皇子様は白馬に乗ってない
お弁当のバゲットサンド頬張ってるとスヴェンが研究室に来た。
マルガレーテ殿下は学生だけど昼食は格式ばったフルコースだって、呼んでくれようとしたけどうまく逃げた。スヴェンは兄弟、ガブリエラはご学友としてご相伴してる。無理なのよ私に本格宮廷料理なんて。作法を脳から捻くり出してるうちに夜になっちゃうよ。つーか入ってるかどうかも怪しいって。
「やっぱりここだった」
「宮廷料理は美味しかった?」
それにしては早い。
「略式だって。魚料理詰め込んだとこでさり気なく退室した。フェルディナント殿下の眼差しがきつくって」
「フェルディナント殿下まで一緒だったの?」
「当たり前だろ兄妹なんだから」
「逃げてよかった」
「だな。本人前にして何だけど、あー、ネーナとは、同席を遠慮したい…らしいこと口にしてたよ」
言葉を選んでくれてる。
「にしても、ネーナはまだいいさ。僕なんてあんな目で見る癖に、これから毎日昼食を共にしよう歓迎する、なんて、嘘丸出しもいいとこだ」
肩を落としてどよ~んとなってる。
「た…大変だね。でもさ、やっぱその…兄弟だし…」
「向こうはそんな風には全く思ってない。マルガレーテ殿下が僕を気遣う度に、気に入らないってきつい目で睨んでくるんだから」
何だかしょっぱいね、それも。父ちゃんはスヴェンが辛いだろうって言ってたけどホントにそうだ。
って同情してたらバゲットサンドを千切られた。
「あ~私のお昼ご飯!」
「いいだろ少し位、五本もあるのに」
「良くない!」
っつったけどもう齧り付いてた。
「僕も育ちざかりなんだから、午前中たっぷり踊ったら品良く盛られた料理だけじゃ足りないんだ。気を遣った分、余計に腹が空いた気がする」
「私のだってバゲットに適当に挟んだだけなんですけど?」
朝は賄さんが来てくれないんで自分で適当に食べてるし、それに私大喰らいだから食費が勿体なくて質より量で適当に作って持って来てるんだ。ドプナーさんとこのパンは美味しいからバターだけ塗って来る日もある。
「何か、青春してるなぁお二人さんは」
そんな羨ましそうに、ダンテさん。
「本の中にしかなかった世界だぁ」
「そんな被り物してたら何時までだって傍観者だよ」
まあギムナジウムに嘘の申告してるから脱げったって直ぐには無理だろうけど。
「俺は伯父さんに性格的に人と群れない方がいいって忠告されてるんだ」
スヴェンがいるから師匠から伯父さんになった。
〔善い子なのよ。優しいしぶっきらぼうだけど気遣いも出来る子なの〕
クラリッサが庇う。
〔だけどフルヴィオに魔法とちゃんと服を着て人前に出ることしか習わなかったから〕
「何ですかそれは?」
〔ある時服が破れちゃってね。他に着る服がなくて、縫うのも面倒だって麻袋に切れ目入れて着てたのダンテ〕
「誰が見てる訳じゃないからいいじゃないか。あの時も薬草育ててたから農作業してたんだし」
先生は怒って意味わかんない位小言を喰らって、でも服がないのは確かだから、鏡の魔法を使って街で服を買って来てくれたんだそうだ。ついでに破れたり小さくなったらそれで村の女将さんの誰かに縫ってもらう様にと、灰色の反物も買い与えられた。
〔日常もお出掛けも暑い夏も寒い冬もいつも灰色の服着てた〕
「ええ、信じらんない!」
コクコクとスヴェンも首を振った。
「何故?何処がいけない?服着てるだろ?なのにみんなそんな反応するんだ。何故?俺に解かる様に説明してくれ」
「説明って、ううん?けどけどクラリッサのドレスはどれも良いのばっかりじゃない?」
「クラリッサのは人形好きがくれたりするし、寸法が変わらないから専門店のカタログ買いするんだ。ご丁寧に定期的に送って来るから。何だって似合うだろ」
似合いますけれども。格差があり過ぎじゃない?
