対メニック
カチリと爪を鳴らしてゆっくりとメニックが歩いてくる。恐怖を煽る為か、彼の癖なのか。どちらにせよ、時が止まったこの状況下で、彼に友好的な雰囲気は全くない。
「……お前も、動けるんだな」
「珍しいね。体外に魔石なんて」
「何のことだ?」
「とぼけなくて良いよ。見えているから」
メニックがこめかみをその長い爪でとんとんと示す。何が嬉しいのかずっと彼はにやついている。
こいつの狙いは俺の魔石だ。
「俺の魔石が欲しいって?」
「全くもってそのとおり。止まってる個体をバラすのが思いのほか手間だったんでね」
つい、とメニックは長い爪で空を切る仕草をした。
俺は一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。
バラす、その言葉の意味に思い当たった瞬間、全身が逆立つ感覚に陥った。
間違いなく、彼は周囲の止まった人々の事を言っている。
動けない彼らをバラバラにして魔石を取るのが大変だと、そう言っていた。
「お前っ!」
「体の外にあるならちょうど良い。君が持ってる魔石を頂戴する、よっ!」
メニックから何かを放り投げられる。さっき見たのと同じ丸い機械。即座に蹴り飛ばして何もない道のど真ん中へと爆発させる。
その間にメニックが俺に接近してくる。だが遅すぎだ。メニックの胴体に蹴りを叩き込もうとして——
「!?」
——即座に足を引っ込めて急ぎ下がる。
機械の歯に足が触れてしまう前に。
「……なんだそれ?」
俺が下がるのを見たメニックは残念そうに、しかし何が嬉しいか顔を綻ばせてソレを動かす。
「そのまま蹴飛ばしてくれて良かったのに」
「……その腹にあるのはでけぇ口か?」
「口? あぁ、あはは! 確かに口みたいだね!」
メニックの胴体から、肋骨のような細い機械が外に開いたり閉じたりを繰り返していた。その様は胴体に出来た大きな口が歯を剥き出しにして噛み付くような動きをしている。
「魔石さえ渡してくれれば君に用は無いよ」
「誰が渡すか!」
建物内なら狭いため、動きづらくなる。
それに見ていると動きが鈍くなっているように見える。俺は背後の木造の建物へと飛び込む。
廊下を抜けて階段を駆け上がる。背後を振り返ると、メニックが胴体から出た機械の肋骨を階段や壁に突き刺し、バキバキと細かな木片を飛び散らせながら這い上がってくる。
「変な動きしやがって!」
階段を上がりきってすぐの部屋に入り込み、木やガラスで出来た扉をメニックへと蹴り飛ばして壁を作る。
蹴り飛ばした扉はメニックとの壁になった瞬間、腹部の肋骨が内側へと動き、まるで扉を噛み砕くようにバキバキと簡単に取り込まれてしまった。
「ち、人の魔石取って何をしようって?」
「無いと困る存在が沢っ山っいてね」
「俺だってないと困るがそれはどうなんだ」
「君は魔石が無くとも動けるんだろう?」
「そんな話はしてねぇ!」
燭台を足で引っ掛けて傾け、メニックの腹目掛けて蹴り飛ばす。腹のど真ん中に突き立てるかと思えば、ゆるりと口が閉じるようにして肋骨が隙間なく金属の盾となる。
ガキンとぶつかった燭台は折れ曲がり、斜めに吹き飛んで行くだけ。
メニックは俺の一撃を防いだにも関わらず、煩わしそうに爪をカチンと鳴らして指の動きの遅さに苛立っているようだ。
「動きっ、づらいな」
「自分のスキルを先に使いこなしゃ良いだろ!?」
「……スキルだって?」
不愉快そうに眉を潜めながらも困惑しているのか、メニックは首を傾げている。
「おう、随分と動きづらそうだぜ……まて、その傷はどうした……?」
メニックの肩から血が滴っていた。
俺には彼の傷に全く覚えがない。
「君は何か勘違いをしているようだ。時を止めたのは僕じゃない」
世界が止まる程のスキルなんてそう与えられるモノではない。彼はそう言った。
「……じゃあ誰が時を止めたって言うんだ」
ふらり、と突然俺たちの間に乱入者が現れた。
メニックの背後からまるで幽霊のように。その足取りはおぼつかない状態だったが真っ直ぐに俺の方へ歩いて来ていた。
「……」
その人物は見知った仲だ。最近パーティーメンバーに入れてくれと言ってくれた新たな仲間、登録した名はノヴァ。
仮面をかぶって目元を隠しているのは本来の身元を知られたくないからだと俺は思っている。
けれど、登録する時や外を出歩く時のみ着用していた仮面をわざわざつけているなんて何かあったのだろうか?
それにメニックの後ろからやってきたという事は彼を追ってきたのだろうか?
疑問はいくつかあるものの、今はまずメニックの物騒な肋骨を一緒に抑えて欲しい。
「ノヴァも動けたのか! ちょうど良かった。手を貸して……」
「……じ……お……の……」
「どうしたんだ、ノヴァ?」
「汝が……治せるのか」
「何を言っ——ぐっ!?」
何が起こったのかすぐには理解出来なかった。
ただ、頭の衝撃と、ガラスの割れる音が耳元で聞こえてきたのだ。
衝撃を感じた後、頭部から上半身に何かが突き刺さる痛みが幾度も感じられた。
直後のゆっくりとした浮遊感を覚える。視界はキラキラとした光の反射と青い空に黒い月が見えた。
そして俺の頭を掴むノヴァ。どうも俺の頭で窓ガラスを破って落下中らしい。
「なっあ!?」
「出来るのなら、治して見せよ」
ノヴァにしか見えない人物は感情を見せずにそう言った。




