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空っぽの地下室

 家に帰ると書置きも何もなく先生はドロテーごと居なくなってた。広くて暗くなった空間が物悲しくて、意味もなくほろっとしたら後ろで舌打ちがあった。

「ちっ、逃げられてる。フェイクに騙されたな」

 男物で全く聞覚えのない声に振り返り様捕まえようとしたら、逆に強い力で押さえつけられた。声の主と違う。私を押さえつけたのは女だった。同じ亜人だ。ヘルダーリンを誤魔化せなかったんだ。

「くっ…」

 少しでも気を抜いたら首をへし折られる。背に乗った女は容赦なく綱を絞ってくる。

 通常大きな都市では転移魔法は禁止されてる。転移先を座標と言い表すが、座標の周囲をきちんと計れないとその場にある物に、無機物、有機物を問わずに一体化してしまう恐れがあるからだ。そうなるとどんな魔法でも分離は不可能になる。けど自由自治都市のほとんどは従属する国家から、転移魔法を規制することを禁じられてる。だから年間結構な数の犠牲が出るんだけど規制出来ないでいるんだ。

 全く知らない場所に亜人連れで転移するなんて有り得ないから、私はギムナジウムで何か印を付けられてたんだ。でないと私の直ぐ後ろなんて危険な場所に転移を成功させられる訳ない。

「急に居なくなると不審に思われると思ったんだな、外から感知した時は何かいる様に感じたからな」

「いや、いるぞ」

 オラーツ氏の声だ。

 敵が不意を突かれた機を逃さず体術で攻守を入れ替える。クヴァシル神殿のフー師に教わった技だ。首を絞めていた綱で後ろ手で腕と足を繋げてやった。

「出て来ちゃダメ、オラーツ氏⁉」

 声の方を振り返ろうとしてハタっと、

(何処から声した?)

 解らなかった。真後ろからの様にも正面の様にも、左右上下何処からでもあり何処からでもない。

「声もフェイクか!」

 鞭がしなって荒事するには狭い、荷物が一杯の部屋でつまづかない様に飛び退った。姉ちゃんの衣装箱が真っ二つになる。鞭に刃が仕込まれてるんだ。

(姉ちゃんに怒られる⁉)

 全身が総毛立った。

 後から考えたら不条理な思考なんだけど、その時は冷静に考えてなんてられなかった。

「何てことすんのよ⁉こんなとこでそんなの振り回すんなら、ちゃんと相手を見てやんなさいよ⁉姉ちゃんに怒られるじゃん下手くそぉ⁉」

 暗くてもハッキリわかんだからね。ヘルダーリンの部下で見た顔だ。無茶苦茶腹が立った。

「ハッ、小娘が」

 私の折角の注意を聞かずに再び振りかぶりやがったから、私はするりと懐に入って軽く腹に拳を沈めてやった。くぐもった声を放って床に倒れる。

 耳が上の喧騒を捕えて、後も見ずに地下室を後にした。出て来れない様に掃除モップをつっかえ棒にする。

「何をするんだ⁉勝手に入らんでくれ」

 どかどかと大人数が乗り込んで来てた。困惑した父ちゃんが止め様とするけど、多勢に無勢だから押される一方だ。住込みさんには下がってる様に合図してる。

「父ちゃん⁉危ないから下がって」

「お前こそ下がりなさい。部屋にいるんだ。父ちゃんが何とかするから」

 こっちは研究と調剤の棟だからお客さんがいないのは幸いだった。そろそろ店仕舞の時間だし。

「ネーナ・ヴィンクラー、ここに郭公を隠しているだろう?前から地下室がクサいと睨んでいたんだ」

「何訳の分からんことを言っとるんです?」

 側近の印象の薄い優男の方だった。バラバラと部下が前に出て庇う。

(何なのさその高圧的な態度!)

