溺れそうな血縁関係の海
そして今日も今日とて家に帰ると兄ちゃんが頭から湯気を立ててご立腹。
何に怒っているか?私が相談もなく暗殺集団討伐隊への参加を受けてしまったからだ。
「腕っ節が強くてもお前はまだ未成年なんだ!親兄弟に相談もなくそんな大事なことを受けるんじゃない⁉」
「相談したら絶対反対したでしょ兄ちゃんは!」
「とお~ぜんだろうが」
「父ちゃん母ちゃんは?」
「奥で寝てる」
(あ~あ)
「兄ちゃん。うちの家族が幾ら私は先祖返りしただけで血は薄いんだって主張してもさ、周囲はそう見てくれないじゃない。だって私の瞳に血は現れちゃってるし、力は亜人並なんだしそれを証明しちゃったし」
「それはそうだが」
「否定して人並を装っても、誰も忘れてくれないよ。私も不本意だけどさ、これはこれでもうしょうがないんだよ」
「人生投げたらいかん!と近所のおっちゃんが言ってたろうが」
「投げてません。ただ現実に沿って修正しただけですぅ。それにアマーリエ講堂の火災の一件は、私自身に降り懸かった災難なの。当事者なの。自分で決着をつけたいんだよ」
しばらく睨み合いが続いた。退いてはいかん退いてはいかん。
「リースマンさんは元から声が掛かってて参加するそうだ。明日の夜迎えに来ると連絡があった」
討伐は明日だって聞いてたけど夜になるんだ。
「そこからバレたんだ」
「俺も行く」
「何で兄ちゃんが行くのさ⁉そんな必要ないでしょ」
「妹だけ行かせられん」
「妹、妹って、いつまでも妹でいると思わないでよね。ギムナジウム卒業したら成人なんだからね」
武士の情けで私より弱いってことは口にしないでおいて上げた。
「一生涯妹ですぅ。大人になったらな、兄ちゃんの有難味がし・み・じ・み!解かる様になるんだ」
「は?有得ないね。立派に独り立ちするもん。兄ちゃんなんか過去の人だよ」
「その発言を若気の至りでしたって謝る日が来るんだよ」
「いつか来たらいいねぇ。何処かの神殿で祈っといてあげるよ」
どうしてこう自分の意見だけ押し付け様とするんだか。私の意思を尊重しろぉ!
「付いて来るのは勝手だけど、私も初陣だから守れるか分かんないからね。あっちにも亜人はいるんだから、ビビッて漏らさないでよ恥ずかしいから」
「ハッお前の世話になんぞなるか!お前こそ怖がって泣くんじゃないぞ」
「泣きませんよぉ。フー師に教わった武術でボロ雑巾にしてやるんだから」
呆れた姉ちゃんが頭を振った。
「二人共子供みたいな言い合いしないの!」
あっかんべぇして二階に上がろうとしたらニクラスがニヤニヤしてた。
「我慢してやれよ。お前のことが心配で仕方ないんだから」
「だからってさあ。心配の仕方がねぇ。危険なことに参加しなくてもフー師がいるから大丈夫なのに」
「あ、俺も参加するからな」
「はいぃ?」
「討伐隊だよ。もう直ぐ妹になるネーナが行くんだ。俺も行くさ」
「なあぁんでそうなるかなぁ!兄という名の愚か者共があ⁉妹の気も知らずにさあ。結婚する前に姉ちゃんを未亡人にするつもりかぁ」
挙式は来週なんでしょうが!私の血管もブチ切れそうになるよ。
「そんなことになる訳ないだろ。俺がそんなへまするかよ。まああれだ、こういう荒事にモーリッツの奴は慣れないだろ?お前の邪魔して怪我しない様にさ」
「ムムム、それは大いに頼みたい。よろしく」
「だから挙式までに「ニクラスお兄ちゃん」ってちゃんと練習しとくんだぞ」
「げぇ!」
「何が「げぇ!」だ。何ならもう呼んでくれたっていいんだぜ。うち男ばっかりだからな、ずっと妹に「お兄ちゃん」って呼ばれるのに憧れてたんだ」
夢見がちに鼻の孔大きくすんじゃねぇ、気色が悪い。
(ホントにホントに男って、男って、ほとほと呆れる生き物だよ!)
何だかおかしくなっちゃって笑ってしまった。
「頼んだからねニクラスお兄ちゃん」
満更でもない顔したから姉ちゃんに小突かれてる。ホント男ってバカで可愛いんだから。けどそう感じる私も相当おかしいよね、きっとバカなんだ。
「おいおい、こいつぁ人が多過ぎやしないか?」
フォルセティ神殿の広場に集まった人数にニクラスが呟きを洩らした。
集合場所が変わったって連絡に私達は急いだんだけど、確かにこんなに大勢の人が動いて、向こうが気付きやしないか冷や冷やするね。
「だよね。それになんか、ギムナジウムでも見慣れた顔が有るんですけど、どうしてスヴェンやグリットもいる訳?」
スヴェンはちょっと好い服を着てるだけだけど、グリットなんて帯剣して騎士服着てるじゃないか。もしかして参加するとか?
