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次の容疑者、混迷する事態

 一睡も出来ずに迎えた朝。両親がおずおずと私の顔色を窺ってた。

 そんなのやだ。

「何?母ちゃん父ちゃん」

 億劫だったけど訊いた。

「その…、眠れなかったんだね。昨日もそんな感じだったじゃないか。…身体は、大丈夫かい?」

 ちびっこい頃以来で母ちゃんが軽く温めたバゲットに蜂蜜を塗ってくれる。

「母ちゃんどうしたの?何があったの?」

 どんな恐ろしいことを打明けられるんだろう?って恐ろしくなった。

「何があったってねぇ。あんたこの頃眠れてるのかい?目の下に濃い隈が出来てるじゃないか」

 ぐっ、そこを突かれると辛いな。嘘つき難いし。

「ねえノア」

「そうだな。何か悩みがあるんだろ?」

「ちょっと考え事だよ。将来のこととかね」

「………」

 どちらも納得した様子がない。うわぁ、どうしたらいいんだろうこの状態。

「地下室で、何してたんだ?」

 意を決した父ちゃんが口を開いて、私は飲みかけてたミルクを噴いた。母ちゃんがサッと避ける。

「さっき確認してきたら荷物が増えてただけで特段変わった様子もなかった。あ~、しかしな、その…本当に言いたいのはそういうことじゃなくて…」

 助けを求めて母ちゃんを見た。

「ここんとこ、あんたにとって辛いことが多かったから。あんたも年頃だから私らに話せないこともあるかもしれないけどさ。モーリッツ兄ちゃんもエルヴィラ姉ちゃんもいるんだから、誰に相談したっていいんだよ」

 そっと手を握られた。

「家族なんだから頼っておくれよ。ネーナ、私らはねあんたの力になりたいんだよ」

「そうだぞ。叶う限りの力で父ちゃんも母ちゃんもお前の力になるからな」

 ほあん、と心に花が咲いた気がした。

(私の家族は自慢の家族だ)

 ホントは獅子人の血が現れた娘なんて厄介者のはずなのに、そんなこと一言も洩らさなくて、苦しそうだと思ったら励ましてくれる。世界中に胸張って自慢出来る最高の家族なんだ。

 話せないのは心苦しいけど、解決しても話せるかどうか怪しいし、だけど信じて欲しい。母ちゃんの手を強く握り返した。

「父ちゃんも母ちゃんも、私は大丈夫だよ!理由は言えないけど今は見守ってて」

 思いっ切り元気な顔で笑ってみせた。


 家の前に記者はいない。何故ならご近所が追い払ってしまうからだ。

 頼んだ訳じゃないし、誰も恩着せがましくしないで我が家を探ろうとする記者達を追い払ってくれてる。うちの人間がしたらまた記事のタネにされちゃうから、どうしたものかって相談してたら翌日には誰も居なくなってたんだ。

 今朝も誰も居ない。

「よし!」

 元気良く行って来ますを言って登校した。



 お調子者の私は意味もなく何でもどんと来いな気分だったのだけど、ギムナジウムには見慣れた姿が二つ揃ってた。

「ガブリエラ!スヴェン!」

「ネーナ!」

 会えて凄く嬉しくて三人でヒシッと抱き合った。

「どうしてどうして?何があったの?」

 顔がにやけてきっとそんなにいい理由じゃないのにウキウキした。

 この喜びに釘を刺したくないって顔してスヴェンは躊躇ったんで、ガブリエラが答えてくれた。

「スヴェンの疑いが晴れましたの。代わりにフェルディナント殿下が逮捕されましたわ。なので私も解放されました」

「うわ…でも実は…」

「十中八九濡れ衣ですわ」

 おいおいおい。何の問題解決にもなりませんよ~。

 他の生徒がこちらを見てたんでスヴェンが咳払いして注意を促した。

「詳細は放課後に話しましょう」

「でもギムナジウムでまた二人の顔を見れて私は嬉しいよぅ。スヴェンまた痩せたね」

 元々痩せ型なのにまだ痩せられたんだ。

「そりゃね。太れませんよ牢獄の中じゃあ」

 不器用にお道化ようとする。

「皇族待遇なかったの?」

「確かに一般庶民が入る牢獄とは違うと思うけど。藁の寝床でも石の床でもないし壁も剥き出しになってませんでしたさ。一日三食出されたし豪華じゃないけど寝台と机が一式、紙にペン、夜にはランプももらえました!けどね、つまるところ囚人なんだよ」

