初っ端からこれですか!
ガブリエラの家から使いがあったのは夜半で、私は朝は早く起きてしまう方だったから、いつも何となく早目に登校しちゃうんだけど、それよりも早く登校してってことだった。
「何かあるんですか?」
察しはついてたけどね。
「はい、教頭先生の思いつきで歓迎会が大きくなったとかで、用意を手伝って欲しいと」
また迷惑なことを。しかし殿下方をお迎えするのはやぶさかじゃないからいいけどさ。
貴族も多いんだから召使いなんかを連れてったらいいじゃないか、と思われるだろうけど、学校には関係者以外は入れなくなってる。保護者には予め入校許可証が配られてるけど、一家族に多くても二枚までしか配られてない。父兄が学校行事に参加する場合は、事前に魔法障壁を一時的に取り除く処置が施されるんだ。今日の明日では間に合わない。
「了解しました。とお伝え下さい」
「ありがとうございます」
(お祭りは嫌いじゃないけどガブリエラは大変だなぁ)
歓迎会も教頭の思い付きでなかったらもっと喜べるんだけど、翌日の為にも早めに就寝した。
歓迎会は本校舎の小講堂からアマーリエ講堂の大ホールに移った。
(おいおい教頭、これは短時間での飾り付けはしんどいぞ)
講堂の寄贈者は創始者の姪のアマーリエ姫で、寄贈者が女性だけに大きいけど華やかなんだ。細長い飾り窓はステンドグラスになってるし、隅々まで花々の装飾が施されてる。
校長や他の教員からも抗議の声が上がってた。
講堂の飾り付けに掛る費用や生徒にお菓子が配られるだとか、そういうのを自費で賄うのはいいけど、皇族方を迎えるのに全てがぶっつけ本番だから不安になるのも無理はない。
お貴族さんの生徒なんて自分で準備することに慣れてなくて、でも平民に使われるのを嫌って使い物になんない。両殿下に好いとこ見せようと張り切ってる人も居るけど空回りしちゃってる。
ゴーレムはプログラムされた通りにしか動けなくて、応用が利くのは二体だけだから指令が多くて混乱してる。
「おはようガブリエラ」
早速腕まくりして準備する。ガブリエラは救いの神が現れたかの様な表情になった。
「ありがとう~、ネーナ~助けて~」
抱きついた彼女だって慣れてない。しょうがないよ、そういう育ちなんだから。それに学校行事は全部マニュアルがあって、開催までに準備する時間は十分あるんだから。ご想像通り面倒な準備は庶民が受け持つことになるしね。
彼女の班が教頭から受けた指示を教えてもらって、私はちゃっちゃと頭の中で段取りを組立てた。
「…ていう具合に分担しよう。私は重い物を使う方に回るから」
「わかった」
「本当に良かったよ。情けないけどこういういきなりってどうしていいかわからなくて」
男子生徒が申し訳なさそうに頭を掻いた。そっぽ向いてる貴族の子もいるけど、絶対従わないって訳じゃないみたいだ。有力貴族のガブリエラが率先してるもんね。大丈夫、大丈夫私は慣れてる。
「じゃあ、大倉庫に荷物取りに行ってる間にそっち頼むね」
「気を付けてね」
「任して」
視線の端でこういうのが得意な先生やジルヴィアお姉様に、教頭が駄目だしされてるのが映った。
「この演出をするってっても場所が足りませんぞ。ほらここで音楽部の生徒が演奏してるんでぶつかります」
「何だとぉ!」
「あれとこれをするにしても器具が古くて買い直しを検討してたとこで、ある物でやるとしたらちょっと無理がありますな」
「何?本当か?」
「この曲は難しくて練習してませんし演奏者も楽器も足りませんわ」
「そうなのか?」
教頭思い付いたはいいけど現実的な段取りが構想出来てなかったでしょう。あなたも貴族だからね。
