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厄災と同義語のお友達

 髪の毛は私が浄化の為に浸かった薬湯が濃かったから変色したって話を考えてくれた。実際ギッティ先生もしばらくしたら戻るかもしれないって言ってたし、嘘ばっかりじゃない。けど、瞳は隠しておかないと虹彩が広くて白目がほぼ見えないから、髪より獅子を連想し易いんじゃないかって、それでダンテさんに言付けてゴーグルをくれたんだ。

 先生は講堂を焼いた暗殺集団の居場所が、ハッキリするまで行方不明ってことにしとくという。


 顔をヴェールで隠した女性を伴ったクラリッサが、ゴーグルをわざわざ届けに来てくれた。

 クラリッサを一目見るなり家族も住込みさん達も目の色変えて興奮してた。当然だよね。ゴーレムはそこらにいるけど、一流の人形師のビスクドール型なんてそうそういない。一生会う機会がないのが普通なんだもん。

〔初めまして、クラリッサと申します〕

 椅子付きの人形鞄を女性は恭しく胸の辺りに掲げて開けると、水色とレースのお出掛け用ドレスがとても似合ってて可愛いクラリッサが、丁寧に挨拶したんだ。

「あああ、どどどうぞどうぞお入り下さい、あばら家ですけど」

〔ご丁寧に恐れ入ります〕

 私同様神経の太い母ちゃんもすっかり狼狽えちゃってる。

「お飲み物は…、珈琲をご用意しましょかね?」

〔どうぞお構いなく。私は人形ですから飲みません。ですがよろしければ従者には香草茶を頂ければ嬉しいのです〕

 従者と紹介されたダンテさんはヴェールを上げた。傾国の美貌が露わになって、これまたみんなが息を呑んだ。化粧をしてないのに唇が薄桃色ってどうなの?軽く頭を下げただけで口は利かなかった。

 二人?を私の部屋に通すと兄ちゃんがお茶を運んで来てくれた。特に何も言わず、眼を大きく見開いてクラリッサとダンテさんをガン見してった。

(兄ちゃん…)

「ごめんね。うちの家族気はいいんだけど好奇心が強くって、ジロジロ見られて不愉快だったら正直に言ってくれたらいいよ」

〔あら全然。慣れてるし、家族の仲が良さそうなのが伝わってきて気持ちいいわ〕

 それがうちの取り柄でして。

〔それに女の子の部屋ってそんなに馴染みが無いから新鮮だわ。ほら、男性ばっかりでしょ私の周り〕

 ホントに珍しそうだ。部屋をぐるっと一周する。

「俺も、俺もちょっとだけ、ちょっとだけ見ていい?」

 遠慮しいしい興奮を隠せない傾国の美少女を拒むなんて出来ないよね。ダンテさん女装してまで来てくれたんだもん。ちょっと恥ずかしいけどさ。

 獅子人の血が現れてても女子ですから、部屋は普通の女子と何にも変わらない。両開きのクローゼットに衣装箪笥。その上には人形や学校で作った物なんかを飾ってあって、贅沢にも兄ちゃんが隣に移ってからは勉強部屋が貰えたから、本棚には愛読してる恋愛小説群が一画を陣取ってる。

〔これぞ女の子の部屋ね!いいなあ〕

「掛布がキルティングされてる。すみれの花柄が可愛い!」

「父ちゃんの姉ちゃん、つまり伯母さんの手作りなんだ。十歳の誕生日のプレゼント」

 本棚の恋愛小説の背表紙を目にしてダンテさんが歓声を上げた。

「読みたかった本がある。こっちは持ってる、っていうか持ってたんだ。置いて来たから。汚したり折ったり絶対しないから何冊か貸して」

 瞳をキラキラさせて超可愛いじゃないか。声が裏切ってるけど。

〔私も読みたいわ〕

「いいよ」

 その美貌でなかったら、男性が少女用の恋愛小説を読むなんてって生理的な物を感じたかもしれないな。何となく心を読まれちゃう感覚があるから。

「ダンテさんは恋愛小説好きだねぇ。男性では珍しいよね」

 読書部にも頻繁に顔を出してて、恋愛小説の話をよくするんだよね。

「うん、俺はね、こうして女性の気持ちを研究して、絶対お嫁さんを幸せにしてあげるんだ」

「もうそんなこと考えてるんだ!前も気にしてたよね。もしかしてお嫁さんにしたい人がいるとか?」

 申し訳ないけど傾国の美貌でお嫁さんとか言われても違和感しかない。悪い言い方をすれば「鏡見てろよ」って感じなんだけど、そういうことじゃないんだよね、お嫁さんが欲しいって。