「捜査なら突入するにしても手順を踏まれたらどうです?地下室で襲われたから反撃しましたけど、不意打ちしなくても手順さえちゃんと踏んでくれたら、地下室なんていつでも見せて差上げましたよ!」

 優男は明らかに鼻白んでた。後ろ暗い所があるなんて思われたら最後、嵩にかかってくんだからこういう奴らは。強気で行こう!

「あんたら、地下室に何があるって?あるのは荷物だけだぞ」

「だよね父ちゃん。ほら廊下にも荷物があるから通り難いだろうけど、見て来たらいい。そっちは商売品なんだから壊さないで下さいよ。キッチリ弁償請求しますからね」

 ささっと動いて道を開け父ちゃんを後ろに庇う。面倒だから前に出ようとしないでよ父ちゃん。

 庭の方にも部下達が押し寄せてる。どんだけ連れて来てるのさ。もう!

 地下室を乱暴に探る音が続いて数分後に優男が戻って来た。

「気が済みました?」

「貴様、郭公を何処に隠した?」

 態度はデカいが肝は小さい。部下の垣根の向こうから問い質すってどういうことさ。最後尾に私に拳を喰らわされた男と綱を解かれた女が続く。黒い肌に金髪で頭頂部の一房だけが黒い。

 豹人⁉

「何のことでしょう?それより謝罪はないんですか?」

 こちらも精々デカい態度で反論してやる。

「謝罪だと?」

「我が家の地下に部下を転移させて、私を殺させようとしたでしょう?」

「何だとう⁉」

 父ちゃんが全身の血を一気に頭に昇らせる。冷静に父ちゃん、この場で卒倒したりしないでよ。

「狙いを外して姉の衣装箱を切断したのが証拠です」

 顔にしまったと書いてある。復元魔法を使うにも時間が掛かるから絶対してないと思ったけど、そんなことこれっぽっちも頭に浮かばなかったんだね、あんたは。明らかに権威で脅して従わせるのに慣れてて反論されるのに慣れてない。ところがどっこいここはカランタ市なんだからね。自立自尊は市民の標識さ。

 地下室にドロテーが居るとばかり思い込んでて、いない場合を想定してなかったんでしょう。ホントにバカじゃない?

「そのことも含めて話がある。我らに同行してもらおう」

「お待ち頂きましょうか⁉」

 見たこともない素早さで部下達を兄ちゃんは押し退け進んで来る。魔法使ってるんだ。

「そのことを含めて、とは妹を殺そうとしたことを認めるのですね!」

 危ないよ兄ちゃん。気を付けて何されるか判ったもんじゃないんだから。

「聞いたな父ちゃん!そんな危険な人物に妹を預けられません。保護者として同行します」

「誰だ貴様は!貴様なぞ要らん」

「では妹も行かせられません」

「何だと、貴様は田舎者でこの制服、この紋章を知らんな」

「帝都警察庁皇室特別捜査官中佐殿の制服と紋章ですな」

「何⁉」

(ふふふ驚いたかバカ者共め。兄ちゃんは頭が良いんだ)

 それに家業を盛り立てていこうって、その為に色んな事を勉強してんだ。田舎者ってバカにされる覚えはないわい。

「だからと突然大勢で押し入られて、理由も告げずに殺そうとまでする理由にはなりません」

 キッパリだ。

(兄ちゃんカッコイイ!)

「こいつ、我らを皇室特別捜査官だと解かっていながら…。殺そうとしたのではない。娘は獅子人であるから、暴れる前に捕らえておこうとしただけだ」

 弁明の必要があると判断したんだろうけど、それ酷くない?もしかして脚の一、二本無くなった方がいいとか考えてたんじゃないでしょうね!