連絡を受けて慌てて駆け付けた先生の指導もあって、生徒達全体の動きが流れに乗り始めた。生徒同士で助っ人を呼び合ってもいる。
講堂内の設備を確認してなかったから使えない器具なんかは先生方やダンテさんも手伝って魔法で応急処置してくれた。
「元々壊れかけだから、歓迎会の間位しか持たないぞ」
「仕方ないよね。どうせ買い替え決まってたし」
っていう会話が耳に入る。そんなこんなで大騒ぎしてる間に両殿下が登校された報せがあった。登校時間を遅らせてもらったとかで、通告もなく午前中の授業がなくなったって報せが耳に届いた。
四角くて装飾の美しい楽器クラヴィオルガヌムが運ばれて、ジルヴィアお姉様が調節し始められた。聴いてたいけど聴いてる暇がない。楽器を手に手に音楽部の生徒も現れて、こちらも各々調節を始めた。
ドラマティックに演出したい教頭が現実と闘ってる。演奏者達の座る位置とかその他の生徒達の席の形とか、その都度講堂の広さとか設備、椅子の大きさとかの現実に連敗を重ねて、何一つ思い通りにならなくて誰にも同情されない嘆き節を洩らしてる。絶対同情しない。
「初等部の生徒達から入場させますよ⁉」
逆に初等部は連絡網を使って早目の登校を呼掛けられたから、外で立たされっ放しだったんだ。殿下方の入場は初等部のコーラスの中、っていうのは音楽の先生に拒否された。ぶっつけ本番で教えてない歌なんか唄えないって、当然だよね。
(もう始まっちゃうの)
「う…わ、わかった」
首謀者くせに教頭が狼狽えてる。
「最終確認は?」
「どうやって?式次第もプログラムもないのよ!」
先生達もテンパってる。
(だよね~)
魔法紙に式次第を印字した物を教頭が先生達の分用意して配られた。
「え、ここ聞いてたのと違う~」
物理の先生が頭を抱えてる。演出が変えられてたんだ。急いで手配に走ってる。
用意は出来た様な気がするけど、五里霧中過ぎてそんな気がしない。
「兎に角この要らない物を倉庫に放り込んじゃわないとね」
出して来たけど要らなかった道具なんかを私は掻き集めた。生徒達の入場の邪魔になる。
「僕も手伝うよ」
「私はこっちの荷物を持つね」
フォルクマーとグレーテが志願してくれた。どちらも庶民仲間だ。ガブリエラを残して貴族生徒は身嗜みを整えに行ってしまった。
あちらこちらでも片付けの掛け声が飛んでる。
「殿下方の入場に間に合わなくなるわよ」
確かに席の配置からして一旦出たら全員入場するまでは無理だろうな。けどそういう問題じゃないんだよガブリエラ。分かんないだろうけど。
「仕方ないよ。頃合いを見計らってこっそり潜り込むから、ガブリエラはお迎え役に行っちゃって」
「お言葉に甘えるわ。ネーナ本当にありがとう。感謝してる」
「解ってるって、美味しい物期待してる。行っちゃって」
大倉庫の中は後先考えず物を探しまくった上に要らなかった物が乱雑に放り込まれてる。急いで講堂に戻っちゃうからだ。
「少しは片付けないと置けないね」
先に入ったグレーテがチャチャッとそこら辺の物をどけて、大きな荷物を置く場所を空けてくれた。
「布倉庫の物も一緒くたに入れちゃって…」
綺麗な布が箱から覗いてる。
「何してくれてんだろ。これ「春宵祭」の物まで散らかしちゃってるよ。私担当になってるのに」
手伝わされた覚えがある。取出し易い様に順番に倉庫にしまわれてたはず。
「どうせ直ぐには入れないし、僕はここで片付けしてるよ。ホントに場所も中身もしっちゃかめっちゃかじゃないか」
「でしょ~。毎年ちゃんと分かる様に直してたのに」
怒るのも当然だ。「春宵祭」の物だけじゃない。小さくても重要な部材もあるから、必要な物はどの箱に収納したかは、箱にも引継書類にも記してあるのにそれがごちゃごちゃにされてんだから。
