あの日の温かな記憶
遠い昔の事だ。テスは実家で壊された腕を父親に差し出していた。
『私たちは死んだ後どこに行くの?』
壊れた箇所をじっくりと観察していた父が顔を上げ、目と目が合う。
その状況をまるで俯瞰して見ているような感覚をテスは抱いていた。
これが死の間際に見るという走馬灯か、とテスはそれを眺めていた。
『誰かに何か言われたの?』
優しい父が眉を下げながらも、テスに柔らかい表情で問いかける。
あの時のテスは通りすがりの酔っ払いに酷い言葉を投げかけられたのだ。
『私たちアンドロイドは、魂が無いからどこにもいけないんだって……』
アンドロイドはモノだと。
人と違い、魂の無い鉄の人形だと。
『そんな事ないさ。魂はあるよ。私たちもみんな海に還るんだ。体も、魂も』
『海……?』
『そうだよ。まず今ある体は、海に……いや、大地にも還るかな』
『うん……私たちの体は大地から採掘されて加工されているもんね』
これは浮島産で、これは地上産で、とテスは自身の壊れた腕のパーツを摘んでテーブルに並べる。
父親はテスの奇行をやんわり手で押し留める。
『自分のボディパーツを知ってるなんてテスは賢いね』
そしてテスの頭を撫でた後、これ以上弄らせないようにと手早く修理を進める。
『それで、魂の方は?』
『魂はね。この世に存在しない場所に、全てがとけて混ざる海に還っていくんだ』
『この世に存在しない場所? ……本当にそんなところあるの?』
『あるとも』
あの時、自信満々に父が言い切ったのをテスは覚えていた。
『ずっとずっと昔の話だよ。今も語り継がれている伝説でね、その海に行って戻ってきた一人のドラゴンライダーがいたんだ』
『そこに……その海に魂があったの?』
『あぁ、海にも空にも、あちこちに魂があったらしい。目に映るものずーっと海が広がっていて、いつも暗い夜だったんだけど、魂はキラキラ輝いていたんだって。キラキラのお月様に負けないくらいにね』
『……お月様は真っ黒に決まってるでしょ』
『えぇー、テスもそう言うのー? 言い伝えでは、あの世のお月様はとっても光ってるって言われてるんだよ!』
『……でも、見たのはその人だけなんでしょ?』
『いいや! みんな魂として行って見てるよ! それを覚えてないだけさ!』
『みんな忘れてるんだから、本当にあるかどうかすら怪しいじゃない』
テスも言うようになったなぁ、と父親が感慨深そうに頷き、修理の手を止めた。
『よし出来たよ。僕が前に使ってたボディ部品を応急処置で付けただけだから、後でテス用に作ろうな』
『……ありがとう』
修理して貰った腕はツギハギで少し不恰好に見えていた。けれども、テスはなんとなく腕を変える気にならず、冒険者用ボディに変える最近までずっと使っていたのだ。
それは今も家に保管してある。
本当に死者の魂が還る海があるなら、テスはこれから行くのだろう。
——……の形はどうだ!
——……れじゃ、畳めへんやん……
テスの耳に、どこからか和気藹々とした声が聞こえる。
こんな風にテスはミミやフィルベル、トクラマン……そして、マースワントと机を囲んでいた。
ミミ達は……もう、すでに。
テスの耳に捩じ込まれるような大きな声が響いてくる。
——これとかめちゃくちゃカッコよくないか!?
——実現可能なもんにしてくれんかレスト!?
ノイズで頭がひび割れそうな不快感を抱き、テスは目を開く。
「……ここ、は」
ぎしぎしと軋むボディを稼働させ、テスは周囲を確認する。
見慣れない工房だ。けれど画像で見た事がある。使い古しの道具と部屋の広さからして浮島のレンタル工房だ。
部屋で騒がしくしていた人は二人。
背の高い金髪の青年がドラゴンの鎧のパンフレットを手に興奮していた。
もう一人は小柄な少女だ。ゴツいゴーグルで目元が見えない。
そして寝そべるテスをまじまじと観察していた仮面の男性が一人。重そうな服装を着こなしている。
テスの全く知らない人物が三人。
仮面の男性がテスを見て顎をさすり、ふむ、と頷いた。
「レスト。イース。此奴が起きたぞ」
「おはよう! 気分はどうだ?」
「おー、良かったわ。上手いこと修理できたな」
助かったと急に言われ、テスは状況を飲み込めなかった。
テスは視線を下にして胸を確認する。
マースワントに渡して空っぽになっていたはずの胸には代わりの炉が入っていた。テスの物ではない。きっとこれは中古だ。
先ほどの言葉からして、テスは彼らに修理されたのだろう。
では、では他のみんなは何故ここに居ないのか、と思考が至りテスは焦る。
「っ!」
マースワントは逃げ切れたのか。
ミミは元気なのか。
フィルベルのボディ部品は代わりがあったのか。
トクラマンは修復出来たのか。
「はぇ!? それで動けんの?!」
「おっ、おい! また壊れるぞ!?」
テスは軋む体を無理に動かして、二人の制止を振り払う。
「行かないと……!」
ボロボロのボディのまま、テスは仲間たちの元へと駆け出した。