「今着てる服は?恰好良いよ」
「ツチラト、というかハイディの前の召喚主が女性でお洒落で、着合わせや色合わせを叩き込んだんで、選んでもらったままに着てる」
〔壊滅的にセンスがないの。目を閉じて選んだ方がマシよ〕
「それ、普通に酷くないかクラリッサ」
〔否定出来るの?〕
「出来ません」
後で白状したところによると、自分で選ばされて実際そうしたことがあるそうだ。それでも酷かったとか…。人間、何でも出来る様で、決定的に酷いとこを持ってるもんなんだな…。
お喋りしてたらまた来訪者があった。生徒じゃない、お揃いの制服の皇子殿下の騎士が三人、殿下の命令で私を迎えに来たって告げた。
マルガレーテ殿下は誰も伴わず独りで行動なさってるけど、フェルディナント殿下は火事の件もあって、護衛騎士を伴ってギムナジウムに登校するって通達があった。
我が校は外部の階級を持ち込ませず、生徒達は皆対等に勉学に励む、ってのが理念だから、皇族だからしょうがないけど生徒の心情としては評判良くない。
「ネーナ・ヴィンクラーだな?」
「はい」
容姿で選んだのか背が高くて典型的な金髪碧眼のハンサムだ。筋肉隆々って訳じゃないけど、引き締まった感じがする。
「付いて来る様に。フェルディナント殿下がお呼びだ」
「え?」
何でだろ。嫌な予感しかしないよ。
私が答えるより先にスヴェンが間に立った。
「彼女に何の用だ?」
声が強張ってる。騎士はじろりとスヴェンを一瞥したけど尊大な態度は変わらない。
「貴君を尊重するが口出しは無用として頂こう。ヴィンクラー付いて来い」
不味いって!拗れる前に私は騎士達に従った。争わせたらダメだ。
「待て、やり方が不穏じゃないか」
ダンテさんが待ったをかける。
「皇子といえどこのギムナジウムでは貴賤の区別なく対等だ。一人一人生徒を尊重してもらいたい。ましてや彼女はご兄妹の命の恩人だろう?それでその態度なら皇子はここでは尊敬を受けられないぞ」
ナマケモノを被ったダンテさんに胡散臭そうな視線を投げたが、正しいとは思ったらしい、態度が改まった。
「失礼したネーナ・ヴィンクラー女史。無礼は許して頂きたい。私はヴァルター・ペートルス・グラッツェル、殿下の護衛騎士だ。殿下が面会を所望されているからご同行を願いたい」
〔私もご一緒させて頂けますか?〕
「そして魔物の護衛も付いて来させる腹だろう?いかん、了承はせん」
鼻であしらわれた。
〔それなら身嗜みを整える時間を下さいな。殿下の御前に出るのだから〕
二分だけ時間をくれた。二分って、何も出来なくない?
連行される気分で騎士達に従った私の隣にスヴェンが並んだ。
「スヴェン」
「独りじゃダメだ、僕も付いて行く」
騎士は素っ気なく肩を竦めた。
「ご自由に」
ハンサムだけど尊大な態度がいけ好かない奴だな。
彼を先頭に残りの二人は私達の後ろを歩いた。
皇子はなんと集会室の一室をギムナジウムでの自室に占有してて、豪華な調度を運び込んでる。それに使用人とか何人もいるよ。知らされてない。皇族特権なんだろうけど、ギムナジウムにここまで特権持ち込まれるのは心穏やかじゃない。何の為に登校してるつもりなんだろう。
私は二人掛けソファーの女生徒の隣に、スヴェンは一人掛けに座らされた。
ジルヴィア姉様もいらっしゃるかと期待したけど姿はない。
皇子はスヴェンの同行に好い顔をしなかったけど口にはしなかった。
「ゴーグルを外しなさいヴィンクラー」
女生徒に注意される。
「すいません。ちょっとした光でも目が痛いんです」
彼女は顔を逸らした。アマーリエ講堂にいたんだね。
「…妹が君を友達にしたいと申したそうだな?」
「はい」
「勿論断ってくれたのだろう?」
「出来ませんでした。それは私がここに来たのと同じ理由です」
つまり皇族の命令を無視出来ないってことですよ、殿下。
「不躾に遠慮なく口にするのだな」
「ここは自由自治都市カランタですから」
貧富の差はあっても対等なのが基本なの。それは皇子だって譲れないんだからね。
「利用価値は解かるが気にくわん仕組みだ」
「ご用はそれだけでしたら退散させて頂いてよろしいですか?」
早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい、心はそれだけを呟いてた。
「まだだ、退室させるか否かは私が決めることだ」
(あーー、皇子ってホントこんな人種なんだ。フィリップと変わんないや)
「マルガレーテに仕えるなら条件がある」
いやいや、仕えたくないのに皇族には逆らえないんじゃない。条件なんて付ける前に妹さんに言ってやってよ。私だって迷惑なんだから。
フェルディナント殿下が合図すると男子生徒がベルトを出して来た。嫌~~な予感がする。
「これは急遽用意した君の獅子人の力を抑制する首輪だ」
(首輪って!人を犬猫扱いするなぁ!)
