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見知らぬ姉

 で?

 で?

 腹の底からヤル気の漲るネーナさんは、ええ本当にヤル気だけは満々で「で?どうしたらいいの?」状態に陥っていた。盤上の駒を動かしてるのは私じゃない。よく考えたら盤上にさえ上がれない駒なんだって改めて認識したよ。

 相談しようと思ってたのに、始業時間になってもガブリエラは登校しなくて、すると午前の授業が終わるとツツツと情報通のズザナが近寄って来た。

「ズザナ、スヴェンのことで何か情報ある?」

「あることはあるけどガブリエラからの伝言も預かってる」

「マジッ?」

 直接遠話してきたらいいのにそれがないのも不思議だったんだよね。

「聞きたい何?」

 周囲を見回してズザナは「ここではちょっと…」って瞳で語って動作で呼んだ。

 人気のないのを十分確かめてからズザナはようやく話してくれた。

「一昨日、急遽帝都から姉君が帰って来られててさ」

 ガブリエラから聞いてる。姉妹の中では姉が二人、妹が二人の丁度真ん中にガブリエラはいるんだ。全員帝都で暮らしてて、姉は二人共宮廷に出仕してるし、妹は母違いで帝都で生まれ育った母君はカランタに住みたくないんだって。来られたのは長女で長子のアナスタージアだ。

 父君がスヴェンと縁切りを宣言されたから、彼の私物を処分しようとしてガブリエラと対立してた。そんなとこにスヴェンが帝都に護送されるって決まったんだけど、どうもスヴェンの処遇に対する雲行きが怪しいらしい。ガブリエラは帝都に自分も行って、父や皇帝に直訴しようと考えたらしいんだけど、アナスタージアに見抜かれて軟禁、今日明日にも療養と称して南の保養地に送られる手筈になってるそうだ。

 その方が安全っちゃあ安全だけど、本人の性格を考えたら腸の焼け付く思いしてんだろうな。可愛いのは顔だけなんだから。

「伝言って?」

 遠話の出来ない部屋に軟禁されてる。手紙も一応検閲を受ける。だから封筒になんて隠さず、折り目もついてない手紙をズザナに託した。返してもらうはずだった本は、療養でギムナジウムに行けないから預かっていて欲しいっていう簡単な文面で、使いのメイドにこれを私にも見せて欲しいと頼まれたんだ。

 差出された手紙には私にしか読めない工夫があった。簡単な話で、私には魔法が通じないから、私宛の文面の上に魔法でコーティングしてズザナへの文章を書いただけだ。魔法を透かした下が私には読める。

