ギッティ先生の行方
何処ともしれない岩山を歩いてた。道は険しいのに階段も手摺もなくて、体幹でバランスとって前を歩く男性に遅れない様にって、それだけの思いで必死に付いてく。
男性の右手がない。左足も膝から下は義足だ。なのに達者に素早く登ってく。
差が開いた頃に男性は振向いた。凄くボリュームのあるくすんだ金髪に青い瞳だけど、お風呂に入ってないんだろう垢だらけだ。背が高くて筋骨隆々、そこはツチラト氏みたいだ。顔は悪くないけど厳つくて怖い。
「難所はここだけだ、後は登るにしても降るにしても歩き易い道だ」
言葉は解るけど、私達と同じ言語なんだろうけど少し違う。訛ってるっていうより古い。
「大丈夫。ちゃんと付いていける」
この声、前見た夢の中で確かレオンハルトって呼ばれてた子供の声なんじゃない?
難所を超えると男性は休憩を取ってくれた。
「お前、ホントに俺と一緒でいいのか?」
急に訊かれて吃驚した。
「何でそんなこと訊くのさ」
「王様の世話になってた方が、喰うも寝るも困らねぇだろ?勉強ってのも受けさせてくれるだろうし、王様の後ろ盾があった方が将来も有利だ出世出来る」
それはそうだよね。
「一緒に来ないか、って誘ってくれたのはそっちだろ」
「そうなんだけどよ。王様より俺を選ぶなんざこれっぽっちも思わなかった」
「迷惑なのか?本当はそんなつもりなかったのに誘っただけとか?」
「そんなんじゃねぇ。俺はホントにお前みてぇな息子がいてくれたらいいなって、本気で思ったんだ。楽な生活じゃねぇけど、楽じゃねぇから楽しいこともあってよ。息子がいたらもっと楽しいさ」
顔の筋肉が動いて笑ったんだよね。
「だったら息子にしてよ。俺はあんたの息子になりたいんだ」
男性は歯を剥き出して顔全体で笑った。怖いけど可愛い。
休校の三日目、私は毛布を頭から被ってギムナジウムへの登校について思いっ切り悩んでた。三日休校ってことはその次の二日間も休みだから五日間の休みだって分かってた。明日はまだ登校じゃなくて、だからそこは悩みじゃない。
具合が悪い訳じゃない。食欲もあるし体調は万全だ。けど、ちょっと…ね。
夜になっても答えが出なくて悶々としてたら誰かの声に呼ばれた。
『ネーナ』
家族が呼んだのかと思ってガバッて起き上がったけど、部屋の外に人がいる気配はない。大体姉ちゃんならノックもなしに入ってくるし。他の家族はノックする。
空耳かな、と思ったらまた呼ばれた。
『ネーナ』
『ネーナ、応えてくれ』
幻聴かと焦ったけど、これは思念による遠話だと気付いた。同時に、
「ギッティ先生⁉」
思念が先生の物だと何でか確信した。
『先生、何処ですか?』
『君んちの倉庫。動けないんだ、誰にも告げずに助けてくれ』
スポッとフード付きのコートを羽織ると、シーツの替えを抱えて倉庫に急いだ。
魔法灯を片手に捜すとモゾッと動いたモノがあって、見知らぬ男性が荷物と荷物の間に隠れてた。
「あんた誰?」
てか姿形は違うけど先生の様な気が…する。気配は同じなんだよなあ。
(もしかして変身魔法使ってるとか?)