「教頭もこういう面倒なことしないから、好きに思い付いてくれるよな」
「だね。それで式が終わったら直ぐに授業するつもりなんだよきっと。午後から通常授業だって聞いた?また後で適当に放り込んでくんだろうし、片付けられるだけ片付けちゃおうか」
私も賛成した。当分行事の度にあれは何処だこれは何処だってヒステリックになる様が目に浮かぶわ。
両殿下も見たいけど、これから毎日驚く程近くで見れるんだ。そうとなったら庶民としては道具整理の方が重要になる。
「それじゃやりますか!」
「お、下級生。片付けやるのか?」
上級生が数人、大きな荷物を運んで来た。
「はい、やっとかないと後で苦労するの自分達ですもん」
「だよね~、あたし達も手伝おうよ。これは酷いよ」
それは助かる。
「だな!参加するのは?」
全員が手を挙げた。さては庶民しかいないな。
グレーテと女子の先輩の一人が布物の担当になった。
「春宵祭」では大量の布を使うから「春宵祭」で使う物と使わない物を分けながら、小倉庫にある布ばかり収めた「布倉庫」に運び込む。重い物は男子生徒が手伝う。
「箱にちゃんと明記されてるのに、何でこうも矢鱈滅多らに開けるかな…」
誰かの嘆息が聞こえた。それだけ混乱してたんだろうけど、私にだって読んだだけじゃ何に使うか分かんない物もあるから責められない。
「おいおい、その箱の上に物を置くな。皺が寄ったら洗い張りしないといけないのが入ってるぞ」
「上積み厳禁って書いてあるのになんで上にこんな重い物置くかなぁ。ひしゃげちゃって買い直し品増えっちゃったぁ」
「この箱一つも横に書いてある物が入れられてませんよ。中身は何処だろ?」
「ああ、丸ごと講堂で使われてる」
等々、上級性もいると分かんないことも教えてもらえて片付けが進む。
「音楽が始まったな」
微かに演奏が届いてくる。ということは生徒が全員講堂に入ったってことだ。のはず、当初の予定ではね。
演奏を耳にしてから大して時間が経たずに、
「キャアアッ」
「講堂に火が⁉」
「⁉」
外で悲鳴が上がって一斉に意識がそちらに向けられた。理解すると号令もな
く一斉に走った。
(燃えてる⁉)
失火なんてもんじゃない。講堂がまるっと炎に包まれてる。魔法が使われたんだ。
講堂の外にいた人達が「消火魔法だ」って叫んでるけど、逆に燃え上がらせてしまった。
「ええ?何で?」
消火と聞いてホッとしたのに、グレーテは悲鳴を上げた。
「そういう魔法が掛けられてたのよ。消火魔法使われるのが分かり切ってたから!だってホントなら火が出た瞬間に講堂に掛けられた魔法が作動して消火してるはずなんだから」
先輩は悔しそうだった。確かに大きな講堂を炎が包むには時間が短過ぎる。
「先輩、何か方法はないんですか?」
フォルクマーが先輩に聞いてる。
「解からん。分かるのはこういう場合魔法を使うのは逆効果だ。見たろ?」
私は道具倉庫に走った。大きめの斧を引っ掴んで講堂に向かう。
近付く程大きくなる悲鳴が入り乱れて心臓を鷲掴みにされた。
「誰だ!」
私に気付いた関係者が問うてくる。
「女生徒?」
「ネーナ・ヴィンクラーだ!」
私の名を叫んだ声に覚えがない。けどどうだっていい。
ゴーレムが建物に近付くと土なのに燃え上がった。
(魔法が駄目なら物理的ならどうだ⁉)
渾身の一撃を身長より縦長の飾り窓にぶつけた。アマーリエ講堂の側面は美しいステンドグラスで飾られて、色鮮やかな陽が溢れる様に差し込むんで幻想的なんだ。
だがヒビが入っただけで割れない。
(でも効いてる!)
