ビスクドール・ゴーレム
結局あわや犠牲になりそうだった生徒達の保護者や、それでなくても貴族生徒の被害に遭っていた生徒達が親に訴えたことで、ギッティ先生の処分は不問となった。
けどその放課後、校内の雪の積もった雑木林で、肩を落としてしょぼんとするギッティ先生を発見しちゃったんだな。
「またお前の所為で居場所がなくなるかも…」
哀れさをもよおすしょんぼりさだ。
しかしその隣にいる傾国の美少女誰ですか先生⁉私ガブリエラやジルヴィアお姉様以上に美しい人がこの世に存在するなんて、今の今まで思ってもみませんでした。
綺麗な金髪なのに勿体無くも短く不揃いに切っちゃってる。雪の様に白い肌、完璧な線を描く輪郭。瞳は琥珀色で美の女神が描いた様なって表現が浮かんじゃう美貌だ。大きな魚型のラピスラズリの護符のネックレスが良く似合ってる。
どう見ても私より一つ二つは年下の気がする。
「山に籠りましょうよ。俺都会は苦手だ」
(この声は、ええ⁉ダンテさん⁉マジで?ホントに?)
低い男声と美貌が全然合ってない。どころかすんごいアンバランスで何でどっちかにしておかなかったの?もう私は驚き過ぎて大口開けて固まっちゃった。
「やだよ!儂はあったかい家で美味しい物食べて快適に過ごしたいの!」
「分かりました。料理に調味料使いますから」
何だそりゃ。
「大体何でお前には「あ~れ~」とか悲鳴上げながら倒れる可愛さがないかね?せめて避けてよ踏まないで!」
あ?ああ、やっぱりね。
「俺まだ人間出来てないんで咄嗟にあれしか出来なかったんです」
「だから十八歳以下はやなんだよぅ」
だよね。私より年下よね。声の方が変なんだよね。
「仕方ないでしょ拾っちまったもんは」
何を?君を?ダンテさんを?
「袋叩きにされろなんて言わないけどさぁ。もう~少~し手加減出来なかったもんなの?」
「いや!俺だって手加減しましたよ、師匠!」
心底から不本意そうだ。
「そりゃもう精一杯!なのにあいつらすんごい弱っちくって、俺だって吃驚ですよ」
「だったら何でバカ共の劣等感刺激する様な捨て台詞吐いちゃう訳さ?」
「バカだから理解出来ないかと…」
「ははは、ここにもおバカさんがいたぁ」
先生の目が虚無ってる。
「あの手のバカはバカにされたことだけは敏感に分かっちゃうものなの」
「勉強になります。次からは…」
「次無し!平和的解決を目指しなさい、全身全霊で⁉」
「じゃあ、威張り散らしてるくせに親の権力と金しかなくて、自分には何の価値もない、しかもそれを理解する頭もない、ないない尽くしの知能も品格もない人間だって平和的に諭してやります」
「止めてぇ。ああ、人里離れた辺境で子育てなんてするんじゃなかった。せめてもう少し早く外に出して人付合いを教えるんだったぁ」
「ええ?村では人気者だったじゃないですか俺。都会に住まなけりゃいいだけで」
「…お嫁さんどうやって見付けるつもり?」
「⁉」
あらダンテさんこの一言はかなりの衝撃だったみたい。
「それがありましたね師匠!一大事です」
「今のままだったら女の子にも軒並み嫌われちゃうよ」
「しまったぁ!それだけは何としてでも防がねば!」
その美貌でお嫁さん要りますか?
「好きな子に自分の都合ばっかりは押し付けてられないからね。本当に好きなら辺境にだって着いて来てくれるなんて有り得ないし、その反対はどうなのさって話よ。経済力とか才能に勝ってても別次元の話なんだから」
「ダメですかぁ?」
「その代わり自分ではたくさんの譲歩をしてるつもりでも、それは相手が本当に望んでるものじゃなくて、宝石の代わりにガラス玉を贈る様なものでね。気付いた時には相手がいなくて、謝ることもやり直すことも出来ないなんてことになってるんだよ」
おお!