「妹は多少獅子人の力が顕現しただけです」

 抗議してくれるのはありがたいけど、危ないから直ぐに庇える様に身構えてた。

 これが獅子人の血なんだろうか?荒事に対して恐れがない。これだけの敵に囲まれてるのに蹴散らしてやるって血が滾ってる。

(いかんいかん!殺戮に対する抵抗がまるでない。絶対に流血沙汰はダメだかんねネーナ!父ちゃん母ちゃんが泣くぞう。家族で薬局を大きくするんでしょ、気を引締めるんだ)

 しばしの睨み合いがあって優男の部下が何か耳打ちしたら気を変えた。

「フンッ、証拠を上手く隠したようだな」

 つーかどっか行っちゃったんですよ~~だ。負惜しみがみっともないったら。

 ツーンとすましてさも勝ちましたって顔で出てった。

「お前、獅子人の血が少し混じっているだけだと聞いた」

 豹人の女が立ち止まった。明るい場所で顔を合わすと大柄な女性だった。

「血が混じってるのも伝わってなかった位薄いよ」

「その割には強いじゃないか、純血種の強さがある」

 挑む様に見下ろしてくる。

「負けたからって口からでまかせ言わないでよ。そんなことある訳ないじゃない」

 負けるもんかと睨み返してやる。

「いずれ判る」

(絶対判んないっつーの。さっさと出てけよバカ野郎)

 去り行く背中に向かって心の中で舌を出した。

(やれやれどうにか無事に済んだ)

 肩の荷を下ろして父ちゃん兄ちゃんを振り返るとそうでもなかった。

 家族に嘘なんて吐いたことないんだよ。適当な理由考えるのに二十年分の寿命を使った気がした。




 手を重ねたダンテさんから魔法で探って来られるのが解かって何だか肌がチリチリした。以前はどうもなかったのにな。

「ごめんなさい。俺は嘘を吐いてしまいました」

 溜息を一つ吐いてダンテさんは手を離した。

「お手上げだな。獅子人化が進んで鎮静するどころか恐ろしい速さで進んでる」

「それ困るぅ!銀髪は良いけど瞳は何とかしてぇ」

 青みを帯びた白い虹彩が広いままじゃあ、獣っぽくて亜人だって直ぐに判っちゃう。色が変わらないにしてももう少しだけ小さくなって欲しい。

「どれどれ、儂にも手を貸してごらん」

 今度はギッティ先生に手を預けた。


 もう会えないかもしれない、ちょっとおセンチになってたのに、翌日にはギムナジウムでちび禿デブのギッティ先生と再会してた。

「もう~借金取りがしっつこくって参っちゃった」

(なんちゅう言い訳だ。それで通る訳ないでしょうよ)

 と思ったのにどういう訳か通っちゃってる。どういうことなの私理解出来ないんですけど!先生は無事に借金を返済して放免されたことになってた。どうなってんのよぅ!

 可愛らしい(?)先生は意外に女生徒に人気があって、きゃわきゃわと大喜びの少女達に囲まれてホクホク顔だ。ちょっとムカつくよね。

「先生借金ってどんな借金だったの?」

「博打とか悪い事する様には見えないのに、意外とちょい悪なんですか?」

「まさか、純真無垢ですよ儂は。う~んとね、懇意にしてた薬草問屋が廃業するってすっごい格安御礼セールしててねぇ。貴重なあれやこれも安くなってたからさぁ、嬉しや嬉しって買い漁っちゃったのよ」

 一斉に華やかな笑い声が上がった。

「や~ん先生らしいぃ。はい、私が焼いたビスキュイ召し上がれ」

「ありがとう~」

 おいおい、女生徒に食べさせてもらってんじゃない、教師でしょうが!