「まだだけど、出会ってから慌てない様に、いつ出会ってもいい様に準備しておくんだ」

〔キモイ〕

「クラリッサ!それは思ってても口にしちゃいけないこと!」

 仲が良いからって遠慮がなさ過ぎるよ。ショック受けてるダンテさんが可哀想だ。いや、考え方がキモイのは同感だけど。

〔恋愛小説なんてあくまで少女の願望、物語に過ぎないの。現実はもっと違うのよ。大体男性にちょちょいと身体を触られた位で小説みたいに反応しないわ〕

「そんなバカな!書かれてることが嘘だっていうのか⁉」

〔嘘に決まってるでしょ!それに四六時中溺愛されたって、したい事が出来なくて超ウザイだけよ〕

「嘘だ!ネーナ嘘だよな!」

 どう成長したら真実だと思えるのかな?ギムナジウムの女生徒達見たって分かるでしょうが。自分の恋人だけは別口だって?

〔前々からその考え方は矯正しないと恋愛観を拗らせて不幸になるとは思ってたの。今日矯正しちゃいましょう〕

 高い所(衣装箪笥の上)に立って宣言した。

〔先ずは幸せにしてやる、っていう上から目線は止めましょうか。それは男らしさじゃないわ。そう思ってる女子もいないじゃないけどダンテには会わない。あなただって幸せは人にもらうものじゃなくて自分でなるものだ、って分かってるでしょ。女子も同じなの〕

「言われてみれば⁉」

「ああ、成る程分かりました。男子の願望拗らせてる訳ね。言っとくけど書かれてる事を実行してもクラリッサの言う通りウザがられるだけだからね。現実では砂を吐かれると思うよ」

 これは早めに目を醒まさせないと健全な成長が阻害されちゃうわ。

「砂を!どうやって?」

「どうやってかしらね~~」

「しかししかし女性が書いてるじゃないか!」

「うんそうだね。それはね、こうだったらいいなぁっていう願望だから。割と実際にこんなのあったらウザいだけだよな、って判ってて夢を楽しんでるだけだから。そこは大前提として分かっててくれないと」

 言葉もなく稲妻に撃たれたかの如き衝撃のご様子だった。それにしてもこの恋愛観ってこの歳の男子としてはどうなんだろう?女子の情報はあるけど男子のは分かんないや。スヴェンに訊いたら…恥ずかしがっちゃう姿が目に浮かぶな。フォルクマーとか近所のがきんちょにリサーチしてみるか。


「クラリッサはダンテさんと部屋を共有してるって話だったよね?」

〔ええ、子供の頃から一緒にいたから、何となく今でも一緒に寝てるわ〕

 何を部屋に飾っても怒らないし、簡単な家具なんかは器用にも作ってくれるそうだ。

〔着替え用の衝立をね、こんな風に作ってって物語の挿絵を見せたらそっくりに作ってくれたの〕

 魔法具製作はギッティ先生よりも上手で、私にくれたゴーグルもダンテさんお手製なんだって。コレクションを見てみたいもんだなぁ。

「幼馴染の女の子用に作ってたのがあったから、気に入ってくれたらいいんだけど。調節するから付けてみてくれ」

 衝撃冷めやらぬままにゴーグルを取出した。

 その幼馴染の女の子にはとても申し訳なかった。だって貴重な魔晶石がレンズに嵌められてて、黒いけど内から覗いたら黒く曇らない。柔らかくて伸縮性に富んだ革は何て動物の物かは判らないけど、リスと木の実の気取らない装飾が施されてて手が込んでる。革は心地良く顔にフィットして、長さを後ろでダンテさんが調節してくれる。

