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8/22

君のためなら俺は苦手な喧嘩だってする

 デートの次の日、彼はいつもと変わらぬ様子で元気にピカピカと挨拶したが、実際、昨日は荒れに荒れ「俺は阿呆だ、俺はバカだ! 待てのできる男のはずなのに、つい手を伸ばしかけた! 紳士にあるまじき行為!」と友人においおい泣きつき、そのまま夜を明かしたのだった。

 が、彼女の前では格好つけたい男心、一つも昨日の変な感じを引きずっていませんよ、というような顔をしてみせている。

 アンナはそれにほっとしつつもどこか複雑な気がした。

 が、気にしないことにした。

 それよりも、両親への手紙やマシューとマリアのことがあった。

 教室に行くと、アンナの友人たちがニヤニヤこちらを見ている。ハリスは質問される前に「御機嫌よう! 昨日はすっごく楽しかったんだ! サーカス小屋の近くのゲーム小屋を制覇して、サーカス見て木馬に乗ったんだぜ。もうめっちゃくちゃに楽しかった! 本当はどこかに飯に行きたかったんだが、ほら、夜だしってんで戻ったんだ。次は食事にも行けるように頑張るぜ」とハキハキと言い放った。それになぜか、アンナは恥ずかしくなって、目線を下げて「そう……」とだけぽつり。

 ハリスはポリと頬を掻き「そんなわけだから、順調に口説き落としてる」とはにかんで見せ、友人とクラスメートはなんだか胸が痒くなった。

 そんな中でマシューだけは、苦そうな顔をしていた。

 こっちは後回しで先にデートを楽しんだだなんて! まあ、確かに僕もひどいことはしたけど、こっちの方が重要じゃないか……、だなんて思っていた。マリアの方もどこか複雑そうにその様子を見つめていた。なにせそろそろ春休みで、焦っていた。春になると、簡単には会えなくなってしまう。そうなると、破棄に関してのことが遅れるか、もしくはなかったことになる。それは嫌だった。

 いつもなら、その様子に気がつくハリスではあるが、昨日の名残りかそわそわとした気持ちがして気がつくことができなかった。彼女の方もいつも通りに取り繕うのに精一杯だった。

 そうして、周りと二人がそわそわしている内にベルが鳴った。

 休み時間毎に来るハリスはいつものように飛んでやってきて、アンナはなぜだかホッとした。ハリス的には、昨日の、あの手を伸ばそうとしてしまったことへの戒めをするべくゆっくりと行きたかったのだが、友人たちに尻を蹴飛ばされて走らずにはいられなかった。

 あの手を伸ばしたということが、ハリスにとってはショックだった。

 自分は待てのできる男だと思っていたのに、まだ破棄の完了していないアンナに触れようとしてしまった。いや、今まで散々、手を伸ばしたり肩を触ったりしていたが、昨日のあれは違う! なにがどう違うって、下心が入ってた。確実にあれは伸ばしちゃいけない意味の手だった。まだ、待たなきゃいけない手だった……。

 そう、反省しているのだ。

 彼女に対して誠実でいたい、彼女の気持ちを一番に考えたい、などと考えている彼にとっては、本当に些細なことではあれどショックだったのだ。

 泣きつかれた友人たちからすれば、それぐらい別にいいだろ! というものなのだが、彼にとってはそうじゃなかったのだ。

 彼は気まずいと思いつつも、それを出せば、彼女は多分傷つく、それはそれで嬉しいけど、それはいけない…といつも通りを気取っているのだ。

 アンナはうまいこと気がついてないらしく、昨日ので、なにかがほぐれたのか、いつもより笑顔を見せるようになっていた。

 それは純粋に嬉しく、ハリスは浮かれんボーイになりかけたが、昨日のことを考えて戒めた。

 が、結局のところ、嬉しいが勝って、にこにこしまくっていた。

 休み時間は、いつも彼がすっ飛んで来るが、放課後になると帰る準備もあって、少し時間ができる。

 マシューは、破棄への協力の話をするために、彼女に話しかけた。

 よほど昨日は楽しかったのか、前よりも敵意の薄れた、しかし冷たい目でアンナは彼を見上げた。

「話があるんだ。どこかで話せないか」

「……いいけど」とちらりとマリアを見れば「彼女も一緒だ」と答えた。

「わかったわ。屋上で話しましょう」

「ああ、ありがとう。先に行ってるよ」と二人は教室を出ていった。

 彼女は少し考えた後、これは自分の問題だからハリスを呼び出したくないと思い、友人に「屋上に行って来るけど、待っていてってハリスに言っておいて」とだけ言って、屋上に向かった。