獅子人の血を引いてるだけなんだよ。逃げるしかない。立ち上がろうとしたが立ち上がれなかった。腰が抜けたとかじゃない。魔法が働いてるんだ。
「フェルディナント殿下!」
スヴェンが察して立ち上がったが、騎士達にソファーに押し戻される。
「助けてもらったことには感謝する。だがそれとマルガレーテに仕えることは別だ。僅かであろうと獅子人の血を引く者を妹の傍には置けない」
「その話はマルガレーテ殿下として下さい」
もうほんっとう、に!迷惑⁉ここまでする?
「マルガレーテはこうと決めたら私の話など聞かない、強情者なのだ」
私以上にスヴェンが激昂した。
「いい加減にしろ⁉人を何だと思ってる。皇族だからって何でもかんでも許されると思うな!」
「スヴェン」
「お前に発言は許していない」
「カランタではそんなもの必要ない!彼女を放せ、僕の大切な友達だ。ネーナに首輪なんかしたら告発してやるぞ⁉」
騎士達がスヴェンを抑えきれなくなってる。止めてよ殿下、私にだってスヴェンは大切な友達なんだから巻き込まないで。
クッソウ、グラッツェルって奴、腕組してすかして見てる。やな奴!
ドンドンドン
いきなり激しく強い力で扉が叩かれた。
「兄上様入れて!マルガレーテよ。ネーナを返して。兄上様!」
誰かがマルガレーテ殿下に通報してくれたんだ。そうだよ考え直して皇子、って期待したのに殿下は醜い表情になって舌打ちする。
「賤しい庶子とはいえスヴェンお前も父上の血を引いているのだぞ、獅子人の女を友達などと…、お前もマルガレーテも自分の立場を何だと心得ているのか」
私に歩み寄るとゴーグルを乱暴に外されてきつく目を閉じた。見られちゃ不味い。
皇女殿下は外から兄殿下に呼び掛けるのを止めない。
手を動かすのも鉛玉を持たされてる様だったけど、私はポケットからクラリッサに渡されたコンパクトを取出そうとした。
「首輪を貸せ、私が直々に着けてやろう」
止してって、そんなことしたら私だって絶対殿下を許さないからね!そこまでされる謂れが何処にあるっての⁉
思わず目を開いちゃったら殿下がビクッと身体を震わせた。
(しまった⁉)
「それは、忌まわしい獣の瞳だな」
皆も一様に驚いてる。
意を決して殿下は首輪を私の首に巻こうとする。
どうにかコンパクトを開いた。何が起こるのかわからないけど、これ以上不味くなり様にない気はする。
(助けてクラリッサ!)
