幸せは、掌からこぼれ落ちていくような
ああ、久しぶりに死んでしまった。
・・・結局、また「今日」に巻き戻るだけなんだけど。
大きな溜息をひとつ吐く。
でも良かった・・・死んだのが俺で。
昨日という名の「今日」、いつものお助けボランティアをこなしてからロクサーヌとの出会いを果たした。
最近は出会い方も慣れてきたものだ。
これまでにいくつかやってきたパターンのひとつで知り合って、二人で美味いもの屋とか景色のいい所とかをあちこち回って・・・
「油断、してたよなぁ」
もう何度も何度も一緒に今日という日々を過ごしてきた。
そのどれもが楽しくて大切な思い出で。
だから、まさかあんな事が起きるとは思ってもいなかった。
ロクサーヌが。
ロクサーヌが崖から落ちるなんて。
咄嗟に腕を掴んで引っ張り上げた。
でも足の踏ん張りが足りなくて、引っ張った反動で俺が代わりに落っこちて。
それで多分、死んだんだろうな。
全身打撲とか、頭蓋骨骨折とか、きっとその辺りで。
その後の記憶がなくて、今朝になってるから多分、間違いない。
「はあ・・・」
ロクサーヌを助けられたのは良かった。
それは後悔していない。
だけど。
ロクサーヌは泣いたかもしれない。
あの優しい子は自分を責めたかもしれない。
ロクサーヌの命を助けられたからと言って、結果、あの子を泣かせたら意味がないんだ。
「自己満足で終わらせちゃダメってことだよな」
・・・うん。
俺は大きく頷くと、早速今日のルーティンに取りかかった。
どうせ今日しか生きられないんだ。
だったらせめて。
今日だけは皆を笑顔にしてやりたい。
俺の全身全霊をかけてでも。
それが、こんな運命を課せられた俺の、せめてもの意地だから。
今日もまた新たに決意を固める。
そうして俺は、町へと飛び出した。
「ふふ、何だか不思議です」
「ん? 不思議って何が?」
今日のロクサーヌと出会ってから三時間半後。
シンディの店でパンとコーヒーを頼んで、外のテーブルで食べている時、そんな言葉をロクサーヌが口にした。
「ダンさんのことですよ。なんだか一緒にいると落ち着いて、もうずっと何年も傍で過ごしてきたような、そんな気がするから」
「・・・へぇ、そうなんだ。それは光栄だな」
そうだよ、ロクサーヌ。
もうずっと。
俺にあるのはこの日だけだけど。
それでも、どれだけの時間を君と一緒に過ごしてきたことか。
「ダンさんと会ったばかりでこんな事を言うなんて、自分でも変だと思うんだけど。なんだろう、ダンさんを見てると安心する? うーん、何て言ったらいいのかしら」
首を捻って一生懸命に考え込む姿が、可愛くて仕方ない。
「無理に言葉にしなくていいよ。言いたいことは分かるし」
俺は答えを知ってるけどね。
君に教えてはあげられないんだ。
「私の言いたいこと、分かってくれるんですか?」
ロクサーヌは眩しそうに目を細める。
「もちろんだよ。だって俺も同じことを思ってたからな」
「本当?」
「本当だよ」
嘘じゃないよ、ロクサーヌ。
本当にそう思ってる。
君と一生を共に過ごせたらって。
ロクサーヌ。
嬉しい、と笑う君の笑顔は眩しくて。
俺はそっと目を逸らしてしまう。
幸せなのに、掌の上に乗せたそれは、サラサラといつの間にか零れ落ちていくんだ。
ああロクサーヌ。
君の時間が巻き戻らなければいいのにな。