「ああ、ごめん、配慮なかったよね私…そ、そういえば今夜は何処に帰るの?えっ…とその、ロットシルト家には…帰れないんだよね?」

「まあ貴女らしくもない奥歯に物の挟まった言い方ですこと。構いませんからハッキリ仰いな。ですけどご心配には及びません。わたくしのアパルトマンに部屋を用意致しましてよ」

「ロットシルト家的にいいのそれ?」

 ガブリエラがこんなに簡単に解放されるとは思ってなかった。何なら三人で出奔ってこともありかも、なんて考えてたのに。

 小指を立てた手を口許に彼女は「ほほほほほ」と高笑いした。一体どんな魔法なのか薔薇の花吹雪をまとってる。お似合いです。

「姉様なんてそれはもう見事な掌返しでしてよ!『わたくし共ロットシルトの苦しい立場もご理解下さい。我が家でまた兄弟の様に暮らしましょうよ』ですって⁉いつかその厚い面の皮を豚の皮の代わりに売り物にしてやりましてよ」

「こらこら実姉、お姉さんでしょ。そういう言い方は良くないよ」

 ほらほらスヴェンも苦笑してるじゃないか。

「解かってるさ。それ位じゃないと宮廷で地位を上げていけないっていうのは」

 私も連られ苦笑いした。

 パワーバランスがいつ傾くか分からないから、昨日のことも過去のこととして如才なく振舞わないといけないんだ。

(ああ、ああ、関わりたくないよう!)

 大切な友達が巻き込まれたから仕方ないけど、田舎の正直者にはしんどい世界だ。


 一限目はガブリエラと別だったけど、別れ際にこの世の終わりみたいな顔したツェツィーリエが現れた。初等部とは校舎が違うから偶然じゃない。

(しまった。ドロテーの世話してて家族のこと忘れてた。これは暢気に授業受けてる場合じゃない)

「会えて早速だけどごめん、スヴェン授業聞いといてね」

 ツェツィーリエの肩を抱いて、頭の中では静かに話せる場所を探した。

「ネーナお姉様…」

 ガクッと脱力しかけて堪える。お姉様ってあんた私に向かって言ってんのかね。勘弁しておくれよ~。

「え?ネーナ?その子確かシュメルツァーだよね」

 驚くスヴェンにかくかくしかじかと説明してる暇はない。

「ごめんね、見逃して大切な話なの」

 訊きたかっただろうに分かったって頷いてくれた。ホントに除け者にしたい訳じゃないんだよ。後で話せるだけ話すからね。

 察したガブリエラに腕を取られた。

「こちらに」

 本当ならクラリッサのとこで話をしたいけど、彼女はダンテさんの授業に助手として出てるから無理だ。ダンテさんはあの後ドロテーの身体を心配して時間一杯看病してくれてた。大きな魔法使ってしかも寝てなくて大丈夫なんだろうか。

「ガブリエラも久し振りの登校でしょ。抜けると目立つよ」

「可愛い下級生が苦しんでいるとあっては放ってはおけませんわ」

 彼女がいると心強いし拒めないよね。

 廊下の角にチラッとズザナを認めた。誘ったら絶対来るだろうけど目の色が違う気がして、チラッとだったのにそれが解るってことは誘うな危険だ。

 ギムナジウムが広くて助かる。空は曇天で季節が戻ったみたいに寒い。雨除けと一体化したベンチにツェツィーリエを挟んで身を寄せ合った。ガブリエラが《沈黙の帳》を掛けてくれたから会話の内容は洩れない。

 人肌の温かさに挟まれてツェツィーリエは少し肩の力を抜いた。


 話によるとシュメルツァー家は混乱の極みだった。両親だけでなく長く働いてくれてる本当のアルヴェルティーネを知る使用人も、記憶が混乱して誰もが自分の記憶を信じられないでいるんだ。