 屋上は寒い風が吹いており、いたのは二人だけだ。

「マシュー、寒いから、さっさと用件だけ言ってちょうだい」

 ムッと「……僕らの、いや、マリアの話はどうなった?」と聞いた。

「それは、もう少し待ってちょうだい。私だって、いろいろあるの」

「いろいろあるのに、あの犬みたいな彼と出かけるの?」

「いろいろあるから出かけたの」と睨みつけた。

 それを止めるように「アンナさん、マシューの言い方は悪かったかもしれないけど、わかってください。そろそろ春休みに入るから、だから……」と彼の肩を持つようにそっと腕に触れた。その手を上から握り締め「わかってくれ、アンナ。頼む」と辛そうに言う。

「わかってくれって言ったって、一方的すぎるわよ。あなた、何を言ってるのかわかってるの? たしかに、まだ婚約状態は続いてるかもしれない。でも、あなたは私に破棄すると言ったの。だのに今度は協力しろ? 頼む?」

「悪いとは思ってる」

「どうかしら、本当は思ってないんじゃないの? 私、なんだかんだで悪い婚約者だったみたいですし」

「そんな! 君は、気もきくし、賢かった。いい婚約者だったよ」

「だったら……いいえ、今更よ」と彼女はふっと笑った。

「アンナ……」

「マシュー」とキリリと彼女は「あなたと私はもう関係ない他人よ。婚約者じゃないの」と言い放った。それに手を出しかけていた彼は引っ込め「わかってる」とつぶやいた。

 マリアはマシューを信じていたが、やりとりを聞くたびにずきずきと心が痛んだ。

「……君、一体、なにしてるんだい。マリアには協力するんだろう? その時間があるはずだ」

 それに彼女は「あなたが破棄しなきゃ、そもそもこんな両親への報告で悩んでない!」と叫びたかったが、歯を食いしばった。

「昨日のデートは楽しかった?」

「…ええ」

「彼のことを好きになった?」

「あなたに関係あるの?」

「あるさ」

「なんで」

「それを理由にできる」

 彼女はカッとして、マシューをひっぱたいた。

「私、あなたと同じじゃないわ! それに彼だって、そうよ! ハリスは、あなたと違って誠実に接してくれてるわ。婚約者がいながら、こそこそ恋人なんか作ったりしない!」

「しょうがないじゃないか!」

「なにがよ……! どれだけ私が屈辱に思ってるのかわかってるの? 悔しくて悲しくてやりきれなくて! あなたになにがわかるっていうのよ!」

「知ったことか! 好きになってしまったんだ、しょうがないだろう! 君なら、わかってくれるとおもってたんだ。だって、あの遊び人の父親と兄がいるんだ、理解があると思った」

「あるわけないじゃない。父と兄をバカにしないで。遊び人だとしても、あなたみたいに不誠実な真似はしない。隠れて恋人をつくる真似はしない、一線はちゃんと引いてるし、母や義姉をぞんざいに扱ったりしないわ」

「僕がいつ、君をぞんさいに扱ったっていうんだ」

「いつですって? 私に隠れて、彼女と結婚しようって決めた時よ。私になんにも言わずに、それだけ決めて、パーティーで言うだなんて……。今だってそうよ。惨めな思いをしてる私にさらに惨めになれって言っているようなものじゃないの」

「そうは言ってないだろ。被害妄想がすぎるぞ」

「被害妄想ですって?」と睨みつけた。

「そうじゃないか。僕は君に惨めな思いをさせようと思って頼んでるわけじゃない。ただこれからのために頼んでるんじゃないか。もしも、破棄がないことになったとしても、君も僕も幸せになれない。だったら、協力するべきだろ」