「それでお話はついたんですか?少し位なら父に頼んでみますよ私」

 こらこら、君そんなこと言ってたら将来男に食い物にされちゃうぞ。

「ううん、ありがと、返済の目途はついたんだよ。調剤する為に買い込んだんだから、出来上がった薬を売ればいいだけなんだよねぇ」

「そうですよね。安心しました」

「もう、長い事姿を消したらダメですよ」

「分った、その時はちゃんと挨拶してくね」

「そういうことじゃない~」

 きゃわきゃわ、えへへ、うふふ、あははとホント楽しそうでホントムカついた。

 アルヴェルティーネことドロテーはマゴニア(魔法師の創造した土地)に隠したって。まさか~と思うけど先生やダンテさんなら作れそうな気がする。侮れないんだこの人達。

 でもって同日新任の音楽の先生も紹介された。火災以降休んでる音楽の先生がいるんだ。芸術家の繊細な神経には相当きたんだね。でも今度の先生はきっと神経が(ふっと)いから大丈夫だと思う。

「セザール・カルヴァン・ジョゼフ・ダンビエ。先生が戻るまでの短い間だけれどよろしく」

 アドリアンさんは人の心に染み入る優しく甘い笑顔で生徒の心を掴んだ。本物の高貴さってのがあって、新任教師への洗礼を声を荒げもせず優雅に躱してみせた。ダンテさん爪の垢を煎じて飲ませてもらいなよ。彼を先に目にしてたから私はヘルダーリンに騙されなかったんだ。

(帰ったんじゃなかったの?)

 嬉しいけど困惑してクラリッサに確かめたら、

〔私が心配だからもう少し傍にいるって聞かないの。本当に心配性なんだから〕

 彼こそは本来のクラリッサのパートナーなんだ。勝手にパートナーは女性だとばかり思い込んでたんだけどね。

〔だけど皇族とか貴族が出張って来たら、アドリアンが居てくれた方が何かといいの。彼の社交性でフォローしてくれるから。以前もそうだったもの。我儘で偏屈な先生を何かとフォローして社会に通用させてくれてたの〕

 取敢えずクラリッサの言葉を信じよう。実力は保証されてんだし。


 手を取った先生の見解も同じだった。

「あ~、うん、これはもうしょうがない感じだね」

「何が⁉先生瞳、瞳だけでも何とかして!瞳はちょっと不味いよ」

「これはこれでカッコイイけどねぇ」

「そうですわね。夜でもゴーグルなさってらしたからわたくしも初見ですけれど、とっても素敵でしてよネーナ」

 あなた方はね。でも世間はそうじゃないよ。

「何とかならないんですかぁ?」

「君、魔法効かないし難しいね。このギムナジウムに入学出来たんだから以前は魔法も使えたんでしょう?」

「ええ、両親家族共に」

 一族も飛び抜けた魔法師なんかはいないけど、三百年程度の寿命は予想される者揃いなんだよね。

 ただ、あのアマーリエ講堂の火災から段々使えなくなってはした。

「考えるに、君は獅子人本来の血をあの特殊な炎の中で引出しちゃったんだよ」

「ええ!」

「望まなかった?望んだでしょう、みんなを助ける為に」

 誤魔化しを許さない瞳が覗き込んだ。手を放してもらえなくてピリピリする。

(望んだ…)

 魔法は逆効果にしかならなくて、魔法師は誰も手が出せなくて、講堂を炎が包んでて、私以外にも人はいたけど魔法に負けない怪力を持ってるのは私だけで、ステンドグラス一枚隔てた向こうでたくさんの人々が助けを求めて叫んでた。だからみんなを助けられる力を心の底から欲したんだ。

「うん、それだね。人を助けて人に嫌われる外見になるのはとっても不本意だろうけど、君は望んで手に入れちゃったことも事実なんだよ」

「ごめんな、これはもう亜人を人間に戻せってレベルの話だから、(いじ)ったらどんな障りがあるか見当もつかないんだ。力不足で申し訳ない」

 ダンテさんが頭を下げて誤ってくれたけど、もしかしたらこれが私の最後の魔法なのかもしれなかった。全力で自分の内に向けて小さな手掛かりを頼りに力を引出したんだ。だからやっぱり私の選んだ道なんだ。