 母君は昨夜帰らないアルヴェルティーネを心配して遅くまで帰りを待ってたんだけど、朝起きたらその娘は自分の本当の娘でないことを認識してしまった。それでは本当の娘はというと幼い姿のまま成長した記憶がない。夫人専属の古いメイドも同じくそのことで混乱していて、シュメルツァー氏にも打明けると、氏も従者も同じことを話してたんだって。そうしていると幼いツェツィーリエが保養地で発した言葉が思い出されたんだ。

『その子は姉様じゃないわ。姉様は怪我をしてるの、助けてあげて』

 記憶を辿ってみれば本当のアルヴェルティーネの記憶はそこで途切れている。別人のアルヴェルティーネの記憶はそこからだ。

「ツェツィーリエ、お母様はどうすればいいの⁉頭がおかしくなりそうだわ。何か知っているなら教えてお願い」

 それで両親に打ち明けた。

「郭公…。だったら本当のアルヴェルティーネはどうなったの?あの日貴女が必死で訴えてくれたのに嘘だって決めつけて…」

 不安で怖くて信じられなくて母の言葉は途切れた。そうなるよね。

 先に同じ状態になってたツェツィーリエだから、母の気持ちは手に取る様に解かった。

「川辺を捜したんだ私は。子供が怪我をしてるなら助けないとと、下僕に命じてあの後もしばらく捜させたのに誰も何も見付からなかった」

 父君も思い遣りのあるご両親なんだよね。解かるよ。お二人共悔恨に責められて苦悩されてる様子が見ていられなくて、ツェツィーリエは登校を理由に逃げて来たんだ。

 自分だって記憶が戻った時は頭がおかしくなったのかって半信半疑だったのに、共感は出来るけど慰め方がまるで解らない。自分の記憶が正しかったんだけど、良かったって言える状態でもそんな問題でもないんだ。

(シュメルツァー家の苦しみが始まった)

 人の心は不思議なもので、実の娘でない郭公だと分かっても娘として愛して育てていたドロテーも心配で堪らないらしい。成長期に七年間も家族として暮らせば思い出も溢れんばかりにあって、娘でないからとあっさり切れたりしないんだ。

 どうして仮面家族の様な家に卵を託さなかったんだって、クリストフォルスを責めたくなる。

「わたくし達が思い出したということは彼女の身に何かあったということなのよね。一体何があったというの」

 両親に問われてもツェツィーリエにも分からない。

 家族として姉として愛しく想う気持ちが彼女にもあったから、偽のアルヴェルティーネの身を案じるのは彼女も同じなのだけれど。

「何故家の者達は急に記憶が戻ったのでしょう?姉は…、偽物の姉はどうして帰らないのでしょう?ギムナジウムにも登校していませんでした。偽物なのに心配でなりません。おかしいですよね。でもご存知でしょう?いい姉だったんです」

 こんないい家族に郭公を潜り込ませるなんて許せないよ。

 安心させたかったけどシュメルツァー家の為にもドロテーの為にも、今は彼女の行方は秘密にしないといけない。

「誰もが思い出されたのでしたら、恐らく郭公としての任務を果たしに行ったのではないでしょうか」

「どんな?」

 涙ながらにツェツィーリエが問うた。

「存じ上げません」

 ガブリエラは切ない位あっさり答えて、しっかりとツェツィーリエを抱き寄せると励ました。

「思い出しても問題は解決しなくて、苦しいばかりでしょうけれどしっかりしないといけません。貴女がご両親を支えねばなりませんよ。でなければ乗り越えられません」

「乗り越えられるでしょうか?ふ…二人も姉を失って、その行方も知れず。郭公の卵を託した人は、何か我が家に恨みがあったのでしょうか?私、人の悪意という物に挫けそうです」

 私も感じてたことだから気持ちは痛い程分る。

「お気持ちお察ししますわ。わたくしとネーナも及ばずながら出来るだけのことをさせて頂いてよ。いつでも相談にいらして遠慮はなさらないでね」

「ガブリエラお姉様…」

「そうだよ二人共あなたの味方だからね。そんなことしか言えないけど挫けないで」

「ネーナお姉様…」

 そのお姉様って止めて~。ってのを呑み込んで、しっかり目を見て手を握った。

 この光景をズザナが眺めていることは気付いてた、けどもう一人覗いてる人間がいるなんて全く気付かなかったよ。



 フェルディナント殿下が逮捕されて、改めてギムナジウムにも捜査の手が入った。講堂の火災の時には休校の間に現場は調べられてて、どかどかと捜査官が乗り込んで来たりはしなかったのに。

