今日だけは
これまでの経験からすると、この町の人たちの行動は、俺が介入しない限り変わる事がない。
だから俺が何かしない限り、それまでの出来事は必ず起こるのだ。
だけどロクサーヌだけは違う。
彼女のその日の行動は必ずしもパターン化されていない。
観光や買い物、食事のルートも日によって変わっていく。
下手をすると滞在先まで変わる始末だ。
これはきっと、ロクサーヌがこの町の人間ではないせいかもしれない。
俺もイレギュラーだけど、ロクサーヌも同じイレギュラーなんだろう。
ロクサーヌの行動で、ひとつだけ確定しているのはこの町への到着時刻。
2時20分着の列車でこの町に来るということくらいだ。
「はあ・・・」
俺は溜息を吐きながら、ホテルの天井を見上げた。
時計の針は、もう朝の9時を回っている。
この時間じゃローレンのゴミ拾いも手伝えないし、ジェイの膝に絆創膏も貼ってあげられない。
というか、ロン爺ちゃんのインタビューも、もう間に合わないだろう。
でもいいや。
今日は何だか、もう全部がどうでもいい。
ハウスキーピングも断って、今日は一日ここに籠りたい気分だ。
「なんで今さらショックを受けるかなぁ・・・」
随分とタフになったつもりだったのに。
こんな気分になるのは、もの凄く久しぶりだ。
アメリアやロバートさん、レミー夫人やショーンさん、テオやレックスの顔を思い浮かべる。
俺が助けてあげなきゃ皆が困ったことになるんだぞ。
そう自分に言い聞かせても。
本当に?
そう聞き返す自分がいるんだ。
どうせ助けたって、明日の今日が来ればまた同じことの繰り返しなのに?
「・・・ちくしょう」
分かってる。
こんな気分になるのは。
こんな気分になるのは、昨日になった今日、俺がロクサーヌに告白をしたからだ。
そしてロクサーヌが。
ロクサーヌが俺を受け入れてくれたから。
「嬉しい。私もダンが大好き」
そう言って、ロクサーヌは俺の胸に飛び込んできてくれた。
・・・未練がましい。
一度でいい。
告白できればそれで、なんて。
さも悟りきった風なことを言っていたくせに。
いざ互いの気持ちを確かめ合ってみれば、ループして、また顔も知らない赤の他人同士に戻ってしまった事実に耐えられないときたもんだ。
チンピラみたいだった俺が、こんなになるとはな。
「・・・キツいなぁ」
ぽつりと弱音がこぼれてしまう。
「せっかく恋人同士になったのに、また初対面からやり直しとか」
頑張っても、頑張っても、いつも最後には俺だけが好きでいる状態に巻き戻る。
こんなプロセスが、この先も永遠に続いていくんだ。
分かってたくせに。
ああ、分かってたよ。けど、さ。
「今日はちょっと・・・無理、かも」
俺が行かなかったら困る人たちがいる。
ロバートさんは死んでしまうだろう。
事故に巻き込まれた人たちも、何人も怪我を負うことになる。他に死者が出るかもしれない。
アメリアだって。
俺が受け止めてやらなきゃ、母親が流産する危険がある。
ショーンさんもだ。
あのままだったら、車道に転がって轢かれてしまうんだから。
テオやレックスたちだって、ピアノの代役がいなきゃ、きっとあの仕事をクビになるだろう。
それに・・・
次から次へと思い浮かぶ町の人たちの顔に、俺は大きく息を吐き、思考から追い出した。
駄目だ。
分かってる、皆が困る。
それでも、どうしても。
何度、自分に言い聞かせても体が動かない。
今日は、今日だけは、ただこのベッドの中に引きこもっていたい。
ロクサーヌにも、笑って会話が出来る自信がないから。
今日は、会えない。会わない方がいい。
会った途端に泣いてしまいそうだ。
ブランケットを頭の上まで引っ張り上げる。
・・・そうだよ。
何も俺が助けてやらなくたって。
どうせ明日の今日になれば、全部リセットされるんだ。
俺がやったことなんて、ただの自己満足。
助けても助けなくても、結果は何も変わらない。
無意味な行為なんだから。
俺は目を瞑った。
ごめん、皆。
ごめん、ロクサーヌ。
明日の今日になったらまた行くから。
必ず、また皆を助けるから。
次の今日には、必ずまた話しかけるから。
だから今日だけ。
今日だけ、感傷に浸らせてくれ。
気持ちに整理をつけるから。
ロクサーヌと、ちゃんとまた赤の他人から始めるから。
「・・・っ」
それでも。
告白しなきゃ良かったとは思えないんだ。
だって、あの時のロクサーヌはもの凄く可愛かった。
--- 嬉しい。私もダンが大好きよ ---
ああ、俺もだよ。
世界で一番大好きだ。
でも。
あの時、俺にそう答えてくれたロクサーヌはもういない。
今日のロクサーヌは、まだ俺に出会ってもいないから。
涙が、静かに頬を流れた。