「……あなたが、他に目移りしなければ、そもそも、こんなことにはなってない」

「仕方がない、運命だったんだ」と彼はマリアの手を握った。

「マシュー……」と見つめ合う二人を見て、クラリとした。

 そうか、自分が一生懸命奪還しようとしている間、二人はこうして見つめあっていたわけか。

 あの当時の光景をまざまざと見せられているようで、憎たらしく悔しく、それになによりやりきれなかった。

 だから、彼女はマリアの手を引っ張って、離し「あなたもあなたよ。散々言ってきたけど、人様の婚約者をとって。なにが恋よ、なにが運命よ! 卑怯だわ、残酷だわ! 人間だったら、我慢しなさいよ!」と怒鳴りあげた。

 マリアは目を見張って、ポロリと涙を流した。

「私、あなたのそういうところが嫌いなのよ! すぐに泣く。泣けばなんでもすむと思ってる。誰かが助けてくれると思ってる」と頬をぶって「あの時よりも、今が一番ムカつく」

「アンナ!」とマシューが手首を強く握って「マリアになにをするんだ!」と睨みつけて叫んだ。

「ひっぱたいた。人様の婚約者をとって、平然と笑って、私に頼み込むのよ?」

 バシッと頬がジンジンと痛んだ。

「叩いたわね」

「マリアを叩いた分だ」

「心底、惚れてらっしゃるのね」

「ああ」

 プッと頬に唾を吐きかけ「クズ」と一言。彼は手首を乱暴に離して、頬をぐいっと拭った。

「マシュー、私、これでもショックだったのよ」

「そうかい」

「マリアさん、私、確かにあなたを認めてはいる。でも、自分でなんとかしないで人に頼み込むあなたは大嫌い」

「アンナさん……」

「……ねえ、私、両親になんて言えばいいのよ。まだ報告もしてないのよ。情けないし、両親には申し訳ないし、迷惑をかけるかもってなんにも書けないの。もう、無理よ。私、あなたたちには、やっぱり協力できない。するって言ったけど、無理よ」

「しかし…」

「無理なの!」と彼女は叫んだ。

 屋上は静まり返り、生徒たちの笑い声が聞こえる。

 ガンと屋上のドアが開き、怖い顔をしたハリスが立っていた。

 彼は待っていろと言われたが待たずに屋上に向かった。向かった先で、アンナとあの二人がしゃべっているのがわかった。すぐに出て行こうと思ったが、少し考えて様子を見ることにした。

 待っていろ、と言われたそのことに意味はあるのでは、と思ったのだ。だから、ドアの近くでじっと彼女たちの言い合いを聞いていた。何度も出て行きそうになった。だが、耐えた。彼女が立ち向かおうとしている気がして、自分が入ってはいけない気がして待っていた。

 無理なの! という言葉に限界を感じた彼は、ドアを蹴破るようにして出てきたのだ。

 ずんずんとアンナの元に行き、背中で隠すようにして、マシューとマリアに向かいあった。

「俺の出る幕じゃないし、あんたらの問題だが、言わせてくれ。そもそも、協力しろってのがおかしいんだ。マシュー、それからそっちのあんたがしたことはそもそも間違ったことだし、しちゃいけないことだ。でも、もう、そこは終わっちまったことだからとやかくは言わない。俺にとっちゃありがたいことだったのは確かだからな。

 だが、あんた、彼女に惚れ込んでるんだってなら、自分でなんとかしろよ。彼女に頼みこまずにさ。アンナが言ってた通り、あんたもだ。あんたも、自分でなんとかしろ。彼女のことを考えたことがあるのかよ、二人共。ここで一番傷ついてんのは彼女だ。

 彼女があんたをいじめたってのは知ってる。噂で聞いた。あんたも辛かったかもしれないがな、そもそも、人のものにちょっかいかけるのが間違いだったとは思わないのか。傲慢すぎる、強欲すぎる。俺は我慢してた。困らせないようになにもしなかった接触もしなかった。

 なあ、もしも、俺が彼女をとってたら、どうだった? あんた、悪くないのに理不尽に破棄されて、それを両親に言えば叱られる。家の存続や同盟だのの話が飛ぶ、政治的なものがパアになる。それで困るのは親兄弟に俺たちだ。それを言いづらくて先延ばしにして悩むのは当たり前の話だ。だというのに、そっちはそれを考えずに、まだか、まだか、と吊り上げる。