「器用なんてもんじゃないよダンテさん。これで食べてける腕前だよ」

「そうかな?ありがとう。きつくないか?」

「全然きつくない!この革何の革なの?柔らかくて臭わないしいい感じだよ」

「レンズは夜とか闇の中でも見える様にしてる」

「うわお。私これを汚したりしないで返せるか自信ないな。つけるのが畏れ多くなってきちゃった」

「返す必要ない。ギムナジウムのみんなを救った英雄への贈り物だ」

「いやあ、そんな風に言わないでぇ。一緒にやったでしょダンテさんは!ダンテさんが氷の道作ってくれなかったら、私だって焼け焦げになっちゃってたよ」

「じゃあ友情の証だ」

「それでもいい物過ぎない?これ売ってたら絶対高いよね」

「そうか?」

〔そうよダンテ。お金に頓着がないくて、市場価格なんて知らないんだから。魔晶石だけで先生の給料二か月分にはなるわよ〕

「ホントにぃ?俺ちょちょいと作っただけなのに?」

 疑わしそうだけど、私はその「ちょちょい」ってのに吃驚だよ。

〔貴女がみんなを助けたのに一番被害に遭うわね。私は全面的に貴女の味方になって応援するから、困ったことがあったら何でも相談して頂戴ね〕

「ありがとうすっごく心強いよ」

〔目は光を感じると傷んで見えなくなるって話にしてね。知ってた?ライオンは動体視力に優れてて視野も広いけど、視力は良くないの〕

 それでか、急に物が見え難く感じたのは。ゴーグルを掛けるとそれが治って以前の様に遠くもハッキリした。

〔この子スパイラル・ワイバーンを田舎で飼い慣らしてたんだけど、空を飛ぶと速いけど目に風が当たって乾くの。それでゴーグルやら被り物なんかを作り出して趣味になってるのよ〕

「スパイラル・ワイバーンって、乗り難いけど小型の飛獣じゃあ一番速いって評判でしょ!へぇ、被り物をたくさん作ってるって話だったもんね」

〔髑髏頭なんかも作ってたんだけど、人を怖がらせちゃうから小動物にしたのよね。動物事典と睨めっこして可愛い系のを作ってて、リスみたいに馴染みのもあればフェネックとか、オコジョに袋モモンガ、プレーリードッグ、アルパカとか、名前も聞いたことないでしょ?〕

「ないない、一度見てみた~い」

〔思うところがあったらしくて、今朝からナマケモノって動物を被ってたわよねダンテ〕

「知らない動物だな…。どういう心境の変化?きっと可愛いんだろうな」

 褒められて鼻高々に胸を反らしてたのに、急にそっぽを向いちゃった。

〔可愛いというより笑ってるみたいな顔してるの。だからきっと怒ってるのよ、ねえダンテ。フルヴィオのこと心配で心配で、無事だったはいいけど姿を現すことが出来ないし、居場所を知られたら危険だから一緒にいられないし。きっと心の中では放火犯にどうやって制裁加えるかって恐ろしいことを考えてるんだわ〕

 そっぽを向いたままで無言なのが答えだった。

「考えるだに恐ろしいけど是非参加させて!全力で協力するからダンテさん!」

 絶対容赦なんかしてやらない。

「⁉あ、先生に会う?」

 無事をその瞳で確かめたいだろうって気を回したけど、二人共気が無さそうに断った。

「会わない。偽物の姿になってるから」

 むすっとしてる。そういう顔も可愛いんだ。堪らんぜ。趣旨替えしたりしないけど可愛い者は可愛いのよ。人形を抱かせたくなっちゃう。

「けどあれが先生の真の姿なんだよね?」

〔ダンテにとっては偽物ってこと。小さなフルヴィオが好きなのよこの子。下手な詮索は受けたくないからいいわ。それに鏡を通して会話はしてるから充分だわ。気難しがり屋フルヴィオの世話はイスメトに任せてる〕

