箒星の軌跡
小さい頃の不思議な景色やワクワクする出来事っていつまでも心に残りますよね。
そんな気持ちを思い出して書きました。
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招待状
6年1組のみんなにだけ、秘密の『星降りフェスティバル』に招待するぞ。
お家の人には絶対ぜったい内緒だ!
学校まで、気を付けてくるんだぞ。待ってるからな!
6年1組 おおくま先生より
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場所 :しずかのもり小学校・オークじいさんのてっぺん広場
日時 :12月14日(金よう日) 午後6時 集合
持ち物:あたたかい飲み物が入った水筒
あたたかい服(汚れてもいい服)
あたたかいひざ掛け
食べ物をひとカゴ(おかし以外。なんでもいい。よく洗ってくること)
レジャーシート
ろうそくカンテラ
注意:お家の人に見つからないようにすること。
キヨラの川を越える人はキックスクーターで来てもよし。
登校はカンテラで道を照らしながら来ること。
交通安全を守ること。
大事な事:もし、お家の人や町の人に見つかりそうになった場合は、、先生から特別な呪文を伝授するので唱えること。
その呪文は『ハジャラ モジャラ ヒゲー!』だ。見つかりそうになったら唱えるんだぞ。そうすればピンチが去る! ただし、大人には効くが、妹や弟など小さい子には使えない。ペットにも使えない。注意するんだぞ。
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ガシャン。
いつも通りの場所にキックスクーターを置く音が、思いの外大きく響いて僕は一瞬息をとめた。あたりを見回して誰もいないことを確認すると、白い息の塊がキンと冷えた空気に溶けていった。少し、浮かれすぎていたみたいだ。
冷たくなった鼻をすすりながら、ポケットからカードを取り出す。キックスクーターに括り付けたカンテラに近づけてそれを照らすと、所々に散りばめられたホログラムがキラキラと光を放つ。その光にまたワクワク感を刺激されながら、校舎の屋根近いところにある大時計と見比べてウン、と頷く。約束の時間の十二分前だ。
カンテラをキックスクーターから慎重に取り外し、光を袖で庇いながらもう一度そうっと校舎を窺う。一か所だけ小さな灯りが見える。職員室だ。おおくま先生が残っているのだろう。背中にあるリュックをもう一度背負いなおして、スパイになった気分で校舎の隣に足音を立てないように向かう。大空を覆うように枝を伸ばす大楢の大木、この町のみんなが『オークじいさん』と呼ぶ木の足元まで。
オークじいさんに近づくと人影が見えてドキリとする。相手は丁度オークじいさんの足元、幹周りに沿ってらせん状に作られた階段の前にいた。ピシリと固まる僕に相手も気づいたようで、ふとカンテラを掲げてあの呪文を唱えた。
「ハジャラ モジャラ ヒゲー!」
その声の主に気が付いて、一気に緊張が解ける。
「・・・なんだ、トモか。ボクだよ。」
「えっ! エイト?」
「うん。」
「うっわ~! あせった~!」
僕がカンテラを持ち上げて答えると、普段から仲良しのトモも白い息をついた。
特に待ち合わせてはいなかったけれど、折角だからとトモと一緒に屋上広場まで階段を上っていくことになった。途中トモがうっかりどんぐりを踏みつけて派手に転び、思わず呪文を唱えた。周りに大人がいなかったから何にも起こらなかったけれど、そこから魔力を持っていない自分たちが何回も呪文を唱えられるのは、何の力を使っているのだろうという話になる。僕が呪文を唱えたのは、家を出るときの一回だけだったから、トモの何回も、に疑問に思って聞いてみると、自宅での2回の他に途中で閉店作業中のケーキ屋のおばさんにも見つかりそうになったらしい。その武勇伝を聞き、最終的に「精神力じゃね?」と結論が出たところで屋上の広場に着いた。木の上だが、屋台骨が組まれ、その上に石畳を敷いてある広場だ。ドッジボールをしてボールが外野に飛んでも余裕が十分あるくらいだだっ広い。
「おう、よく来たな。」
階段から広場に足を踏み入れた瞬間、奥から低い声がかかった。ブロックを積み重ねて作ったカマドに大なべをかけ、大きな杓子で中身が焦げないようにぐるぐるとかき回している姿が赤鬼のように見えるその人は。
