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何をしても



最初は、夢でも見てるのかと思った。


やたらリアルで、よく出来た夢。



長いなぁ、早く覚めないかなぁ、なんて思って。



深く考えもせず、取り敢えず目の前のことをこなしていった。


同じ時間、同じ場所に取材に行って。



街を歩きながら、ぼんやりと考えた。



これって何? 夢?



夢じゃなかったら、デジャブ?


それとも予知夢とか?



空を見上げれば、昨日と同じで。


大きな翼を広げて鳶が飛んでる。



鳶、うるせぇ。鳶、怖ぇ。



仕事内容は同じだけど、昨日で要領が掴めてたのかサクッと終わってしまって。



結果、めちゃ時間が余った。



え? 俺の仕事?


ライターです。写真も撮ります。



ちゃんと日付が変わってたら、今日はここを発って、職場に戻って、記事を完成させて、原稿料をもらう・・はずだったのに。



取材も撮影も、そこそこ普通にこなしたのに、朝起きたら1日巻き戻ってて最初から全部やり直しとか、どんな罰ゲームだよ。



やったことが全て白紙に戻って、また同じことやらされるって・・・これ、時間の無駄だろ。



しかも、こっちはもう相手の顔を見知ってるのに、向こうは完全に初対面なんだよ?



なんか居心地悪くてしょうがない。



でも、仕事をサボるわけにはいかないからな。


だって、今日こそ寝たら明日になってるかもしれないじゃん。



そう思って。


ちゃんと仕事して、記事も書いて、データも会社に送信して、ホテルの部屋で。



寝た。



起きた。



新聞を確認した。



・・・日付、変わってないじゃん。



まただよ。また巻き戻ってるよ。



「なんでだ・・・?」



それで、この冒頭のリアクションなわけである。



これはもう、勘違いでも夢でもない。


紛れもない現実だってわかって。



絶望の声をあげたってわけだ。


今日という日を、ループし続けている、と理解して。






「はー、虚しい」



俺はボソッと呟いた。



毎日毎日、同じ今日が続いて。



何をどうやっても、今日という日から抜け出せない。



もう嫌になっていた。



それでも、最初の頃は、けっこう真面目にやろうとしてたけどさ。



明日こそは、ループが終わるかもしれないって。



言われた通り、取材に行って。


調べたことに基づいて、原稿を書いて。


もはやよくよく見知った相手に、家族構成とか食べ物の好みとか好きな芸能人とかまで知り尽くした相手に、初対面の挨拶から会話を始めて。


明日が来たときのために、仕事の段取りをちゃんとして。



もう、原稿全体の文章をそらで言えちゃうくらい、何度も何度も同じ記事を書きあげた。



取材相手全員の出身校とか初恋の人の名前だって、もう知ってるぜ。



誰と誰が幼馴染だとか、この人と仲がいいとか、実はあの人の従妹だとか。



この町の見所も、美味いレストランも、景色の綺麗な場所も、ホテルスタッフ全員の名前も、すれ違う散歩中の犬の名前も、この町のことはもう大概のことは知ってる。



鳶まで、見慣れて愛着が湧いて名前を付けたくらいだ。



もしちゃんと日付が変わってたら、何か月どころじゃない、相当な年数、ここで過ごした筈だ。



でも来ない。


明日なんて来なかった。



次の日が来ると、どの瞬間からなのか正確な時刻までは確かめてないが、また一日がリセットされて今日になる。



確かに知り合ったはずの人が、会話したはずの人が、みんな見知らぬ人になる。


向こうにとっては、だけど。



「わざわざこんなとこに取材に来てくれたのか、ご苦労さんだねぇ」



初曾孫が一か月前に生まれて大喜びしてた漁師生活40年のロン爺ちゃんは、真っ黒に日焼けしたしわくちゃの顔でニコニコと笑いながら「そういや名前を聞くの忘れ取った」なんて言葉をかけてくる。



もう何百回も何万回もリピート客として来てるレストランでウェイトレスとして働いているアンに「お客さん、見ない顔だけどどこから来たの」って、毎回言われる。



俺はどんどん町のみんなの事に詳しくなっていくのに、みんなは毎日が俺との初対面だ。



鳶にも名前なんて付けなきゃ良かった。


可愛いかもなんてちょっとでも思った俺が馬鹿だった。



何か、ループを破るきっかけがないものかと、色々な行動パターンを試してみた。



例えば、朝起きても、出かけないで部屋でそのままふて寝してみたり。


例えば、仕事に行かないで、一日中バーで酔いつぶれたり。


例えば、町にたった一つしかない映画館で上映作品を全部見てみたり。


例えば、朝いちで町を出て、自宅に舞い戻ってみたり。


例えば・・・。





でも、何をやっても、やっぱり結果は同じで。



次の日が来たと思っても。


やっぱり今日のまま。



何を頑張っても、何をどうしても。



次の日。


次の日。


次・・・。




もうどれだけ今日を繰り返したか分からない。



何もかもやり尽くした気がする。



だいたい何か目新しいことをしようとしても、結局、今日一日分だけだし。



何か買っても、作っても、やり遂げても、次の日にはリセットされるから手元に残ることはない。



やったことが積み重ならないって、物凄く虚しいんだな。


しみじみとそう思った。



それで、なんか悲しくなってきて。


何もかもがどうでもよくなってきて。



これ、俺が死なない限り、永遠に続くループなんじゃないかと思って。



だから、もういいやって思った。


こんな毎日なら、死んじゃってもいいやって。



ていうか、死んだほうがましだって。



もう、俺だけがみんなを知ってる世界から、逃げたかった。



だから建物の屋上から飛び降りた。


なのに。



次の日の朝。


いつものホテルの部屋で目が覚めた。


日付は・・・やっぱり今日のまま。



今度は別の方法で死んでみた。


でもやっぱり、今日という日は終わらなかった。



自殺だからダメなのかと、そう思ったから、銀行に押し入って、駆け付けた警官にドカガッてハチの巣にされたけど。



ああ、やっぱりね。


うん、ちょっと予想はしてたよ。



朝、部屋で目が覚めて。


日付は当然、今日のまま。



何をやっても、ループは、止まらない。



今日という日が続いていく。



・・・俺に一体、どうしろっていうんだ。



何をしてもつまらない。


何をしても虚しい。


何をしても手に入らない。


何をしても失わない。



永遠に続く今日という毎日。



なんだろう。


周りにこんなに人がいるのに、これだけの人に囲まれてるのに、世界にひとりぼっちな気がする。



いや、もともと友達とかいないぼっちなんだけど、そういうのとは違って。



ぜんぜん、違って。


もうどうにも寂しいんだ。



寂しいのに。


もう終わりにしたい、のに。



それでもループは続いていく。



もうどうしていいか分からなかった。



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