彼の夢
夢を見ていた。
彼女が子犬とじゃれている。
子犬は、君の誕生日に自分の小遣いを奮発して買ったものだった。
少しばかり値が張ったが、この笑顔が得れるのなら何個でも買うものだ。
「ねえ、見て! わん介が私の頬をなめてる。くすぐったい!!」
この犬の名前をわん介にしようと言ったのは君だった。
初めて、この犬が家に来たときに僕らが話していたときに
「わん!」
と鳴いたからだそうだ。
彼女らしいネーミングセンスで思わずくすりと笑ったものだった。
こいつが来てから家が少しさらに暖かくなった気がする。
外では雪がちらつき始めていた。
場面が変わった。
「寒いね」
と君は言った。
気づけば僕は初詣で県内随一の神社に来ていた。
ときは大晦日。
元日の零時零分を今か今かと待ち受ける大勢の人で神社はごった返していた。
僕は君と凍える寒さの中そのときを静かに身を寄せて待っていた。
雪が降っていた。ちらちらと降る雪がとてもきれいだ。
鐘が鳴った。
もうすぐ、零時零分になる。
「今年もよろしくね」
僕はくすりと笑う。
「まだ年は明けてないよ」
「年明けるより前からずっと考えていたからいいじゃない」
「なにそれ」
と僕は少し笑った。
そういうたまによくわからない君のことが僕は好きだった。
新年になる。
次の一年も君の隣にいることを許してくれますか。神様。
まだ、お賽銭を投げるまではそこそこ遠かったが、僕はそう願わざるにはいられなかった。
また、場面が変わった。
今日はバレンタイン。
女子からチョコがもらえる日。または、恋人からの愛を確認できる日とでもいえばいいか。
家に帰るとチョコの匂いがほのかに香る。
「おかえり!」
彼女はいつもより機嫌がよさそうだ。
「まだ、作っている途中なの。少し待ってくれる?」
そう彼女は言った。
暇だと認知したのだろうわん介が僕に
「わん!」
と鳴きながらじゃれてくる。
わん介とじゃれているうちに出来上がったようだ。
彼女はテーブルに運んでくる。
「チョコレートケーキ!」
思わず僕は声に出して言ってしまった。
「上手くできてるかわからないけれど……」
恥ずかしそうに彼女は言う。
元々、彼女は料理は得意な方ではなかった。
「私、料理はしないつもりなの」
と最初は言っていたのに。
台所を見る。
たくさん練習したのだろう“跡”が見えた。
ケーキにフォークを入れる。
食べるとチョコが口いっぱいに広がった。甘くて少しほろ苦い味。
「おいしいよ。すっごく」
彼女は不安そうな顔から満面の笑みを浮かべた。
僕の肩にもたれかかってくる。
彼女はいつも甘えるときはそうだ。
僕は少し君の頭を撫でた。わん介を撫でるような優しく。
相も変わらず外は青く冷たそうだっただが、家のなかはほかほかだった。
外はごうごうと吹雪いていた。
目を覚ました。
思わず周りを見渡す。
僕以外には誰もいない。
今までのは夢だったのか、と僕は愕然とする。
昨日までの出来事のように感じることばかりだったのだが……。
幸い今日は休日だ。
どこにも行く用事はない。
だから、今は少しこのままいさせてほしい。
ゆっくりとまた僕は横になる。
季節は冬だった。
気象情報では寒くなると言っていた。
けれども、この街には雪は降らない。
そう思うとなぜだか泣けてきて一人嗚咽した。
雪は降ることなくどんよりと曇っていた。