「流石師匠、四度も結婚しただけはある重みがありますね」
(おおおおおおお、えええええええ??何ですとぉ⁉)
「エエエエエエエッ」
思うだけじゃなくて口にも出ちゃってたから二人が同時に振向いた。
「しまった!油断しちゃってた」
膝に抱いてたらしい使い魔で黒猫のイスメトが飛び出した。先生は慌てて私においでおいでする。ダンテさんは素早く耳垂れ兎を被ったけど、おいおい後ろ向きに被っちゃってるよ。
今度は私が挟まれる形で並んで座った。
「何処から聞いてたの?」
「え、っと「またお前の所為で居場所がなくなるかも…」から、かな…」
立聞きなんて褒められたもんじゃない。私はしどろもどろになった。
「かなり最初じゃない。何て失敗しちゃうの儂」
その最初より先生は肩を落してた。
「先生大丈夫だよ。私絶対誰にも言わないから。約束します。直ぐにころ~っっと忘れちゃうから」
「ホントに?」
涙目で問われると適当な嘘がつけない。
「ダンテさんのお顔と結婚四回以外のことは……」
「だよね~~」
肺を空にする様な溜息を吐く。
「俺の顔ってそんなに衝撃的?」
ダンテさんは不思議そうだ。
「衝撃的に決まってます!ダンテさんは毎日鏡で見て慣れてるでしょうけど」
「見ないよ。見る必要ないし、みんな俺の顔見て酷いこと言うし。だから被り物は趣味が半分、コンプレックスが半分」
「こんなに綺麗なのに?何て言われたの?」
「…詐欺だとか、産まれ損ないだとか、宝の持ち腐れだとか、女顔で声が太くて低いなんて気色悪いとか、呪われてんのかお前とかとか…」
酷い、けど納得しちゃうな。身長だけ先んじて伸びてるけど華奢だから、物さえ言わなかったら男には絶対見えないんだもん。こりゃもっと大人になったら更に酷いこと聞くぞ。
「可哀想だけど隠してて正解だとは思う」
ああ、ダンテさんまで項垂れちゃった。ごめんよ~。
「でもホント私誰にも言いませんから。お喋りだけど喋っていいことの区別はちゃんとついてる人なんで」
「うん、君は人を傷付ける様なことは言わないもんね」
私は持ってたサコッシュから、おやつの杏のマルメラーデを挟んだリンツァーを二人に上げた。私用に大きめに作られてる。
「どうぞ。皆で食べましょうよ先生」
甘い物好きな先生は喜んでくれた。ダンテさんも甘い物はあんまり食べないけど一つだけ抓んでくれた。
そして何気に人を仰天させる先生は数日後からビスクドールを授業に抱いて来る様になった。生徒達を仰天させたのは先生の変態性じゃないよ念の為。
前日、いつものクールさを全捨てで、手放し褒めでダンテさんが興奮して私を呼んだんだ。
「見て見てネーナ、クラリッサが来てくれたんだ。ギッティ一家自慢の美女が来たよ。とびっきり綺麗だから可愛いから会って会って!」
すっごく嬉しかったんだねダンテさんは。彼女が大好きだって思いが伝わってきてほっこりした。誰かを好きって気持ちは何て心地いいんだろう。
元々ダンテさんは人懐っこいんだと思う。あの日以来私達の距離は思いっ切り近くなってた。
濃い色の旅装のままにテーブルの上に用意された人形用の椅子に彼女は座ってた。
「綺麗ね~。ガブリエラんちでみせてもらったことあるけど、ガブリエラごめん。ガブリエラんちの子達より断然綺麗だ」
「よろしくてよネーナ。うちの子達も一流の人形師の物ですけれど全く格が違いますわ」
それを聞いたダンテさんがホクホクしてるのが被り物してても判った。
長い艶っ艶の黒髪はキッチリ切り揃えられてて、東方の人形を思わせるエキゾチックな顔立ちだった。ビスクドールには素人な私でも超一流の人形師が作ったって分かる代物だ。
クラリッサと名付けられた球体関節のビスクドールはゴーレムだった。指まで関節が球体になっててまるで人間みたいな細かな動きをして、しかも喋るんだ。
ビスクドール集めは上流階級の女子の趣味の一つだから、
『コリーヌ5かしら、人形としては大きいわね』
『体型はジョゼット8で成人女性の体形だと思うわ』
と囁き交わしてた。
〔こんにちは皆さん。一緒に勉強出来るのが嬉しいわ〕
口は動かなかったけど彼女は独特の響きのある声で挨拶した。そして容赦なく先生やダンテさんを叱って、ゴーレムなのに二人はクラリッサに頭が上がらなかった。先生はこれを自主的懲罰と称してた。
ビスクドール・ゴーレムは稀少で超高価だから、ギッティ先生は大型犬魔物のツチラト氏を用心棒にしてた。呼掛ける時絶対呼び捨てにしてはいけないって注意があって、変だけど最早先生に反抗する者はいない。
彼女は何処にでも同行して(させられて)、決してダンテさんからは離れなかった。先生が教えたから豊富な知識は先生と同等だそうだ。ホント吃驚する。
