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俺の大好きな人



「ええと、つまり・・・貴方は、今日の一日だけをずっと繰り返しながら生きている、とそうおっしゃる訳ですね」



その表情には、信じられないと言う言葉がありありと浮かんでいた。



まあ、当たり前だろう。


普通、頭がおかしいと思われて終いだ。



でも今日はそれで構わなかった。


ただもう吐き出してしまいたい、俺の頭の中にあるのはそれだけだった。



ロクサーヌも不気味に思ってすぐにこの場から離れるだろう。



それもどうでもいい、どうせ今日の一日は捨てたんだ。



なのに。



「・・・じゃあ聞きますけど、例えばこれからこの町で起きることを一つでも言えますか?」


「・・・」



え?



俺は目を数回、瞬かせた。



「これから・・・起きる、こと?」

「はい」



ロクサーヌは頷いた。



「それがその通りに起きたら、貴方の言うことを信じますよ」



気狂いだと罵ることも、さっさとこの場を立ち去ることもせず、証拠を見せてみろと真っ直ぐに俺を見る目は、これまでずっと俺が視界に映してきた大好きな人のもので。



「・・・騙されやすいって言われない?」



つい、そんな言葉が口をついて出た。


その純粋さは、ちょっと心配になるくらいだったから。



「こんな所でポロポロ泣いてる人に、人を騙す余裕なんてありませんよ」



なのに、俺の心配など他所に、ロクサーヌは軽く肩を竦めるだけだ。



「まあ騙されたとしても、それは私の自己責任ですし」


「・・・」


「一つでいいので何か言ってみて下さい。もう長いことこの日を繰り返してきたんでしょう?」


「・・・分かった。じゃあ・・・」



俺は、あの隠れ家バーのバンドメンバーの一人が車の故障で遅刻することを話した。


そのせいで満足する演奏が出来ずに、オーナーに怒られることも。



「なるほど。で、そのバーは二つ先のブロックにあるんですね」



俺はちらりと腕時計を見て、追加情報を口にした。



あと約8分でジャネットがタクシーに乗ってやって来る筈だと。



「分かりました。じゃあちょっと様子を見てきます」



そう言って立ち去るロクサーヌの背中を見送った俺は、ことの成り行きにまだ頭が付いていってないのか、ただぼんやりと座り込んでいた。



やがて10分ほど経過した頃、ロクサーヌが神妙な顔で戻ってきた。



そして、俺の前に正座すると真面目な顔で「貴方の言った通りでした」と言った。



「もしかして、私とも過去の今日に会ったことがあるんですか?」



私の名前を知ってましたよね、と続けられ、胸がきゅうっと痛くなる。



会ったことがあるどころか。



君は俺の気持ちを受け入れてくれた人だ。


大好きだと、笑ってくれて。


恋人になったばかりで。


でも、そんな事を言ったって。



「・・・実は前にも何度か、ね」


「そうだったんですね。じゃあ私の名前の他にも知ってることを幾つか言ってみてください。最後の確認です」



そんなのお安い御用だ。



かと言って、あまりたくさん挙げたら却って不審に思うだろうから、無難なものをニつ三つほど言ってみせた。



納得した、というロクサーヌの表情に、ループを理解してもらえた安堵と同時に、何とも言えない切なさが募る。



そんな浅い付き合いじゃないんだよ、本当は。



そんなの言えないけどね。



ロクサーヌは顎に手を当てて頷いた。



「なるほど。それで、どこかの時点で、また今日の朝に時間が巻き戻ると、こういう訳ですね」


「ああ」


「それがずっと続いている、と」


「そうだ。朝起きると何もかもがリセットされてて、俺が何をどうやっても、全部それは綺麗さっぱり元に戻ってる」


「・・・この事故も、ですか?」



俺は頷いた。



「・・・だいたいは事前に食い止めてるんだ。何回か失敗して事故が起きちゃったけど、ここの所はずっと何も起きなかった」


「・・・今日は」



ロクサーヌは少し迷いながら口を開いた。



「今日は、どうして、その・・・事故が」


「・・・ああ」



何を言わんとしてるのかを察した俺は、自嘲めいた笑みを浮かべた。



「今日はちょっと落ち込んじゃって、どうにも動ける気がしなくて、それでベッドの中にずっと引きこもっててさ」


「・・・」


「まあでも、結局は気になって、こうしてフラフラ確かめて歩いてんだけどさ・・・馬鹿みたいだよな。気になるなら引きこもってんじゃねぇよってはな・・・し・・・っ」



俺の言葉は途中で途切れた。



ロクサーヌにぎゅっと抱きしめられて、驚いて何も言えなくなったから。



強く、強く、抱きしめられた腕に、ほっと安心して。


そこで気づく。


ロクサーヌの肩が微かに震えていることに。



「ロク、サーヌ・・・」


「・・・毎日毎日、誰にも気づかれずに、皆を助けてたんですね」


「・・・」


「次の日には、忘れられちゃうのに・・・」


「・・・ああ」


「寂しかった、ですね」


「ああ・・・」



そうだな。


寂しかった。


辛かった。


でも、何よりも一番に辛いのは。



こんなに心の底を曝け出した君と、また知らない者同士に戻るということ。



愛の言葉を交わし合った相手の記憶から、綺麗さっぱり消え去ってしまうこと。



そんなの、口が裂けても言えないけど。



「ええと、ダンさん、でしたっけ」


「ん? ああ」


「リセットされた後の私にも、また出会ってくださいね」


「・・・は?」



今、なんて?



「明日になったらまた・・・って違う、明日にならないんだっけ。ええと、その、もう一度今日が来たらの話です。必ず私を見つけて、今みたいに仲良くなりましょう。必ず、絶対、協力しますから」


「協力って、何の?」



ここでようやく腕の力が緩んで、ロクサーヌの顔を見るだけのスペースが出来た。



戸惑う俺に、ロクサーヌは至って真剣な顔で返す。



「決まってます! このループから抜け出す方法を考えるんです!」



俺は思わず力の抜けた笑みを溢した。


だってそんなの、もう何度も、それこそ数えきれないほど色々と試してきた。



でも、続いた彼女の言葉には、正直、虚をつかれた。



「次の今日に出会う私も、絶対にダンさんの話を信じますから!」


「・・・どうして」



思わず問い返す。


だって今夜はまだ出会って一時間も経ってない。


俺のことなんて、何にも、まだ。


知らないのに。



「理由は上手く言えないけど。でも絶対です。絶対に私は、ダンさんの味方です」


「・・・はっ」



思わず笑って。

そして同時に涙が溢れた。



どうしようもなく嬉しい。



ロクサーヌは、いつ出会ってもロクサーヌだ。



どんな時でも、俺の大好きな大好きなロクサーヌだった。



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