「おおくま先生!」
僕たちの担任、おおくま先生が「おう。」と返事をしながらにっかりと笑う。
挨拶をした後、先生に教えてもらった呪文の抜群な効果を報告すると「そりゃ大昔から一子相伝の強力な呪文だからな!」とガハハと笑いながら答えてくれた。一子相伝とは何かと聞いたら「まあそんな感じのもんだ!」と目を泳がせながら答えていた。おおくま先生にもよくわからないみたいだ。
「それよりもだ。何か食べ物は持ってきたか?」
「持ってきました!」
「オレも! オレはね、「いや待て待て!」」
トモが持ってきた食べ物を言おうとしたら、杓子を持った方と反対の手の平を見せられて止められる。
「言うな言うな。他のやつに隠してこっそり俺に渡せ。エイト、その間後ろ向いてろよ。」
僕たちは頭の上に疑問符を浮かべながら、先生の言うとおりにする。背後からボチャンボチャンという音を聞きながら、僕は辺りを見回した。今まで気が付かなかったが、もうすでに3・4人はクラスの子が来ていたようで、各々円形の広場を囲む柵に寄りかかって座っていた。
僕がみんなに見えないように先生に食べ物を渡している間にも、集合時間に合わせて、次々とクラスメイトがやってくる。
「みんなよく来たな。大人には見つからなかったか?」
点呼をして全員の出席を確認するとそう聞かれて、みんな我先にと自分の武勇伝を声高に語り出す。
「オレも! 呪文がめっちゃ効いた!」
隣に座ったトモが興奮しながら僕に伝えてくる。僕はそれに頷いた。
一通り話が終わり、みんなが落ち着いてくると、先生が「さて、」と声をかける。
「これから『星降りフェスティバル』を始める。日直、挨拶!」
慌てて、今日の日直が座っていたレジャーシートの上に立ち上がり、つられてみんなも寒いさむい言いながら立ち上がった。
「これから『星降りフェスティバル』を始めます! 気を付け~、礼っ!」
みんな非日常な雰囲気の中でいつも通りの事をしている可笑しさに笑いながら礼をした。
「まずは祭りの晩餐として、これを食す!」
挨拶の後に、それまでずっとかき混ぜ続けていた鍋を先生が指さす。誰かが「シチュー?」と聞くと「闇鍋だ!」と先生は答えた。
「闇鍋って?」
「何が入っているかわからんスリルを味わう鍋の事だ! みんな、自分が持ってきたものを言うなよ!」
ざわつくみんなに「因みにコンソメで味を調えた! 安心しろ!」と先生は言葉を付け加えたけれど、全然安心なんてできない。ボク、アレを持ってきたんだけどどうしよう。入れちゃってるよね、絶対。
僕は顔を青ざめさせながら、『家庭科室』と書かれたスープボウルとスプーンを、これまた役を仰せつかった給食係から受け取って、闇鍋への列へと並ぶ。
自分のレジャーシートに戻って横を見ると、表情をこわばらせたトモがいた。
「なんか・・・嫌な予感がする。ここにいちゃいけないものが浮いてる・・・。」
ちらりとレジャーシートの上に置かれたトモのボウルを見たら、なんだか既視感のあるオレンジ色の丸い物体が見えた気がした。ボクは目をそらした。せめて皮をむいてくれてればよかったのに。
水筒のお茶で乾杯をしてから闇鍋をみんなが食べ始めると、あちこちで悲鳴や歓声があがった。僕は皮付きの丸ごとじゃがいもやキノコ、イチジクとピーマンが入っていた。あと、ロマネスコにはびっくりした。初めて食べたけれど美味しかった。
トモはミカンを一回取り出して皮をむいて食べていた。最初は微妙な顔をしていたけれど、だんだん顔を明るくして「デザートとして食べれば悪くないかも。」と言っていた。ちなみに先生のボウルにもミカンが入っていたみたい。ほんとごめん。でもトモは他に牛肉が入っていたので、すごく喜んでいてほっとした。 他にも高級食材を持ってきていた人がいたらしく、当たった子はすごく喜んでいた。
闇鍋の後、食器を集め終わってみんなが持ってきた水筒のお茶を飲んで一息ついていると、そろそろカンテラのろうそくが燃え尽きる子が出てきた。
「さて、そろそろだな。」
先生がつぶやく。
「みんな、俺が合図をしたら一斉にカンテラの火を消してくれ。」
先生のいちにのさんの声に合わせて、みんな息を吹きかけて明かりを消した。
「わあぁぁっ!!」
思わず叫んでしまった。頭上に広がる満天の星空。上ってきた階段の方から、真上を通ってカマドの方にかけて白くけぶる乳白色の帯。数えきれないほどの光は濃紺のビロードの上にダイヤモンドの砂をこぼしたようだ。誰も話さず、キインと冷えた静寂の中、カマドで燃やされている木が爆ぜる音だけが小さく聞こえていた。