〔ダンテ、乾燥した蜘蛛糸草を出して、エキスを抽出したいの〕
「わかった」
自分で出来ないことはダンテさんを顎で使ってた。
〔ネーナ、その薬草の実が欲しいの。もう仕分けは終わった?〕
「うんもう直ぐ終わる」
〔じゃあ実だけ鍋に五百g入れてね〕
彼女は一緒に入れる他の薬草や薬剤を計ってた。
そんなだから一時薬草研究部に入部希望者が続出したけど、先生は本当に研究しそうな生徒以外は入部させなかった。
クラリッサは超貴重な存在だったから、ゴーレムなのに指示されても反発するどころか感心して一緒に研究に励んでた。部活の時は三つ編みにするんだけど、誰が三つ編みにするかで一時争いが起きてたもんな。
そんな気分が治まらないうちの皇族方の編入の報せだったから、今年度はホントに色々ある年だって気がする。
一時人気が低迷して落ち込んでた感のあるプロッツェ教頭も、ご機嫌に復活してるのが癪に障ったけど無視無視。
と思ってたら、猫背になって手を擦り合わせんばかりの姿勢で部活の終了時間に現れたんだ。さっさと帰る様に促されたけど、そんなこと出来る訳ないじゃないですか!呆れ顔のスヴェンも巻き添えにして他の出歯亀達と一緒に聞き耳を立てた。
「折り入ってギッティ先生にお願いがあるのですが」
「クラリッサなら貸さないからね」
ギッティ先生はにべもない。
「何故分かりました⁉」
教頭は驚いてるけどそりゃそうだろ。
「教頭が上機嫌で来るなんて、儂の解雇が決まったかクラリッサを貸してくれの二択しかないでしょが」
「ムム、ならお解りでしょうが、明日から登校してくる皇女に、歓迎の意を表して女子生徒代表とクラリッサに出迎えて欲しいのです。きっと皇女殿下は感激なさるでしょう」
うっとりと妄想に酔ってる。気色悪い。
(ホント皇族方に取り入ることしか考えてないんだ。この人なんで帝都から左遷されたんだろ?)
出世するのが気に食わないとかそんなこと考えてないから、出来るだけ早く迅速に帝都に返り咲いて頂きたい。そしてもう関わりたくない。
「そしてクラリッサを気に入っちゃって、欲しいって駄々捏ねたりしたらどうするの?」
それはないとは言えないよね。絶対欲しくなると思う。
「言っとくけど君の年収で賄えると思わないでよね」
だよね、皇族方だって持ってる方は稀だって話だし。
「根本的な話、この子は儂の魔法とダンテの魔力で動いてるけど、この子に魔力を供給出来る人いる?」
「は?」
知らなかったんだ。教頭一々ダサい。竈には薪、ギッティ先生には甘い物、これ常識。なんだって燃料にする物が必要なんだから。
「初耳です伯父さん」
え、ダンテさんもですか。
「しかしね。皇女殿下が欲しがるとは限らんよ。あくまでも花を添えるモノとして貸して欲しいんだよ」
「ダメだよ。クラリッサはこの世で唯一ダンテを止められる者として、彼女の本当のパートナーから貸してもらってるんだから」
(なんと!)
教頭はもうしばらく食い下がったけど、先生はどうしても首を縦に振らなくて諦めるしかなかった。
皇族の編入っていうニュースは瞬く間に市中に広まって、帰宅早々に母ちゃん達に捕まってしまった。何処まで話していい物か分かんなかったけど、取敢えず宿舎と明日から登校してくることは話した。
「あんたね、絶対皇子皇女方々に近付くんじゃないわよ」
そんな、姉ちゃん。分かってること血相変えて説教しなくても。
「そうね、頭は良いし性格も問題ないけどそそっかしいからねあんたは。絶対無作法な事しちゃうよ」
母ちゃんもですか。否定はしないけれども。つーか出来ないけれども。
「ガブリエラが皇女殿下の学友に選ばれたんだ」
「彼女なら問題ないわね」
「そうだねぇ。ガブリエラなら適任だよ」
姉ちゃんと母ちゃんは頷き合った。私との反応全く違わない?解ってるけどちょっと傷付く……?ってこともないか。私熊の神経なんだよね。
「皇女殿下はネーナと同じ学年か?」
夕食の席でも父ちゃんが話しを聴きたがった。
うちの家族はみんな料理が下手だから、賄いさんを雇える様になったのは家族全員有難かった。食事時になると母ちゃんは外回りに逃げて、まだましな料理の腕の父ちゃんが作ることが多かったもんな。
「うん」
「粗相せんようにお二人に近寄らない様にするんだぞ」
「ははは、帰った時にも私と母ちゃんにそれ言われたのよこの子」
「可哀想だけどな。ネーナは社交的だし気性はいいんだがな、上流階級の方達との接し方が解からんだろ?誰にでも分け隔てないからな」
「皇子殿下は上の学年よね?」
