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不自然な編入

 我が校は名前を貰ったカール・フリードリヒ皇子が創建した。カランタ市で最も古くて規模の大きいギムナジウムだ。高等部になると専門を決めなければいけないけど、他の学部の授業も受けられる。本当に専攻が絞られるのは大学になってからで、必須科目には他学部の授業が組み込まれている。

 私とスヴェンは薬学部、ガブリエラは魔法学部だったが、薬学をするには魔法学の知識が、魔法学をするにも薬学の知識が必須とされてるので、自然と同じ授業が多くなる。

 治癒魔法があるとはいえ治せるのは外科的治療だけで、病気は魔法では治せない。その試みは続けられてるけど、体内の腫瘍を魔法で取り除いても幾許もなくまた腫瘍は出来てしまう。それは当人の中に病種が隠れているからで、全ての病気についてそれが適用出来る。だから病気で亡くなる人の数は減らなくて治療薬の需要は変わることがない。

 スヴェンはお母さんを病気で失ったことが薬学を学ぶきっかけとなった。

 現在は貴族でお金持ちのガブリエラの家の居候になっていて、同じ歳のガブリエラとは仲が良くてスヴェンが物静かなのもあるが、半ばお伴の者と化してる。

 何のきっかけか忘れてしまったけど、初等部の初めの頃に私達は仲良しになって以来大抵三人でつるんでる。

「ああ、この世に古典がなかったら幸せなんだけどなぁ」

 毎度毎度古典の時間の前になると私はこの台詞を呟いてる。

「ネーナは古典が苦手ですわね」

 反対に古典が得意な科目の一つであるガブリエラは楽しく受けられる。

「昨日の夜も古典の翻訳やってて何度も寝そうになっちゃった。重要な科目だからそんなんじゃダメなんだけどな」

 古い文献を読んで参考にすることはままあって、大方重要な本は翻訳されてるけど、魔法を使う際に古代語での詠唱が必要になったりして、それを発展させる場合も古典を理解してないと出来ない。つまり逃れる術はない。進んで修得すべき科目なんだ。