僕も言葉に表せない光景に声も出ず、見つめ続けた。
ふと、首の後ろに痛みを感じて頭を下げると、他の子はレジャーシートに寝そべっていた。自分も寝そべり、ブランケットを足元から顎までかける。
「あ、」
星空を横切った流れ星に思わずトモが声を上げる。それをきっかけにあちらこちらから流れ星を見るたびに歓声があがりはじめる。
「うわ~~~~~~あ!」
ひと際ながい流れ星がながれて、僕も大きな声をあげてしまった。
「おい、流れ星が流れている間に願い事しとけよ~」
先生の言葉に残念そうな声があがる。
「今の、せっかく長い時間だったのに願い事言えなかったな。」
「言えなかったね。」
「次、長いやつきたら言うんだ・・・ああああああ!」
しゃべっている僕たちに構わず、星は流れた。
「ふふ、なんていうの?」
「警察官になりたい!」
「わあ、ぴったり!」
「エイトはなんて?」
「ボク? ボクは・・・。」
「あっ!」
どんどん星が流れて、歓声をあげることしかできない。
ふと僕は思う。みんなとこんなことが出来る時間はもうそんなに残されてはいないだろう。漠然とそう感じていた。だってこれから僕たちは、人間と獣人とに分かれて別々の中学校に行くから。人間の僕と猫獣人のトモとはどんなに星に願ったって、同じ中学校に行けやしない。6年1組の全員で集まって何かをすることはあと少ししかないから。
「あ~あ。星座がわかればなぁ。もっと面白いのに。」
事典か何か持ってくればよかったな、とトモが空中に白い息を吐きながらつぶやく。僕はブランケットの中から腕をだして、空を指さした。
「・・・・光が多すぎて見えにくいんだけど、あそこにWの形があるのわかる?」
「ん? ああ、わかる。」
「あれがカシオペア座。」
「おぉ~!」
「で、ちょっと横の、柄杓の形をしたやつ。7個の星の。」
「・・・多分あれだな。」
「その柄杓の、こうカクカクってなってる所の、ここの部分のここの幅を~、5個分くらい伸ばした先にある星が北極星。」
「あれを中心にまわるやつか!」
「あ、多分そう。北極星を中心にこう空がぐるっと回るの。」
僕は両手を広げて北極星を中心に、左へハンドルを回すように手を動かした。
「へぇ。・・・・なあ他には?」
「え? ええっと・・・。真上から、階段の方へ下がったところに、三つの星があるのわかる?」
「わかる!」
「あれの上2つと下2つの星をあわせた感じがオリオン座。」
「へええ~。」
そこから冬の大三角の話をしていたら、いつの間にか周りは静かになっていた。みんな僕の話を聞いて、一緒に星を巡っていた。そのことに気づくとなんだか恥ずかしくなって口をつぐんだ。
「・・・すごいな、エイト」
「・・・すごくないよ」
冷たい空気に触れているのに、なんだか頬が熱かった。
「なあ、エイト。将来、学校の先生になれよ!」
「え、」
「絶対、なれるよ。」
ドキッとした。僕が将来なりたいのは『先生』だったから。トモ、知ってたのかな。
「ま、おおくま先生みたいにはなるなよ。」
「え、ふふっ!」
「おいおい、オマエら失礼だぞ!」
あちこちから笑い声が聞こえてきた。僕は大きく息をついた。
―――― なれるかな。なりたいな。できたらこうやってボクらを楽しませる先生になりたいな。
なれるといいな。
先生が立ち上がって、細火になったカマドの裏から柄の長い棒を取り出して、星空に向かってブンブンと振り出した。よく見たら棒の先に網が付いている。虫取り網だ。
何回か振った後、大きな瓶みたいなものに網をカンカンと打ち当てて、捕れた何かを中に取り出している。何回か繰り返してから僕たちへと振り向いた。
「・・・帰りの準備ができたぞ。『星降りフェスティバル』もここらでお開きだ。日直!」
始まりと一緒で、みんなで挨拶をする。おしまいの寂しさにみんな少し声が小さかった。
「よし、カンテラ持って順番に並べ~。」
荷物をリュックに突っ込んで背中に背負ったあと、ろうそくが燃え尽きたカンテラを持って列に並ぶ。前の方から歓声が上がる度になんだかソワソワする。前の方から階段へ向かう子たちの手には、瞬くように色とりどりに光るカンテラが見えた。見たことのないあの光は何なんだろうと思いつつ、トモと一緒に順番を待っていると、いよいよ自分の番が来た。