 クラリッサは良いお姉さん役してるんだ。先生曰く「世界で唯一ダンテを止められる」のも頷けますよ、はい。


 ゴーグルで登校したらみんなは誰か判らなくて驚いてた。声や仕草、体形で納得してくれた。

「可哀想に!私達の為にこんな思いさせちゃってごめんね。けどありがとう。ネーナが頑張ってくれたから私達生きてる」

「ホントだよ。僕達に出来る事があったら何でも言ってくれ。具合が悪くなったりしたら遠慮しないで言うんだぞ!無理したらダメだからな」

「ありがとうねネーナ」

 一頻り「ありがとう、ごめんね」祭が展開されて、精神的にはそれだけで二日分は疲れた。()()フィリップまでが私を捕まえて感謝してんだから。

「僕は心の底からアマーリエ講堂での君の姿に感動したんだ。これまでの自分を恥ずかしく思う。君に助けてもらった命を大切にして、これが自分にもらえたチャンスだと心を入れ替えることにしたんだ」

(いやいやフィリップ君、何があったっていうんだ!私が何をしたって⁉何でもかんでも私の所為にしてないか。そこまでいくと悪夢だぞ)

 心が悲鳴を挙げて家にすっ飛んで帰りたくなった。

「おはようネーナ。会いたかったわ」

 上機嫌で身体ごとガブリエラがぶつかって来る。

「聞きましてよ、まあ素敵な銀髪ですわね。ゴーグルは我が家でも可愛らしいのを作らせて頂いてよ」

「それは他の人達からも申し出があったよ。でもしばらくの間だから要らない。治ったら付けないから」

「あら残念ですわ。遠慮しなくて良くてよ」

 何で皆私に贈り物攻勢を掛けてくるんだ。急いで話題を変える。

「それよりスヴェンは?あの日はギムナジウム来てなかったよね」

 絶対ガブリエラを守ってるはずだもん。

「ええ、前日の夜から具合を悪くしていましたの。嘔吐があってね。体調が戻ったら登校するとは言っていたのだけれど、結果的には良かったですわ。結局登校しなかったのです」

「世の中何が幸いするか分かんないね。怪我がなくて良かったよ。今朝は?」

「登校するなり校長先生に呼ばれましたの」

「また何で?」

 彼が何か呼出しを受ける様な悪さをするなんて想像も出来ない。

「スヴェンも微妙な立場だからではございませんこと?だって庶子ですもの」

「書誌?」

「庶子。今上陛下の数多いる庶子の一人でしてよ」

 青天の霹靂!ぬわんですと!

「初耳⁉」

「いいえ⁉」

 ガブリエラは力強く否定した。

「以前私はうちに居候する理由として話したことがございましてよ。やっぱり話半分にしか聞いてらっしゃらなかったのね」

「だったっけぇ⁉」

「だったのですわ。隠すことでもございませんし素直に話ました」

「ああごめん。きっと理由を聞かない方がいいんだと思って深追いしなかったんだね」

「だと思いましてよ。根掘り葉掘り訊かれて楽しいことでもございませんしね」

 急にスヴェンの前で陛下の悪口言ったことがないか気になり出した。多分ないと思うけどなあ。そんな素振り見たことないし。

「気にしなくても、スヴェンも陛下にはほんの小さな頃に数回会ったかな?と首を傾げる程度にしかお会いしたことがないそうです。勿論我が家に来てからは一度もありません」

「そっか、二十人以上もいたらそうなっちゃうかぁ~」

「未成年を入れたら四十人近くまでなりますのよ。ええ、認知して下さっただけでも儲けものなのです。年金も頂けますし」

 ほうほうその様になっているのですか。

 お母さんが亡くなってたのは聞いてた。ガブリエラの実家ロットシルト家は有力貴族だから、良い家の孤児で世話になっているのだろうとは察してたけど、良いなんてもんじゃなかったな。

 話してる間にも声を掛けられて感謝されたり贈り物を押しつけられたりする。

(日持ちしないお菓子の匂いがする)

 お砂糖たっぷりの湿った匂いの甘い物はギッティ先生行きだな。

 我が家もお菓子は嫌いじゃないけど、姉ちゃんは結婚を控えて婚礼衣装が着れなくなるから控えてるし、母ちゃんも体形を維持したがってる。父ちゃんと兄ちゃんは好きだけど大量に食べない。摘まむ程度の楽しみ方で満足で、住込みさんにもお裾分けしてるけど流石に音を上げてて、最早誰もお菓子の消費に協力してくれないのだ。


 何気に歩いてると後ろからガブリエラみたいに抱きついて来た女子がいる。

「おはようネーナ」

(この声!)

