夜の逢瀬
長くなった昼もとっぷり暮れて灯りがないと足元が危ない時刻になった。見上げる塔は一階一階が高く三階までは結構高さが有る。
各国に一族を散らし我が国でも有力貴族のロットシルト家の、ここが正真正銘創業の地なんだ。本邸は古くて広い。帝都の屋敷の方が大きくて新しいらしいけど、小市民の私には想像も出来ない。古いままで増築してるから、最近の洒落た屋敷みたいに壁や屋根の色を飾ってもいない。
友達の家だけど勝手知ったるには程遠い。庶民の私が踏み入れるには敷居が高くって、本館なんか一度探検したきりだ。間取りは覚えてるけどね。次があるか分かんないから、図々しくも探険させてもらったんだ。
必要に駆られて増築してるから一貫した建築理念がないもんで、城壁もあるようで中途半端に途切れてる。武骨な塔も何本も建ってて、一番奥の一番高い塔がガブリエラの監禁場所だ。
普通の人より夜目が利くから足元に不安はない。普通の人より身体能力が優れてるから、凸凹の多い壁面に貼り付いて三階まで登るのも何程でもない。窓は鍵が掛けられてないのにちょっと抵抗があった。魔法が掛かってて人間じゃあ開けられなくなってるんだ。ものの数じゃないけどね。
「ネーナ来てくれましたのね」
待ちかねたガブリエラが歓声を上げて迎えてくれた。抱きついた時の香水の匂いや柔らかさが懐かしい。
「怪我はございません?」
「ないよ平気平気」
今夜呼ばれてたことはズザナにも話してない。閉じ込められた経緯を説明する所だけ読んだんだ。
「ズザナなら姉に密告することなく貴女に手紙を渡してくれると確信していましたの」
誠実さを信じた訳じゃない。情報収集癖を信用したんだ。
彼女は手ずから珈琲を淹れてくれた。ポットで淹れるんじゃなく、小さな銅鍋に挽いた豆と水と砂糖を入れて沸騰させた上澄みを飲む濃い奴だ。今夜は夜更かし決定だからありがたい。熱した砂の中を長い把手を掴んで銅の鍋を回す。寒い夜には暖房にもなる。
監禁されてるとはいえお嬢様だから部屋の調度は自室と遜色ない。魔法のコンロもお茶菓子もメイドも揃ってる。
「パッシェンさんこんばんわ」
「ご機嫌よろしゅうヴィンクラー様」
同じ庶民だけど、お嬢様のお友達となったら敬語になっちゃうんだよね。挨拶だけしてお嬢様のお話の邪魔にならない様退室する。密告する心配のない人だ。
「お姉さん怒らせちゃったんだ。大丈夫?」
チラッと目にしたことがあるアナスタージアは、顔立ちは悪くないのに何処か男性的で意志の強さが前面に出た感じの人だった。
「ちっとも!どちらも退かない性格ですからしょっちゅうですわ。長子だからって高圧的過ぎますのよ」
「気が合わないんだ」
「合いませんわね。同じ両親から生まれたとは思えないですわ。家族の悩みの種になっておりますのよ」
楽しそうじゃないですか。ホントは案外楽しんでるんじゃない?姉妹喧嘩。
「それでスヴェンは大分悪い立場なの?」
「陛下が悪いのです!ズザナはどれ位知ってるかしら。陛下がスヴェンを手元に置こうとしてるって聞きまして?」
「爵位の選定とかに進んでるって聞いた」
「愈々となってそれを知った庶子達は嫉妬しますし、タルヴィッキ妃側はスヴェン親子に冷たく当たりましたから仕返しを恐れていますし、年長の庶子の誘いにも乗りませんでしたから、陛下の寵愛を独り占めする気でいるのでは、と勘繰られたりと踏んだり蹴ったりなのですわ。我が家も陛下の寵愛深い庶子に自慢の娘を嫁がせて、帝国の実権を握るつもりではと勘繰られてスヴェンを縁切りしてしまったのです。臆病者達!まあ何かの駒になるかもと世話してた貴種を、機を視て切り捨てる潔さは評価しますけれどね」
ああ、泥沼だぁ、底なし沼だあぁ。
「そして我が家でもヨナタン兄様が後継者の座を虎視眈々と狙っているのです」
こっちもですかぁ!