「フルヴィオ・ギッティだよ。あ…と、察してると思うが、これが儂の本当の姿なんだ」
吃驚仰天ですよ。感覚はギッティ先生だって告げてんだけど半信半疑で、けど倉庫で長話してたら父ちゃんや母ちゃんだけじゃなくて、住込みで働いてる人達の方が先に気付いちゃうから、先生をシーツで包むと人気のないのを確認しながら部屋に戻った。
お腹が空いたっていうから、台所からパンやチーズなんかの食べ物と飲み物を取ってくる。
その間に先生はお見舞いのお菓子の箱を遠慮なく開けてた。開けていいよとは言っといたけど、ホント甘い物には鼻がいいんだ。お菓子の箱だけしか開いてないんだから。
「先生、気になってたんですよ、先生のこと。もう先生だって信じますから裏切らないで下さいね。でね、行方不明になってたことしか聞いてなかったから、どうしてるんだろうって。ギムナジウムに登校したら会えるかな…とか」
見知ってるギッティ先生よりも髪は多いし背丈も高い。老人じゃなくて五十歳いかない位に見える。こっちが本物って何でなんですか?普通逆だよね。
「どうしてうちの倉庫に居たりしたんですか?その姿が本物って意味が解りません」
「待ち伏せされてな。何とか撃退したんだが力を使い過ぎた。そしたらお前の気配を近くに感じてそれを頼りに這いずってって倉庫に隠れたんだ」
言葉遣いも違う。
「先生も大変だったんですね。でも先生割とイケてるのに何であんなちび禿デブのおじいちゃんに変身してたんですか?」
「お前も言うねぇ。儂の恩師なんだぞ、侮辱するな」
言葉程に怒ってる様子でもない。それよりお菓子の方に集中してる。
「ごめんなさい。でもだから何で?あ、話せない理由があるなら…」
「そんなもんない。単に本当の、この儂が人を指導する様な柄じゃないだけだ」
ズズッと牛乳を飲む。
「そうなんですか?姿形を変えると指導出来るものなんですか?」
「人によるだろ。儂は人付合いが嫌いで苦手だなからな」
「四回も結婚したのに?」
「それとこれとは話が別なんだよ!」
「ああ、すみません」
何かを思い出す様に虚空に視線を向けた。
「ダチに巧く乗せられたってのもあるが、貴重な魔法が受継がれずに消え様としてたんだ。残すには誰かに教える必要がある。弟子を取ってみたが儂の性格じゃぁ弟子が中々居着かんでな」
「そんなに酷い性格なんですか」
「まあ正直自分でも面倒臭いさ、儂に付き合うなんて」
「分んないです」
「分かってもらう必要もないが、教師だの人を指導する立場の人間になるなら、恩師みたいなのが理想だったんだ。人当たりが良くてニコニコしながら的確に助言していく、そんなのが。けどそれは儂じゃない」
「ああ、だから恩師の方の姿になったと」
「暗示的効果もあったろう、恩師ならこうしたろうだの、自分でないなら何とか人付合いも出来たからな。自分でも不思議だった。先生の姿をお借りするなら…誰が覚えてる訳じゃないが、名を辱めない様にしないとって気分も大きかったな」
「成る程別人になるってそういう効果もあるんですね。でも無事で良かったです。あの日はギムナジウムでもそりゃもう大変だったから、先生もいて欲しかったですもん」
「ああ、耳には入ってる。てかお前も大変なことになってるな」
フードで隠してたけど髪がプラチナブロンド、所謂銀髪になっちゃってるんだな。元は亜麻色の髪だった。瞳も白目が見えない、青みがかった白い虹彩が瞳一杯に広がってるんだ。起きたらこうなってて、知らずにお腹が空いて階下に降りたら母ちゃんに悲鳴を挙げられた。
「先生どうしましょう?この髪染粉でも染まらないんです。魔法も掛からなくって」
元から私に魔法は掛かり難いんだけど、人間の血の方が濃いから魔法は多少使えるし、強い術師なら魔法も掛けられてた。そんで母ちゃんや兄ちゃんが何とかしようとしてくれたんだけど全部無駄骨に終わった。
「うん、これは当分染粉も効かないな。大丈夫と言ってやればいいのか心配ないと言ってやればいいのか、お前の立場を考えると微妙だが、正しく獅子人の力を引出した証拠なんだ」
「ホント微妙です。でもなんで銀髪になっちゃったんだろ?獅子人としても半人前ってこと、何でしょうか?獅子人って金髪じゃないですか。それって結構やだな。まあ髪は結い上げて帽子やフードに隠せばいいけど、この瞳どうしたらいいんでしょう」