もう一撃くらわせる。熱かった。炎が生き物の様に絡みつこうとする。
「私に魔法は効かない⁉」
けど火傷はする。特殊な炎だ。それもこの際どうだっていい。
三撃目で窓は割れた。炎が噴き出して包まれそうになるのを飛び退って避ける。
ところが割れたと思ったら塞がれ始めた。
「何で⁉」
それが再び広がったのはダンテさんが援護してくれたからだ。どうやってぇ?この際どうでもいい。
「他の窓も割ってくれ!開いたらキープするから」
「分かった!」
頷いて次に向かう。
「走って!でも冷静に、焦ってはダメよ⁉」
聞こえたのはジルヴィアお姉様の声だ。位置からして初等部の席の近くだって目算は当たってた。
涙目になりながらも精一杯冷静に行動しようとしてる後輩達、偉いぞ!
(私の大切な友達も誰も死なせたりしない⁉)
不思議と皇子や皇女のことは浮かばなかった。ただガブリエラやいるはずのスヴェン、ジルヴィアお姉様や級友達のことが、話にある走馬灯の様に次々と浮かんで熱さも感じなくなってた。
一部を壊されると魔法の威力は下がる。壊す程に壊し易くなって、無我夢中で壊しまくった。
逃げる人が疎らになって室内の様子が窺える様になると中に飛び込む。案の定怪我をして逃げ遅れた人達がいる。手を貸そうとして呼ばれる。
「ネーナ⁉」
(ガブリエラ⁉)
誰かが機材の下敷きになってる。名前は知らないけど機材を操ってた先輩だ。
「ネーナ、先輩が」
そう言うガブリエラも片足が折れてて、それでももう一人見掛けない少女と一緒に機材を持ち上げ様と奮闘してた。制服が違う。皇女殿下の御伴だろうか。詮索してる暇はない。
「僕に…構わず逃げて、くれ…」
意識を失い掛けてる。出来る訳ない。
「どいて!私が持ち上げるから先輩を引き抜いて!」
ブルネットの少女は驚いてたけど瞬時に理解して頷いてくれた。
「行くよ!せーのっ!」
(重い……)
機材から突き出てる棒を掴んだけど、機材の上には瓦礫も乗っかってて重い。ようやく少し浮かしたけど、それだけじゃ引き抜けなかった。
「熱っ!」
水を掛けても燃え上がるから消火活動が出来なくて、炎が間近に迫ってた。
「あなたガブリエラを連れて逃げて!私は先輩を助けるから」
「どうやってよ!浮かしただけじゃ自分で動けないのよ彼は!」
「そうよネーナ。信じておりますから最後まで頑張りましょう」
そう諭されて力一杯踏ん張るけど、どうしてもそれ以上は上がらないんだ。
(早く誰か来て…)
窓に近い人から助け出されて、炎に阻まれて私達の所に近付くのは困難になってた。
「あなたの名前は?」
少女は一瞬ポカンとして直ぐに答えた。
「マルガレーテよ」
皇女殿下と同じ名前だ。
「マルガレーテ。どうなったとしても勇気あるあなたと出会えて良かった」
クサい台詞だけど、どうしてもマルガレーテに伝えたかったんだ。見捨てて逃げることだって出来たんだから。
大きな音がして天井から何かが降って来た。先輩を機材の下から引き抜いてももう退路は塞がれたことが判った。
「ああ…」
絶望的な気分になった。父ちゃん母ちゃんごめん。けど、
(希望は捨てない!)
それしかないってのもあるけどさ。ダンテさんや外に避難した先生達もいるから何とかしてくれる。と思うのだ!