「そんなに権力って美味しいものなの?」
「そりゃあ物事を思い通りに動かせるのは快感でございましょう。自分の一声で大勢の人が動くのです」
庶民には解かりません。一生解らなくていいです。
「そんな帝都にスヴェンは連れてかれるんだ」
「帝都の土なんて踏めませんわよ。父君の目に触れない内に亡き者にされるのが落ちです。陛下だって可愛い息子を助けるべく動かれておられますから、父の手元に行く前に始末するのが望ましいのです」
あんぐり開いた口を閉じれなかった。
「ということで私用意致しましたの」
トランクが一つとバッグが一つ。
顎が外れるかと思った。
「安心なさいな。私は冷静ですわ。ロットシルトを出奔するつもりもありませんのよ」
「なら何で?」
何するつもりなんだろう?
「スヴェンを救う為と、私の実力と意志の強さを上の者達(姉兄)に思い知らせる為ですわ」
「何処へ行こうって?」
「私はここに居ります。荷物だけネーナにお願いしたいのです」
正直ほっ。荷物だけなら預かれる。小さい方が嫌に重いな。
「ジャラジャラ音がする」
「いざとなってスヴェンを逃がす時に渡す逃走資金です」
「流石ガブリエラ!二人で頑張ろうね」
「絶対スヴェンを救い出しましてよ」
腕を組んで気炎を上げた。彼女がいてくれたら無敵な気分だ。
「それでそちらでは何か情報がありまして?」
投げ込まれた不愉快な記事からツェツィーリエの告白まで、私は一切合切を包み隠さず打明けた。
「そんないかがわしい記事で購読数を上げたとしても、実力が伴っていなければ直ぐに潰れますのよ。不愉快でしょうけれど記事は見ない様にして耳は塞いでおくのがよろしいわ。こういう時こそ周囲の人間の真価が問われますの。そんな物を信用してしまう人間は信用に値しませんから、必要なだけ付き合うのです。私もそうしてきました。辛いでしょうけれど、一線を引かねばもっと辛いだけです」
物柔らかなのにきりっと諭された。
「郭公か…、宮廷ではよく知られた話ですわ。だからそうと分かっても口を閉じておきますのよ。我が家でなくて良かったって。因みに私も取り替え子と噂されておりますの。兄弟姉妹の中で私だけが飛び抜けて上品で美しい娘だからです」
照れも臆面なく言ってのける。
「けれど、時期を考えてみますと皇太后陛下の放ったものかもしれませんわね」
「というとケルットゥリ皇太后?」
「ええ、権勢欲と陰謀の好きな方です」
ケルットゥリ皇太后は先年亡くなられている。後妻で実子がないのが幸いと謂われた皇太后だ。実子がなくてもアルベルト陛下の治世にちょっかいを掛けるのを忘れず、陰謀が暴かれても上手に逃げて終ぞ捕まることがなかった。
死後の記事によると、アルベルト陛下と歳も近く最初は陛下との縁談が持ち上がっていたそうで、それ故に絶えず陰謀を画策し、アルベルト陛下も追い詰め難かったのだって書かれてた。
(こっちもなぁ…ホント何だかんだとこんがらがっちゃって。女性トラブル多過ぎです陛下)
「皇太后が何したの?陰謀にしてはいき過ぎてない?」
ガブリエラの説明によると、ケルットゥリ皇太后は自由都市を生涯嫌ったそうだ。皇后教育の一環として自由自治都市に居たこともあるのだけれど、それが余計自由都市嫌いに拍車をかけた。権勢欲の強い女性だから敬意を伴わず同等に扱われるのが我慢ならなくて、しょっちゅう周囲とトラブルを起こしてた。
皇太后の晩年、何のきっかけか嫌な噂が流れた。自由都市からすると聞き逃せない噂だ。
「つまり自由自治都市に郭公を放っていると」
「そうなのですわ。かなり噂されたのですけれど、何処を標的にしているのか、どれ程、どんな郭公が放たれたのかは掴めませんでしたから、それから程なく皇太后も崩御されて結局は噂で終わったのです。けれど父や姉達は真剣に捉えて探索していましたのよ」