 ふわり、と芳しい香りと柔らかい腕が巻き付いた。ガブリエラだ。

「わたくし達一生友達ですわ。何があろうと決して変わりません」

「そんな、命の恩人だからって無理しなくて…」

 指に口を塞がれる。

「命の恩人だからではありませんわ。それ以前からお友達だったでしょう?」

 初等部で出会ってからずっとつるんでた。

「僕もだよネーナ」

 スヴェンも加わってくれた。

(友達っていいなあ)

 じんわあって想いが心に沁み込んで来る感じが快かった。



 ドロテーのことがこれで終わったと思った訳じゃないけど、暴力を行使せずに退いてくれたからって甘く見てた。ギムナジウムから帰ったら父ちゃんと兄ちゃんが連れてかれてたんだ。

 近所の人達が私の暴走を防ごうとしてくれて、向かいのおばちゃんに頼まれ事をされたんだけど、そういうのって何かおかしいって勘付くもんなんだよね。家に近付く程空気がざわついて途轍もなく嫌な感じがしたんだ。きつい薬草臭も広がってた。普段はちゃんと管理されてる薬剤の強い臭いも漂ってて、只事でない訳がない。

 調剤室が壊されてただけじゃなくて、母ちゃんの顔半分が腫上がってるのを目にした時は、頭に一気に血が昇って皆殺しにしてやるって思ったもの。泣きながら姉ちゃんが手当てしてた。

 鞄を放り出して走り出そうとした私は、近所の男衆数人にのしかかられて押さえつけられた。押し退けるのは簡単だ。悲しい位に男衆が軽い。けどそんなことしたら怪我をさせちゃうから、それだけはダメだって思考はちゃんとあった。

「止めな!血が昇った頭で行ったら余計話がややこしくなる!それより母ちゃんに全部話しな。何があったんだい?ちゃんと母ちゃんが交渉して父ちゃんと兄ちゃんを取返して来るから」

「母ちゃん」

「ネーナ、母ちゃんに全部話して、地下室に何を匿ってたの?あんただから悪い奴を匿ってたんじゃないって判ってる」

 姉ちゃんは怪我してなかった。挙式前に顔に怪我なんてさせられてたら、奴ら八つ裂きにして皆殺しだ。

「こんな事する連中が交渉なんて応じる訳がない!母ちゃんも捕まえられるだけだ⁉」

「頭を冷やせネーナ!もう一度井戸に飛び込ませてやろうか?皇室特別捜査官だぞ。ここらの警察と桁が違うんだ。感情的になって拗らせるな」

 直ぐ上で押さえてるのがニクラスだって分った。

「私……私は…、誓って得体の知れない奴を匿ったりしない!絶対だ⁉」

 しゃんとしなきゃいけない時なのに興奮して涙が出た。

「だったら母ちゃんに話せるだろ?話しておくれ」

 真っ直ぐ母ちゃんが見てくる。

「………ごめんなさい、それは出来ないんだ母ちゃん。だから奴ら父ちゃんと兄ちゃんを連れてったんだ」

 そうだ。正攻法じゃ私が口を割らないって判ってるから人質として連れてったんだ。それは同時に人に喋らず一人で来いってことだと理解した。

「ネーナ」

 この落ち着いた声は魔法具問屋のリースマンさんだ。四十代後半の容貌だけど三百歳超えてる人で、当然この界隈の顔役だ。

「心配な気持ちはよく解かる。及ばずながらこの爺も伴に行くから、どうか話してくれんか?」

 若い顔して自分の事爺って呼ぶんだよね。玄孫まで成人してたらそうなっちゃうかな。

「………」

 私から力が抜けたので、ニクラスの指示で男衆がどいた。

「たくさん人がいたら話し難いだろう。爺の所で話を…」


「その必要はない!」


 鋭い声がした。あの優男だ。確認するまでもない。

「その話は我々が聴く。貴様らが聴くことはならん」

 狭い横丁に次々と配下が転移してくる。座標を間違えないかと冷や冷やしたけど、慣れてるのか危なげない。通報があって何処からか駆け付けたらしい連中も私達を包囲した。

「今度は同行してもらうぞネーナ・ヴィンクラー」

 だから人垣の向こうで勝ち誇った顔してんじゃないっつーの!