「もう一度上げるよ!」
思いっクソ持ち上げてもビクともしない。
周囲も熱いけど機材の金属部も熱くなってて、巻いた布も焦げてる。
すると後ろでガコッと音がして、振り返ると眼光鋭い筋骨隆々とした青年が立ってた。
(どうやってここまで?)
疑問は後だ。
機材を持ち上げるのに青年が加わると易々と持ち上がった。すかさずマルガレーテが先輩を引っ張り出す。
(人間じゃない)
青年が人間離れしてるって意味じゃない。人間の姿をした魔物ってことだ。しかも何気にハンサムなんだなこれが。
誰のか分からないけど氷の妖精が私達に貼り付いた。熱さが和らいで氷の道が敷かれて吃驚した。
(助かった!)
先輩を肩にガブリエラを小脇に抱えると、青年は「行くぞ」と返事も待たずに窓に向かう。大分参ってるマルガレーテを引寄せて遅れない様に続いた。
正面にダンテさんがいる。氷の道を作ってくれてるのは彼だ。
「マルガレーテーッ、放せマルガレーテ⁉」
左右から引き留められてる人がいる。彼女のお兄さんだろう。ありがとうあなたの妹さんは勇気あるいい人だ。
(ん?でも…)
外に出た途端に足から力が抜けそうになるが誰かに支えられる。
「まだだ、頑張れ講堂が崩れる。巻き添えになるぞ」
膝が笑って脚が動いてるのが不思議だった。
「崩れるぞ⁉」
ダンテさんの叫びが背を打った。
凄い衝撃だった。
だってアマーリエ講堂は崩れただけじゃない。崩れた後爆発したんだ。
ダンテさんは頑張った。全員が助け出されるまで崩れそうになるアマーリエ講堂を支え、逃げられる様に氷の道も敷いてくれた。だからそういう仕掛けだと分かってても逃げ遅れてしまった。
助けたのはギッティ先生じゃない。先生は出張講義で出掛けてる。
あの魔物だ。
衝撃波は外に逃がしたけど、四散する危険な瓦礫なんかは全部、アマーリエ講堂から数メートルの範囲に抑えてくれた。
置いてく暇がなかったのか、先輩もガブリエラも抱えたまんまだ。
「ありがとう、魔物さん」
魔物はじろりと私を一瞥した。
「うむ、良い」
怪我の重い順に先輩、ダンテさん、ガブリエラの順で治療してく。治癒魔法も使えるんだ。凄いよ。
ありがとう、何度でもお礼を言うよ。ありがとう。でもね。
(ちゃんとした服を着た方がいいよ)
魔物さんは誰かから奪った上着を腰に巻いてるだけだった。変に思うかもしれないけど、逃げてる間に脱げなくて良かったよ。ハラハラしたもん。
終わったと見たのか魔物が変態した。
(あ、大型犬のツチラト氏じゃん)
クラリッサの用心棒である大型犬の魔物だ。
(成程呼び捨てを許されない訳だ)
氷の妖精は数を増やして私の火傷を冷やしてくれた。吐く氷の息が体温で溶けて火傷を洗ってく。
〔大変な目に遭ったわね〕
怪我を洗って止血してくれる。
「クラリッサ。…全身が痛いよ」
「ヴィンクラーさん手当てを…」
駆け付けようとしてくれた保健の先生が止められる。
「何故?」
「あれはヴィンクラーだ。手当ては要らない」
要るともさ。けど治癒魔法は私に通じないだけだよ、などと反論はせずに無視する。
無事だった人達が戸惑った表情で遠巻きに私を見てる。
何故って私は突然先祖返りした獅子人だからだ。
獅子人は亜人の一種だ。超古代文明で人によって獅子と人間が掛け合わされ出来たとされる。だから亜人。どういう訳か狼人間は太古から存在するから亜人じゃないけど、熊人や蜥蜴人なんかは人間に作られたから亜人に入る。だからって仲良くないけど。と習った。