急に手に掛かる重量が増してコンパクトを落してた。
ダンテさんが首輪を掴んだ殿下の腕を掴んでた。
「当人の意思を無視した強制はモントゥーワール条約違反です」
亜人に対する世界的な条約だ。我が国も加盟してる。
「な、この部屋は遮断されているはずだ」
驚いた誰かが洩らした。当然のことながら魔法障壁が張られてた訳だ。
「はっ、へな…」
また何か不味い台詞を宣おうとして、ダンテさんは後に続いたクラリッサに背中を蹴られた。グーツグーツ、クラリッサ。しかも床に落ちてたゴーグルを拾ってくれる。返す返すもお世話になります。
扉が開いてマルガレーテ殿下が飛び込んで来る。
「兄上様のバカ⁉」
口で責めつつ手でも責めた。バシィッと平手が決まった音がする。
「この頃の兄上様はどうしてしまったの!元の兄上様に戻ってよ。バカバカバカ!私はネーナと友達になるって決めたの!」
二発目、三発目が響く。いや、ちょっとちょっと皇女殿下、結構いい音だからかなり痛いよ。フェルディナント殿下は避け様とも止め様ともしない。何この兄妹関係。止めたいけど動けない。騎士達は何で動かないのよ。
四発目でスヴェンが皇女殿下を制止してくれた。
「もうそこまでで殿下」
興奮して息を切らしながら兄殿下に宣言する。
「いいこと兄上様、前に宣言した通り、私は成人したら臣籍降下します。皇族とは無縁になって生きるの。それは変えないわ」
「たった二人の兄妹なのに兄を捨てるというんだな!」
「居てどうなるというの?どうせ自分に有利な貴族に嫁がせたいって考えてるくせに」
「それはまた別問題だ」
別問題多いな皇子。いろんな棚を持ってんだろうな。
クラリッサが私の袖を引いた。兄妹喧嘩の間に退散しようってことね。しかしマルガレーテ殿下に気付かれてしまう。
「待ってネーナ、スヴェン私も一緒に行くわ」
「マルガレーテ!」
強く名を呼ぶフェルディナント殿下を無視して、私の背を押してさっさと退散する。
戸口ではガブリエラが『憎悪』と書かれた瞳で皇子殿下を睨んでた。
(なんか…同情しちゃう)
場違いな同情をフェルディナント殿下に感じてしまった。一時の感情に流されるな私、つい今しがた何をされたか思い出すんだ。そうすると同情心が萎んだ。やれやれ。
なんて日なんだろう朝から落ち着かないったら。
「ネーナ本当によろしかったわ何事もなくて!」
あったさ、最悪が防がれただけで。けどガブリエラは本気で心配してくれてたから口にはしなかった。憎悪から一転泣き笑いする顔が最高に可愛かった。
「命の恩人なのに迷惑を掛けてしまったわね」
すまなそうだけど迷惑ってレベルですか?それ以上ですよ。私絶対自由都市以外の場所に住まないって決めました。
つーかガブリエラ、皇女殿下の所為だけどそんな瞳で見ちゃダメ。
焦ったけどマルガレーテ殿下はガブリエラの様子に全く気付かなくて、いいのやら少しは気付けよやら、臣民としては複雑な気持ちだわ。
「どんなに尋ねても兄上様は何があったのかは話してくれないの。失敗を妹に打明けるのが恥ずかしいのよ。プライドがあるから」
声が苦々しい。
「兄にとっては二人切の兄妹だから、昔から私が好きになる人を快く思わない所はあったけど、今回のことは度が過ぎてるわ許せない」
なら友達宣言撤回して下さい。
一般の家族と違って家族関係が難しいのは理解しますけど、だからって何でも許せるって訳じゃ全然、全然ありませんからね。って口にしたいのは山々山。現実ではそうも出来ない訳ですよ。苦苦苦。
「私にとっても大切な兄ではあるんだけど、私の話を聴かないし自分の胸の内も話してくれない。同じ道を歩けそうにないの。それを受け入れてくれなくて困ってしまう」
あんな平手打ちで目が覚めないなら無理でしょうとも。
あー、ちょっと心がヤサグレ加減だ。
「午後はどうする?学内なら自由に過ごしていいんだから、僕は気分転換に薬草園で土いじりするよ」
さり気なくスヴェンが話題を変える。歩きながら話す話題じゃないからね。それ賛成!私だけじゃなくガブリエラとも目が合った。
「私も…行っていいかしら?」
悪いよ。
「殿下の学業とは全く関係がありませんよ。土も触りますし」
スヴェンに釘を刺される。
「もしかしたら毒殺という手も迫るかもしれないわ。薬学も勉強します」
(止めて~。毒見役でも置いてこっちに来ないでぇ)
私は強いて殿下から視線を逸らした。
「クラリッサ、ダンテさんお世話を掛けました。でもこれで二人の立場が悪くなったよね」
これは殿下に聞かせるつもりもあった。ダンテさんだって命の恩人だし、彼らにフェルディナント殿下が何かしない様にして、っていう願いも混じってた。
「心配ない俺はクラーケンの神経してるから」
〔間違いないわね〕
おお納得です。って十代前半でそんなの良いのかホントに?でも、ま、いっか。ダンテさんの人生は人より数倍長いのは決定してるから、繊細なんかじゃ生きてけないよね。
「俺からすれば君が純粋な獅子人であろうと、人間だろうと知ったことじゃない。中身が問題なんだ。嫌な奴なら関わらないしな。だが嫌な奴でもあんな理不尽は赦せない」
惚れちゃう。男らしいよダンテさん。顔面は女らしいけど。うん、被り物は必須だわ。
皇子との一件が知れ渡るのは時間の問題だった。お陰で皆すまなそうに遠巻きにして近寄っては来なくなった。寂しいけど命の恩人だからってチヤホヤされるよりはいい。私がおかしくなる。
教頭には睨まれたのに、呼び出された校長室では励まされた。獅子人の血を引くからって理不尽な目に遭う様なことがあれば申し出なさい、って心強いです校長。厳重に抗議してもう二度とこんなことは起こらない様にするって。相手は皇族なのにそう励ましてもらえると、辛いことあるけど頑張ろうってなれる。
薬草研究部は温室を含む菜園を持ってて、その維持も活動の一つだ。研究に使う薬草や薬木は高くて買ってばかりじゃいられないから、栽培出来る物は自分達で栽培する。みんなで採集しに出掛けたりもしてね。私は大好きだったから、そろそろそういう時期じゃないかな~、って期待してた。
暖かい日が続く様になったから、これから植物の活動は活発になる。しなけりゃならないことが一杯だ。遅れて参加すると、作業用のエプロンをつけたマルガレーテ殿下が部員の指示を聞いて慣れない作業に取り組んでた。
(本気なのかな?)