「マルガレーテ殿下!」

 ガブリエラが驚いてる。

(やっぱり)

「こういう挨拶の仕方って素敵ね。上流階級って礼儀作法に厳しくって全然親しみがないの」

(それは良かったですね、って良くない!)

「殿下、それでは私が叱られてしまいます」

「兄上様に気を付けて、何か企んでるわ」

 焦る私から身を離す前にそう囁いた。

「殿下?」

 近侍の方に叱られるかと思ったけど、マルガレーテ殿下は誰も従えてなかった。そうだ、ガブリエラは殿下のご学友に選ばれたんだった、と彼女に眼を向けると困った様な顔してた。

「解かるぞうネーナ君の考えてることが。取巻きがいなくて驚いてるんでしょう?」

 殿下は悪戯っ子の顔してる。

「ええ、はい。独りでおられては危険です。それに学内は不案内では?」

「だから貴女達が案内してね」

「はいぃ?」

「面白いわねその顔」

 殿下は笑った。

(いや、笑い事じゃないし)

 そしたら並んで歩きながら殿下が打明けて下さった。

「私ね友達は自分で作りますって『ご学友』をお断りしたの」

 目を向けるとガブリエラも頷いた。

「だからネーナ、それにガブリエラ。改めてお友達になってね」

「御免被る⁉」

 そう宣言してすっぱりお断りしたいのは山々山々も一つ山なのに、聞き耳を立ててた周囲が湧きたった。

「素敵ぃ⁉」

「素晴らしいお考えです殿下」

「ネーナはこのギムナジウムの誇りです。最良の友達になりますわ」

「流石殿下です」

 とか何とか口々に賞賛してとてもじゃないけど「否」とは言えなくなってる。

「しかし…殿下とは学部が異なるのでは……」

 政治を学ばれるから法学部のはずだ。

「そこよ!皇女だからって本人の意向も聞かずにそうなってるの。まあ私自身もでは何科にしますかと訊かれたら答えられなくて」

 悩まし気に腕を組む。

「なので校長先生に素直にそうお話したの」

 校長はでは何を学びたいか、殿下の話を丁寧に訊いて答えを引出した。学科によってはこの学校では教えていないものもある。

 結果経済学部になった。

 我が自由都市カランタは鉱山を所有し鉱物資源で栄えている。つまり商売だ。だから大学では経済、経営、商業の学部が有名なのだ。我が都市的に考えれば名誉なことなのだが、皇族が経済を学ぶって聞いたことがない気がする。

「じゃあじゃあやっぱり学部が違う訳ですね」

「だからって友達になれない訳じゃないわ。それに専門になるのは大学でだし、魔法学部も取るから」

 ポンポンポンとガブリエラが優しく肩を叩いてくれた。


 カール・フリードリヒ・ギムナジウムの敷地は広いんだけど、アマーリエ講堂はその中央にどんと聳えてたから、無くなった喪失感は大きかった。そりゃあ全校生徒が入ったんだもんなぁ。休みの内に瓦礫や残骸はキレイに撤去されていて、基礎が残るだけで火事の痕跡も窺えない。生徒達の心情を考慮したんだ。

 確かにそこに有った物が存在しなくなった感覚は何とも形容し難いものなんだと覚えた。

 登校してきた生徒も少ない。三割か四割位の生徒は火事のショックを引き摺って休んでると担任の先生から話があった。何処かしら怪我をした生徒も目立つから、登校した生徒にも無理をしない様にとの話で、通達通り時間割が変えられてた。

 今日は基本自習で、午前中は校長の発案で中庭の芝生広場で即興の音楽会が開かれた。誰でも飛び込みで唄っても演奏してもいい。自習せず外でも教室内ででも鑑賞していていい。

 そうなると本来違う時間割だったガブリエラや戻って来たスヴェン、マルガレーテ殿下と連れ立って校庭に出ようかって話になった。午前中だから風はまだ冷たい。昼になると陽射しのお陰で温かくなるんだけど。