二人にはそれぞれに取巻きがいて、兄弟揃ってっていうより別々に参加してる感じがする。
止められるのも聞かずスヴェンが寄って来てくれた。声を掛けて良いものか迷ってたんだよね私。
「僕は参加させてもらえないんだ。だから激励しに。ここで待ってるから、必ず帰って来てくれよ」
「勿論…って、どうして知ったの?」
渋~い顔で語ってくれたところでは、アパートメントに帰ると何度も顔を合わせたことのある市議が待ってたんだそうだ。何の用かっていうとギムナジウムで喋ってたそのままに、宮廷からはまだ打診もないのに次代総督候補として連合側で選んだ側近と顔合わせしてくれないか、というもので、その話の中で討伐の話が出たんだ。スヴェンは暗殺集団に依頼したって濡れ衣も着せられたし当事者だからね。私が参加するなら僕もって、全くバカだよね。こういうのは適材適所なのに。
まあ連合側としても年齢もあるし参加は許可してくれなかったけど、警固隊への激励なら構わないってことになったんだって。当人の熱意が強かったから、禁じたら私に連絡して飛び入り参加し兼ねない危惧もあったんだろうな。
次代シュタットシュタイネン総督候補としての激励なんてスヴェンも嫌だったけど、私の身を案じて了承したんだ。いや、今更だけど念押ししとくね、私先祖返りの獅子人なんだよ。ここに居る誰より強いってフー師に太鼓判押されてんだよ。そこんとこ忘れてない?そうでなきゃ参加の打診なんてこないじゃない。
で、グリットも親しく寄って来てくれた。新聞記者数名を従えてね。
今度は私が引き攣った顔になったよ。同行した兄と新兄とリースマンさんはもっとだったけど。
「お前…そりゃ話には聞いてたけどよ、総督候補と皇女殿下が知り合いって、凄いな」
こういう場だから二人に対して礼を取らないといけなくて、私達は跪いて頭を垂れた。面倒くさ。
二人に挨拶したら兄ちゃん達やリースマンさんは知人に声を掛けられて、それぞれ行ってしまった。これ以上お偉方に会いたくないんだね。分かるけど私を一人残さないで~。何の為に付いて来たのさ。
「まあまあいつも通りにして頂戴。友達同士じゃない。記者の皆さん私達個人的にも仲良しなのよ。ね、ネーナ笑って」
そうですけどさ、記者って単語が耳に入っただけで顔が強張るんだよ。私に質問をぶつける記者をグリットは巧みに逸らしてくれて、早々に解放してくれたけどそのまま取り残されちゃった。
「好きで君を利用しようとしているんじゃない。殿下を悪く思わないでくれ」
そう声を掛けて来たのは護衛騎士のグラッツェルだ。
以前と雰囲気が違って態度が柔らかいけど、嫌な記憶しかないから身構えちゃうんだ。
「その…フェルディナント殿下の護衛は、いいんですか?」
「兄殿下には別人が行ってるし、殿下のしようとしたことがしたことだから、親しく傍にいた者は減らされているんだ」
転々と点された魔法灯のお陰で気に入らないけど男らしく整った顔がハッキリ映った。
「それに俺の本当の主人はブライトクロイツ公だ。公爵からも姫の護衛をする様に指示があった」
記者と話すグリットを抜かりなく遠目でも目を離さない。グリットはいつも以上に親し気な笑顔でかつ皇女然としてる。
「記者を嫌う気持ちは解かる。兄殿下のことをすっぱ抜かれて俺達もいい気はせんからな」
潔白が証明されたフェルディナント殿下が何故釈放されないか。それもまたでかでかと新聞記事にされてた。曰く、巷で都市伝説として語られていた郭公を殿下は手中にせんとし、その災厄をカランタ市のみでなくシュタットシュタイネン地方全体にばら撒こうとしていた、ってものだ。災厄の詳細は不明だけど、ムカつくことにそれを未然に防いだのはヘルダーリンってことになってた。超~~ムカつく、腸煮えくりかえる。
そしてこの場にはその顔もあったんだ。
(ああ、あのスカした顔だけ捻じり取って、どうぞってフライヤ女神に捧げたいわ)
美男だからお喜びになるはず、と思う。
「グリットの命令で無理に私と話してるんなら気にしなくて結構ですよ」
「無理じゃないさ。前の態度は褒められたもんじゃないが、フェルディナント殿下の意向に合わせてただけだからな」
お、グリットって呼んで怒らないし注意もしないんだ。
「ここに居ない殿下の所為にするつもり?」