 了承した時、正直、驚いたぜ? 普通は断るところだ。あんたには協力してやってもいいと言ったけど、はっきり言って、あれは虚勢だったし、本当は断りたいところだったろう。それを了承したんだ。ありがたく思うところを、わかってくれとは酷な行い。彼女の怒りは至極真当だ。

 あんたらのお願いや頼みはそもそも無理な話だったんだよ。筋が通ってない。彼女がたとえ、まだ婚約者であったとしても、手紙であんたが叱られたとしても、巻き込むべきじゃない。残酷すぎる行いだ。なんで破棄するなんて言った相手の婚約の手伝いをしなきゃならないんだ。そんなこと俺ならいやだ、無理だ。最初から断る。まあ、何か考えがあって了承したんだろうが、それを考えたとしても途中で無理だってなるのは当然の話だ。そうは思わないか?」

「確かにそうだ。彼女の気持ちを考えていなかった。それは悪かった……」と頭を下げた。

「しかし」と言った時、ハリスの眉間に少しシワができた。マリアは彼がまだ頼み込もうとしているのが分かったが、それを止める気はなかった。

 ハリスにそう言われたとしても、しおらしく泣きべそを浮かべていたとしても、なんだかんだで彼女はしたたかであったし、好きな人が自分たちのために必死になってくれているのを嬉しく思っていた。

「彼女は請け負ったんだ、やるべきじゃないか? 責任感がない」

「なに?」

「それに僕らの方も考えて欲しい…!」とさらに頭を下げた。

 マリアも一緒に下げた。

「ふざけんなっ!」

 二人は驚いて身を起こし、彼の顔を見て青ざめた。鬼よりも恐ろしい顔で睨んでいた。

「責任感がないだって? やるべきだって? 僕らの方も考えろだって? あんたら勝手すぎるぜ! 俺、さっき言ったじゃねえか! そもそも頼み込むのがおかしいって話をよ! アンナはもういっぱいいっぱいなんだよ。てめえらが彼女をどう思ってるか知らねえけどな、無理だってんだよ。

 責任感だって? そもそも、てめえの頼みごとは断られて当然のものなんだよ。勝手に好き放題言って、頼んで吊り上げて振り回して……。いい加減にしろ! てめえらの方を考えろなんて図々しすぎる!

 破棄するっててめえで言ったんだから、自分でどうにかしろ! もう彼女に頼むな!」

 マシューは青い顔で彼を見上げ、マリアは泣いて「ごめんなさい」とつぶやいた。

「……行けよ」

 それにマリアはすがるように彼の目を見た。

 さらに目を釣り上げ「行けってんだろ!」と怒鳴り上げた。

 マシューは彼女の手を取って、無言で、しかし慌てたように逃げ去った。階段を降りる音がくぐもりながらも響いて聞こえた。

 屋上には、二人だけになった。

「……アンナ」

 それに彼女は答えるように背中のシャツを握りしめ「風が、冷たいの」と掠れた声で言った。

「屋上だしな」

「しばらく、風除けに、なって……」

「ああ、風が止むまでなるさ」

 ひっくと喉がひくついて、今まで流すまいとしていた涙が流れ、地面にポタポタと跡を残していく。ウッ……と時折、声を漏らしながら、シャツをきつく握りしめた。

 背中に涙をつけてもいいのに、と彼は思ったが、なにも言わなかった。ただただ、突っ立って風避けになっていた。


 もう随分と泣き、体がふやけたように熱くだるく疲れていた。ハリスの方も足が痛かった。

「ありがと……」

「ん、気にすんな。とりあえず、座ってもいいか?」

「ええ」

 彼が座ると、彼女も背中側に座り込んだ。

 泣き顔を見られたくないのか、それともただたんに落ち着くのか……。

 悩みつつも「なあ、そっち向いてもいい?」と彼は聞いた。

「いいわ、ひどい顔してるだろうけど」

「気にしない。アンナはいつでも綺麗だ」と振り返り、向き直り「ほら、綺麗だ」と赤い瞼を親指で拭った。

「俺さ、実は喧嘩とか言い合いとかに慣れてないんだ。ていうか、苦手……。でも、さっきのは我慢できなかった。アンナが限界なのに、理解しようとしない。それが嫌だった。悪い、なんか、出しゃばって」