 殿下の私室や取巻き達が調べられる。陣頭指揮を執るのはエドゥアルト皇子殿下の庶子ライムント・マルクス・ヘルダーリン閣下だ。帝都での活躍は新聞で読んでますよ。優秀そうな部下を従えてギムナジウムに嫌がる校長から部屋をもぎ取ってた。

 父の庶子を息子の庶子が告発、弾劾する。

「確かに『庶子の乱』とは言い得て妙なんだね」

 美しい思い出で上塗りしようとしても、次から次へと問題は起こって校長先生も大変だ。私もちょっと心が追い付けないでいる。ヘルダーリンは抗議して追ってくる校長を冷たくあしらってる。そんな光景が授業中にあった。

「わざわざ来なくても、こちらのことは部下に任せとけばいいんだよ」

 物言いにかなり棘があるスヴェンだ。

「……そうだね。けどイケメンだよね」

 整えられた黒髪に翠の瞳、美丈夫じゃなくて美青年で、背は高いし逞しくもあるんだけど全体的にシャープな印象の人だ。皇子を父に持つだけに気品と優雅さがある。それは昨夜会ったばかりのアドリアンさんも通じるものがあった。

 まあ女生徒が叱られても一目見ようと騒ぐのも、当然っちゃ当然の絵にかいた様な王子様ではあるんだよね。

 無論イケメンとあらば私も好きだけどさ、どうも好みじゃない。ハイディ女史もオラーツ氏も、こっちに興味なくて素っ気ないんだけど冷たさは感じない。でもヘルダーリンは性質的な冷たさを感じるんだ。何故そう言えるか。ほんの数分だったけどアマーリエ講堂のことで直に質問を受けたからだ。

「女生徒諸君はかなり興味を惹かれてる様子だな」

 私達は研究部の活動が終わってから研究室を使わせてもらってた。クラリッサとダンテさんにも話しに加わってもらおうと待ってる。

「エドゥアルト殿下は彼を非常に気に入っておられて、父陛下に頼み込んでシュタイエルマルク伯位を下賜されておりますから、獲りあう価値はありましてよ。参加なさる?ネーナ」

「遠慮しとく。一時間顔を合わせるのも辛いと思うから」

「ええ、合わないでしょうね。彼は父皇子を皇帝にしようと策謀を巡らしておりますし、正妻の産んだ弟妹達も手懐けておりますもの」

「よくご存知で」

「姉や兄の情報です。何故部下に任せずにカランタ市で自ら指揮を執っているかというと、父の一番のライバルとされているフェルディナント殿下を、この際キッチリ蹴落としておきたいからですわ」

 出たー、良い子は近付いちゃいけない泥沼だぁ。

〔お待たせ。ああ、三人揃った姿を見れて嬉しいわ〕

 それは私もだ。みんながいてくれるだけで嬉しい、友達の大切さを痛感させられた。

 ただちょっと気になることがあった。

「クラリッサ、アドリアンさんは?」

 彼はクラリッサを連れて帰りたい様なことを口にしてた。

〔帰らせたわ〕

 さらりと答える。

「あの…彼は…」

〔ええ、私を連れて帰りたかった様だけれど、こんな状態で帰れやしないわ。先生もダンテも心配だもの〕

「ですよね~。安心したぁ」

 二人で笑った。二人?二人でいいよね。

「どなたかいらっしゃったの?」

「あのね」

 私は昨夜の事を話した。先生がうちにいることがバレちゃうけど、みんな巻き込まれてるからもういいんだ。クラリッサもダンテさんも止めなかった。


 聞き終わったスヴェンは複雑な顔をした。

「実は、火事の後の初登校の日に彼女から、「私の使命を知ってる?」って訊かれてたんだ。何のことか解からなかったけど、そういうことだったんだな」

 自身が郭公であることを思い出したドロテーだけれど、どんな使命を帯びて郭公にされたのかは思い出せなかった。彼女に埋め込まれていたものを考えたら始めから教えられてはないだろう。自分の使命や何故シュメルツァー家に託されたのか解明しようとして辿り着いたものの、同時に近々自分が使われる動きがある事を悟った。