「実際それが本当だからだ。可愛いお嬢さん、謝るからそう目くじらを立てなさんな。姫と友達付き合いするならどうしたって俺とも顔を合わせるんだから」
「分かった。…どうしてグリットは記者を連れて来たの?」
「兄上の行動を姫も俺も相談されなかった。だが世間はそうは見ない。妹だから連座してたんじゃないか、少しは知ってたんじゃないかと疑われるのは当然だろ?」
「まあね」
「ライムントはその噂を喜んで振り撒いてる。何故って兄殿下だけを失脚させたかったんじゃない、兄妹揃って失脚させたかったんだからな。その噂を払拭する為に姫は討伐隊に参加されるんだ。ただ激励に来ただけじゃない。姫だって君に悪いと心苦しく思ってるんだが、「アマーリエ講堂の英雄」と共に戦う姿を見せるのは充分に効果があるんだ。皇女としてだけでなく一人の人間として潔白を証明しておかんとならない」
確かにそうだ。誰だって家族が全く関わらなかったなんて思わないもんね。
「グリットも大変だな」
分かってたけど、皇女が捕物に参加しなけりゃならないなんて。
「姫が自ら参加されるのに、この事件を調査に来たヘルダーリンが後方で結果を待つことは出来ないからな。見ろあの渋い顔。だからあんな顔してるんだ」
下々に任せておけばよいって考えてたろうことは想像に難くない。
「見たいけど不愉快が勝るから見ない」
グラッツェルは喉で笑った。
「乱戦になったら奴を始末してやろうかと考えてたんだが、姫に先んじて待ったを掛けられた」
「お互い思うに任せらんないね」
「お、同志か?」
「そこはね。じゃあグラッツェル殿も参加なんだね」
「ヘルダーリンの奴も同じこと考えてるだろうからな。姫に適度に手柄も建てさせないと参加する意味もない」
「グリットって強い?」
「魔力が強いから鍛錬はさせられたが、剣技って意味では精々十人前だ」
「グリットをお願いしますね。でもこれでヘルダーリンも帝都に帰ってくれるよね」
「無理だな」
キッパリ即答される。
「ええ~、一件落着じゃない」
「両殿下を陥れてそれを足掛かりにケルテンデン大公位を狙ってもいたんだぞ」
「悪夢だ。奴が大公になるなんて!」
「奴はなれん。皇子の庶子だぞ。スヴェンだってちと苦しいんだ。本来は正嫡の皇子皇女が就くはずの地位なんだからな」
そういやウータ・トルデリーゼ前女大公もフリッツ・アルフォンス三世陛下の皇女だった。
「叔父のティルマン皇子か、エドゥアルト皇子の正嫡つまり腹違いの弟妹の誰かを据えたいのさ。無論裏で操るのは奴だ」
そう聞いて改めて疑問が湧いた。
「フェルディナント殿下はケルテンデン大公になるつもりはなかったのかな?」
「あの方は帝位しか目に入らなかった。正直陛下も迷ってたと思うよ。スヴェンをここに据えたい気もあり、殿下が就きたいなら大公にしてやってもいいってな」
そうか、この人は護衛騎士として一家のことを見て来たんだった。
「そんなこと私に話しちゃっていいの?一般人だし獅子人だよ」
「君はもう巻き込まれてるだろうが。知っておかんと判断に間違いが生じる場合もある」
「やだな…」
「ああ、ドロテーア妃、両殿下の母上も嫌がってた。君の様な明るい子だったんだがな。陛下に帝妃として望まれたのは父上を宰相に引っ張り出す為で、努力はしたんだが妻としては子を産む以上の期待はされなかった。勿体無いぞ、爽やかな気性のさっぱりした子だったんだ」
「…もしかして帝妃が好きだった…の?」
躊躇いがちに訊いたんだけど答えは簡単だった。
「腹違いの妹だからな」
「うわ~、ってことは…」
「庶子なんて何処にだっているぞ、要するに元カノの子だったり不倫の結果だったり、庶民だって不倫するだろ。両親がどちらかの浮気で喧嘩してなかったか?」
「してないよ。うちは夫婦円満だもの」
「俺は公爵の結婚前の子だ。兄貴もいる。公爵は陛下と同い年で学友でもあったんだが、結婚が遅かったからな」
「あなたのお母さんとは結婚しなかったんだ」
そこら辺の気持ちの整理はついておるのかね。そこんとこ気になる。
「俺のお袋はずっととある貴族の人妻なんだ。今もな」
開~いたお口が塞がらな~い。
「夫婦仲は悪くないんだ。向こうの父とも俺達兄弟も仲良くしてるしな」
よく遊んでもらったって?不倫は文化?ううん、私そんなの許したくない。夢も希望もある十六歳なの壊さないで。