「この手紙私が貰っていい?」

「どうぞ、けど何て書いてあるか位教えてくれない?」

 悩んだけどズザナに託したってことは彼女に知られても構わないってことだから、この先彼女の情報が必要にもなるだろうし正直に読み上げた。

「……つまりは将来敵に回れば厄介になりそうな優秀な庶子を、この際始末しちゃおうとしてる、そういう情報もあって帝都に行かせたくない訳ねスヴェンを」

 華やかな帝都からは遠い田舎で慎ましく暮らそうとしてるだけなのに。腹立つなぁ。

「ばらしてしまうとね、アルベルト陛下はスヴェンのことを全然忘れてないらしいの」

 思い切ったって感じでズザナは語り出した。

「はいぃ?」

 超意外な言葉に変な返事しちゃった。

「陛下は気が多いのは確かね。同時に複数の女性を同じ位愛せるの。理解し難く感じるけど、ユリもバラも花壇に必要でどちらかだけを選べないってことなのかしらね」

 成る程、理屈では解かるけど受入れ難いよね。

「正妻には正妻としての務めを果たして頂いて、その一方で美しい花を愛でていたの。スヴェンの母とタルヴィッキ妃をね」

 野に咲く花を野に咲く花として愛した陛下は、スヴェンの母を宮廷に呼寄せようとはせず、懇意の貴族に世話を任せた。タルヴィッキ妃は皇妃になると持ち前の気の強さから浮気を厳重に取締って、陛下が寵姫に簡単には逢いに行けなくなってる内にスヴェンを残して亡くなり、タルヴィッキ側からの暗殺も疑われたから猶更スヴェンに関われなくなった。だけどずっと親子は心に住んでて成長や行く末を見守ってたんだと、ほうほう。そしてタルヴィッキ妃も亡くなったことだし、スヴェンも無事成人したら爵位と領地を持たせて、傍に呼寄せるつもりで爵位の選定をさせている、と、ほうほう。それが密かに噂になって広がってて、だからスヴェンに罪が着せられたのではないか、と、ほうほう。

(何処までも自分本位で迷惑な野郎だ。当の相手に何も告げないで自分の都合押し付けてばっかじゃん⁉)

 もしかしてこれって美談?権力闘争に潰された悲しい愛の物語だとか?そんでもってスヴェンが爵位持たされて陛下の傍に呼寄せられたら、目出度し目出度しの大団円になるって訳?

「なる訳ねぇだろクソがぁ⁉」

 何処までもスヴェンの意思は無視かい!うがぁと吼えた。

「まあネーナったら言葉が汚いわよ。爵位と領地だけじゃないわ。宮廷でも好い官職に就けるでしょうし、一般的には夢物語よ。スヴェンが本当に望んでないかは本人に訊かないと。案外大喜びするかもしれないじゃない」

「あ・り・え・な・い」

 私の気迫にズザナも言葉を失ったらしい。「やれやれ…」って肩を竦めた。

 解かるんだよ友達なんだからスヴェンの気持ちは⁉

「もう一つ頼まれごとがあるんだけど、頼まれてくれないかしら?」

 捲し立てようとした私を軽く制すると、どうしようもないって感じで溜息を吐いた。

「何?」

「可愛い下級生が貴女に聴いて欲しい話があるんですって、思い詰めてて食事も喉を通らないの。両親共に親しくしてるから話を聞くだけでもお願い出来ないかな?」

「誰?」

「初等部四年生のツェツィーリエ・シュメルツァーよ」

 薬学研究部にも所属してる。その時に声を掛けてくれたらいいのに。

「あれ以来貴女には何となく公然と声を掛け難い雰囲気になってるもの」

「私そんな感じ出してる?嘘、不味くない、それ?」

「そうじゃなくて、それも少しはあるけど大方は貴女の周囲の問題ね。会ってあげてくれる?あの子にとっても貴女は英雄になってて、貴女意外には打明けたくないって言うのよ」

 正直迷惑。

「そんな気分じゃないんだけどな。思い詰める様な内容なら私なんて全然適任じゃないし。彼女には頼りがいのある姉もいたでしょ?」

「それがね、彼女もシュメルツァー夫妻の悩みの種になってるの。頻繁に外出する様になっていて、表向きはお友達の貴族のご家庭なんだけど…ほら今季編入してきた貴族の一つよ。あんなことを経験したから、同じ経験をした者同士で癒し合った方が良いのでしょうけど、それにしても家に居つかなくて、まるで家に居たくない様な素振りすらあるんですって。あんなに明るかったのに今も表面的には明るいんだけど、話したくても適当に流されるみたいで、母に訴えてたわ」

「それはご心労だろうね。アルヴェルティーネも辛いんだろうけど、支える家族も辛いわ。」

「あの日ね、火の回るアマーリエ講堂に閉じ込められてた時、火傷しながら窓を割ろうとする貴女の姿は、誰の目にも闘いの女神か伝説の女戦士の如き神々しさで映ったのよ。だから話を聴いてくれるだけでも効果があると思うの」

 蕁麻疹が出そうだ。

「解かった、今日は活動ないから薬学研究室で待ってるって伝えてくれる?」

「了解。今の所は以上よ。けど近々また動きがある様だからその時は教えてあげる。その代わりそっちでも何かあったら教えてよ。特にギッティ先生のことなら小耳に挟んだ疑わしそうな噂でもいいわ」