「それでも見付からなかった、っと。何でそうなるかなぁ?上の方の考えてる事って分からないよ」
「権勢欲と知能は比例しませんの。参謀役の方が亡くなってからは暴走気味な面もあったのです」
「臣民として帝国を支えるのが嫌になるよ。そんなことでツェツィーリエの一家は辛い思いをするんだ」
フッとガブリエラは笑った。
「バカの考えが真剣に実行される。それが権力という物ですわ」
何事もそれを扱う者次第ではあるんだけど、現在の状況ではこれからも上手に扱える者が現れるか疑問になっちゃうよね。
元から朝は早かったんだけど、最近更に日の出と共に起きる体質になっちゃって、夜更かしして寝不足なのに目は覚めちゃうから、何とはなしに起きてるけど感覚は醒めなくて、なのにマルガレーテ殿下は専科をギリギリ増やしたからって離れてくれなかった。
大欠伸して早目に布団に潜り込もうとしたら、鏡に人の気配があった。
頭より身体が先に反応する。何事、と構えた視線はナマケモノとアルヴェルティーネと、見知らぬイケメンを捉えた。全員びしょ濡れだ。
「いきなりごめんネーナ」
水滴を飛び散らせながらナマケモノの被り物を取るとこちらに入ってくる。アルヴェルティーネはイケメンが抱きかかえていてツチラト氏じゃない。全くの人間だ。
「な、何があったんです!」
「話は後で、師匠の部屋に行って鏡の覆いを取ってくれって伝えてくれないか?そうしたら鏡伝いに師匠のとこに行ける」
「分った」
獅子人の血が顕現した私は走る時も音を立てたりしない。二階から飛び降りても無音だ。
「先生」
オラーツ氏が立ち上がった。
「ダンテさんと細いイケメンさんが…」
説明の途中で先生は起きなかったけど、察したオラーツ氏が鏡の覆いを取り除いてくれた。待ってましたとばかりに三人が雪崩れ込む。
「師匠起きて!」
「わわわ、何事」
起こされて寝床の上で飛び上がる。
何故この騒ぎに起きない?しかも朝遅いのに夜早く寝てるなんてどーいうーことさ。
「アドリアンまで来ちゃって…、て、もしかしてシュメルツァー姉かい?どうした?」
「自分が最悪の郭公で近々発動されると知ってその前に身投げしたんです」
ホントに手短にダンテさんが説明した。
「そんな!アルヴェルティーネ!」
「ああ、郭公が生きてないと発動しないからね~」
「何悠長なんですか!何とかして下さい!」
「ダンテ頼むね」
「弟子に丸投げですか?」
私は頭から火を噴きそうになった。
「儂じゃぁ時間が掛かるんだ、これはダンテの得意分野だからちょちょいと終わらせるよ」
「やりますから、アドリアンと一緒にこの空間守って下さいよ!」
てダンテさんは叫んぶのに
「アドリアンだけで十分で~す。じゃあね、お休み~」
私はそんなことしちゃいけないのに先生の首根っこ引っ掴まえちゃった。
「何もかんも人任せにしないで下さい。専門は違うけどギムナジウムの生徒なんですよ!」
「お嬢さん、口が利けない程絞めてしまっているよ。心情的には構わないんだけど、もう少し使う時があるから程々にね」
本当だ首絞められて揺さぶられて先生の首がカクカクしてる。弾かれた様に手を離すと、先生の身体をイスメトが受け止めた。
人殺しにならずにすんでイケメンに礼を言う。
「ありがとうございます。お陰で不本意な殺戮をせずに済みました」
「いえいえ、僕はアドリアン・ラ・フォルジュよろしく」
「おいおい、本名名乗るなよ」
咳込みながらも注意なんかしたから、
「何故です⁉」
ギンッと睨みつけてやった。
「君が無駄な詮索を受ける可能性があるからだよ」
「自分の正当な名前を名乗ってどんな詮索を受けるんですって?一体全体どんな犯罪犯したんですか?この際だから吐いちゃいなさいよ」
「犯しとらんわ⁉これは勿体ぶってるんじゃない、お前の身を心配しとるんだ」
壁際に逃げながらも先生は叫んだ。