「……白獅子ってのはいてな。獅子の場合アルビノじゃないんだ、豹でも時折黒豹が生まれるのと同じだ。遠い昔には有名な白銀の鬣の獅子人がいた伝説もある。お前の先祖は白獅子だったんだろ」
「話だけならカッコいいんですけどねぇ」
「思うに、お前は両親から獅子人の血を受継いでる」
「けど兄ちゃん姉ちゃんには現れてませんよ!」
「遺伝の問題だからな。何千何万分の一、もっとだろうがの偶然で、顕現してもしなくてもおかしくなかったんだ」
「この髪と瞳で登校したらやっぱり獅子人と関連付けられちゃいますよね」
途方に暮れてしまった。そしたら、
「背筋を伸ばせネーナ・ヴィンクラー!獅子人は誇り高い種族だ。人間如きに貶められる人々ではない!」
ピシッと先生に叱られてしまった。
「確かに都会では暮らし難いだろうが、獅子人の血を引いて生まれたことは罪でも悪でもない。俯いて獅子人の血を恥じたりするな。後ろ指を指す者をこそ憐れめ」
お説御尤もなんですけど。
「アマーリエ講堂の火事では、それこそお前の獅子人の力がなければ、中にいた人間は一人残らず死んでただろう」
「……」
「それでも獅子人の血を引かない方が良かったか?」
答えはいいえだ。ガブリエラやみんなを助けられるなら、獅子人でも熊人でも強い血を引いていた方がいい。それは私でなくても良かったけど、助けたいと思ったならリスクも自分で負わないのは卑怯だ。それはそうなんだけどさ。
「大体生粋の獅子人は絶滅してるから人間の血が入っててもお前は超稀少な存在なんだ」
「はあ?絶滅してるんですか⁉授業で普通に亜人として教科書に並んでましたよ」
「そりゃお前、人間が絶滅させたから言い難いに決まってるだろ。南のアクスマ大陸では絶滅してないしな、絶滅したのは北方種だ」
「ええぇ?」
事も無げに言われて絶句しちゃった。
「何故絶滅したか教えてやろうか?」
「はい」
義務感で頷いちゃった。
獅子人は黒い肌の南方種と白い肌の北方種の二種が作られた。
寒冷地でも暮らせる様に作られた北方種は特に冬毛が豪華で美しく、王者の毛皮として引っ張りだこで高値で取引された。結果は火を見るより明らかで、先生は毛皮を手に入れる為の酷い方法も語ってくれた。けど私は語りたくない。
聴きたい?猪より酷い狩り方されたり、子供の食料の為に自分が犠牲になるとか。獅子人の血を引く者の義務として聞かなきゃいけないと思ったけど、正直もう聞いたそばから忘れたくなった。
「この帝国で戴冠式の際に皇帝が身に着ける毛皮も獅子人のだ。知ってたか?」
知らなかった。
「皇帝家は六枚は持ってるし、何処の王家も二、三枚は持ってるさ。豪華な鬣の美しい個体はそうして早死にする。だから血は受継がれずに貧相な鬣になってって、それでも絶滅した。酷いもんだ」
(本当に酷い。毛皮を取る為だけに絶滅させられたなんて)
「人間なんてそんなもんなんだよ。儂は幽霊や魔物より人間の所業に背筋を凍らせられる。同じ人間だと一括りにされたくもない。だから卑下なんて間違ってもするんじゃない。街で生きていくなら配慮は必要だがな。変な言い方だと思うかもしれんが、人間の血も獅子人の血も同等に誇れ」
「フフッ」
何だか笑ってしまった。
「先生、そのままでも十分先生やれるじゃないですか」
ギッティ先生は詰まらなそうに新しいお菓子の箱を開けた。
「この程度で分かった風な口利くんじゃねぇ」
「はい」
言ってくれれば紙を用意したのに、先生はお菓子の箱に入ってた紙にダンテさんに宛てて手紙を書き始めた。
「頼みがあるんだ」
「手紙を届けたらいいんですよね」
この姿で外に出るのは抵抗があるんだけど、髪を束ねてフードを被ればいいんだし、夜の内なら瞳も気付かれないよね。
「違う。手紙はイスメトに届けてもらう」
懐から小さくなった黒猫が飛び出して、いつもの大きさに戻った。
〔こんにちは。この度はご助力感謝します〕
「儂に体力が戻ったからこの子も出してやれる。感謝するネーナ」
「じゃあ私は何を頼まれれば?」
「使ってない地下室があるだろう?」
「はい」
両親が商売を始めた頃に倉庫用に壁を固めたんだけど、商売が上手くいって隣を買い取ったから敷地も広くなって要らなくなったんだ。その後も取引先に近いとこに大きな倉庫も借りたりしたから、使わない物を放り込んどく部屋になっちゃってる。
