が顕になる。
もう一人の、作業着を着る現在のテスは笑みを浮かべる。
「ふふ、失敗してしましたか……ふふ、ふ」
口元を手で隠し、心底楽しむように現テスは笑いを堪える。
手元でくるくると手遊びするのは古ボディのテスに入っていたチップだ。
先程、ふらつく古ボディのテスを受け止めた際、ウイルス入りのチップと入れ替えたのである。
「最新のセキュリティは優秀ですね。しかし、何も問題ありません。まだ手はあります」
作業着の現テスはチップを握りつぶす。
開いた指の隙間から壊れたチップが零れ落ちる。
「だって、レースに事故はつきものですから。ね? ゴーランさん」
私の全てを返して貰います、彼女は低く呟いた。
***
再び現在。
俺がビルアノに振り回されている間に、デビルグラス・アイルはもう目の前にきていた。
着陸目前にして、ビルアノの動きが急に大きくなる。
俺を振り落とす為の動き……にしては全く止まらない。
「っ待て、待て待て待て待てっ!」
ゴーランの目線は——岩陰に固まる技術者の集団に向いていた。
「ゴーランッ!!」
間違いない。
わざと彼らにぶつかる気だ。
「くそっ! 下手だがなんとかっ!」
俺は急ぎ、光るロープを作り出す。
ロープの片方はビルアノの金属の羽に。
もう片方はその辺の草に食わせた。
「ぐ、おおおおおおおおっ!?」
「なっ!?」
ピンと引っ張られるロープ。
解けないように何度も羽に巻きつけ絡ませる。
デビルグラスはロープを噛み込み、離さない。
ロープに囚われ、制御が効かない羽だ。
ビルアノは大きくバランスを崩す。
そして、軌道を逸れてまるで別方向へと突っ込んでいった。