「ううん、あの時、きてくれてほっとしたわ。きっと、きてくれなかったら、二人の前で泣いてたから。私、それだけは嫌だったの。だから、ありがとう」

「へへ、いいんだ。俺、ヒーローみたいだった? かっこよかった?」

「かっこよかったわ」

 それに彼はニカッと笑って、彼女の赤くなった指先を触って「すごく冷たいじゃないか」と今度は心配そうにした。

 ハリスの手は暖かく、今更ながら、やっと寒さを感じた彼女はブルリと身体を震わせた。

「寒いんなら、中に入ろう」

「いや」

「え、でも寒いだろ」

 それに彼女は彼の膝を割って、内側にちょこんと座り「こうすれば寒くないもの」と膝に顔を埋め「まだ、学校の中に入りたくないの……」とくぐもった声でつぶやいた。

「そっか。……あの、寒いだろうからってので、決して下心があるわけじゃなくて」と長い言い訳をし始めたのを遮って「寒いから抱きしめて」と彼女が言い、ハリスは「はい……」と真っ赤になりながら答え、腕をできる限り触らないように巻きつけた。

「あったかい」

「俺、体温高いんだよ」

「いいわね、人間湯たんぽ」

「アンナのためならいつでも人間湯たんぽになるぜ」

「まあ、嬉しい…」

「なあ、アンナ」

「なに?」

「もしも、だけど、まあ、ないだろうけど、またあいつらになんか頼まれたりしても引き受けちゃダメだぜ。あと、なんかあったら俺に言ってくれ。ほら、俺の強面、使わないと損だろ?」

「ばかね」

「小テストの点数見たでしょ?」

「それとは違うの。ハリス、今日は、本当にありがとう」

「いいって」

「私、今日ね、言いたいこと言えてスッキリした」

「ただたんに限界がきてたんだろ。まあ、普通に考えて無理だってなるのは当たり前の話だしな。俺、本当に驚いたんだぜ? よっぽど止めようかと思ったが、一応、アンナとマシューの話だから……」

「ええ、ありがとう。それにしても、私がマリアさんをいじめてるって知って、幻滅しなかったわね」

「するわけないだろ。俺は正直自業自得だって思ったし、あれくらいで済んでるのを喜ぶべきだと思ってた。普通なら、親に願い出て、あれこれとやってもらうところを、自分でどうにかしようっていうんだから。普通にすごいなって思った」

「ま、そうなの?」

「だいたいみんなそうだと思うぜ。うちのクラスの女子が「私だったら親に言いつけるけど」って言ってたし」

「へえ……」

「アンナはしなかったんだな」

「……言ったけど、自分で取り返すって言ったの。ダメだったんだけどね」

「そのおかげで俺は今こうできるわけで」

「ばかね」

「馬鹿でいいや、俺」

「……ね、寒くない?」

「寒くない。むしろ、ぽっかぽか。春が来てるって感じ! 正直、今、最高な気分。さっきの怒り疲れたのが吹っ飛ぶくらい、もう最高!」と万歳して、元の位置に戻して「でも、これ、大丈夫か? 俺、一応、線引きしてんだけど」

「大丈夫よ。誰もいないもの」

「おいおい、あいつらと同じじゃないか」

「まあ、あなたと私、付き合ってたかしら?」

「うっ、それを言われると、悲しい……」とがっくりうなだれた。

「これは、友達だから許容してるの」

「…本当にぃ?」

 彼女は振り返って「そうよ」と真面目に言ったので、彼は再度うなだれた。

「さてと、もう寒くなっちゃったし、帰りましょ」と腕を外して立ち上がった。

「今日はあったかいもの食べて寝ろよ。風邪、ひいたら俺、心配で死んじゃうから」

「あら、あなたも気をつけなきゃよ」

「へへ、ありがと。アンナに心配されると嬉しくなっちゃうな! いっそのこと、風邪になって看病に……。あ! ダメだ! 他の野郎がいる! 絶対にダメだ! 俺、風邪ひかない。安心して」

「え、ええ……」と二人は誰もいない教室に戻ってカバンをとって、寮に帰っていった。

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