昔は完全に人間の管理下に置かれてたのが、超古代文明が滅んでから野放しになって人を襲う様になった。すったもんだの末に人間と亜人は居住地域を分けることで解決した。弱いけど人間の方が数が圧倒的に多いからね。
でも時にそれぞれの世界の偏見に苦しみながらも人間と亜人は結ばれてしまう。
うちの家系に獅子人が混じってたなんて、私が生れるまで親戚一同誰も知らなかった。それらしい言い伝えもなかったから、父ちゃんは母ちゃんの浮気を疑うし、母ちゃんは父ちゃんが打明けずに黙ってたんじゃないかって夫婦喧嘩して、一時は双方の親類までもが対立する騒ぎになった。と兄ちゃんが話してくれた。その火は今でも燻ってて申し訳なく感じてる。
力の発露度合いにもよるが、そんな子が産まれたら必ず広報される。隠しておいてはくれない。だって血が濃くて狂暴だったりしたら危険だし、成長してから狂暴さを表す場合もあるからだ。そうなると神殿によって家族は二択を迫られる。神殿に子供を託すか街を出るかだ。
私は亜人に変身しないし力も本物の獅子人よりは断然弱い。血も薄くなってるから、エイル神殿の神官さんと近所の人達が話し合って、当分様子見となり何となくそのまま現在に至ってた。
なので物心つく前から両親や親類縁者の皆々様方から、色々と言い聞かせられて育った。なのにのんびり屋なのはお前が熊の心臓だからだ、という訳だ。
ええ、もうそれで全然構いませんともそれで。獅子ですけどね。
(けどさ、も少し優しくしてくれてもいいんじゃない?)
治癒魔法も攻撃魔法も私には効かない。だから怪我したら治るまで痛いんだよ。これがまた凄い回復力であっという間に治っちゃったりはするんだけど、人間の痛み止めとかは効かないんだ。
「貴方がネーナ・ヴィンクラーなのね。ありがとう、貴女が来てくれて助かったわ」
マルガレーテは納得した顔をする。
「マルガレーテ」
さっきのお兄ちゃんが私から引き離そうとするのを振り払う。
「聞いてたわ、先祖返りの獅子人がいるって」
「いい訳じゃないですけど血は薄いんです」
「そうだな、言い訳だな。妹を助けてくれたことは感謝する。希望の物を言ってくれれば用意する。だがここまでだ。マルガレーテには近付かないでくれ」
(哀しいこと言うなぁ)
物なんていいんだよ。もうありがとうって言ってくれたんだから。泣きそうになった。ダメだネーナ我慢しろ。母ちゃんにも言われてたろ、獅子人の力を発揮して人助けしても素直に感謝されたりしないんだって。
〔酷いことを仰るのね。それは感謝してないのと同じ、いえ、もっと悪いわ〕
「ビスクドールのクラリッサか。ゴーレムらしく人間の話に口出しするんじゃない」
彼女のこともご存知で。
〔いいえフェルディナント殿下、私は殿下に抗議致します〕
(泣かせないでクラリッサ。解かってるからさ。ダンテさん、ツチラト氏どっちでもいいから彼女を連れてってあげてよ)
反抗だって取られたら壊されちゃうかもしれない。私の為にそんなことになるなんて絶対嫌だ。全身が痛いけどクラリッサを抱いて無理矢理立ち上がった。
「手当てがまだよ」
意外に強い力で引かれる。
「止血も出来てないし火傷だって酷いわ」
「殿下…?」
恐る恐る呼んでみた。だよね。マルガレーテ殿下だよね。
「殿下、あの、ありがとうございます。けど大丈夫です私。頑丈なんです。行かせて下さい」
「だそうだ。獣人は人間より治りが早いんだ」
クラリッサが抗議しようとするから身体で顔を塞いだ。
「だからって痛いんでしょ?」
「彼女を放すんだマルガレーテ」
皇女は兄上をきっと睨み付けた。
ちょっとちょっとちょっと止めて下さい。誰か今直ぐのこの方達を止めるか私を逃がして!