 血は繋がってなくても家族として愛し愛された記憶が彼女を自殺に走らせた。受肉した悪霊として災厄をカランタ市にもたらすことは断固として阻止しなければならない。彼女も生きたかったけど、それ以上に家族に幸せに生きて欲しいって願ってた。彼女なりに探したけど他に方法が見付からなくて、使われたら自分ではどうしようもないから、だから怖かったけど決断したんだ。

 それをアルヴェルティーネの動きを探ってたダンテさんに察知された。

「どんなモノが私の中にいるのか分からなかったの。でも私が死ねば発動を防げると知った時には良かったって思った。最悪は防げるって」

 ちっとも良くないのに良かったって何だよ。眠るよう促したのに、一度目覚めたドロテーは私に話してくれた。聞いた時には涙が出た。

「私が登校してる間は先生が看てくれてるんだけど、彼女を安全に治療させられる場所が必要なの、悩んでたんだけどガブリエラ頼めるかな?」

 使命を果たす前に自殺したと思わせておかないと、悪霊を払った彼女に価値はなく跡始末される恐れがある。

「何でこんな殺伐とした相談しなきゃなんないんだろうね。いつまで続くんだろう」

 折角再会出来たっていうのに何て相談してるんだろう虚しくなる。朝の徹夜ハイが過ぎて情緒不安定になってる。どうした熊の神経。

〔ドロテーは私達で看るわ。ガブリエラもご家族の立場があるもの〕

 クラリッサが申し出てくれた。

「そっか、お願い出来る?」

〔大丈夫よ〕

 そこで一斉に号令も掛けられずに皆の意識が戸口に向いた。コンコンとノックの音が響いて、掛けていた魔法が解けるとこちらの応えを待たず扉が開いた。

「皆さんお集まりで何の相談かな?」

(ゲゲッ)

 冷たい笑みを湛えて部下達を従えたヘルダーリン閣下のご登場に、耽美って言葉が浮かんだ。

 これ見よがしに大勢の部下引き連れてさ、根っこがヘタレなんだよ絶対!

「ヘルダーリン閣下ご機嫌よろしゅう」

 良家の子女としてガブリエラは優雅な挨拶を返した。おいおい君、全然焦ってないね。

「何かわたくし達に御用がおありでして?」

「これはガブリエラ嬢。このような形でお会いするのは心外ですが、アマーリエ講堂は焼け落ち、薬学教師は行方不明、残された胡散臭い甥と名乗る助手と渦中の人々が魔法を掛けた部屋で密談とあれば、痛くない腹でも探られるのは当然でしょう?」

「それだけの事で物々しいご登場ですね」

 棘々しいスヴェンに親し気に話し掛ける。

「スヴェン久し振りの学校はどうだった?楽しいだろう?続けたいなら行動は慎重にしないと」

「まるで脅しだね」

「この程度で?とんでもない」

 嬲る様な口調が気に食わない。

 クラリッサはハイディ女史の腕の中にいた。避難なのか戦闘態勢なのかは不明だ。

「わたくし達はヘルダーリン閣下の心配の種にはなりませんわ。たかが田舎のギムナジウムの学生でしかございませんもの」

「貴女をそんな風には思えませんな。宮廷に同伴してもどんな姫君にも負けず光輝いているでしょう」

(げげげ~)

「まあ嬉しい、お口がお上手ですのね閣下は」

「閣下などと堅苦しく呼ばないで欲しい。どうかライムントと、ガブリエラ」

「光栄ですが、畏れ多いですわ、ヘルダーリン閣下」

「つれない方だ」

 うん、これが上流階級のやんごとない高貴な方達の話し方なんだね。十分堪能したからもういいよ。胸焼けしそうだ。砂吐くぞ。

「では何をお話に?」

「閣下も仰ったじゃございませんか、行方不明になったギッティ先生の事を相談していたのです。研究部の顧問もして頂いておりました。尊敬する先生ですから」

「それにしては他の部員の姿がない」

 にぃっこりとガブリエラは笑った。

「わたくし達は部員の中でも熊の心臓を持っていると評判なのですわ。まだまだ心の傷の癒えない方達をそっとしておきたいのです」

「成る程」

 うわ、私の方を見んなよ!なんでそんな繁々と見るのよ。

「興味深いお友達ですな」

「大親友ですの。気性が良くて温かくて得難い人物ですのよ」

「慈しみ深い貴女は彼女と二人で、今朝も下級生の相談を受けてらしたな」

 なぬ?

