花に群がる黒い蝶
空から黒い蝶が降り注ぐ。
蝶たちが群れをなし、うねり、濁流のように神殿へと雪崩れ込み、割れた壁をこじ開けていた。
黒い蝶がまとまった流れを作り出した事によって、見晴らしがよくなる。つまりこれまで黒蝶で隠れて見えていなかった神殿が見えるようなった。
神殿は建物自体が一輪の花をモチーフにしているようで、何枚もの花びらのような壁が重なっている。それはまるで蕾から花開く直前のようだ。
「入り口は……あの壊れた壁だけだな」
繊細かつ重厚な造りの神殿だが、どこをどう見ても入り口のような物は見当たらない。
黒蝶は今も壁を破壊し、内部へ雪崩れ込む。数は尽きる事なく月から降ってきた。一体どれだけの数が中に入り込んだのか……いや、考えないようにしよう。
神殿付近に立つノヴァは雷や炎、風など多彩な魔術で黒蝶を次々と消滅させていた。
しかしノヴァの魔術は行使直後の効果を高くはしていないようだ。なぜなら、黒蝶は魔力の塊なのである。周囲にひらひらと舞い散る黒蝶もノヴァの魔術に巻き込まれ燃料エネルギーとして消滅し、発動時よりも規模が大きくなるのだ。
ノヴァは風の魔術を行使すると、俺が引きずって来た封鎖がするりと持ち上がる。
彼は額に汗をかきながらも、冷静な口調で俺に告げる。
「そちは入り込んだ奴らの処理を頼む。余が穴を塞ぐ」
「了解。魔力の痕跡ごと消滅させてくるよ」
大きな鎖は魔術を行使するノヴァに託し、俺は花の神殿に出来た壁の穴へ、黒い蝶のうねりへと飛び込んだ。
「魔力が暴走しておる。気をつけるが良い」
俺の腕に、あるいは胴体に黒蝶が触れると、時折小さな魔術が発動する。
「これぐらいで止まるかよ」
黒蝶のうねりに飛び込んだと同時、ひとまとめの群集に蹴りを叩き込み、消し飛ばす。
開ける視界。ここは既に花の神殿の内部だ。
中には大小様々な蓮の花があちらこちらに咲き乱れている。その大きさは拳サイズの花や葉もあれば、俺が入りそうな大きさのものもある。
しかしそれだけだ。花と黒い蝶だけで、ノエルは居なかった。
「次の黒蝶は……ここ誰も居なぁっ!?」
黒蝶を消し飛ばそうとぐるりと周囲を見渡しながら大きな蓮の葉に着地する。
しかし、着地した時の勢いが良すぎたのかもしれない。
蓮の葉がぐにゃりと歪んだ直後に破れて俺は落下した。知らなかった。ここの下は空間が出来ていたようだ。
「っえぇぇぇぇ!?」
ばさばさと蓮の葉に全身を叩かれながら、ぐにゃぐにゃに曲がりくねった茎を掴んで落下の勢いを殺す。
蓮の葉の下には大きな空間があった。茎が真下の空間を避けるようにして曲がりくねっている。
「ノエル……!」
真下に落下する空間の中央に黒蝶が大きく渦を巻いていた。黒い蝶たちは何かを取り囲んでいるようだ。そのそばにはノエルが障壁の内部で音の波を発生させている。
音の波に触れた黒い蝶達は動きが鈍り、あるいは魔力となって空気に溶けていっていた。
しかし一目見ただけで分かる。届く範囲は広いが効果が弱い。
俺が直接消し飛ばす方が早い。
突然上から降ってくる俺にノエルは目を見開いて驚いた。
「レスト?!」
「そこの黒い塊、消し飛ばすぞ」
掴んでいた蓮の茎から手を放して再度落下する。
そして大きな渦を巻く黒蝶に向け、足にありったけの力を込める。くるりと宙で回転し、強く光り輝く足を振り上げた。
ひとまとめに群がっていたお陰で俺としては助かった。
「——全部だ」
パァン、と黒蝶が叩きつけられた衝撃音が響く。それと同時に俺の足からの光が周囲に一気に満ち溢れる。黒蝶が消え、空気が温かく感じられた。
ノエルはずっと気を張り詰めていたのだろう。大きく息を吐いて肩を下ろして落ち着いていた。
そして黒い蝶に群がられていた存在が目の前に現れる。
「……斧が2本?」
蓮の花や葉、茎や根に丸く囲まれた中央には2本の斧が祀られていたのだった。
掌編を4/26 18:10に予約投稿しました!
続きを4/27に投稿出来るように書きます\( ॑꒳ ॑ \三/ ॑꒳ ॑)/