皇子皇女は多いから皇室費を考えると臣籍降下は有難いことで、なんにつけ費用を掛けた(豪華な)生活をしないと帝国としての体裁があるからだ。帝室批判の新聞にも書かれてた。
庶民の指示をしっかり聞いて作業してるのを見ると本気の様な気もする。しかしここまで追い駆けて来なくてもよくないか?
菜園内は水遣り用に水路が通っていて、水源である井戸から水を汲み上げる仕掛けは魔法じゃない。壊れた時の為に図面は残っていて、それを頼りにダンテさんが部品を修理してる。元々ある部品を丁寧に研いで今後の為、部員にも説明してやらせてる。時間は掛かるけど確実な方法だ。
ホント凄いんだ。私なんて図面があったって理解出来なかったから、いつ本当に壊れちゃうかってハラハラしてた。見積出してもらった事あるけど買い替えると高いんだよ。その年の活動費を全部取られちゃう。
同じ様に来てた先輩達が今年の作付けや「春宵祭」のことを相談してた。小規模な行事だけど華やかなんだ。必要な道具で講堂と共に消失した物があるから、確認して購入するかどうかとか話し合わないといけない。それに園芸部と協力して出品する物の相談とかとかなんだけど、春宵祭ってアマーリエ講堂で催されてたんだよね。焼けちゃったから開催が危ぶまれてるらしい。
一年草の区画をゴーレムが耕してる。土の様子を観察して肥料の種類や量を計って施さないといけない。寝坊助なカエルが掘り起こされて、まだ眠いのかぼーっと人間達を眺めてる。
「よ、英雄、お疲れ」
捻くれたユーモアの持ち主であるコンスタンツェ・ブロンザルト先輩が手を挙げた。部長で気の合う先輩だ。
「マジ勘弁して下さい先輩。うんざりですよ」
「まあまあ、あたしだってもうダメだって諦めてたんだよ。お礼を言わしておくれな。にしても銀髪は白髪じゃないって再確認したよ。綺麗じゃないの」
「銀髪はね~、顔は十人並みのまま~。亜麻色の髪も気に入ってたんですけどね」
「銀髪の方が珍しいからねぇ。で、」
「で?」
「マルガレーテ殿下が部員と一緒に活動してらっしゃるのだが…?」
「そうなんですよ。入部はしないでしょうけど一緒にやりたいって」
「初めてのことが新鮮で楽しい時期だよな。研究部に寄付も頂けるかな?」
高価な薬木とか栽培出来ない高価な薬草とか欲しいもんね。
「どうでしょうね」
曖昧に濁す。
「仲良くしてやんなよ。思い切りよく帝室を見限ったみたいだしね」
「何かご存知なんですか?」
「以前から陛下にも周囲にもそう宣言して行動してらしたのは、宮廷では知らぬものなしなんだよ」
(マジで?)
