旗を二つ拝借
石畳を叩く甲高い音が静かな町に響く。白く艶やかで細長い脚が規則正しくリズムを刻んでいた。
六本のその脚で時の止まった町を移動しているのは——まんじゅうだ。
まんじゅうの頭の部分にはグルグルに巻かれた芋虫状態のアールが乗っかっている。
丸く巻かれたアールをまんじゅうが押すようにして移動していた。
アールの右腕はポンポンとまんじゅうを軽く叩く。止まれという合図だ。
「ここいらで良いゾ」
「グギギギギッ!」
まんじゅうは言われた通りに立ち止まる。アールが降りて目を向けたのは診療所だ。
「外付けの腕があって助かっタ」
なんせ巻かれた布がガチガチに止まってしまっている上、布の内部は全くと言っていいほど身動きが取れない。
まんじゅうを取り出すのに腕が無ければ直接落下させなければならない所だった。でなければ、まんじゅうが捨てられたと勘違いしてしまう。
「さァて、まんじゅうを押し付けに行くカ」
いつまでも巻かれたままではどうにもならん、と鎧の右腕でまんじゅうを収納した後、ずりずりと自身を引き摺り、建物の中へと入る。
勇者パーティーのメンバーの内、初めてまんじゅうを見た瞬間に警戒し、真っ先に拒絶した人物——聖女ギャリエラの所へ。
***
俺がノヴァを探して花の神殿へ急ぎ駆けていると、遠目に動く影が見えた。そこには二人の見覚えのある人物が争っているようであった。
一人はノヴァとそっくりの装いをした人物。
もう一人は……と、目を向けた瞬間、雷撃を受けて砂となったのが見てとれた。
スワンが砂になった。
「!」
石畳を抉り、飛ぶようにして駆け進む。
向かう先の仮面のノヴァはしゃがんでいる。そして砂の山から何かを取り出した。
彼の手から、さらりと砂がこぼれ落ちる中から現れたのは、魔石だ。
「空いた胸を埋めろ。……もし、しなければ」
「——へぇ、どうなるって?」
魔石に衝撃が向かわないように、細心の注意を払いながら仮面の男に上から蹴りを叩き込む。流石に近くまで近づいたら気付かれるのは分かっていた。ただし反撃されるよりも前に俺の攻撃の方が先に届く。
蹴り一発だけでどうにかなるほど簡単だとは思っていない。
俺の狙いは隙をついてスワンの魔石を取り返すこと。それが最優先だ。
ほんの瞬き程度の時間。接近し上段からの蹴りを叩き込む、それと同時に一枚の旗を広げた。仮面の男は回避に気を取られており、手がお留守になっているのが丸わかりだ。
「これは返してもらう」
広げた旗の模様と魔石を接触させる。ほんの少しだけ旗からの光が濃くなり、魔石がするりと旗に飲み込まれた。
それと同時に丸めて手に持っていた旗が膨らむ。広げた旗と同じ模様、対となる旗だ。
丸めていた旗を片手で開く。はらりと布が開かれると、つるりとした魔石が包みから現れた。
傷ひとつないスワンの魔石だ。
男から視線を逸らさずに屈み、スワンの魔石を砂の山に戻す。
肩に担いだ旗が背中でゆっくりとはためき、垂れ下がった。
旗の模様は外側に。ギザギザの布の端を握り込む。いつでもすぐに振るえるように。
仮面の男が手に残る砂を苛立つように乱暴に放り投げていた。
さらりと風に舞う砂はふわりと宙を泳ぎ、大きな砂の山に戻ってくる。けれど、地面に出来た砂の山は辛うじて水分を含んでいるものの、ほとんど乾いた状態だ。スワンは随分と水気を飛ばされてしまったらしい。
「スワン、水はいるか?」
「酒があるからいいよ」
「……ほどほどに」
仮面の男が俺を、俺が持つ物を指差す。
「その旗」
「ちょっと借りたんだ」
急いで同じ模様の旗を探し、その二つの布を拝借して来たのだ。破って無断で持って来たともいう。
「謀に、汝も、関わっておったか」
押し殺した声には憎しみが込められていた。徐々に雷撃が仮面の男からバチバチと発せられる。
「謀ってのは何なのかは分からんが……同じ手には食わねぇよ」
直後、俺の目の前で雷撃が迸った。