「ああ、もしかして!しなくても兄ちゃんと同じ位に見えてその実…」
「八十歳超えてるぞ。年下に青二才呼ばわりされて腹の立つお年頃だ」
うんうんそういうことだよね。そういやグリットもヘルガとこの人五十以上離れてるって言ってたっけ。
混みいった血縁関係の海に呑まれそうになったとこで号令があった。皆の意識がそちらに集中する。海中から掬い上げられた気分だ。
「標的が揃って隠れ家に入ったと遠話があった。いよいよ我らも向かう」
広場の中央に転送用の大きな魔法陣が浮かぶ。転送師が五人、正確に五角形の頂点に立って持ち場についた。
(緊張してきた)
第一陣が転送される。私は最終組だ。
肩をポンと叩かれた。
「あ、リースマンさん」
「爺は次の陣だからもう行くよ。無理せんようにな。亜人を倒さんでも捕えたらいいんだからな」
いつも通り優しい。
「気楽にするといい。私もついている一人にはせん」
フー師が隣に立ってくれた。兄ちゃんとニクラスは私の前の組で転送される。
武器は鉄製トンファーと錘だ。
「この期に及んでも刃物は渡すな、だと。だがいけるな?教えた通りに戦え」
「はい」
「ネーナ」
魔法陣に入るとグリットも隣に来た。
「ごめんね利用して、許して」
「いいよ。立場は理解してる。けど戦闘は大丈夫なの?」
「私だって攻撃魔法は使えるのよ。ヴァルターもいてくれるしとても強いんだから心配ないわ」
「転送先は真っ暗闇だ。驚いて声を上げるな。隣の者の位置を確認しておけ」
転送師が告げるとフー師が腕を掴んだ。
予告されてたけどいきなり暗闇になったからフー師が掴んでくれてたのは有難かった。
小さな空き地からガブリエラんちが視界に入る。屋敷は高台にあるからね。お金持ちの邸宅が集まった旧い地域だから空き家も多くて、でもその一つじゃなくて、使用人の下宿屋を隠れ家にしてたんだ。不特定多数が利用しても疑われない。
言葉は発されず教えられてた合図で配置を促される。
ダンビエ先生と髑髏頭のダンテさんがいる。クラリッサとツチラト氏も一緒だ。
「ダンビエ先生もダンテさんも参加してたの?」
なるべく小さな声で囁いた。
「依頼されたのもあるけれど、それより気になる情報があってね」
甘い声でダンビエ先生に囁かれると、ちょっとフワッとした気分になる。
「クリストフォルスがいるんだ」
出て来た名前にフワッとした気分が払拭された。
魔力は低いけど魔法陣と呪文を駆使するに長けた天才クリストフォルス。皇太后に依頼されてドロテーを郭公にした奴だ。
「でも先生は奴はもう死んでるはずだって言ってたじゃないですか」
魔力は寿命に直結する。先生の少年時代に六十を越して白髪になったクリストフォルスと会ったって話で、それから百年以上経ってるって話じゃなかったですか。
「研究への情熱か生への執着か両方か、霊体となって依り代に憑りついてたんだ。死霊使いの友人が教えてくれた」
「死霊ではなく?」
眉間に皺を寄せてフー師が問うた。
「生きてる内に恋人の魔法師に霊魂を抜かせたんだ。違法だよ」
話してる間に下宿屋を中心とした、討伐隊が潜んだ狭い範囲が閉鎖空間になる。
「完了。下宿屋の封鎖を解いたら連中が出て来るぞ」
沈黙してたダンテさんが告げた。
「この閉鎖空間を作ったのは貴様か?」
「ダンテ・ギッティ氏ですフー先生。薬学のギッティ先生の助手をされてるんです」
「薬学?助手?」
目をまん丸にして驚いてる。
「俺こういうの得意なんだ。地形とか家に沿って細かく張ったからな。奴らは誰も逃さないし、近辺に被害も拡大させないぜ」
エライ!ってポーズとってる。
うんうん素直に偉いって感心するよ。空だって高いんだ。薄い幕が張られたみたいに見える。
そこにダンビエ先生が何かに魔法灯を持たせて放った。閉鎖空間の天井に貼り付いて夜明け程の明るさになったから、周辺に潜む討伐隊の隊員達の姿もハッキリする。
『これより暗殺集団「真紅の兄弟団」の討伐を開始する』
神殿で紹介された隊長さんの声だ。
『少数ではあるが魔法師も兵も精鋭が揃った連中だ、気を抜かずに当たる様に』
話が終わると小さな破裂音が合図だった。
「封鎖を解いたぞ!」
誰も出て来ない。門の前に隊員が四人立って巨大な弾丸を魔法で放つと、門も玄関の扉も破壊されて、中からバラバラと暗殺者達が現れた。
(始まった⁉)