「グーツグーツ。よろしく~ってかギッティ先生?どうして?」

「帝都の方々が気になさってるのよ。隠密裏にだけど必死で行方を捜してる感じがあるの。巧く隠してるつもりでもこの私の瞳は誤魔化せないわ」

「あの好々爺に何があるの?ランク的には高位の魔法師だろうけど」

「ギッティは偽名で魔法師の世界では超有名な方なんですって」

 こちらを見る眼が意味深になった。

「何?」

「助手で甥のダンテさんも貴女も先生の行方を口にしなくなった。これってどういう意味かしら?」

 はったりだ。乗りませんよネーナさんは。学校では先生のこと自分から口にはしてないんだから。

「そうだっけ?けど先生の行方だけを気にしてられないじゃない。色々あったんだし。先生には悪いけど私はスヴェンの方が優先だよ」

「ふうん、ま、この場は見逃して上げる。何か情報を掴んだら必ず教えてよ」

 君こそ何を掴んでるのさ。

 お互い含むもののある笑顔で別れた。



 ツェツィーリエ・バルバラ・リタ・シュメルツァーは強い自己主張をしない、普段から大人しくて聞き役に回る少女だった。だから名前を聞くまで部活動を休んでることにも気付かなかった。貴族だけどガブリエラの様に庶民とも分け隔てなく接してる。

 薬学研究室の戸を恐る恐る開けた彼女は予想以上に痩せてて、眠れないのか目の下にくっきりと隈が浮いていた。目にした瞬間クラリッサに同席を頼んで良かったと思った。一対一で悩みごとの相談って受けたことないから不安だったんだ。

「何故今まで忘れていたのか自分でも解からないのですけど、あの日…アマーリエ講堂で炎が迫る中、私は思い出してしまったんです」

 そう彼女は話し出した。

 彼女には私より一つ上の高等部で七年生の姉アルヴェルティーネがいて、妹と正反対に活発で社交的なんだ。これは彼女が初等部に入学する前の話だという。



 貴族階級では夏季には家族揃って避暑地に赴いたりする。シュメルツァー家も聖ルカスの風光明媚な避暑地に、姉妹の夏季休暇を待って家族揃って赴いたんだ。

 姉妹は他の貴族の子女とも遊んだが、二人切でもよく遊んだ。姉妹揃って大人しい性格だったが、長女なだけにしっかり者のアルヴェルティーネには冒険家の一面もあった。たまに子守りを煙に巻いて妹を連れて冒険に出ることがあり、その日も上手に子守りを巻いて姉妹で川遊びに出掛けたんだ。

 浅くて膝丈位しかない川だった。しばらくするとアルヴェルティーネが上流に眼をやって、幻想的な景色に魅せられた様に上流に行きたがった。

 両側に生えた木の葉の間から零れる陽が美しかった。それは心に残っているが、ツェツィーリエは子守りを巻いた上に二人切で上流に行くのに恐怖を感じて反対した。

「じゃあ私だけ行くわ。ここで待ってて」

 一人にされるのは怖かったが、やっぱり付いては行けなかった。大きな岩に座って眺めていると姉はずんずん上流に登り、時々立ち止まっては周囲の景色を眺めていた。

 アルヴェルティーネがこけたのは辛うじて声の届く距離だった。

 心配して見詰めていると、いつまでも立ち上がらない姉が自分を呼ぶ声が届いた。そうなると姉の身が心配で怖さも消し飛んで上流に急いだ。

 足を挫いただけでなく怪我もしていて血を流した姉を何とか岸に上げたが、両親のいる屋敷まで負ぶったりするのは幼い彼女には無理だ。今度は姉を待たせてツェツィーリエが人を呼びに屋敷に戻ることにした。