「兄上様、私を思ってのことだとは重々承知しております。けれどやはり兄上の言い様は酷過ぎます。共に力を合わせて生徒を助けようとした時、彼女が言ってくれた言葉を私は忘れません。それは野蛮な獣人のものではありませんでした」
(マルガレーテ殿下…)
「私は彼女に理性と義侠心を強く感じました。そして蛮勇ではない真の勇気を」
(全身がむず痒いぃ、私そんなんじゃないですぅ)
フェルディナント殿下は肩を落とした。
「いずれ後悔するぞ」
「兄上様こそ、後悔しても知りませんよ」
(いやいやいやいや、後悔するってマルガレーテ殿下!私の味方しても良いことないって!)
根拠もなく心の中で叫んでた。止めてくれよぉ。お陰で涙も引っ込んじゃったけどさ。
こんな状況は生れて初めてで何て言っていいやら、畏れ多くも殿下方の会話に口出ししていいのやら。一体全体どうしたらいいんだかもう訳分からない。兄ちゃんや姉ちゃんなら機転を利かせられるんだけど。許されるなら全速力で逃げたかった。
フェルディナント殿下が行ってしまうと、皇女殿下は振向いて笑った。
「ごめんなさい。助けてくれたのに嫌な目に遭わせてしまって」
それは本当にそうなんだけど、これからの私の人生できっと何度かあるんだろうな。だから覚悟はしてたんですよ。
「と…とんでもありません。わ、私は獅子人の先祖返りでもしかすると危険かもしれないのはホントですから。怪我の治りも早いんでどうぞお気になさらず。殿下もお怪我をされてるんです。手当てなさって下さい」
まだ何か言いたそうにしてたけど、すぐ傍に控えてた治癒魔法師が、話は終わったとみて殿下の治療に掛った。
私の方もクラリッサが傷口を洗って具合を診てくれてる。結構頑張ったんだけど、人間のお医者さんは見向きもしてくれない。うん解ってる。でもやっぱ哀しいもんなんだなこれが。知ってた、分かってた。みんなに言われてた。だから大丈夫だよねネーナ。
〔ダンテ来て、ネーナを研究室に運んで〕
怪我は簡単に治ってくけど、魔法仕掛けの炎だったからか火傷は治ってくれない。ヒリヒリ痛むなんて生れて初めてだ。
「自分で歩けるよ」
と言ったものの足がガクガクして一歩が踏み出せなくなってる。動くと火傷が痛んだ。
「無理しないで」
半泣き顔で手に包帯やら応急処置の道具を持ったガブリエラが駆け寄って来てくれた。殿下方がいたから心配そうに遠巻きにしてたよね。手の中の物は私の為の物だったんだ。
「クラリッサ、これで足りるかしら?」
〔足りなくても研究室にあるわ。ネーナ貴女が思ってるより火傷が酷いの。服を脱いで手当てしないと。研究室に行きましょ〕
そうなんだ。確かに何だかくらくらするのはするなあ。なんて自覚したら立っていられなくなった。
するといつの間にか人型になったツチラト氏がお姫様抱っこしてくれる。
(ひえ~~恥ずかしい~~)
余計に目が回りそうだった。
今度はダンテさんのローブを纏ってる。服が小さくて胸がはだけてるけど下半身は大丈夫。
「ダンテは講堂の魔法の仕組みを検分している。頼まれた。女、クラリッサを載せろ」
目をパチクリさせたけど察したガブリエラはクラリッサを私の上に載せた。
ツチラト氏は斟酌しなかったから自分の長い足のスピードで歩いちゃって、ガブリエラが半ば駆け足になってた。
〔ツチラトゆっくり歩いて上げて、ガブリエラが置いてけ堀よ〕
「場所は知ってる。後から来ればいい」
にべもないとはこのことなのか。




