懐かしく思う理由
「・・・」
ぽかんと口を開けて、突然に現れた彼を見上げた。
彼もまた、じっと私を見返す。
初めて彼の顔を間近で見て、まず思ったのは真っ直ぐな視線の人だなぁってことだった。
目を逸らすことも視線を揺らすこともなく、ひたすら真っ直ぐに私を見つめているから。
だから、まるで心の中を覗きこまれたみたいな気分になる。
かといって、不快だった訳ではもちろんなくて。
何て言ったらいいんだろう。
普段だったら誰も気づかない、誰かと共有するのが難しい、心の奥底にある密かな感覚。
それを見透かされたみたいな、ううん、違う。理解してもらえたような、少しくすぐったい気持ち。
上手く言えないのがもどかしいけど。
これまで他の誰にも感じたことのない、特別な感覚をこの人に感じたのは確かだ。
あれ?
でも待って。
この人、さっき「さすが」って言ってなかった?
あれはどうして?
私が絵を仕事にしてるの知ってるの?
それとも、私の絵をどこかで見た?
「・・・あの、貴方は・・・」
「あ~、あさのおじちゃん!」
どこかで会ったことはありますか? そう口にしようとして。
この辺りの子だろうか。
6、7歳くらいの可愛らしい男の子が、彼を指さして大声で叫んだ。
え? でもどうして「おじちゃん」呼び?
そんな年じゃないよね? いや、でも実は年齢より若く見えるタイプで、ああ見えて30超えてるとか・・・
「・・・おじちゃんじゃねぇって」
あ、やっぱり。
「あさは、ばんそうこうありがとね、おじちゃん!」
「だから、おじちゃんじゃねぇ! お兄さんと呼べ。俺はまだ23だぞ!」
・・・23。
私は誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。
そっか、私と二つ違いなんだ。
なんとなく忘れたくなくて、頭の中にそっとメモしておいた。
「あれ? ロイ、お前まだ絆創膏を貼ったままにしてんのか? もう剥がしても大丈夫だぞ」
貼ったままにしておきたいなら、せめて新しいのに取り替えよう、と言いながら、ロイくんの膝の絆創膏を剥がそうとして・・・逃げられた。
「おい、ロイ。冗談じゃあないんだぞ?」
「やだ! これでいいもん! せっかくおじちゃんがはってくれたのに・・・あ、ねえ! おじちゃんたち、ちかくにひっこしてきたの?」
ここで彼の動きがぴたりと止まる。
「おじちゃん・・・たち?」
おうむ返しのようにそう呟くと、彼はゆっくりと私の方へと振り返った。
私も同じく首を傾げる。
そして、彼は唐突に、かけられた言葉の本当の意味に気づいたみたいだ。
慌てて首をぶんぶんと左右に激しく振ると、真っ赤になってこう叫んだ。
「いやいやいやいや! たちって何だよ、たちって! 別にロクサーヌと一緒に住んでるとか、そういうんじゃない! だいたい俺たちはどっちも旅行者だし、ここの人間じゃないし! そんな・・・ふ、夫婦じゃあるまいし!」
何をムキになっているんだろう。
別に普通に否定すれば済むことだよね?
でも、顔を真っ赤にして慌てる姿はちょっと可愛らしいとは思うけど。
あれ? じゃあこの人も旅行者なの?
それにしては随分とこの町に馴染んで見えたのはどうしてなんだろう。
「・・・あの、この町に滞在して長いんですか?」
「え? いや、来たのは昨日・・・になるかな、一応。ああ、それよりロイ、せっかくまた会えたんだし、ちょっと俺と遊ぶか?」
「え、いいの? やった~! なにする?」
「そうだな。せっかくの海だし、砂の城でも作るか」
「おしろ? すごい!」
彼は私の方へと振り向いてニコッと笑った。
「ロクサーヌもやる?」
「え?」
「ああ、それともスケッチの続きをしたいかな?」
「・・・ええと、そうね。私はここでスケッチしながらお城づくりを見学させてもらうわ」
「よし。じゃあロイ、あっちに行こう。そうだ。家に戻ってバケツ取って来てくれよ。近くだから大丈夫だよな? そこの角を曲がったとこだろ」
「わかった! ちょっとまっててね、おじちゃん!」
「だからお兄さんだって・・・もう、せめて名前で呼んでくれ。ダン。ほら言ってみろ」
「・・・だん?」
「そ。これからはそう呼んで」
「だん! わかった! じゃあ、ばけつもってくるね、だん!」
「おう。今度は転ぶなよ」
ロイという男の子を見送る目はとても優しくて。
本当。昨日来たばかりの人とは思えない。
家も知ってるんだ。
きっとこの子と昨日も遊んだんだろうな。
・・・ダン。ダンか。
小声でそっと呟く。
じわりと胸が熱くなった。
なんだろう。
どうしてだろう。
名前を聞いただけでどこか懐かしい気がするのは。
なんだか泣きたいような、もどかしい気持ちになるのは。