「うん母ちゃん、最上級生でジルヴィアお姉様と同学年になるよ」
「それじゃあ卒業間近じゃないかい?そんな時期に殿下も大変だねぇ。帝都で一体何があったっていうんだろ?」
「それだよね、皆それを噂してる。学校でも生徒だけじゃなくてさ、先生達もコソコソ話題にしてた」
時々授業を忘れたりもしてたな。
「でもさ、十六番目の皇子に九番目の皇女でしょ?帝位争いからは遠くない?」
姉ちゃんの疑問に、みんなが呆気に取られた。
「この子ったらそれ位知らないのかい?」
「気を付けなよ姉ちゃん。外でそんなこと言ったら非国民扱いだよ」
「ええ⁉そうなの?常識なの?」
「帝国民の常識でしょうがそんなこと」
在位百十年を超えるアルベルト陛下は皇妃を亡くされることが多く、もう七度も結婚なさってる。
最初の結婚で儲けた子等は魔力が弱くて最早皺皺の老人になった第三皇子が残るだけだ。
二番目の皇妃との間の子等は誰も成人せず、皇妃自身が産褥で亡くなられてる。
三番目の皇妃との間にはお子が産まれず。帝位継承争いをしそうな皇子皇女等は四番目の皇妃からだ。八人の皇子と三人の皇女を産まれたが、三人の皇子と皇女は一人が成人なさっただけだ。しかしその皇子も一人は病弱で公式の場所にはお出でにならないって話。
そして編入されるお二方は五番目の皇妃の所生であられる。
六番目の皇妃の間には先の二人と歳の近い皇女が二人と皇子が三人。
現在の七番目の皇妃とは数年前に結婚されて、先年第二十皇子が生れたばかりだ。
五番目と六番目の皇妃所生の子等の歳が近いのは、皇妃が病を押して出産しようとなさっていた時にはもう、六番目の皇妃となった方といい仲になってたからだ。敬愛する陛下とはいえ最低だ。
色好みでそちら関係でのアルベルト陛下の評価は地下に潜ってる。だってその間にも愛人をたくさん拵えてて、成人した庶子は公認されただけでも二十人を超えちゃってるんだから。
まあ庶子は覚えなくていいけど、皇子皇女方の順番は覚えておかないと世間的に不味いものなのだ。なのにちゃっかり者の姉が覚えてないなんて考えてもみなかった。
「それでも上に皇子が二人もおられるんでしょう?」
「お前がつくづく皇族方に興味を持ってないことはよく分かったよエルヴィラ」
「な、なによ」
「四番目のお妃様は魔力が弱くって、お子方の寿命もそんなに長くないとみられてるんだよ」
それにあんまり出来も良くないらしくて、長い安定した治世が望まれるから、十六番目のフェルディナント皇子を押す声も多いってガブリエラが教えてくれた。しかし陛下の愛情は周囲の反対をおして結婚した、六番目の皇妃との子供達に一心に注がれていて、それがまた帝位継承問題を難しくしてる。
六番目の皇妃タルヴィッキ様は外国のそんなに身分の高くない貴族だった。貴賤結婚と騒がれて、皇嗣となる方々が生れていたから許された経緯がある。けれどタルヴィッキ様のご家族は野心家で、現在も陛下の側近として貼り付いてるんだって。
「持つ物が多いと後継ぎが少なくても多くても泥沼ってことよ」
母ちゃんは肩を竦めた。
皇妃の生家の勢力に本人の資質と父の愛が絡まりまくってる。
「そういうのは遠い帝都の中だけで納めて欲しかったなぁ」
姉ちゃんが言った。
「うがった見方をすれば皇子皇女は体よく追放されたのさ」
父ちゃんの口調には同情が滲んでた。
「帝国でも有力な貴族の少ないこの地にな。母上の生家の領地とも遠いだろ?」
そこまでは覚えてませんでした。ごめん父ちゃん。
つまり有能な皇子に帝位継承に向けての国内の地盤を作らせないってこと。
「皇子は卒業してもこの地に留まるかもしれんな」
「そうなると何だかんだと税金が取られるんじゃない?」
「だろうな。皇族としての体裁も整えねばならんし、帝都からの送金が少なくなったら確実だ」
そんなことあるの?ちょっと信じられない。
「それは見放されたってこと?」
「お可哀想だけれどね。そうして軍備にお金を掛けさせない様にするのさ」
その分を臨時税を掛けて市民から徴収されるかもしれない。
母ちゃんは頭を振った。何の為の軍備か考えたら胸が詰まる思いがした。母上が違っても兄弟なのに、軍勢集めて闘うなんて考えたくもなかった。
そこまでして手に入れたい物なんだろうか帝位って。
食卓の雰囲気が暗くなったんで父ちゃんが強いて明るく振舞った。
「下々の俺らが何のかんの考えたってどうしようもないさ。杞憂かもしれんしな。先のことをあれこれ考えても仕方ない。さあ暖かい内に食べるぞ」
「そうだね」
考えはあったけど暗くなるから止めて、後はいつものようにワイワイと楽しく食事をした。