先輩の一族の一人が皇居で働いてて、そこから得た情報なんだ。
「そう宣言されたところで、陛下は元から関心のない娘だから好きにやれって返事したそうだよ」
何だか陛下って腹の立つ男だなぁ。作るだけ作ってほったらかしのスヴェンといい。口に出来ないけど父として最低じゃないか。
「だから多少粗相をしたって不敬罪なんかにゃ問われないから、安心して友達になってやんなよ」
「でも……兄殿下が…」
「男ってなぁ身内に甘えたがるもんだからね」
部長は他の先輩に声掛けられたんで、もっと話したかったけど会話はそこで終わりになった。
糞の堆肥でも臭い物と臭くない物がある。草食系の糞堆肥は欠かせないしそんなに臭わない。鳥系の糞堆肥は確実に臭い。お貴族様は何でも臭がるけど、知らなかったら気にならなかったりするから、何処までホントに臭ってるんだかは不明だ。
麗しのガブリエラも優雅な手つきで堆肥を手の平に、繁々と観察すると嗅いで発酵具合を確かめた。彼女の担当は薔薇のカザンリクで肥料喰いだから品質は重要だったりする。
小規模な栽培だからローズオイルは無理だけど、乾燥させたり、ジャムや紅茶にして研究費を稼ぐんだ。
「発酵具合も量も文句なしですわ」
「それは糞なのよねガブリエラ」
発酵して臭くなくなったとはいえ、殿下はそんな物を鼻先にして嗅ぐのが衝撃だったようだ。
スモテリドンやワリロとか草食獣を牧畜してる農家から譲られた糞だ。
「植物を育てるならこの程度のことで衝撃を受けていては育てられません」
差出された堆肥から逃げてる。
「そう…なの」
うん大丈夫、入部はないな。
堆肥と肥料を配合すると、根元に撒くのはゴーレムがしてくれる。
「綺麗な花が咲くといいわね」
「花は咲かせません殿下。加工しますから蕾の内に早朝摘み取るのですわ。今年は予約がもう入っておりますので、マルメラーデをたくさん作る予定です」
「美味しいわよね薔薇のマルメラーデ。大好きよ」
「はい私もです」
皆で手分けすると作業も早い。残りの時間は部員達も三々五々になって、私達も仲良しで集まって、薬草園の一画でお喋りとなった。
「臣籍降下された後のことはお考えがあるのですか?」
「そんなに堅苦しくしないでよ。いずれ遠くない時期に私達本当に同等になるのよ」
「なりませんよ。殿下はそれでも貴族です」
「じゃあガブリエラは?スヴェンは?」
一本取られた、二人共貴族だ。スヴェンは苦笑してる。
「領地を頂くとか?」
「それもまた面倒なことになりそうだから、年金をもらって何処かの自由都市で身を立てるわ」
「身を立てる、ってことは何かなさるんですか?」
同じ歳の兄弟でもスヴェンは敬語を変えない。
「隠居して過ごすつもりはないもの。勉強して色々見聞きして自分が出来る事を探してるところ。協力してね兄弟」
サロンを開いたりして優雅に過ごすんだと思ってた。
「だからここに来たのよ。これは秘密よ。帝都を追われることになった時、兄上様はお祖父様の領地に行きたがったけど、私は素直に父上様の通告に従ったの。兄上様は単身お祖父様の下に行ってもよかったのに予想通り付いて来たわ」
秘密、と指を一本口に当てる。
「私はね、自分の為にもさっさと皇族であることを捨てて、人生を切り開きたいの。乳母や養育係達も冷たくて厳しくて親しみを覚えられなかったし、ずっと居心地の悪さを感じてた。けど兄上様は自分の待遇に不満で正当な待遇を取り戻したいってお考えなの」
「正当な待遇…」
「何だと思う?エドゥアルト兄上様も我々は身分に反して冷遇されてる、って常々仰るわ」
上のご兄弟達とは関係は悪くないのだとか。親子程に歳が離れていることも理由かもしれないけど、父に顧みられない者同士、記念日などは一緒に過ごしてマルガレーテ殿下も甘やかして下さったそうだ。
「兄妹で争うなんて真っ平だし、冷たいかもしれないけど父の愛を渇望する子供でもないの。スヴェンもそんなに父上様とお会いしたことがないのでしょう?私もそう。行事の際に遠くからお見受けしたりするのがほとんどで、気が向いた時にほんの一瞬会いに来られるだけだった。兄上様は大喜びしてらしたけどね」