 姉のふくらはぎから流れる血が止まらなくて、傷に当てたハンカチやショールが瞬く間に赤く染まった。ツェツィーリエは不安で不安で仕方なく、大急ぎで屋敷に走った。

 息も絶え絶えになりながら走り切って姉の窮状を訴える妹に、人々は奇異な目を向けた。ツェツィーリエは誰でもいいから大人を連れて姉の下に急ごうとしたが、幼い少女だから逆に捕まえられて、

「お姉様ならお屋敷にいらっしゃいますよ」

 と事も無げに告げられたのだ。

 彼女は混乱したが、大人が通りがかって怪我をしたアルヴェルティーネを送り届けてくれたのかもしれない、乗騎がいたら自分より早いのは当然だ、と少し安堵した。

 が示された部屋に駆け付けると、姉と呼ばれる見も知らぬ少女がいて頭がおかしくなりそうだった。

 アルヴェルティーネもツェツィーリエも緩いウェーブの栗毛色の髪にヘーゼルの瞳をしていたが、その少女は黒に近い髪色で瞳は灰色だったのだ。顔立ちも姉妹は目立たない平凡そのものの顔立ちなのに、少女は長い睫毛に縁取られた瞳が大きくはっきりと美しい顔立ちをしていた。

 全くの別人なのに誰もが見知らぬ少女を彼女の姉だと告げ、違うと訴えると奇異な目をするのだ。

 両親までもがそうだった。

「姉様は川遊びで怪我をしたの、直ぐに行って手当てしないと」

「だから目の前にいるではないの。川にも行ってませんし、怪我もしていませんよ。変な子ね。子守りを困らせた言い訳にしては話が変だわ」

 と母が困った様に頬に手を添えた。

「本当なの、信じて!姉様は怪我をしてるのよ」

「何でそんな意地悪をいうの?私はここにいるわ。ギムナジウムの用意のお勉強で、遊んであげられなかったから怒ってるの?それでも酷いわ」

 見知らぬ少女は傷付いた様に彼女を非難した。

「ツェツィーリエ、独りで川に行ったことは怒らないから、もうそんな嘘はよしなさい」

 父もそんなだった。

 ならばと消毒薬や包帯なんかを持って姉の下に戻ろうとすると、何をしていると簡単に捕まえられて部屋に閉じ込められてしまった。

「何故今日に限ってどうしてそう強情なの?お父様も許して下さってるのに。少し頭を冷やしなさいな」

 ツェツィーリエは無情に閉ざされたドアを必死に叩いた。

「開けて!開けてお願い。お母様お父様、そんな子はお姉様じゃないわ!信じてお願い。お姉様を助けに行って!怪我して歩けないの!お願いお母様、お姉様を迎えに行ってお父様」

 気味が悪かった。絶対違うのに見知らぬ少女を皆は口を揃えて姉だと主張する。恐ろしくてもしかして自分が間違っているのかとも、頭がおかしくなったのかとも疑った。でも怪我をした姉が心配で、姉を助けないといけない。それだけが幼いツェツィーリエを支えた。

