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凍てつく空に、延びる陽の道

 前を飛行しているドラゴンはあまりの寒さのせいで動きが鈍くなっている。


 スノーバイト・ラヴァ周辺には比較的小さな氷が空に浮かんでおり、前方のドラゴンはそれらの氷の横をスレスレで回避し続けていた。


 しかし不調のままで回避など出来るはずもない。


 ドラゴンの体勢が大きく傾いたその時だ。


 羽が氷の柱に触れた。


 ソレは凄まじい勢いだった。


 瞬時に凍りつく羽。


 選手は慌てた声をあげ、ドラゴンは暴れる。

 ドラゴンが慌てて暴れると、更に氷に飲み込まれていく。


 アレはまずい。


 俺は咄嗟にメモ紙を取り出す。

 近くの薔薇の炎をメモ紙へと移し、それを空瓶に突っ込んで投げつけた。


「イノ! コレもっと咲かせてくれ!」


 氷の柱にぶつかって割れた小瓶から、薔薇の炎が咲く。もちろん、炎のサイズは俺用に合わせた小さな薔薇だ。


 そんな小さな一輪が氷の上に咲いた途端だ。


 ——ぶわり、と瞬く間に花畑へと広がった。


 炎の薔薇の花畑が氷の柱を包み込み、水が滴り落ちる。


 解放されたドラゴンは慌てて氷の柱から距離をとった。


 持ってて良かった、チーサクナールの空瓶。


「落ち着いて飛べ! 氷柱には触れるな!」

「ぁ、ありがとう! 小さい人!」


 氷の柱を溶かした薔薇の炎は、花びらが散るように空気に溶けて消えていった。


 氷から解放された選手は相棒ドラゴンを励ましながらゆっくりと次の浮島の方へ飛行していく。


 スノーバイト・ラヴァをソルも取らずに素通りして次に行くとなると……。


「……棄権したか」

『別にほっといても良かったんじゃない?』


 イノはそう言うが、ドラゴンにも住み心地の良い悪いなどもあるのだ。


「基本的にドラゴンは寒さに弱いんだよ。あのドラゴンは水辺に生息する種で、体格も羽も大きく尾が長い個体だから、温暖な地域に生息してたんだろう。余計に寒さに弱かっ——」