「期末試験には詠唱試験もあるからお互い助け合おう」

 発表された範囲のページを開いてスヴェンが言った。

 その中から幾つかを当日に抜出して一人一人詠唱させられる。

「僕は理解出来るけど発音が悪いんだよな」

「語学なら発音が悪くても通じればいいんだけどさ。呪詞や呪文は間違えたら術が発動しないしね~」

 魔力が強ければそれらは無視出来るが確実さに欠ける。

「ぶつくさ言わないで教室を移動しなくてはいけませんわよ」

 へいへい、と気のない返事をして二人について行く。

「あ、」

 途中でガブリエラが小さな声を出して止まって、後ろにいた私はぶつかってしまった。

「また貴族が平民を苛めているのですわ」

 四、五人の少年が一人を囲んでいる。中の一人が踏ん反りかえってるからそれが貴族だろう。後はお供だ。

「おや?誰かさんも貴族じゃなかったっけ?」

 しかし自由都市カランタでは左程に身分の上下に厳しくない。でないと私はガブリエラと口もきけない。

「わたくしはあんなみっともない真似は致しません!」

 金髪碧眼の美しい顔でガブリエラは睨み付けた。怖いけど綺麗だなぁ。

「近頃外の貴族の連中がたくさん編入して来て、嫌な光景を見ることが多くなったな」

 苛めの現場に上級生が割って入って安心した。

「戦争があるから今の内に優秀な人材を捜してるって本当かな?」

 最近の新聞に載ってのを読んだ。

「聖ルカスが妖精界と一触即発な上に、正統な皇位継承者が新大陸から帰って来て内乱になり始めてるらしい」

 我が国も帝国だが聖ルカス皇国は更に巨大な皇国だ。

「外国の話でしょ関係あるの?」

「そういうのは回り回って影響してきますのよ。新大陸から戻ってらっしゃった先帝の皇太子の姫が、我が国に援軍を求めているらしいのです」

「皇太子じゃなく?」

「皇太子は新大陸でお亡くなりになられたらしいですわ。二百年程前の話ですし」

「二百…、そっか寿命長いんだった、あの国の皇族って」

「聖ルカスの皇族は不思議な力を持っておられるという話ですものね」

「迷惑な話。数日前も購買で昼ご飯買おうとしたら貴族が偉そうにしててさ」

 他の生徒が買うのを取巻きを使って邪魔して、売られている品物を声高にこき下ろしてた。食べ盛りの庶民が多いんだから、なるべく価格を安くして質より量にしてくれてるのに、腹が立って仕方なかった。

 この人達は勉学以前に人間としての素養がなってないんだと感じた瞬間だった。まともな神経なら恥ずかしくてしやしない。

「そんな口を利いてていいのか?」

 人の話に首を突っ込んだのは、ガブリエラと同じクラスに編入してきた何処かの貴族のお坊ちゃんだ。意味有り気にガブリエラを見てるから彼女の関心が惹きたいんだろう。四人のお供の真ん中でやっぱり踏ん反りかえってる。

(あーやだやだ)