「そこを当分貸してくれ」
「へ?家族にも内緒でですか?」
「そう内緒で」
「無理ですよ、無理無理そんなの家族がいるとはいえ、それにここは女子生徒の家ですよ。バレたらどうするんです?」
台所もお風呂もお手洗いもないんだし。いや、それ以上に、
「あ、もしかして先生!そういうこと考えたくないけど、そんな人だと思わなかったけど、密かに私を狙ってたとかですか?わ、私ガブリエラみたいな美人じゃないけど愛嬌があって可愛いとか言われるし、兄ちゃんや父ちゃんに気を付けろっていつも言われてて…」
「何でそこまで飛躍する⁉お前みたいながガキを儂が相手にする訳がないだろうが!」
「ホントですか?誓えますぅ~?」
こういう場合、男は否定するもんだって教えられてたから疑いの心は払えなかった。
「誓うも何も、教え子に手なんぞ出さんわ⁉」
(ここまで言うならホントかも)
って信じかけたんだけど、
〔ネーナ殿。老婆心ながら主の利にならぬことを、助けて頂いた貴女の為に告げさせて頂きます〕
「イスメト?」
〔主はそう仰られるが、教え子に手を出した前科がございます〕
「いいーーーーっ」
「なにーーぃ⁉」
同時だった。
「前科が、前科があるんですね⁉」
私は汚い物を見る眼をしてやった。
「先生、こういう証言を有力な使い魔さんから得ましたよ。やっぱりだ、やっぱり男は狼だったんだ」
「違う!いつだイスメト!いつ儂が教え子に手を出した?」
〔四番目の夫人はかつて一時教え子だったことがございますでしょう〕
「ウルズラが?」
「え?え?え?えええっ、それは、もしや、幼な妻とかそういう、そういう。遠い東の古の物語みたいに~~~」
「違う違う違う!思い出した。聞け!耳の穴かっぽじって、一言も洩らさず儂の話を聞くんだ!」
焦る先生をすっくと上から見下ろして宣わってやった。
「おうおうおう、聞けというからには広く深い慈悲の心を持って言い訳を聞いて差上げましょう。最早罪は確定してますけどね。そうれ、お話しさなれませ」
「ませ、ってお前、ムカつくマセガキが」
「んん?まだですか?」
耳に手を当てる。
「ウルズラは確かに三ヶ月程教え子だったことはある。年端も行かない年齢の頃だ」
「それは十代にも満たないとか…?」
「そうだな、八歳位だったか?」
イスメトと私は身を寄せた。
「そんな幼い少女を…」
〔我が主ながら鬼畜ですな〕
「聞けこらバカ共⁉」
先生の頭からは湯気が上がってる。
「儂は友人の頼みで奴が経営してる学校の手伝いをしただけだ。算数の教師が産休に入ったから」
「その時に手を付けておいたと」
「違うわ!それから大学の魔法学の特別講師として会うまでは思い出しもせんわ!」
「成る程そういう訳ですか。尊敬する先生が幼女に手を出す様な鬼畜でなくて安心しました。まあ教え子は教え子ですが、それなら手を出した、と罪に問う程ではありませんね、んん、良かった」
重々しく私は頷いた。
「最初から分かってて二人で遊んだろう!」
「勿論」
〔勿論〕
返事が揃う。
ほほほ、楽しかったわ。だって基本信じてるから部屋にまで上げてんだよ。
「全く⁉イスメトまで悪乗りしやがって」
「やだ先生言葉汚~い」
っつったら頭ぐりぐりされた。
「気楽に考えてくれ、難しいことじゃない。ご家族には儂が視えない様に、地下室に魔法を掛けさせてもらうからバレない」
「何でですか?」
「儂を待伏せした奴らは倒したが、奴らに密告した連中が残ってるからさ。恐らく講堂を焼いた連中だ」
打って変った不意の恐怖に全身を貫かれた気がした。その後に驚く程の怒りが湧いて来る。
「そ…その連中が全て仕組んだことなんですね。何て狡猾なんだろ!」
「何処まで仕組んだことなのかは分からんがな。好機が重なったんだ。雇い主はどれ程の犠牲も厭わなかった。時間がなかった。そういったことがな。儂もだてに歳を取っとらんでな、その場に居たら講堂に足を踏み入れた瞬間に魔法の逆転に気付いたろう」
「他の先生達は気付きませんでしたよ」
「踏んだ場数が違うわ!一緒にするな。ここにいる魔法師は勉強だけは積んどるが、ハンデなしの魔法戦なんぞ経験しとらん連中ばっかりだ」