「お目に留まりました?炎の恐怖は体験した生徒それぞれの心に傷を残しましたの。話を聴いて差上げることしか出来ませんけれど、少しでも役に立てればと」

 涼しい顔して受け答えは完璧だね。

「敬服致します」

 ホントかよ。態度だけは恭しいんだけどさ。

「それより、フェルディナント殿下の罪状は立証出来そうですの?」

 うわ直球!

 ヘルダーリンの瞳に幾つもの考えが浮かんで消えた。

「伯父を告発するのは心が痛みますがこれも務めなのです。私は証拠を揃えて陛下に上申するだけです」

「つまり確定ではなく、何かの拍子にひっくり返ることもあるということですわね」

「様々な証拠が集まっておりますから、捜査の進展によってはそうなることもあり得ますな」

 ああ、まだるっこしい。絵面だけなら美男美女でお似合いの二人は、影を覗けば狐同士で腹の探り合いをしてる。関わり合いになりたくない世界だわ~。

「ではくれぐれも行動は慎重に」

 背中を見せたからやれやれだったのに、

「ライムント卿は郭公をご存知ですわよね。鳥でない方の?」

 何を言い出すんだかガブリエラァ!お前の心臓はドラゴンかぁ!

 ライムント卿は少し硬い動きで振返った。

「呼捨てで構わないよガブリエラ。そう呼ぶ練習をしてくれたまえ」

 素振りで二人の側近を残し他を退室させた。

「郭公ね、勿論知っているとも」

 側近の二人が上司との距離を縮める。印象の薄い優男と肉付きのいいギリギリ長身の男だ。

「そう目される生徒が行方不明になりましたの」

「アルヴェルティーネ・アガタ・ゾフィー・シュメルツァー」

 いや、本名をそっくりあげんでもライムント卿とやら、アルヴェルティーネつったら分るよ。今朝の覗いてたんでしょ。

「彼女は亡くなったよ。知った時には遅かった。信じて欲しい、これでも助けようとしたんだ」

 鉄面皮に痛ましげな色がほんのわずかに浮かんだ。ふむ、信じよう。

 つーか、しまった演技するの忘れた。ガブリエラは小さな悲鳴を上げて、スヴェンだってそれらしくしたのに、私は平気の平さで聞いてた。急いで小芝居する。

「あ…アルヴェルティーネ先輩が?まさか!」

(どうか誤魔化されてくれますように!)

「え?え?マジ?え?し、死体は?ああ、見たくないけど、なんで?分かんないよ。あんなに輝いてた先輩が?」

「君と専科は違うようだが?」

「先輩はツェツィーリエの姉さんだし、それに行事なんかは率先して参加してて、あの朝のアマーリエ講堂でだって目立って活躍してた…庶民とお貴族生徒の間を取り持ってたんだよ、いや、ですよ」

「そうか、そういう情報は得ている」

 スヴェンが肩を抱いてくれた。

「殺された、んですよねきっと」

 ありがとうスヴェン!

「自殺だ。遺体はまだ引き上げられていない。自分の郭公としての役割を知って発動させるまいと、ね」

 これには本当に涙が浮かんだ。阻止出来て良かったけど、本来あるべきじゃないんだ。

「彼女を救う手立てはありませんでしたの?もし…彼女が身を処してしまう前に会えていたら」

「あった。郭公に対する対策は練っている」

「どうか、彼女の様な悲劇がもう起こりませんようにお願い致します」

「先輩を郭公にしたのは誰?」

 思わず口に出してしまってハッとした。

「……言えるのは、郭公を発動させようとしていたのがフェルディナント殿下に繋がる一派だということだ」

 衝撃だった。事実だろうか?

「講堂の火災は父君の瞳を自分に向ける為のものだと考えられている。郭公もね、災厄の内容は調査中だが使おうとしていたのは確かだ」

 どんな厄災だと知って使おうとしてたのか、真実だったら恨みますよ殿下。

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