「お嬢さん、僕の本名程度はいいんだけどね、その愚か者の本名を聞かない方がいいのは確かだよ」
「オラーツ助けろよ!」
頬杖ついて眺めてるだけのオラーツ氏に助けを求める。
「止めてやってくれ、いい召喚主なんだ」
面倒臭そうだったけど真実味があった。と思ったら次の瞬間覆い被さって来る。イスメトも先生や私を庇う為にすっぽんぽんの人間体で被さった。凄い風圧が襲ったけどそれだけでアドリアンさんが助けてくれたんだ。
「ごめんネーナ。偽装に引っ掛かった」
「これはクリストフォルスの仕業だね。気を付けなさい、フェイク・トリガーを幾つも仕掛けてるだろうから本物を見極めるんだ」
アドリアンさんが警告する。
「名前はしかと記憶に刻んどく。嫌な術師だ」
答えたダンテさんは綺麗な顔や身体が擦過傷で一杯になってる。
「どうもちょちょいでは解呪出来そうにないね」
彼女の正体が知れても簡単には解呪出来ない様にしてるんだ。
また風が襲ったけどもう誰も被さって来なかった。イスメトも黒猫に戻って、「よくやった」と褒められながら先生にくすぐられてる。
「アルヴェルティーネは何されてたの?そいつはクリストフォルスって名乗ってるんだね⁉」
「術師としての通り名はね。申し訳ないけど、お嬢さんには見付けられないだろうね」
先を見越された。
「ぬぬぅ」
悔しかった。アドリアンさんが防いでくれたけど当のアルヴェルティーネとダンテさんはトリガーが外される度に怪我をしてる。
「アルヴェルティーネには不本意だろうけど、怪我が残っても生きてて欲しいんだ」
同感だダンテさん。
「私、何も出来ない」
情けなかった。先生に大見え切ったのに何にも出来てないじゃない。ホント情けないよ私。
「ネーナ」
血の滴る顔をダンテさんは上げた。
「これから彼女に施された術を解呪するけど、そうしたらもう家族は誰も彼女を家族だと認識しなくなる」
「ええ⁉」
アドリアンさんが補足してくれる。
「彼女が家族だった記憶はあるのに本当の娘のことを思い出すから家族も戸惑うだろうね。誰にとっても残酷な状況だ」
場にそぐわない甘い声だった。
「私に出来ることはありますか?」
「家族にもアルヴェルティーネにも寄り添ってあげることだね。なかった事には出来ないんだ。愛したことも忘れたことも」
本当の娘の記憶も郭公の娘の記憶もどちらも消すことは出来ないで苦しむってことなんだと理解した。
「クリストフォルス、絶対覚えとくぞクソ野郎。術が発動して用済みになったら、このクソ野郎は回収するつもりだったんだ」
ダンテさんが泣いてる。
(え?)
「死体を加工して呪物にするんだ」
一瞬善いことが悪いことか分からなかったけど、最後の一言を聞いてそのクリスト何とかって奴を八つ裂きにしてやりたくなった。この場に居たら間違いなく八つ裂きにしてる。
「アルヴェルティーネ、生きて!そんな風に死んじゃだめだからね!」
魔法陣が大きく広がってアルヴェルティーネを包む。生粋の獅子人なら視えなかったものだ。ダンテさんが繰り出す魔法が弾かれては消えて、けど少しずつ勝ち始める。なのに猫程の大きさの黒い竜巻が現れて消える前に二人を傷付ける。
先生が音高く舌打ちした。
「こんな少女に何て物埋め込んでんだクリストフォルスめが⁉」
その声にオラーツ氏が広い背の後ろに私を庇った。人化したイスメトが服を着込んでる。
「ギッティ先生残念ながら出番だよ」
アドリアンさんが先生を振り返った。
「予想以上だ」
アルヴェルティーネの上半身をアドリアンさんが抱え込む。足先で人化したイスメトが立膝で構えた。
「ダンテ、独りで抑え込もうと思うな。儂が穴を開けるからそこに放り込め!」
「了解です」
美しい顔に魔法陣型の傷が付いて、滲んだ血が粒になって暴風に攫われた。
「《聖なる焔》を焚いて燻り出せ」
(高等魔法じゃん!)
