告白
結局、夕方近くまでベッドに潜り込んでいた俺は、食事がてら外に出て。
よせばいいのに、どうしても気になって普段の足跡を辿った。
ベーカリー、海沿いの道、駅前、薬屋、角の信号、アメリアの家、それから。
あのレストランの前。
ロバートさんが発作を起こす場所。
「・・・」
その光景は予想した通りだった。
割れたガラス窓に貼ったのだろうブルーシートや、衝突で歪んだガードレール。
それからたくさんの血痕。
さすがにもう車とかは撤去されていたけれど。
事故後の傷跡は生々しく残っていた。
少し戻ってスーパーで買い物をしてまた戻って来て。
ぐにゃりと曲がったガードレールの横に座り込んで、スーパーの袋の中から酒を取り出した。
ごめん。
今日はへたれてて、ごめんな。
明日の「今日」には必ず元気になるから。
そしたら、ちゃんとするから。
そんな言い訳にもならない言葉を呟きながら。
俺はぐいっと酒を呷ったのだ。
この町に着いた日を思い出す。
カレンダー上では昨日になっている日のことを。
あれから、どれだけの時間を過ごして来たかな。
・・・なんで、こんな事になっちゃったんだろう。
もう、どれだけの回数を繰り返したかも分からないくらいの膨大な数の今日を、ひたすら生きる日々。
終わりが見えない辛さは、もう感じなくなったと思ってたのに。
「・・・うっ、くっ・・・」
道端だというのに。
人目も憚らず涙が溢れた。
もう限界、そんな言葉をこれまで何度も呑み込んできて。
強くなれたと思っていた。
こんな運命に負けないんだって。
だって死ねないんだ。
止められないんだ。
逃げようがないんだ。
どうやったら、この無限地獄が終わるのかも分からない。
だったら、せめて前向きに生きていこう、そう思ったのに。
へこたれるのは今日のこの日だけ。
明日やって来る今日は、前を向いてちゃんとしようと思ってるのに。
「うう・・・」
涙が、止まらない。
もう、嫌だ。
心が悲鳴を上げかけた、その時。
聞き覚えのある声がした。
「・・・あの、大丈夫ですか・・・?」
俺が間違える筈はない。
だってこの声は。
「随分と顔色が悪いですよ」
俺は声のした方を振り返った。
そしてやっぱり。
そこに立っていたのは。
「ロク、サーヌ・・・」
思わず名前を呟いて。
ハッとして口を噤んだ。
今日は、これが初対面じゃないか・・・っ
「どこかでお会いしましたっけ?」
ロクサーヌは首を傾げる。
その反応に、俺は密かに安堵した。
そうか、今日はもうあちこち回った後だから、誰に会ったかの記憶も曖昧になってるんだ。
俺は涙を拭いながら、適当に駅で見かけたと口にした。
ロクサーヌはそれ以上は突っ込まずに、歪んだガードレールの横に座り込む俺に向かって、事故があったみたいですね、と話しかける。
「お知り合いの方が怪我されたんですか?」
現場に座り込んで泣いていたら、まあ普通はそう思うよな。
だけど、ここは正直に首を横に振った。
「俺も昨日ここに来たばかりなんですよ。だから別に知り合いはここにいないんです」
皆のことは、俺ばかりが知っているんです。
そう付け加えたのは心の中だ。
「そ、う・・・ですか。すみません、プライベートな事を。その、泣いてらしたので」
「・・・ああ。普通そう思いますよね」
その時、俺はまだちゃんと立ち直れてなかったのかもしれない。
それに、もう夜も遅かったから、どうせあと何時間かでこの日の分の今日は終わる、そう考えて気が楽になっていたのかもしれない。
変な人だと思われてもいいや、今日は。
そう、思ったから。
「今日は見捨ててしまったんだよ・・・助けに行ってあげなかった。自分のことでいっぱいで・・・」
「え・・・?」
もう、自分一人で抱えているのは限界だった。
だから。
「・・・俺ね・・・」
打ち明けてみようと思ったんだ。
俺だけが嵌ってしまった無限ループのことを。