 私達は口を利きたくなくて無視してた。

「おい、フィリップ様の話を無視するな。無礼だろう!」

 お供の誰かから叱責が飛んだ。

「無礼?」

 きっとガブリエラが反応する。

「それがわたくしに対する口の利き方ですの!わたくしは心優しく貴方の主人の無礼な口を聞かないことにしていて差上げたのよ。感謝が先ではございませんの無礼者!」

 何というかこういう時の彼女の目力は凄く迫力がある。上に立つ人ってこんな感じなのかな。叫んでる訳でもないのに言葉が凄味を帯びて刺さる感じがする。

「お、俺を誰か知らないのか?」

 お坊ちゃまが狼狽えてる。こらこらそっちから仕掛けてそれでどうするのさ。

「貴方の代で絶えるのは確実ですから知らなくとも結構でしてよ」

「フィリップ様に何て口を⁉」

「だったらわたくしの声が届かない様にお包みに包んでお屋敷で子守りしてらしたら如何?我が家は貴方ご自慢の家格で劣る訳ではございません、対等でしてよ」

 むしろ上だろうな。お供達がたじろいだ。

「ガブリエラ、そういう物言いは慎んだ方がいい。君の価値が落ちるから」

 取りなす様にスヴェンが注意してるけど、取りなしてないよね。

「俺の話を聞かないと後で後悔するぞ!」

「あらあら中身の無さそうなお(つむ)でよく考えてご覧あそばせ?貴方程度が知ってらっしゃる事はわたくしの耳にもじきに入ってくるのでしてよ」

 そういう慎めじゃないとは思うけど内心拍手喝采して応援してた。

 あんまり反論されたことがないんだろう。言い返したいのに言葉が出ない様がバカ丸出しだ。

 教室に入ると級友達が声を掛けてくれた。

「お疲れガブリエラ」

「お疲れ、スカッとしたよ」

「カッコ良かったよガブリエラ」

 しかしその正反対に教室の一画の一団からは憎しみの籠った眼差しが送られる。そっちに仲良しはいない。

「お三人さんあいつが何言いたかったか知ってる?」

 適当に座るとすすす、と地獄耳のズザナが寄って来た。

「貴女が教えて下さるって存じ上げていましたわ、わたくし」

 大抵彼女が真っ先に情報を掴んできてくれるんだ。

「勿論!先越されなくて良かった」

「何かあったのかい?」

「あったのよ。第十六皇子殿下と第九皇女殿下が我が校に編入されるんですって」

 数字に惑わされてはいけない、第十六皇子の方が兄だ。

「ええ、何で今頃?」

 内心凄く迷惑だ。

「それは、分からない、私にも」

 残念そうだが、それに負けない様に区切る。

「けど皇子皇女の幾人かは自由自治都市の学校で学ぶこと、っていう暗黙のルールは確かにあるのよ。他のご兄弟方も他の自由都市で学ばれてるでしょ?」

「確かに。我が校に来ること自体は珍しくないんだよな」

 皇子が創建されたし歴史も古いしね。スヴェンの言葉に私も同意する。

「けど何で?そういうのって大抵年度の始まりからじゃない?途中からって珍しくない?」

「でしょ、それが謎なのネーナ。話が決まったのは一昨日よ。お二方とも帝都の有名なギムナジウムに通われてらっしゃったんだから、ホントに急な話なの」

「やだな、聖ルカスみたいに帝位継承で揉めるなんてごめんだよ」

「有得ないことでもないかも、帝都でも聖ルカスの現皇帝派と正統派でどちらに支援するか、あるいは中立かで割れてるみたいだし」

「お決まりのコースですわね。自分に都合のいい皇子皇女を旗印にして担ごうとしてるってお話しなのでしょ?」

「ガブリエラ鋭い。それで陛下が我が子達を利用されない為に帝都から遠ざけてる、という話もあるの」

「陛下の親心か、素敵だね」

 臣民なので私も極普通に陛下を敬愛している。

「ただそれにしても急でしょ?別の理由があるって言うのも同じ位聞こえて来てるわ。詳細はこれからだけど。それに取巻き希望の貴族達はそれ以前に編入して来てたでしょ?」

「流石ズザナ、情報を追ってらっしゃる」

 ガブリエラとズザナは顔を合わせてニヤッと笑った。

「面白そうでしょ?続報をお待ち下さいな」

 話せてスッキリしたのかズザナは自分の教室に戻る。一限目は選択授業が違うもんね。

「にしても、だったら貴族達が更に増えないかしら」

「今でも定員を大幅に超えてるよね」

 年度初めにしろ持ち上がりの生徒達はそのままに増やされていた。

「う~ん、教頭が…あの方は帝都に戻りたい希望があられるの。それで校長が渋られるのを強引に増やしたのだし」

 学生寮が間に合わなくって何人もの学生が寮から追い出された。それを引受けたのがガブリエラの父さんやカランタ市の有力者だ。けど、学生寮がみすぼらしいって、外に部屋が借りれたら何人も出てったんだ。腹立つ。


 第一報の後は次々に情報がもたらされて、誰もが新しい情報に耳をすませてた。

「でね先生、殿下方はフライヤ神殿付属のフォールクファング館を居館にするんだって。しかも明日から授業に出るんだって」

 ガブリエラがいたらお喋りなんだから聞いたことを直ぐ喋る、って呆れられるところだけど、幸い彼女は校長室に呼ばれてた。

 帝都から神殿に転送されるという慌ただしい来着で、市長が歓迎の式典どころか歓迎会も出来ないとぼやいてたそうだ。下々の迷惑も顧みず上の人達はもう。

 でも本当に慌ただしい。転送じゃあ大量の荷物は送れないから、殿下方にしてみれば着の身着のままの感覚かもしれない。

「大変だねぇ。転送って上手い人がやらないと結構酔っちゃうんだよ」

 のんびりと答えてくれたのは新しい薬学の先生でダンテさんの伯父ギッティ先生だ。ダンテさんは細くて縦長だが、先生は背が低くて髪が薄くてぽっちゃりとした所謂三頭身だ。実際は違うけどそういう印象を与えてる。