 やがて疲れて知らずにドアの前で眠ってしまっていた。涙で汚れた顔をメイドが抱きかかえてキレイに拭いてくれた。

 母が優しく頭を撫でる。

「お母様、お姉様が怪我をしているの…」

「まだ言ってるのね。嘘を吐いてる様には見えないけれど…」

 きつい口調ではなかったが母にそう言われて哀しかった。

「貴女があんまり訴えるから、お父様が直に川に捜しに行って下さったのよ」

 急に嬉しくなった。だったら姉は見付かったはずだ。

「言い訳じゃないくて、きっと誰かが怪我をしたのは本当なのかもしれないって」

「姉様は見付かった?」

 母は増々困った顔をする。

「誰も居なかったわ。貴女が忘れて来た靴以外は何もね」

 信じられなかった。では姉はどうなったというのか、幼い彼女の世界が崩れるのを感じた。

「さ、髪を整えて服を着替えましょう。お父様がお祭りに連れて行って下さるって。お待たせするのは良くないわ」

「お祭り…?」

 それはその地方で行われる少年少女の為のお祭りだった。広場一杯に屋台が並び、大道芸人やサーカスがテントを張って良い子を待っている。

 そんな気分ではなかった。興味はあったがどうしても姉が心配だったのだ。けれど父が捜しに行って見付からなかったという、自分の中の確信が崩れてしまっていた。

 子守りに任せるものなのに、父はぐずるツェツィーリエを胸に抱いて広場を廻ってくれた。

「ほら私のお姫様、クッキーがいいかい?キャンディかな?」

 両親は優しく、責めたりせずに逆に我が子に何があったのか心配してくれた。

 偽物のはずの姉も、ちょっとだけ怒っていたが彼女を気遣ってくれた。まるで本物の姉の様に。

 幼いツェツィーリエには分からなくなった。お姉様じゃないのに自分以外の誰もがそう認めている。活発に両親や妹をゲームの屋台やサーカスに連れ回し、人形の屋台では一緒に選んだ。

 そうして若干の違和感を残して、灰色の瞳の少女は実の姉になっていた。


 明るく話し上手で何事も率先して参加するアルヴェルティーネは、目立つから言葉を交わしたことがなくても自然と名前も顔も覚えてしまう存在だった。ジルヴィア姉様の様にギムナジウムの華の一人だ。当然両殿下の歓迎会の準備にも呼出されてた。準備の騒ぎの中でも、外で待つ妹を発見すると笑って手を振る陽気な姉だった。

 大人しくてともすると周囲の流れに任せてしまいがちな妹の、心の声を引出してくれる存在でもあって美しく自慢の姉だった。炎の中の姿を見るまでは。

 私も覚えている。庶民と貴族の間に立って対立させない様緩衝材になってる姿に感動したんだ。


 アマーリエ講堂の火の回りは驚く程早く、出入口も窓も開かなかったから、初等部から避難させ様とする先生の誘導も尻切れになった。

 講堂から出られないと分かって一挙に恐慌をきたす人々の中で、ツェツィーリエはどうにも出来ず仲良しの同級生と抱き合って震えていた。

「落ち着いて何か方策があるはずよ。冷静に考えて行動しましょう」

 女性教師が努めて落ち着いて励ましてくれたが、恐慌は伝染して多くの子が親兄弟に助けを求めて泣き出した。

 無意識に姉を捜して視線を彷徨わすと、演壇の近くに姉の姿があった。

 無事なのを安堵すると同時にハッとした。

 姉の周囲だけ明らかに空気が違う。何かを握りしめ、横顔が悔しそうに歪んでいた。それは十七歳の少女ではなく成人した大人の顔だった。混乱の中で姉は妹の視線には気付かなかった。

 炎で紐が切れた魔法仕掛けのモーメントが、周囲に落下して悲鳴が上がった。割れた破片が大きく飛び散り、それがまた小さな無数の炎となって一瞬で消える。

 それでツェツィーリエは思い出してしまった。



 語りの最初にアマーリエ講堂の名前が出た時に少なからず衝撃を受けた。どうしてこんな風に物語は繋がってくんだろう。本当に偶然なんだろうか、まるで仕組まれてる様にも感じられてしまう。

「やっぱり信じてはもらえませんよね」

 けれど打明けてスッキリしたツェツィーリエの顔色はましになっていた。

「そんなことないよ。以前から二人は顔立ちからして似てないな…とは思ってたから。ほら、何処のおうちでも事情があるでしょ?だから口にしたことないんだよ」

 そんなに親しくもなかったしね。アルヴェルティーネは政治学を専攻してるし先輩だ。

「はい、それもよく指摘されるんです。なのにずっと聞き流していました。私は父に似て姉は母に似てるのだわって」

〔お姉様は貴女が思い出したって気付いてる?〕

「いいえ、姉は頻繁に出掛ける様になっていて挨拶以上の話は…、私は部屋に籠ってるし、両親は火事の衝撃が酷かったんだろうって、ギムナジウムも無理して行かなくていいって心配してました」