それがこの瞳で見れるなんて。難しくて扱える者は極僅かなんだって魔法学の授業で習った。
「師匠放り込みますよ!」
「来い!」
熱くない薄紫の焔が瞬く間に室内を満たした。壁に開いた穴に抵抗する何かが無理矢理放り込まれる。
一瞬にして全身を鳥肌が覆って、恐怖で心臓を鷲掴みにされた。
人間でも魔物でもない形のない邪悪な存在は逃れようとして失敗して、何処か分からない所にやられた。
終わった後しばらく誰もが無言だった。
風に巻き上げられていた物が落ちる音が虚ろに響く。
軽い物、重い物、家族のどうでもよくなった物、私が貰った高価な物も。部屋中の荷物がアルヴェルティーネに埋め込まれていたものの抵抗で巻き上げられてた。
「終わったよお嬢さん。自分の人生を生きなさい」
抱えたままの態勢でアドリアンさんが優しくアルヴェルティーネに話し掛けた。
「私は誰なの?アルヴェルティーネじゃないわ。けど名前を覚えてないの」
弱々しい声が聞こえる。
生きてて善かったって抱きしめて上げたいけど、これで終わりじゃないんだ。
「では…、ドロテー・ニュンケ、の名を上げよう。生きてごらんドロテー・ニュンケ」
「ドロテー・ニュンケ…」
ドロテーは繰返した。
「あ、ドロテー?でいいよね。助かって良かった。大丈夫?大変だったね温かくしようね、私が付いてるよ」
先生が使ってた毛布で彼女を包んだ。服がびっしょり濡れてるから早く着替えないと風邪ひいちゃう、なんて今更バカなこと考えた。
怪我がみるみる治ってくのは誰の治癒魔法だろう。誰でもいいありがとう。
「私…私…」
「無理して喋らないで。もう大丈夫だからゆっくり休んで」
泣きそうな顔で薄っすらと笑うと安心した様に眠りに落ちた。
「ありがとう、ダンテさん、アドリアンさん、先生、オラーツ氏、イスメト」
先生を呼んだ時だけ若干棘が出た。先生は渋い顔をしたけど素知らぬふりをしてやった。
ドロテーにはまともな寝床でゆっくり休んで欲しかった。濡れた服も着替えさせてあげたいし。けれどどうやって私の部屋に運ぼう。先生達は疲れてる。私に隠匿の魔法は掛からないし、万一家の誰かに見られたら説明に困る。
「一度に色んな魔法を使うと目を惹くから、余韻が薄れたら鏡で部屋に送る」
死角になってて分からなかったけど、ダンテさんの肩には古い裁ち鋏が突き刺さってて、それを先生が抜いたところだった。
「だ、ダンテさん」
そんな状態でよくも平静な声出せますね。絶句してると「平気」と傾国の美貌で笑われて、心がありがとうで一杯になる。
ドロテーを助けて救ってくれてありがとう。邪悪な物を追い払ってくれてありがとう。痛いのにそんな気配これっぽっちも悟らせずに笑ってくれてありがとう。私のうちを壊さない様に気を付けながら術を展開してくれてありがとう。それを手伝ってくれた先生とアドリアンさん、イスメトありがとう。アドリアンさんはドロテーの顔を傷付けない様にもしてくれてたよね。後で治癒魔法で治るとしても、顔が傷付くって女子には凄いショックなんだって解ってくれてたんだ。オラーツ氏私が怪我しない様に庇ってくれてありがとう。お陰で掠り傷程度で済みました。
そんなこんなが脈絡もなく一度に溢れた。ありがとうありがとうありがとう。皆ありがとう。