『分かった、分かったから! 前見て!』

「了解! 続きはレースの後で説明するよ」

『……そのうちね』


 薔薇の炎が空気を震わせ、ふわりと揺れた。

 そんな炎の揺れる動きに、少し胸の緊張が溶ける。


 炎の合間から見える景色は、とても澄み渡っていた。


 空の果てまで見通せそうなほどに。


「綺麗だ」


 スノーバイト・ラヴァ周辺は非常に気温が低い。だから水蒸気や埃が少なく、澄んだ空気が空の色や遠くの景色をくっきりと見せているのである。


 身も凍るような空気は炎と混ざり、涼しげな風となって体を通る。


「よし、それじゃスノーバイト・ラヴァの中を見に行こうか」


 一気に下降して進む。


 目的地は一際大きな氷の浮島スノーバイト・ラヴァの中央部だ。


 ルートは浮かぶ氷のその間、右へ左へ、縫うように。


 炎の花びらと、雪溶け水が頬を撫でる。


 触れれば終わりのギリギリで、グラフォとイノとひとつになる。


 長いような短いような、時間が無くなる感覚。


 しかし突然それを遮るように、前方の氷が大破した。


 白の奔流。粉雪が空いっぱいに舞い散る。

 視界が一瞬、真っ白に塗り潰された。


「っ!」


 氷煙を切り裂き、現れたのは——尾が鉄球のように大きく膨らんだドラゴン、クラッグテイル。


「やっぱ居るよなっ! ライバル!」


 クラッグテイルは羽ばたく。


 大きく重い尾が振るわれる度、氷塊が砕かれ、四方八方へ弾け飛ぶ。

 道を切り開くというより、俺たちを巻き込むために。


「っ、グラフォ! 氷飛んで来るぞっ!」


 全身を凍りつかせる氷弾だ。

 安全のため、大きく旋回する。


 しかし、氷の飛来は途切れる事は無く、徐々に距離を取られていく。


 避けきれない氷はイノの炎が防いでくれるが、大きな氷はどうしても溶け残り、紙一重での回避となる。


『〜〜〜〜っ! あーもうっ! 今回だけだからっ!』


 周囲の炎がより温かく、大きく膨らんでいく。


『あんただけの花道、作ったげる! ここまでしてんだから、ぜったいぜっったい優勝だからね!』


 膨らんだ炎が爆ぜた。


『——行け!』


 暖かくて優しい炎が体を通り抜ける。


 溢れ出てきていた薔薇の花々が、スノーバイト・ラヴァへ向かって次々と花開く。


 それは赤い二重螺旋の花道だ。


「イノ! グラフォ、行こう!」


 青と白の世界に延びる赤い花々のトンネルの中へ、俺たちは飛び込んだ。


 小さくて心強い、俺たちだけ通れる赤い薔薇のトンネルだ。


 グラフォが風を切り、炎の花びらを散らす。


 飛んでくる氷は炎の花びらに包まれ、霧となる。


 驚いた顔のグラックテイルと選手を追い抜き、たどり着いた本丸、スノーバイト・ラヴァ。


 事前情報ではこの辺りに入れる隙間がある筈だったのだが。


「氷の膜かっ!」


 氷の樹木はぱきりと音を立てて成長し、木々の合間には薄氷のカーテンが出来上がっていた。


『そのまま進みなさい』


 薔薇の二重螺旋が薄い氷の膜に辿り着くと、氷の上にも薔薇の絨毯が広がっていく。


 薔薇の絨毯は氷の膜を溶かして散っていく。


 溶けた氷の膜の穴越しに、ソルが覗いて見えた。


「入るっ!」


 グラフォが翼を畳む。

 溶けた氷の穴の冷気を全身に感じ、潜り抜ける。


「グラフォっ!」


 膜を抜けた直後に翼を広げ、風を切り旋回する。煌びやかに光るソルに全身で触れる。


 氷に薔薇を咲かせながら、ここに在る光を全て身に纏うまで。


 くるりと周る最中、氷の膜の穴からはグラックテイルと選手がすぐ側まで迫って来ているのが見えた。俺たちが何をしているのか向こうも見えているのだろう。目を釣り上げて猛スピードで向かって来ている。


 だが、彼らはもう俺に追いつけない。


「全ソル確保!! イノ!」


 やっとね、と息をつくイノ。

 炎が俺の周囲を走り始めた。


『——咲き誇れ! あたしの心を、想いを糧にッ——とびっきりの大輪をッッ!』


 イノの一声で、薔薇が一輪、巨大に咲いた。

 熱を帯びたそれは冷気を一気に温め、周囲の空気を丸っと全部押し上げる。


 その瞬間、全身に浴びる風を感じ——俺たちは一気に空に近づいた。


「っふ、はっ」


 体の重さが消え、空の青さに満たされる。


 さっきまで居たスノーバイト・ラヴァは遥か下だ。


 俺の周囲には、スノーバイト・ラヴァのソルが幾つもキラキラと輝いていた。


 ソルに指で触れようとして、するりと光をすり抜ける指を眺めた。


 ふ、と緩んだ息が出る。


「……グラフォ、良くやった。イノ、流石だ。ありがとう」

『まだ礼は早いでしょ。ここのソルも先頭には取られてるから、全部じゃ無いし』

「あぁ。でもありがとう。次の浮島も頼む」


 近くの薔薇の炎へ触れるように手を翳すと、花びらが手を撫でる。


「それじゃ、次へ急ごうか」


 スノーバイト・ラヴァを後にグラフォと滑空する。


 そうして太陽から次の浮島の方角を再確認していた時だ。


 風の音が一瞬変わった。


「なっ!?」


 直後、金属の悲鳴のような音を立てる。


 グラフォの鎧が一部外れていた。

 けれど気づいたところで、どうにもならない。


 鎧は空の下へと落ちていく。


「くそっ! ……ちょうど繋ぎ目か。イースの直し確定だとして……」


 次の折り返し地点の浮島には各々の修理屋が居るのだ。俺の場合はイースが待機している。


 だがしかし、問題は誰が攻撃してきたのかである。


「次の浮島まで持たせられるか、どうか」


 俺サイズの小さな鎧だ。

 構造を知ってて、ここまで的確に鎧を壊せる腕の選手。


 背後にまとわりつく影に振り返る。


 視界に入れた人物は。


「やっぱり、ゴーラン先生」

「……レスト君に荒らし行為を教えた記憶は無いんだけどね」


 苦笑するゴーランだったが……何故だろうか。

 ゴーランの表情はぎこちない。


「……先生?」


 俺に困ったように笑う表情で、目はどこか揺らいでいた。

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