 そこはズザナが話してた通りだ。

「そうだよね。怖かったよね」

「こんな事言うなんて、私何処かおかしくなってるんでしょうか?」

〔いいえ、けどお姉様に思い出したって悟られてはダメよ〕

 クラリッサの声は真剣だった。

「フフッまた変なこと言い出したって思われるだけですよ」

〔ツェツィーリエ、そう思わされてるの貴女は。本当のお姉様を大切に思う気持ちを忘れないで〕

「でも、そうしたら足を怪我していた姉はどうなったんでしょう?ギムナジウムに入学する前なんですよ。それを考えると、交換されたって考えるより恐ろしくて…」

 魔法を掛けられたのかもしれないけど、怪我をした実の姉を忘れてしかも姉さんはもしかしたら、って考えたら居た堪れないよね。私だってツェツィーリエの立場だったら姉ちゃんはどうなったんだろうって夜も眠れないよ。

〔郭公の卵を抱かされたのよ。こういう表現を知っていて?〕

「都市伝説の類ですよね。似てる子供を組織で育てた子供と入れ替えて、その家を調べたり暗殺に使われるって」

「よく知ってるね?」

 庶民が好みそうなオカルト的な話題は上流階級では厳禁なのでは。

「取り替え子、とかそういうのに何故か興味があって、目についた本なんかを読んでましたから」

「無意識が覚えてたってことなのかな?」

〔都市伝説じゃないの。実際に行われていることよ〕

「本当ですか?」

 以前の私ならツェツィーリエ同様疑っただろうけど、今は疑わない。そういう非道を行う。普通の人々がいかがわしい眉唾物だって笑い飛ばしてしまいそうな荒唐無稽な話を、現実にしてしまう連中がいるんだ。

〔ツェツィーリエこの話はネーナと私に預けてくれないかしら。そして私達以外の人にはこの話をしないで〕

「心配ないです。頭がおかしいって言われるのが怖くて、ネーナ先輩以外には打明ける勇気がなかったんですから」

 憧れの目で私を見てる。そんな人間じゃないってば、私は。

「ネーナ先輩におかしいって言われるならきっと私がおかしいんだって、そう思えるって。だからズザナ先輩にお願いしたんです。なのにクラリッサまで話を聞いて下さって…私をバカにしたり狂人扱いしなかった。凄く嬉しいです」

 いやいやそこまで信じられても、結果的には私も突破口を見付けられて良かったけど、それはあくまで結果論でね。心の中でちょっと後退りした。

 気の晴れた笑顔のツェツィーリエを見てたら、悩み事を打明けられる相手がいるって大切なんだって確認した。私は先生を独占させてもらってたけど、貴族の家庭だから余計に荒唐無稽な悩み事なんて話し難かったろうなあ。

「あの…いつでも相談に来てくれていいんだよ。何が出来る訳でもないけど、話せば気分も軽くなるだろうし。相談されたこと絶対誰にも口外しない。この話も私、クラリッサと一緒に探ってみるよ。けどクラリッサの言う通り下手に洩らすと危険だと思うから、私達だけの秘密にしておいてね」

「本当に打明けて良かった。先輩と秘密を共有出来るなんて夢みたいです」

 感激してくれてる気持ちを壊すのもなんなんで、取敢えず笑っておいた。


 ツェツィーリエが晴れ晴れとした顔で退室すると、少し間をおいてからクラリッサは私に動作で控室に通じる扉を開ける様に指示した。

 すると扉に寄りかかってたダンテさんが転がり込んだ。

「ちょっと何してんのよ⁉」

〔やっぱり邪な妄想を抱いて聞き耳を立ててたわね!〕

「恋バナじゃなかった。乙女の悩みなんて絶対恋愛相談だと思ったのに、俺のワクワクを返してくれ」

 何ふざけたこと言ってんの。

「恋バナでなくたって女子の話を盗み聞きするなんて最低だダンテさん!」

「誰だってするだろ!ネーナだって近くで恋バナの気配があったら聞き耳立てるね絶対!」

「し…しないよ!する訳ないでしょ!」

〔いえ、きっとするでしょうけどだからって許されるモノじゃないわ〕

 ああ、何て冷静にご指摘なさるクラリッサ。ホントにゴーレムなの?性能高過ぎじゃない?