瓶の中に入っていたのはクルミほどの大きさの、白い金平糖だった。先生に言われるがままにカンテラの上部を開くと、そこにコーヒー豆用のスコップで掬った金平糖をザザッと入れてくれた。そしてカマドに藁を一本近づけて火をつけ、金平糖の上部にポンと触ると一番上の金平糖に光が灯り、瞬き始めた。思わず「わあ。」と声が出る。
「蓋をしたら、そのまま階段をおりて、燃え尽きる前にまっすぐ家に帰れよ。帰ったら、玄関の軒先に吊り下げる場所があるだろ? そこに吊るすんだ。明日の朝になったら星の実が出来上がってるから、こっそり取り込んでこっそり食べるんだぞ、いいな?」
僕は次々と色を変えるカンテラの光に見惚れながらコクコクと頷いて、ペコリと頭を下げると、階段に向かった。僕の次の番だったトモを降りる手前の踊り場で待つ。
「これ、すっげ~な!」
「星が光ってるみたいだね。」
ふたりとも興奮しながら一緒に階段を降りる。地上には先に降りた子たちのカンテラの光が、オークじいさんから校門、校門から家に向かって点々と瞬いていた。地上に降り立ち、少し離れてから僕は見上げた。幹をぐるりとまわる階段に沿って、こちらも光が瞬いていた。
「ボクたちも流れ星みたいになっていたんだね。」
「ほんとだな。」
さあ、光が消える前に帰らなくちゃいけない。僕はトモとグータッチをしてから「また月曜な。」と言って別れ、駐輪場に停めてあるキックスクーターを取りに行った。来た時と一緒で、カンテラを途中で落ちないように慎重に括り付ける。押して駐輪場から出たところでもう一度オークじいさんを見上げた。光は見えるところで2つ。裏側にもいるかもしれないが、もう少ししか残っていないようだった。
どこからかベルの音が聞こえる。ふと、職員室の方へキョロキョロと目を向けると、やっぱり小さな灯りがひとつ目にとまった。
「・・・・・・将来は、先生になりたいな。」
ボクは小さな息をついてからキックスクーターに乗り、町の方へと急ぎ走り出した。
その晩みた夢は、キラキラ光る星でいっぱいだった。
その思い出も、卒業してから何年経っても、ずっとずっとキラキラ光っている。
そして・・・・・・・。
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ジリリリーン! カチャッ。
「・・・・・はい、はい。」
僕は一度、古いふるい電話の受話器を手で押さえて、「ンンッ!」と咳ばらいをする。外と室内との寒暖差で喉の調子が少しおかしいみたいだ。
「・・・・・そうですか。無事着いたんですね、良かったです。・・・・はい。ご協力ありがとうございました。」
僕は、ほっと溜息をついて受話器を置いた。
「これで全員か?」
マグカップを両手に給湯室から出てきた校長先生が、僕に問いかける。
「はい、全員帰宅しました。」
「大役、ごくろうさん。」
「校長も電話番、ありがとうございました。」
「いやいや、安全第一だからな。」
ほい、と持っていたマグカップを渡される。湯気の立つそれはホットミルクだった。
「これこれ、これがいいんだよ。」
ガラス瓶に小さなトングで“星の実”を取り出し、自分のマグカップと僕のマグカップにひとつずつポトンと落とす。とたんにシュワシュワとミルクに溶ける音が、ひとつだけろうそくを灯した職員室に小さく響いた。
「・・・・十年前も校長先生とこれを飲んだんですか?」
「そうだな。一子相伝、だからな。因みに最終章の心得に含まれる。」
「ふふっ。」
僕は熱々のそれを、ゆっくりと口へ運んだ。ミルクの甘い香りと、銀色のお酒の香りがキラキラ光っている。
「・・・・僕は、あの時の願い事が叶いましたよ。」
「そうか。」
校長先生はニヤリと笑って短く頷いた。
「トモもこちらに戻って、この町のおまわりさんになるそうです。」
「お? そうなのか。」
「ええ。赴任前に一度挨拶に来るそうですよ。それで僕が大熊先生のようになっていないか、確認しにくるそうですよ。」
「ああん? あいつまだそんなこと言ってたのか。一度説教しないとな!」
冗談交じりに言う先生に僕はくすりと笑いながら窓辺に寄る。時折光が流れる星空を見上げ、そして祈った。
―――― 今日、星に願った子どもたちの想いがすべて叶いますように。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