「母ちゃん、皆さん私から離れて、連中の目的は私なんだ」

 ゴーグルを取って獅子の目を晒してやった。認識した連中が息を呑む。

「ネーナ⁉」

「大丈夫姉ちゃん、ここで暴れたりしないよ」

「何所でもいかんよネーナ」

 昨日の兄ちゃんみたいにリースマンさんが私を庇う位置についた。

「申し訳ございませんがね。ネーナはここの子なんです。皇室特別捜査官殿の威光は充分承知しとりますが、かと言って理不尽は見逃せんのです」

「父と兄は先に我らの下に来ている。保護者同伴だ。文句はあるのか!」

 言葉を叩き付ける様な高圧的な口調だった。

「大有りだ⁉きちんと手順を踏んでもらえてたらこんな事にはならなかった」

 ニクラスが反論する。

「貴様ら下賤の輩が、許しもなく大きな口を!」

 放たれた攻撃魔法をリースマンさんが受止めると方々から驚嘆が上がった。

「お止めなさいお若いの。話をややこしくなさらんでくれ。行かんとは言うとりませんぞ」

 優男が驚愕してる。外の帝国領では余程肩書が効くんだな。それともこんな所に対した奴はいないだろうって侮ってた?お生憎様!

「は…反抗するか!」

「我々は請うておるだけです」

「生意気な」

 声が震えてるよあんた。何て肝の小さい奴なんだろ。この程度でビビるんなら権力振り翳して力押しすんじゃないっつーの。

 横丁の皆さんに迷惑掛けられないから気の逸れた隙に逃げ様としたのに、姉ちゃんとニクラスに両側から捕まえられちゃった。

「臣民として我らに従え、意見は許さん⁉」

(あ~あ、ヘルダーリン閣下さあ、碌な部下持ってないね。それって上司の責任だよ)

 自分の頭に描いたスジ以外は考えられない、臨機応変な交渉の効かない奴なんだ。

「私がネーナに付添うだけでも許して頂けませんかな?」

「黙れ⁉意見は許さんと言ったはずだ。邪魔をするなら貴様らも罪に問われるぞ」

 周囲から抗議の声が上がった。

「あたしらは邪魔してるんじゃありません。我が子を守っております。不当には従えないと、正当なお願いをしてるつもりです」

 母ちゃん。

「ここは自由自治都市だよ!法に則って行動しな!」

 向かいの姉ちゃん(独身だけど百歳越え)。

 次々と声が連鎖した。

「不法は受け入れられん。どうしてもというなら市長に掛け合おう」

「リースマンさんに続こう。彼らだけでは行かせられない。みんなで行くんだ」

「そうだ。勝手について行くなら文句はないだろう?」

「そうだそうだ、それがいい」

 賛同が広がる。

「落ち着けみんな。冷静に!冷静になるんだ!」

 リースマンさんが叫ぶけど声は止まない。

 優男の顔面が蒼白になって数歩退いた。ああ、そんなことしたら配下に埋没しちゃうよ、背がそんなに高くないのに。つーかそんなことはどーでもよくて、皆さん、信じてくれてありがとう。私や大切な家族を守ろうとしてくれてありがとう。

「か、構わん、反抗する者には手加減するな」

 ひっくり返った声で命じた。この段階でか!恐慌起こしちゃってるよこの人。

 横丁一杯に小さな花弁が舞った。

『落・ち・着・け』

 一語一語しっかりとリースマンさんは発音する。流石魔法具問屋、何て魔法具なんだろう。

 花弁が落ちる程に人々の血の気も退いた。

「我々は話し合いをしてるんだ。熱くなり過ぎるな」

 このリースマンさんの努力を不意にしちゃうのが優男だ。

「ななな、反抗したな!我らにどんな魔法を掛けた、この似非魔法師が!構わん、この男も反逆罪で逮捕しろ」

(何でそうーなる⁉蛆虫の心臓が!)

