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水面下の異常事態

 浮遊島飛行レースまであと68日だったある日の事。


 運営スタッフ達はレース開催に向けての準備で慌ただしく働いていた。


 その日の深夜、フューシャデイジーから比較的近い浮島のひとつで設備スタッフ達であるアンドロイド五人が事務所の一室に集まっていた。


 チームの取りまとめであるマースワントは疲労を滲ませた表情でどっかりと椅子に座り、メンバーに声をかける。


「各々、進捗はどうなっている?」

「各浮島のチェックポイントの施設図は最終案が上に通りました。しかし一部だけ修正希望のコメントが有ります。内容は解説パネル設置場所と休憩場所の変更です。観戦場所を広げたいようですね。この程度であれば対応可能です」

「限界まで広くしたってのにまだ広くしろってか……どれだけ観客入れるつもりなんだ。テス、コメント修正後の図面を後で見せてくれ」

「既に出来ております。こちらに」

「早いな」


 報告を終えたテスは手元の結晶デバイスをそのままマースワントに渡す。

 マースワントが受け取った図面を眺めていると、小柄で元気な人型アンドロイドが勢いよく立ち上がり手を上げて主張する。


「はいはーい! あーしは警備のスケジュール調整してきたよー! はいこれ! 警備員の名簿と動線とタイムスケジュール!」


 勢い良く差し出された書類を確認したマースワントは顰めっ面となる。


「ミミ、個人情報は紙に刷るんじゃない」

「はーい! じゃー、あーしの魔力と今日の成果をたーっぷりメモリーデバイスに詰めて渡すねー! んで! こっちは燃やす!」

「おいバカ! 俺の手まで燃やすな!?」


 マースワントが受け取った書類は瞬く間に燃え広がる。マースワントは慌てて腕を振り鎮火するものの少し焦げてしまったようだ。


「クソ……隙間から煤が入っちまった」

「マースワント、早く外の冷却装置で手を冷やしてきてくださいな。東出口のラックに工具とウエスもありますから」

「ヒューヒュー! テスさんってば、やっさしー!」

「ミミ……マースワントは炉の交換時期を過ぎて稼働していますので、あまり炉に負担になる事は辞めてあげて下さい」

「メンテサボってるから、あちこちガタが来ててボロボロって事ね!」

「テスのデレは貴重だな、記録しておくか。ミミは後で覚えてろ」

「早く行って下さい」

「愛してるよハニー」

「……早く戻って来て下さい」

「「「……フォーゥ!」」」


 マースワントが外に出るのを見送りつつ、テスは外野三人の囃し立てる声をパタパタと手で払う。嬉しいやら、やかましいやらで、テスは不機嫌と笑みの入り混じった表情だ。


 ミミはにやにや頬を緩ませ、机に頬杖をつく。


「テスとマースワントさ! いつ二人の後続機を共作するの!? もう作ってたりするの!? ミミも見たい!」

「……まだですよ。マースワントが長期製作に耐えられるようにボディを整えてからになりますね」

「へー、テスみたいにずーっと頑丈な冒険者用ボディにすりゃ良いのに」

「冒険者用はこまめなメンテナンスが必要なので、マースワントの性格上向かないでしょう」

「えー、じゃあさ! マースワントが壊れやすいボディなら記憶人格バックアップしたらいいじゃん! めちゃくちゃ高いからミミはしてないけどね!」

「記憶人格バックアップに関しては非常に高価なので勧めづらいですね。ボディが全損する可能性の高い冒険者でも一部のアンドロイドしかしてませんし……」

「でもぉ、テスは記憶人格バックアップしてるでしょ? 良いじゃんお揃いで!」

「私は一番安いコースです……と言っても高価ではあるんですがね。バックアップ頻度は低くて、無いよりはマシ、くらいですよ。それよりもです」


 テスはテーブルに集まるメンバーを向き直る。テスはマースワントが居ないからと言ってずっと休憩する性格では無い。


 テスは一番の稼働年数を誇る大きな人型アンドロイドに目線を合わせる。


「私の話よりも仕事を進めましょう。トクラマン、進捗はいかがですか?」

「施設に必要な機材と備品は明後日の便で全て届く。納品済みの分はそれぞれの島に配達済みだ。いつでも取り掛かれる」

「ありがとうございます。スケジュールが非常に遅れていますので、マースワントの了承が取れ次第すぐに取り掛かって下さい。フィルベルは進んでいますか?」


 ぼーっと部屋を眺めていた人型アンドロイドはテスに呼ばれてゆっくりと手を振る。


「解説パネルと非常用の圧縮浮袋の発注完了しましたー。あ、圧縮浮袋は幾つかサンプルあるんで、一個試して良いですか?」

「ダメです。そのまま帰って来ないつもりでしょう?」

「えへへ、バレちゃいましたか……」


 フィルベルはべっ、と舌を出して反省していなさそうな反応をした時だった。