 心配だったのは憔悴した様子のスヴェンの体調だ。たった数日なのに痩せて頬にうっすら影が出来てる。

「寒いけど外に出て大丈夫?大病の後みたいだよ」

「そうなんだ。あの日の…」

 躊躇いがちに口にする。

「前の夜から嘔吐が止まらなくてさ。胃や腸がおかしいって感じじゃないんだ。悪い物食べた覚えもなくて、吐いても下痢なんかないしな」

「それって…」

「ネーナも気が付きまして?サルハコの根を摂取した様な状態ですわよね。スヴェンとも話していましたのよ」

「サルハコの根?そんな物があるの?」

 薬学に詳しくない殿下から当然の質問が出た。


「一般的には毒性のある物を口にしたり、異物を呑み込んじゃった時に吐き出させる為に使うんです。薬学の部屋にもありますよ」

 説明しつつ理由もなく薄ら寒いものを感じた。偶然だったらいいんだけど。


 音楽会は始めにジルヴィア姉様がチェンバロを、先生方も含めて他の先輩がハープやら楽器を演奏してコーラス部員達が唄う声が流れた。

 いい楽器は講堂と共に焼けたから学校には古い楽器しかなくて音が良くなかったらしいけど、私には十分美しく感じた。

 辛い思い出を美しい思い出で上書きするんだ。

 ジルヴィア姉様の演奏でガブリエラが喉を披露することになると、外に出る聴衆が増えた。

(何て神々しいんだろ)

 寒いけど明るい日差しに照らされて縦巻にした豪華な金髪が揺れる。ピンクの唇から明るい歌が流れると友達ながら聞き惚れてしまった。女神の歌声ってこんな感じなんだろうか。リクエストされて三曲も唄ってくれた。

 私はすっかり時の人になっててたくさんの生徒に囲まれちゃって閉口した。ワイワイガヤガヤと楽しく過ごすなら大歓迎だけど、英雄か偉人扱いされるのは嫌だ。普段の様に友達として接してくれればいいのに。

 地場の民謡が流れると芝生で踊りが始まって、私はスヴェンやガブリエラ、みんなの手を取って混ざった。唄いながらみんなと踊って楽しかった。

 感激して泣く子もいて、成功だったんじゃないかな音楽会。校長先生ありがとう。


 昼休憩にお礼を言う為にギッティ先生の研究室を訪れた。先生はいないけど助手のダンテさんがいる。先生不在の間は授業もするらしい。凄いなあ、私より年下なのに。ギムナジウムには二十四歳って届けてある。十歳位サバ読んでるよね。

(ナマケモノってこんな顔してるんだ)

 怒ったまんまなんだろうか、被り物が垂れ耳兎じゃない。可愛いからこのままでも構わないけど。

「もうもうみんなが私をチヤホヤして来て、何でこうなるかな?獅子人だって意地悪されるよりはいいけど、反応が過剰だと思わない?私はここにいるのに他の誰かと勘違いされて、誤解を正そうとするのに出来ないみたいで怖いよ」

〔皆…考えた事もない恐ろしいことが起きてしまったから、それを何か良いことで塞ぎたいの。そういう気持ちもあるから察して上げて〕

「こういうのは少し乗ってやろう、遊んでやろうって気分で乗り越えた方がいいらしいぞ。知人が言ってた。飽くまでごっこ遊びするんだ。どうせやっかむ奴は何してもやっかむからそっちは無視していい」

 ほうほうそんなものですか。ダンテさんはゴーグルを外した私の目を繁々と診た。

 被り物を脱いだ傾国の美貌で覗き込まれたから、女の私でも心臓が盛大にバクバクしちゃった。男の片鱗が何処にもない。

(でもあれ?)