 就任早々に放課後の薬草研究部の顧問にされちゃったもんで、毎日の様に顔を合わせてる。私は薬草研究部と読書部を掛け持ちしてるんだ。

「そうなんですか?私カランタからそんなに遠くに行ったことないから使ったことないんです」

「運賃高いから遠くても使う人は限られるよ」

「転送屋って儲かるんですよね」

「その代わり命削るよ~。程々で止めないと早く老けるからね」

 熟練すれば負担が軽くなる様な職種ではないとは聞いてた。本当なんだ。

「それでガブリエラは皇女の学友に選ばれたんだね」

 呼ばれた理由はそれだ。

「そうなんです。ビックリするでしょ?皇女殿下は侍女も二人しか連れて来られてないって話なんです」

「それは学友じゃなくて体良く召使いにされるって話なんじゃないか?」

 声に良くない成分が混じってますよ。

「それだって名誉ですよダンテさん。でもガブリエラもおんなじこと言ってたな」

 嫌そ~な顔してたのが不思議だったけど、案外皇族の方々って人気がないの?性格に問題ありなの?私の感覚の方がおかしいの?でも結構下っ端でいいからお仕えしたいって話もよく聞くんだけどな。

「じゃあネーナは召使いにしてやるって言われたら喜んで行く?」

「え、私が?……そっかあ、そう訊かれたら直ぐに返事出来ないな。何でだろ?」

 名誉なのに何でガブリエラは嫌がるんだろ、とは疑問に思ったけど、羨ましいとか代わりたいとかはそういや思わなかったな。

「皇子皇女の人柄がどうであれ、あの世界を間近で見てたら幻滅するよ」

 ギッティ先生から仕分けのいる薬草を渡される。

「そういう先生は皇族の方達と関わったことがあるんですか?」

「まあねぇ人より長く生きてるから少しはね。それで充分だったな懲り懲りだもん」

「やっぱり物語みたいに陰謀やら策謀やらあれやこれやあって、ギトギトぬらぬらヒェ~な人間関係とかがある訳ですか!」

 読書部員としては盛り上がっちゃうんだな。

 先生は瞳をキラリと光らせた。

「事実は小説より奇なり、だよネーナ」

「うっひゃ~、聴きたいです先生」

「部外秘だからダメ~」

「え~先生そこまで煽っといて意地悪~」

 話を聴けないのはとても残念だけど、この先生も得体がしれないのだ。ダンテさんもだけど。

 校長が知人を通じて紹介されたとかいう話だったけど、皆が予想してたただの薬学の先生とは違った。

 魔力っていうのは巧くしまっておいても漏れる。だから同じ様に魔力が強い人には感じ取れるらしいんだけど、先生にしてもダンテさんにしても一切感じられないってガブリエラが言ってた。

 先生は頼りなさそうな気弱そうな外見だし、ダンテさんも被り物脱がないしで最初はみんな、特に威張りんぼの貴族連中は露骨にバカにしてたんだけど、そうじゃないことは直ぐに判明した。


 嫌がらせは先ず初歩の初歩から始まった。

 薬学の座学の授業でとある貴族の生徒がダンテさんの脚を引っ掻けようと通りすがりに足を出したんだ。幼稚っていう以外に言葉がないよね。ダンテさんは引っ掛からなかったけど、桁外れの反撃をした。決してさり気なく避けるなんてしなかった。

 出された足を踏んだ上にその足を軸足にしてギッティ先生の方に方向転換しちゃったんだ。

「ギッティ先生この問題…」

 とかとかわざとらしく口にしながら。

「ぎゃああぁーっ」

 すんごい骨の音がしたってのは現場にいた子の証言だ。

「ああごめーん。ほら俺足が長いだろ、先っぽが見えなくってさ」

 そして激痛に足を抱え込んで床に倒れた生徒にそう宣わったんだそうだ。

 いやいや、確かに長いですけれども、決してそんな長さじゃないだろダンテさん。

「何てことするんだ!」

 周りの仲間達が気色ばんだ。

「大丈夫、俺治癒魔法も得意だから自分の尻拭いは自分でするよ」

 ぱちんと指を鳴らすとホントに生徒の足は治ってしまった。

 手を患部に近付けもしなかった。そんなの見たことなかったから、誰も彼も呆気にとられて、当の本人も信じられない顔して起き上がった。

「君は貴族の子弟なのにおうちでちゃんとマナーの教育受けてないのかな?貧民みたいに足癖悪くしてたら上流社会でやってけないぞ。こういう不幸な事故もあるからマナーを覚えようかな」