 私にも捕り手が迫った。

「寄るんじゃない⁉」

 我ながら声が遠くまで響いて吃驚した。

「みんなを巻き込もうとするなら獅子人の私が相手だ⁉」

 そうだよ、私は危険な獅子人なんだ。だからみんな見捨てて退いて!

 ところがグッと襟を掴まれて後ろに退かれた。

「大人が解決するからガキは地下室に籠ってろ⁉」

(へ?ニ…ニクラス?)

 どーしてそーなる⁉

「行くよネーナ。大人に任せるの」

 姉ちゃんが引っ張る。

「おう、エルヴィラ地下室から出すんじゃねぇぞ」

「そうだ、大人に任せとけ、大丈夫だからな」

 開いた口が塞がらなくて、しばらく引き摺られるままになってた。

(ちょっとちょっとちょっと待ってぇ)

「姉ちゃん待って待って、おかしいって!」

 姉ちゃんを手荒に扱えないから、軽く力を入れて止める。

「おかしいのはあんたの頭。冷静に考えらんないでしょ!今は大人に任せんの!ええいもうっ、踏ん張らないで姉ちゃんと一緒に来な!」

「娘を何処に連れて行くつもりだ?」

 鋭い声が問うてきた。

「何処へも!自分ちですよ。子供なんでこの子は」

 姉ちゃんが叫んだ。

「中佐殿、まだ少女なんですよネーナは。ここは大人で話をしましょう」

 粘り強くリースマンさんが説得してる。

「いかん!娘を何処かに連れて行かせるな」

「家だっつってんだろ!ネーナんちの真ん前だぞここは!」

「大人同士で話しましょうよ中佐殿」

 正論なんだけど言い方が喧嘩売ってるっぽいよ。大丈夫な気が全くしない。リースマンさん大変だ。すいません、すいません。

「もういい、これ以上は限界だ!ネーナ・ヴィンクラーを逮捕しろ!獅子人だ手荒にしても構わん。口が利けさえすればいい⁉」

「今なんつった?ネズミの心臓野郎!」

 お願いニクラス、私平気だから挙式前に姉ちゃんを未亡人にしないで。

「うちの娘に何かしようとしたら只じゃおかないからね、覚悟しといで⁉」

 母ちゃん買い言葉はダメェ~。

 うわあ、自分が喧嘩売るのも買うのも平気だけど、他人のはハラハラするう。ああもう一触即発じゃないか、リースマンさんが頑張ってくれてたのに、ってリースマンさん腕まくりしたらダメェ。

「構わん、逆らう者、邪魔する者は全員拘束逮捕しろぉ⁉」

「私行くから!大人しく付いてくからぁ。みんな暴力は止めてぇ」

 怒号が飛び交って声が通らなくなってる。

「ネーナだめ!」

 力一杯踏ん張って姉ちゃんは私を行かせまいとする。

 帝都警察庁特別捜査官とその配下対職人横丁の人々が白熱しかけると、何処からともなく巨大な二頭の犬が出現した。一頭はザンクト・ベルンハルトシェンドだ。鈍重そうなのに人々の頭上を軽く飛び越える。一頭は黒犬で何種とも判断がつかない短毛痩躯だ。

「もしかして…オラーツ氏、イスメト?」

 二頭は両者を離そうと動いてる。目論見通り急な獣の出現に、慌てた人々はそちらに意識を向けた。

 フッとオラーツ氏と瞳があった。

「ごめん姉ちゃん!」

 なるべく優しく姉ちゃんを剥がすと、誰にも引き留められない様全速力で走った。後ろから私を呼ぶ声がするけど全部振り切った。

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