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出会い



出会ったきっかけは偶然。


ただなんとなくだと、そう思っていた。



私に出会うために、彼が毎日毎日努力を重ねていたことなんて、その時は知らなかった。


出会った記憶を何度失くしても、彼自身の存在すら忘れ去っても。



彼は諦めることなく、私と出会い続けてくれていたなんて。


そんな大事なことを、私はずっと知らずにいた。







2時20分に駅に着いて、キャリーケースを転がしながら駅前のロータリーに出た。



荷物はあるし、どうしようかな。


目の前の商店街の通りをぐるりと見回し、これからどう動こうかと考える。



キャリーケースにはキャスターが付いてるけれど、三泊四日の予定で詰めた荷物はそれなりの量がある。



うん、決めた。


タクシーに乗って、ざっとでも町の様子を見てみようかな。



乗り場でタクシーに乗り、取り敢えず町でおススメの場所があれば連れて行ってほしいと頼む。風景が綺麗な所とか、有名スポットとか。



「ここは何もない長閑な漁師町だからなぁ。海は綺麗だけれども」



運転手さんはちょっと悩んでからそんな事を言った。



じゃあ海で、と頼んでタクシーは走り出す。



運転手さんは何もない長閑な町、と言ったけれど、私の第一印象はなかなかに良かった。



活気があって、素敵。



まず一番にそう思った。



首都から遠く離れているせいなのか、ゴミゴミしてなくて気分が落ち着く。



空気も澄んでるし、道にごみ屑も落ちてないし。



なんとなく人当たりもいいような気がする。



タクシーに乗る前にちらりと遠目に見えたのは、おばあさんの荷物を持って歩道を渡っていた男の人。


渡り終わるとおばあさんが頭を下げて荷物を受け取っていたから、家族とかじゃないと思う。危ないから横断するのを助けてたみたい。



ああいう光景は都会ではなかなか見られないから何だかほっこりする。



タクシーがすぐ側を通ったせいなのか、すれ違いざまに驚いた顔でこっちを見てたっけ。



「お客さん。あの角を曲がると水平線が見えますよ」


「うわぁ、楽しみ」



私の住んでる所は都会ではないけど、海や山が近い訳でもない。


海水浴だって、四年前くらいに友だちと行ったきりだ。



自然と期待も高まるというもの。



そして角を曲がって、目の前に広がったのは。



「わぁ・・・っ!」



白い砂浜に青い海。


遠い水平線の上には青空と白い雲。



絵に描いたような美しさだ。



ああ。

でもこんな風には、とてもじゃないけど描けないなぁ。



絵を描くのを生業としている私としては、こんな時に感じるのはとてつもない感動と少しの敗北感。


いつだって本物には敵わない、本当の芸術作品は自然そのもので、自分が描いているのはただの真似の様に感じるから。



「ありがとう、運転手さん。ここで降りるわ」



もうちょっと眺めていたくて、そう頼んで降ろしてもらう。



本当は海に足を浸けてみたいけど、今は荷物があるから眺めるだけにして。



少し湿った潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。



「・・・そうだ。せっかくだし」



キャリーケースを開けて、中から紙と鉛筆を取り出す。



「こういうのは気分が乗った時に描かないとね」



私はそこに座り込んで、目の前の風景をスケッチし始めた。



それから、どのくらいの時間が経っただろう。



かなり集中してたから、結構な時間をそこで過ごしていたと思う。


気がつけば、スケッチは二枚、三枚と増えていて。



「・・・さすが、上手いもんだな」



頭上から降り注いだ声に、視線を上げた。




絵を覗き込むようにして斜め後ろに立っていたのは若い男性。


私の絵をまじまじと見つめて、感心した様に頷いていた。



そこで、ふと気づいた。



あれ? さっき見かけた人?



職業柄、人の服装とか容貌とかはよく覚えている方だ。



だからすぐに思い出した。



私のスケッチを興味深そうに見下ろしている男性が、さっき歩道を渡るおばあさんの荷物を持ってあげてた人だということに。



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