 彼らが精神的に立ち治る前に注意した。

 怪我が治ったんだから不問になったけど、おさまらない連中は集団で報復しようとした。これもまたよくある、人気のないとこに呼び出して集団でボコるってやつだけど失敗。ダンテさんは何とかいう棒術を学んでて、魔法を使わずに返り討ちにしちゃったんだよね。

「戦法は評価する。しかし一人一人が弱い、弱過ぎる。皆でもうちょっと鍛えたらどうかな。因みに俺は君達を鍛えるつもりはないから、再戦は遠慮してくれたまえよ」

 背は高いけどひょろりと細身で風が吹いたら飛ばされそうなのに強かった。

 強力な魔力を持って産まれると、魔力に振り回されない様に幼いうちから肉体的精神的な鍛錬が必須なんだよね。そういう意味では武術って一石二鳥なんだって。けど体形とかからして具合を過小評価してたんだ。私もだけどね。

 ダンテさんが危ないと思って加勢しに行ったんだけど終わった後だった。

 連中の中で(女生徒も多数混じっていた)一人としてダンテさんが魔法の使用を避けていると察した者はいなくって、懲りない連中はやり方をエスカレートさせた。

 狙われたのは薬学の実習だ。

 こともあろうに持ち込んだ薬剤を混ぜて爆発させたんだ。連中にとって貴族以外はどうなっても構わなくて、自分達は魔法で守り合ってたんだからいけ好かない連中だ。

 爆発自体は先生が瞬時に封鎖空間を作って未然に防いだんだけど、先生は怒りを大爆発させた。爆発に備えて防御魔法を使った貴族生徒達全てを引っ掴まえて、有無をも言わさず別次元に放り込んだんだ。

「儂ね。だから十八歳以下の子供と、好い所の坊ちゃん嬢ちゃん教えるの嫌いなの」

 にこりと笑いはしたけど怒りのオーラが全身を包んでた。

「儂が優しいのんびりさんだとか誤解しないでね。面倒臭がりなだけなんだから」

 爆発の犠牲になりかけた私達はいい気味だったが、数日後解放された連中は皆げっそり痩せて顔つきが変わってた。

「彼らや彼女らに何をされたギッティ先生⁉」

 先生を説得してようやく連中を解放させた教頭は、生徒達の目があることも忘れて詰問した。校長も困り顔だった。

「何って?何ですか?誰の話でしょう?」

「私が訊いてるんです。すっとぼけんで下さらんか!」

「ああ、恐いお顔をしてらっしゃるのにそんなに近付けられたら…。儂にそちらの趣味はなくて」

 乙女ぶって縮こまった先生は気色悪かった。逃げようとしたがガシッと教頭に捕まえられる。

「彼らがしたことは罰を受けるに十分なことは認めましょう。けれど皆人相が変わっているではないですか!」

「飲まず食わずだったからお腹が空いてるだけでは?」

「はあ?一切の食料を与えなかったというのですか!」

「結果的にそうなっちゃっいましたねぇ。大丈夫、大丈夫、数日何も食べなくったって人間死にゃしませんって」

「何をのんびりと…彼らがどういう人間かお解りなんですか?」

「とっくにしていいことと悪いことの区別がついているべき年齢の若者達だよね。名高い学校なのに生徒の頭が悪過ぎて吃驚しちゃった儂」

御尤ごもっともですが、それにしたってどうも罰が重いのでは…」

 御尤もなのか校長。いいんですか訂正しなくて?反対はしませんけど。

「そう?儂が止められなかったらどうなってたの?大惨事よ。目も当てられないよ。怪我は儂とダンテが瞬時に治せるよ。けどさ心の傷は別物でしょ?未来ある若者の志しを挫かせる様なことを、儂は決して許さないからね」

「しかし…」

「彼らのしたことは「一つ間違ったら」っていう類の、若者に付き物の失敗じゃないじゃない。儂やダンテだけを狙ったのなら面倒臭くて小指だって使わないよ。そこまで面倒見てやりたい生徒達じゃないしねぇ」

 酷い連中で同情しないけど先生も酷くない?