 急に部屋の明かりが消える。

 日はとっくに落ちた深夜だから誰も何も見えない。


「もう、マースワント。悪戯は辞め……」


 ぐしゃり。


 固い何かが潰される音がした。


「……ぁ……あ゛あ゛ぁぁぁ! ぁああ……ァぎゃ………」

「フィルベルっ!? 全員外へ!」


 テスはひとつ瞬きをして、視界を暗視用に切り替える。

 見えた温度の世界では、まるで物の様にフィルベルが床に投げ捨てられていた。

 フィルベルの胸の炉は破壊され、見える温度が急速に失われていった。


 フィルベルを投げ捨てたのは、何体もの生き物が合わさった歪な生物——魔族だった。


「っ!」

「どこのどいつだっ!」

「いけませんトクラマン! 魔族です!!」


 テスはテーブルを跳ね上げ、盾にする様にして魔族の塊へ押しつける。


「く、ぅ!」


 ただの人であれば魔族に力負けするが、テスはアンドロイドである。それに冒険者用にカスタマイズされたボディだ。


 易々と、とはいかないが魔族の塊を部屋の外へと押し出す。


「今のうちに……!」


 振り返ればミミが宙に浮いていた。


「嫌っ! 何、何?! どうなってるの!? 助けてテス!!」


 違う、蝙蝠に齧られて浮いていたのだ。


 既にミミの四肢は齧り取られて床に落ちており、今は首に蝙蝠が大量に群がっていた。


「落ち着けミミ!」


 トクラマンが蝙蝠を何匹も握り潰すが数が多すぎて対応しきれていない。

 それにトクラマン自身も蝙蝠に齧られてぼろぼろであった。


「追跡弾で落とします! ……ロックオン完っ!?」


 蝙蝠達すべてに照準を合わせた瞬間、背後からの衝撃でテスは倒れ込む。

 気づけば机がテスに覆い被さっていた。


 顔を上げれば、三つに切り裂かれたトクラマンの残骸が転がっている。


 魔族の塊がひっくり返って動けなくなっていた。


 その近くで丁度、蝙蝠に齧られていたミミの頭部と胴体が床にゴトリと落とされた。


「……っ」


 テスの片足は魔族の塊に踏み潰された際に、他より弱い関節部分が捩じ切れてしまっていた。


「あああああああああっ!!」


 全てに照準が合わないまま、テスは追跡弾を放つ。多くの蝙蝠達が撃ち落とされ、魔族の塊が嫌がるように部屋の外へと逃げていく。


 テスの荒い息遣いだけが部屋に響く。


 テスはずりずりと体を引きずり外へと出ようとする。


 廊下からコツコツと聞こえてくる足音にテスはすぐさま照準を合わせた。


「だ、誰かいるのか? 明かりが急に消えちまったんだ」

「マースワント……無事だったのですね」

「テス? 何があった?」

「話は後です。早く逃げましょう」


 マースワントがテスの体を支え、出口を潜る。


 その瞬間だ。テスはマースワントを抱きしめて転がった。


 テスの勘だった。


 ほんの僅かな星の明かりに照らされていたのは影から飛び出る黒い棘。

 テス達の影から飛び出る細長い棘は二人を容赦なく串刺しにする。


 炉が故障する大きな音が響く。


 テスとマースワントの二人は動きが完全に沈黙する。


「これですべて、すべてね。あのブタクマにこっちも破壊を頼まなきゃ」


 蝙蝠から喜びを感じる淡々とした声が段々と遠ざかっていく。テスとマースワントの二人を仕留めたと、嬉々としてあの魔族の塊を呼びにいったのである。


 テスは串刺しにされた状態で自身とマースワントの状態を確認する。


(マースワントの炉は故障、私の炉は無事ですね。しかしこれでは私は逃げ切れないでしょう)


 テスの片足は完全に取れている。関節にも棘が突き刺さって千切れかけている。無理に動かせば間違いなくちぎれるだろう。そして、それ以外のボディを貫通した棘は抜けそうに無い。

 そして、テスが抱き抱えたマースワントは炉が故障しただけで他は殆ど無傷だった。


 テスが取れる対応はひとつだった。


(……マース、私の愛しの人)


 ***


 星の明かりが僅かに照らす浮島に何匹もの蝙蝠が羽ばたく。散り散りだった蝙蝠達が一斉に集まったかと思うと、それらはひとりの女性を形作った。彼女の首に掛けられた月のネックレスがキラリと反射する。


「ふ、ふふふ。ばぁらばら、で……す?」


 彼女は外に出るや否や不思議そうに周囲を観察する。


「……あら?」


 何故なら外に落ちているアンドロイドは二体の筈だったのに、一体しか居ないのである。


「いっぴき、足りませんね」


 襲撃者達は首を傾げ、ぐしゃり、と持っていた誰かの足を握りつぶした。


 地面に沈む一体の串刺しアンドロイド、テスの体からは炉が無くなっていたのであった。

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