タルヴィッキ様のお子様達は、行事でも兄弟の順を飛び越えて父皇帝の傍近くにいたんで、兄殿下は嫉妬の眼差しを向けてらしたとか。う~ん、それって大分不味いよね。貴族達が尻尾を振る順もその通りになったから、余計プライドが傷付けられちゃったんだ。
「フェルディナント殿下は皇子の中でも優秀なんだって聞きましたよ」
「頭は良いわよ。少し前までは身分だとかそんなに口にせずに様々な方と知己を結んでらしたし…。けど他の兄弟と比べて飛び抜けてどうとはね。皆一長一短あるもの。凄く頭が良いのは病弱で部屋に籠りっきりのヴィリバルト兄上様よ」
誰もが認める皇子は病弱で後はドングリの背競べってことね。タルヴィッキ系の皇子皇女は交流が少なくて一般的な噂以上のことは知らないそうだ。
「だって向こうが親しくして来ようとしても近従達が邪魔するの。差をつけておきたいのよ」
反面七番目の皇妃ハリナ妃は歳も近いから母というより姉妹に近い感じで、嫁がれた当初から上のご兄弟達に親しくされて、弟君ボニファーツ殿下が産まれた時も直ぐに会わせてくれたらしい。
「可愛いの!初めて下の姉弟を持った気がしたわ」
皇妃は小さな公国から嫁いで来られたし、成人した兄弟姉妹が多いから我が子に皇位継承させるなんて考えは全くないらしい。
「見込まれてとんだ迷惑よね。解かってると思うけど父上様は脂ぎってないけど女好きなの⁉そりゃもう娘の私だって引く位節操なしなのよ」
そう言われましても脂ぎってるとか肖像画以外でお姿を知りませんがな。
「顔はスヴェンが老けた感じ。雰囲気もよく似てる」
皆の視線がスヴェンに集中して彼の頬がひくついた。
「急に会いに来たと思ったら、私達じゃなくて新しく入った侍女に眼は釘付けなの。大して日も経たない内に身籠らせて館を与えてたわ。開いた口が塞がらないってこのことよ⁉そんなのが何度もあったわ」
事実は小説より奇なり!本の中の出来事が直にある。つーか陛下、我が子の前では控えなよ。
「認知した庶子はもう直ぐ四十人を超すんだから。私とスヴェンが同年で、一年も違わずジークリット(第十七皇女)がいるの。タルヴィッキ妃を心から愛してたって身体は別なの。夫や父としては最低じゃない?」
「ええ、それは間違いなく」
強くスヴェンが同意した。私も頷こうとしてガブリエラに止められる。自由都市とはいえ迂闊に皇帝批判をしてはいけない。子孫繫栄で善き哉善き哉。
「今度のこともタルヴィッキ側が年長の、宮廷で幅を利かせる庶子を取り込んで陣営を強化してて、兄上様達が焦って何やらしたかしなかったかしたらしいの。政略結婚の正妃の子より妾の子の方が可愛いのよ」
ああ、聴く程に泥沼、底なし沼じゃんか…。
「だから一刻も早く、父上様が約束を忘れて私を何処かに嫁がせようと考えない内に!臣籍降下して縁を切るの!」
拳を握って力説する。
「ですね~」
「だから協力して!私の脱・皇族計画に」
「解かった。同年の兄弟として協力を惜しまないよ」
力強く答えたスヴェンに対し私達は一歩退いてた。
「それとこれとは問題が違うっていうか…」
同情するし考え方も良しなんだけど、うかうか考えなしに皇族の問題に関われないですよ庶民は。類が及ぶのは我が身だけじゃないんだから。
「ちっ、これだから頭の良い人達は。空っぽだったら即「一生お仕えします」ってなるのに」
初めてやないんかい⁉
「ま、だからこそ欲しいのだけどね!必ず友達になってみせるわよ」
(私が欲しいのは友達ですか?用心棒じゃないんですか?)
新たな疑惑が生まれた。
「ほら物語によくありますでしょ?」
殿下と別れた後ガブリエラが呟いた。
「姫の境遇に同情した学友達が姫の為に一肌脱ぐのですわ。あれは物語の中だけのお話しですわよね」
「だよね。うちは姉ちゃんもう直ぐ挙式だし、兄ちゃんも縁談がまとまりかけてるし、それでなくても私の事で迷惑かけてるし」
人の世の厳しさは人一倍理解してるつもり。
「私も、我が家が仕えるのは帝国だけではありませんの、当家が本家ですけれど甘ちゃんではのし上がれませんわ」
「それに手を貸した友人達は色んな意味で大怪我して、姫は無事なんだよね」
「決断を下す大将(物語の主人公)は守られねばなりませんもの」
殿下、私達はちょっと無理です。遠くで心から応援したいです。