「では彼らがどんな目に遭ったのかだけは教えて頂けませんか?」

 校長が訊いた。

「儂だって生徒達に大怪我させちゃう様な罰は与えたりしないよう。貴族だとか親の権威だとか、自分の力以外の一切のものが通用しない場所に送っただけ」

「だけ…ですか?」

「そうね。まあどうなるかは本人の資質次第じゃないかな?」

 明るい朗らかな口調に教頭がキレた。

「校長⁉」

「わあはい!」

 校長に牙を剥く。

「私はギッティ先生の解雇を要求しますぞ⁉」

 無礼にも先生に指を突付けた。気付いてないでしょ教頭、生徒達が私達があなたを見る眼に。

「教頭先生、儂はどうあれお(つむ)の血管が切れちゃうから、声を抑えられた方がいいよぅ。あ、儂がプロッツェ教頭の身体を気遣ってた、って覚えててね、みんな」

 明確に拍車掛けてますねギッティ先生。ホントに血管切れたらどうすんですか。ほら、教頭の頭から湯気が出ちゃってますって。

「この者は常識に掛けます。元はといえばこやつの甥が…」


「プロッツェ教頭先生」


 凛とした声が教頭を止めた。教頭の顔色が変わる。

 そこには私達がお姉様とお慕いするジルヴィア・ボルツマン上級生が立っていた。最上級八年の首席でもある。いつもながらお美しくて、身分は平民だけどそんじょそこらの貴族の女性より上品で優雅なのだ。

 私達のお手本で希望の星。

「先生同士のお話に口を挟む無礼をお許し下さい」

「ぶ…無礼と思うなら黙っていたまえ」

 狼狽えて打って変わって弱々しい。

「申し訳ございませんが出来ません。プロッツェ教頭は「元はといえば」、とダンテ氏に責任がある様に仰られるのですか?」

「違うかね?彼はギッティ先生を手伝って生徒を導く立場にいるのだよ」

「違います。ダンテ氏は急に生徒が出した足を避けられなかっただけの、あれは不運な事故でした。治療もダンテ氏自身の手によって終わっています。それなのに卑怯にも多勢に無勢で襲ったのも、返り討ちに遭って反省をしないのも、間違った遺恨を募らせて凶行に及んだのも、罰を受けた生徒達の不明にあります」

「き…君は彼らが哀れだと思わんのかね⁉庇護すべき下級生なのに過剰な罰を与えられたのだぞ」

「では貴族でない私達はどう庇護なさいますか?」

「は?」

「薬学は必須科目です。あの教室でどれだけの生徒が学んでいたかご存知ないはずがございませんわよね」

 学部を超えた必須科目だ。実習は希望すれば他学年の生徒も参加出来るから、実習室には聴講生も含めて五十人を超える生徒がいたんじゃないかな。

 教頭は言葉を詰まらせた。

「ギッティ先生が防いで下さらなかったら、彼らの間違った報復でどれだけの無関係な生徒が犠牲になったことか。彼らに組しない貴族の生徒もおりました。私達上級生だけでなく教頭先生も庇護すべき生徒がです」

「だからと…罰が重過ぎるだろう」

「私達生徒一同がそう考えていると?」

 声は静かだったけど効果は絶大だった。教頭は自分が生徒達にどんなに冷たい白い目で見られているかようやく気付いて身を固くした。

「今回のことは彼らの不明が招きました。ダンテ氏やギッティ先生の所為ではございません。違いますか?」

 教頭はしどろもどろで保護者がどうの、指導者としてどうの、ともごもご口にしながら退散した。

 いやあ爽快だった。

 お姉様私はいつでも貴女の犬になります。骨付き肉でお飼い下さい。


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