対策に走る
次の日の今日は、なんだかぼんやりしてしまって何も考えられなかった。
朝の取材にも行かず、暫くはただベッドの中で呆けていて。
気がつけば、10時を回っていて、ハウスキーピングのスタッフが近くの部屋を掃除しているのだろう。掃除機をかける音が聞こえる。
その音を聞いて、俺は何とはなしに起き上がり、身支度を整えた。
それからホテルを出て、ふらふらと当てもなく町の中を歩いていると、12時の鐘が鳴った。
お昼、食べないとな。
そう思ったら、不意に昨日の出来事が脳裏に浮かんだ。
あのじいちゃん。レストランでご飯を食べてた。胸を抑えて苦しそうにして、でもその時は大丈夫で、でもその後すぐ。
頭の中がぐるぐるする。少し気持ち悪い。
あれはお昼を随分とすぎていた。1時は確実に回ってたよな。ああ、でもじいちゃんは俺よりも早く食べ終わってたんだっけ。
そんなことを考えながら、ふらふらとした足取りでそちらに向かった。
・・・ここだ。
レストランに着いたのは12時半をちょっと過ぎた頃。
じいちゃんはまだ来てない。
店の前でぼーっと突っ立っているのは迷惑だろう。
朝から何も食べていなかったこともあって、俺は先に中に入ることにした。
まだ気分が悪かったからスープだけを注文して、それから10分ほど経った頃だろうか。
あのじいちゃんが店に入ってきた。
・・・ああ、生きてる。
そんなことをぼんやりと考えて、それから自分で自分のことがおかしく思えて、ちょっと笑ってしまった。
時間が巻き戻ってるんだから当たり前なのに。
これまでも毎日、ずっとそうだったじゃないか。
でも、なんでだろ。
じいちゃんお顔を見て、ホッとする自分がいた。
じいちゃんは年齢の割に胃が丈夫なのか、ミックスフライ定食を食べている。
この後、会計を済ませて外に出て、車に乗って、走り出したところで発作が起きるんだよな。
いろんな人を巻き込んで、じいちゃんも血だらけになって。
昨日はすぐに事故現場から離れたから分からないけど、もしかしたらじいちゃんの他にも死者が出た可能性だってある。
そこまで考えて急に、水をかけられたように頭が冷えた。
俺は、なにをこんなところでぼんやりと眺めてるんだよ。
運転させたら危ないじゃないか。それに。
もし早めに救急通報が出来たら、じいちゃんだって助かるかもしれない。
そうだ、そうだよ。
俺は急いで立ちあがると、会計を済ませて外に出た。
駐車場側に回り、少しの間、時間を潰してじいちゃんを待つ。
そうして、やがてやって来たじいちゃんに、道が分からないフリをして、ホテルへの行き方を尋ねた。
じいちゃんは気のいい人で、やたら親切に、細かな説明を加えて教えてくれる。
でも、長い説明が終わりそうな頃になってもまだ、じいちゃんには何の変化もなくて。
俺は焦った。
ヤバい。もう話すことがなくなった。このままじゃ車に乗っちまう。
どうする? なにか適当に質問をしてみるか?
そう思って、口を開こうとしたその時。
じいちゃんが急に胸を抑えて倒れこんだ。
「じいちゃん? 大丈夫か?」
じいちゃんは答えない。
俺は咄嗟にじいちゃんを抱え込み、ずっと握りしめていた携帯電話で救急車を呼ぶ。
じいちゃん。死ぬな。
どうか間に合ってくれ。
そう願いながら。