「ほらみろするんだぁ。俺のは少年の素直な好奇心だもんね。ズザナも聞き耳立ててたしぃ」

 ずぼっとナマケモノを脱いであかんべしやがった。

(ムカつくなア。胸を張るんじゃない!)

「ズザナが?聞かれたの?」

 聞かれたとしてどうなるんだろう?

「俺が《沈黙の帳》降ろしといたから何も聞けてない」

〔話が早くて済むから見逃して上げるけど、今度許しもなく聞き耳を立てたりしたら考えがあるわよ。解かってるわね〕

 身を縮めたダンテさんはナマケモノを被り直した。

 ホントにただのゴーレムなんですか?って私の疑問を他所にクラリッサは話を続けた。

〔先ずはアルヴェルティーネがどのタイプの郭公なのか見極めないと〕

「どのタイプ?」

 一般家庭に潜り込まされた郭公には幾つかのタイプがあると説明された。特定の場所の内情を探る為に自分が郭公だという意識を持ったまま潜り込まされるタイプ。何かの為に配置されて、任務を任されると意識が戻るタイプ。何かの為に配置されて本人も意識を戻すことなく利用されるタイプ。大きく分けるとこの三つ。

 郭公を潜らせるには潜り込ませる家族や周辺にも悟らせない様にする必要があるから、組織でやらないと成功率は低い。個人の遺恨やなんかで卵を託されたとする説は削除。内情を探るには郭公にされた歳が若過ぎるから最初のも削除。

「講堂にいたってことは、彼女が郭公だとは実行した組織は知らなかったってことだよね」

〔そうね。そしてツェツィーリエが思い出したってことは、アルヴェルティーネも思い出したって考えた方がいいわ。彼女の行動もそれを物語ってる。…一件落着したとしてもシュメルツァー家には辛いことになりそうね〕

「本物のアルヴェルティーネはどうしてるんだろう?」

〔手の掛かる仕掛けだから適当に取り替え子されたりしないわ。少なくとも私の知識にはそうある〕

「それじゃあ」

〔取り替え子は新たな郭公として養育されてると考えるのが妥当かしら〕

「私には救いようがなく感じるよ」

 例え生きていたとしても、それじゃあ本当のアルヴェルティーネも偽物と同じ道を辿ってる。

〔彼女のタイプを突き止めるのはダンテの役目よ。いい?〕

「分かった」

「私は何をしたら…」

〔そうそう、オラーツに唆されて先生が止めても聞かなかったんですって?〕

 急に話を変えられて、心の準備が出来てない私は凄く狼狽えた。

「う…はい、実は…だってだって、何もしないじゃいられないじゃない!」

 けど威勢よく宣言しながら何をしたらいいのかわからなくて、殿下と腹を割って話して共闘するとか、特別捜査官に何とか探りを入れて後のことを考えるとか、とかとか考えはあるんだけど、どれを実行するか、って問題になるとこれっていう決定打がないんだよね。

〔フルヴィオは気の遠くなる様な長い人生を生きて、様々な経験を重ねて厭世観が強いの。下手に関わってマルッと放り投げられてしまった経験もあるしね。それに何もしない、出来なかったっていう後悔がどれ程人を苛むか忘れてしまっている〕

「クラリッサ」

 まるでそんな経験がある様な心に響くお言葉なんですけど。返す返すもあなたホントにただのゴーレムですか?人間が変身してない?


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