 瞳の色ってその場の明るさや暗さに影響されるんだけど、ダンテさんの瞳の色も以前とは違った。アース・アイっぽい。昼の光が眩しい窓辺だったからだろうか。よく見ようとしたらクラリッサに邪魔された。

〔本当に虹彩が大きくて青みがかった白なのね〕

「白獅子って感じで恰好いいなあ」

 三白眼に見えなくもないけど、それだと瞳孔がないし第一人相が良くない。

 それにしても、つくづく声がアンバランスだなダンテさん。気の強そうな傾国の美貌が低い声に本当ぅに!合ってない。まあだから声だけだと年齢不詳で助手をやってられるんだけど。被り物脱ぐと男らしいのは声だけだ。

 背は高いんだけど羨ましい位華奢だし。どう頑張っても筋肉が付かないって嘆いてたな。武闘派の兄弟子にも筋肉が付かない体質だから諦めろって宣言されちゃったそうだ。

「手を俺の手の上に乗せてネーナ」

 差出された両手の上に乗せる。しばらく無言だった。

「……やっぱり落ち着かない。まだ活動的だな」

 何で手を乗せただけで解るんだろ?って何が?

「ううん、髪はこのままでも良くないか?ネーナの雰囲気に合わない気もするが珍しいし綺麗だ」

「髪は…そうだね。いいんだけど」

「瞳を元に戻す努力をしよう。ライオンを見たことがある人間は少ないだろうが、広い虹彩は犬や猫とか獣を感じさせるからな」

 開口部一杯に虹彩が広がった人間なんていない。それは何とかお願いしたい。

〔考えがあるの?〕

「薬で虹彩を狭くするのはどんな影響があるか分からないから却下。人間の血の方が濃いんだから、獅子人の血の顕現を髪だけに限定させる様にする、努力をする」

「え?大丈夫?」

 声は力強いんだけど、最後に不安を感じましたよ。

「正直にお答えすると分からない。血が…獅子人の血が溢れて来て本来の人間の血と置き換わって、だからとこれを抑えるのも危険な感じがあるんだ。今は膨張が落ち着くのを待つしかない。師匠から俺への課題だけど、師匠だって方法が解ってるかどうかは不明だな。投遣りだったから」

 不安、とっても不安。何で課題にするの先生。

「先生は放っておいても元に戻るかもって言ってたよ」

「ただし長くそのままなら固定化する恐れもある」

 それは不味いです。一生ゴーグルを着けて過ごすのは避けたい。

 不安が伝わったのかクラリッサが励ましてくれた。

〔そのままでもミステリアスな雰囲気で素敵なのよ。大丈夫、私も一緒に考えるから、ね、ネーナ頑張ろう〕

「うん」

「師匠は他にも言ってなかったか?」

「え?うん…」

 獅子人の血が隠せなくなったら、それが忌まれてカランタ市に居難くなったら、亜人も少なからず住んでる自由中立都市ウィゲリクブルクや聖女の下の平等を謳うアルトワ・ルカスの知人に、紹介状を書いてくれると約束してくれてた。

(それだけは何としても避けたいなあ)

『世界は広い。生まれた場所に拘らなくてもいいんだ』

 けど家族だっているし、家族で薬局を大きくしていこうって約束してるんだよ先生。この街に住めなくなるっていう想像はしたくない。

 ウィゲリクブルクまではノリキ=エスタリヒキ帝国を抜けただけじゃなくて、シェファルツ王国も越えてかないといけない。シェファルツって王国だけど我が帝国より国土が広いんだよね。アルトワ・ルカスに行くにしてもそうだ。

「先祖返りつってもネーナはほぼ人間なんだ。たった一滴二滴程のものが大きく作用してる。その絡繰りが難しいんだ。魔法の真髄って科学的じゃないからな」

 だよね。私も市立図書館や学校の図書館の、亜人について記されてる本を漁ったけど、自分に置き換えられる研究結果は探せなかった。

 当時の科学で遺伝子操作なるものをされて獣と人間が掛け合わされて、人類史に登場し始めた魔法師に対抗出来る者、として作られた。だから魔法が通じない。詳細は海底に没した古代大陸と共に沈んで不明で、伝わるのはそれだけしかないんだ。

 数々の亜人が絶滅する中で妖精郷に迎え入れられた者もいる。妖精郷は地続きじゃなくて別次元に存在して、彼らは人間が嫌いだから出入口は秘密にされてる。うん、それがいいよ。


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