ノヴァ勧誘
ノヴァが口から血を出し横たわっている。
閉じ掛かった瞼が驚いたように開き、儂を見た。
ノヴァの瞳に映るのは儂ではなく——ノヴァであった。
儂の姿が、ノヴァとなっていた。
「ち、違うのだ。儂は……儂はただ」
どうして。
こんな筈じゃ無かった。
わざとでは無いのだ。
「手が欲しくて……故に」
ノヴァの姿をとるなんて。
考えても無かった。
けれどもしてしまっていた。
出来てしまっていた。
「汝を……」
ずっと見ていたから。
全身の隅々まで。
目を閉じたとしても見えるほど、記憶に焼き付いている。
動揺だらけ、言い訳じみた言動の儂に向かって、ノヴァが腕を揺らし持ち上げる。
儂の頬に、ノヴァの指先が触れる。
ノヴァは唇を震わせていた。
「———」
唇からは空気が漏れる音のような、掠れた小さな囁き声だった。
「ゆ……?」
一言だけ何かを呟いたようだった。
儂にはほとんど聞きとれなかった。
ノヴァは薄く微笑む。
儂の頬からノヴァの指が離れる。
腕がダラリと力を失い、地面に落ちた。
理解したく無かった。
ノヴァの瞼が緩く閉じた。
ノヴァの肌が土色に見えた。
まだ間に合う、間に合う筈なのだと。
ほとんど反射的だった。
儂は、世界を止めた。
***
仮面がカラリと落ちた。
雷獣はぼんやりと、ここではないどこかを見ているようだった。
俺はチラリと血溜まりに沈むノヴァを見る。
雷獣の、その仮面の下の顔は本当にノヴァとそっくりだ。
「……知っておった。知っておったわ」
喉から引き絞るような苦しそうな呻き声だった。
「最後の言葉すら、碌に聞けなんだ」
「……」
スワンは口を開くが言葉が出てこないようで、目を伏せ胸元を握りしめている。
「…………知っておる。摘んだ花はいずれ枯れる。人が死ねば体躯は朽ちる。時を動かせば、ノヴァが朽ちる……彼奴が世界から消えてしまう。知っておるよ……人は、脆いのだ」
雷獣はふらりとノヴァの元へと歩みを進める。
「儂はノヴァになろうなど、なりたいなどと思っておらん。それなのに、それなのに今は…………」
雷獣は人となった手を、そして己の姿を見下ろす。そしてノヴァへと視線を向けていた。
「儂は、ノヴァを消せぬ」
その言葉に揺るがぬ意志を感じた。
……そうか。二つの意味で消せない、と言っているのか。
再び時を動かせば、ノヴァの体は朽ちてしまう。それはノヴァを消してしまう事に他ならない。
そしてもう一つ、ノヴァの姿を取ってしまったのは雷獣の意図した事ではなかったのだろう。けれど、元の精霊の姿に戻るというのはノヴァの姿を消す事になる。雷獣はそれは出来ないと言っているのだ。
胸が痛いほど理解出来てしまった。
「雷獣……いや"ノヴァ"」
「……」
雷獣は殺気の籠った目線を俺によこした。
それをただ受け止める。
お前はノヴァそのものになりたい訳ではないのだろう?
ノヴァがただ大切だったから、だろう?
「その姿で会った時、偽物だって言ったのは悪かった」
地面に落ちた仮面を拾い上げ、差し出した。
「これからノヴァが見た世界を、俺たちと見ないか?」
「何を……言っておる」
「勧誘してるんだ。今の姿のお前を」
俺の言葉に雷獣は息を呑んでいた。
「ノヴァの姿を消さなくて良い。ノヴァになり切ろうとしなくても良い。……でも人を傷つけるのは辞めてくれよ」
「……彼奴と似たような事を言いおって……」
「無理強いはしない。けど、俺にとっては……ノヴァも雷獣も仲間だ」
ノヴァに雷獣を頼まれた。それは確かだ。けれど、頼まれたからだけじゃない。
俺が雷獣を放っておけないと感じたから。
「聞けなかった言葉を探そう」
これは前に進む為に、だ。
ノヴァもきっと雷獣に前に進んで欲しいと思っている。
でも、会ったばかりの俺よりも雷獣の方がノヴァを知っているだろうな。
……外見をそっくり真似するは怒られるかもしれないな。
「その姿については……俺が死んだ時、ノヴァに会って怒られとくよ」
雷獣は俺が差し出す仮面をじっと見つめていた。




