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グラフォでいく

 パージュ・テレス、彼の着用している鎧は竜騎士を象徴するドラゴンの羽がカッコよく描かれている。

 先ほどのやり取りから粗雑な印象を受けたものの、その使い込まれた鎧は綺麗に磨かれていた。


 竜騎士としての長年の職務でその度に傷付き、その度に修復を頻繁に繰り返したのであろう事が伺えた。


 常に備えるその姿勢、堂々とした立ち振る舞いから優勝予定だと言われれば納得してしまいそうだった。


 酒は持ってきてはないが。


「酒は無いが、まんじゅうなら有る」

「誰が食うか。んなもん」


 こんなに美味いのに。

 渡し損なったまんじゅうは俺が食う。……うん、美味い。


「君なぁ……」


 まんじゅうに舌鼓をうっている俺に呆れた顔でイースが前に出る。


「あー……話を遮ってもうてすまんな。レース設営スタッフのテスさんを探しに来たんや」


 パージュはイースを上から下までじっくりと眺めて頷いた。


「……嬢ちゃん、俺の鞍を見てくれないか? 横のベルトが緩んできたんだ」

「にいさん、僕の話聞いとりました?」


 イースの笑顔は一瞬で引き攣った。


「悪いが設営スタッフは全員不在だ。そんな事より、さっきの話はどうだ? 嬢ちゃんの腕が良いのは見りゃわかる」


 それに、と付け加え、パージュがスンと鼻を嗅ぐ。


「強い竜の匂いだ」


 ひぇ、とイースが喉から悲鳴を上げた。


 そしてイースはすぐさま俺を盾にパージュから身を隠す。


「レスト君、早よ帰ろ。アイツぜったい頭おかしい奴やで」

「察しては居たけど、勇者パーティーのメンバーってみんな個性的だよな……」


 イースがあんまりにも嫌がる様子だったので今日は帰ろう、とパージュに断りを入れようとして驚いた。


 パージュは外を眺めて優しげに微笑んでいたのだ。優しい笑みだった。親が我が子を慈しむような、恋人を愛おしく思うような、家族に対する温かさを感じた。


「カーシャルシアが嬢ちゃんを気に入った」


 カーシャルシアってなんだ?

 パージュの目線を追いかけて外を眺める。


 とても綺麗なホワイトドラゴンが居た。


 建物の外から、一体のホワイトドラゴンがガラス窓にべったりと張り付いてこちらをガン見していた。


「……う、美しい……」

「レストくん??」


 パージュからカーシャルシアと呼ばれた美しいドラゴンは羽を広げて見せては畳むを繰り返し、キュイキュイと非常に可愛らしい鳴き声を喉から発しながらイースをジッと見つめ続けている。


「あの白く輝く鱗! ライトが反射して虹色にも見えるぞ!」

「しっかりするんやレストくん!! 目が眩んどるで!!」


 何をおかしな事を。今は夜だからそこまで鱗の反射で眩しさは感じていない。

 寧ろよく見えるから最高だ。


「おいおいもっと喜べよ、カーシャルシアからアプローチなんて珍しいんだぜ?」

「すげぇ……ドラゴンの求愛行動なんて滅多に見ないもんな!」

「滅多に見る見ぃへんの話ちゃうくない!?」

「あぁ、そうじゃねぇ。シャルはちとばかし理想が高いんだ。シルヴィアヴラムの強さでようやくアプローチ了承したって程だから珍しいんだよ」

「シルヴィの番やったん? ……じゃないんやって」

「すっっっっげぇ羨ましいぃぃ……ホワイトドラゴンに好かれるなんて経験、普通は無いよな?」

「……レスト君」


 がしり、とイースが俺の両肩を掴んで真剣な表情で顔を合わせた。


「この件はな。ドラゴンに好かれる好かれへん、ちゃうねん。僕が引き抜きで狙われてるって話やねん」

「…………引き抜き?」


 そうか。カーシャルシアの、ホワイトドラゴンの求愛行動をデバイスで撮影しているところでは無かったのか。


「……パージュ。悪いが引き抜きは断る。イースは俺のパーティーメンバーだ」

「決めるのは嬢ちゃんだ」

「僕は嫌や」

「イースは拒否してる」

「お前の所よりは、この竜騎士の英雄のほうが良いに決まってる」

「あれ、僕が決めるって話ちゃうん??」

「俺よりパージュの方が良いって? 何を根拠に?」

「ハッ、ギャリエラにはお前はヴェンジじゃねぇとかとか言われてんだって?」

「……っ、それは……」


 アールは半分だけだと言っていた。半分だけヴェンジだと。人によって見方が変わると。


 パージュは悩む俺を見て何が面白いのか、口角を上げて口を開く。


「……ヴェンジの望み通りってこったな」

「それ、どういう事だ?」


 ……ヴェンジの望み通り? パージュはヴェンジの望みを知っているのか?


 思えば、俺が記憶喪失だと告げた時、パージュは『良かったな』と一言告げていたのだった。


 恐らく、パージュは何か知っている。


 しかし、それ以上俺に告げる気はないようだ。パージュは耳に指を突っ込んであらぬ方向を見ている。


「あー。お前、記憶が無いんだろ? それに前より弱くなったんだってなぁ? 精霊は居ねぇ、ドラゴンだって居ねぇ、獣魔も居ねぇ、頼れる者は無し。足は速くなったらしいが、いくら速くなったって言ったって……」


 パージュはレースのチラシを手に取り、ピラリと見る。


 そこに描かれていたのはパージュがカーシャルシアに乗り、羽ばたく姿だ。


「俺とカーシャルシアとは比べ物にならねぇ鈍間、だろ」


 パージュは俺の胸にチラシを押し付ける。


「お前は安全な地面でお空を眺めてな」


 ハラリとチラシが床に落ちた。


「嬢ちゃん、俺と飛んでみないか?」

「だから僕は……」

「空は選ばれた者達の世界だ。俺もカーシャルシアも、嬢ちゃ——なんだよ鈍間」


 イースに言い寄るパージュにチラシを押し付ける、ではなくチラシ越しに殴りつけた。


 誰が鈍間だ。


「俺も参加する」

「参加!? レースに!? レスト君がか?!」

「……へぇ、お前ドラゴンの相棒居ねぇだろ。何に乗るんだ?」


 パージュは強いドラゴンの力に頼ってるだけだ。ドラゴンじゃなくてもレースは参加できるんだろ? ゴーランはそう言っていた。馬鹿な発想だと思うかもしれないが、何事もやってみなければ分からないんだ。


 目を閉じれば始祖竜の攻撃をひらりと逃れる翼がよぎった。


「俺はグラフォで行く」


 俺は、俺たちは飛べる。

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