頭をペシッとはたかれた。
「経験さえ積んでりゃあ見抜いたろうさ。種明かしすれば準備に手間取るが難しい魔法じゃない。準備中にピンとくる」
「歓迎式のどさくさ紛れに準備したんだ…」
そして気付く。
「時間がないって先生言いましたよね」
「言ったな」
「じゃあ今現在もお二方は狙われて危険な状態なのでは?」
臣民としては見過ごせない。
「何言ってる皇族なんて四六時中危険なもんだ。それが何らかの事情で一つの沸点に達したってだけでな。連中は後がなかったんだろうが賭けに敗れた。次が来るかは雇い主次第だ」
「そんな…次が来るかどうか分かる方法はありませんか?」
「じゃあ地下室を貸してくれるんだな」
「見付からない様にして下さいよ」
「大丈夫、大きめの鏡を一つ用意してくれたら」
話しはついた。
二通の手紙を書いた後、要らない荷物を地下室に放り込む振りをして先生を連れてくのは簡単だった。なんせ私怪力だし。
地下室は真っ暗だと思ってたのに思いの外、物が見えた。そこここに黴やシミが浮いて、乱雑に物が置かれてる。姉ちゃんの婚礼道具が入った箱だけ何となく輝いてる。
「すいません。結構部屋が荒れちゃってる」
「構わん。荷物で隠れ場所を作れるから」
先生は魔法灯を灯して地下室の様子を眺めた。
「あれですよ姿見」
階段下にある大きくて重くて装飾過剰な姿見を指差した。姿見としては優れものなんだけど、装飾が何だか家族の誰の気分にも合わなくて、そうなると大きくて邪魔だから地下室にしまわれたままになっちゃってた。
「ああ、願ってもない大きさだな」
「荷物は姉ちゃんの箱以外入れっ放しになってて使ったりしないから、適当に寝台なんか作っちゃって下さい」
厚く埃が被ってて申し訳なかった。大きさがバラバラだから寝台になるだろうか。
「もっと酷い場所で寝起きしてたこともある気にするな」
「食事とか本当に差入れなくていいんですか?」
「鏡で他の場所と繋げられるから、食事も排泄もそっちでする」
「ああ、言い難かったんですけど、先生から言ってくれて良かった」
「今更何が言い難いってネーナ・ヴィンクラー」
「いやいや、この頃節度ってものを考えることが多くって」
「それはよくよくよ~く考えた方がいいな」
「ハハハハハ、気を付けま~す。ってかそっちで過ごさないんですか?」
「下手に宿舎とかに繋ぐと勘付かれるからな。それでなくてもギムナジウムは捜査官が鵜の目鷹の目で見張ってる」
だから私の部屋にも鏡はあったのに連絡取ろうとかしなかったんだ。
「何かいる物ありますか?荷物整理する振りして持って来ますよ」
「デーネとシャポネ、ジーゲルとか洋菓子店の箱がまだあった!」
(甘い物好きは恩師に似せてた訳じゃないんだな。しかもよくお店を知ってんだから)
「持って来ますから待ってて下さいね」
ギムナジウムが休みで夜更かししてる私と違って家人はもう寝てしまってる。静かに行動すれば地下室を往復する位で誰も起きたりしない。
回れ右した背中にぶわっと風が当たった。
咄嗟に振返った私に私が覆い被さろうとしてた。
「何何々!」
見えない何かを引っ張って先生はもう一人の私を捕まえると《魔法の紐》で縛った。
「何ですかそれ?」
「鏡の魔物。この鏡も随分歳取ってるな」
「先生」
「うん?初めてか?」
「それもありますけど、先生といたら飽きないです。色んな事が経験出来て楽しい」
「ああ?また変なこと言い出しやがって。直ぐに後悔するぞ」
先生はそういうけど、ギムナジウムで習ったんだけど実際目にしたこともなくて、魔法師にでもならないと経験したりしないことなんかが次々と身近で起こってる。楽しいと思ったらいけないだろうか。間違ってるかな?
「教科書に載ってる通り悪いモノなんですか?」
「悪くて始末が悪い。ふ~ん、この鏡は誰に贈られたもんだ?」
「父方の大おじさんです」
細かい関係は忘れたけど、父方の一族の曾祖父ちゃんの伯父さんだとかじゃないとか。そこら辺の系統の人。
「年代物の鏡は暗い場所に入れておくと性格がひん曲がるから注意しないとな」
このそういうもんなのか。
その鏡の魔物を先生がどうしたかというと降して使い魔にしちゃった。先生って予想よりずっとずっと上のランクの魔法師なんじゃなかろうか?




