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デートしようよ!

 今日も朝から彼は出迎えており、まるで大型犬のように回りをうろうろニコニコしながら、楽しそうにクラスまでやってきた。チャイムがなる瞬間まで、彼はじっとそこに居て、彼女と喋り続け、バタバタと自分の教室に入って行った。

 休み時間毎に来るかと思いきや来ず、クラスで友人と談笑して笑い転げていた。

 彼女はなぜかムッとしたが、気にしないことにした。

 昼休みになると一目散にやってきて「飯食いに行こう!」とピカピカの笑顔でそう言った。ついていきたそうにしている人に「悪いが口説き落とすまでは待ってくれ! いや、口説き落とした後も断るんだが……」なんて言って、彼女を奪い去るかのように食堂に連れ去った。

 そうしてご飯を食べている最中に「ん!」と思い出した! というように目を見開いて「休み時間も会いに行っていいか!」と聞いてきた。

「いいわよ」

「よしっ! あ、そうだ、あとで見せたいもんがあるんだ! それは何を隠そう、小テストの結果だ。なんと全部満点」とピース。

「おめでとう」

「へへ、ありがと」と言った後、なにかを期待する眼差しでハリスはじっと彼女を見つめた。

 なんだ褒めればいいのか? と彼女は「すごいじゃない」と微笑んだ。

 それに嬉しそうに、へへ、と笑った後「だろ? 俺の努力さ」と自慢気に胸を反らせた。

「ケヴィン、相当頭が良かっただろ? そんでさ、昔、その兄さんの頭がよくてかっこいいって言ってたから、俺、頑張ったんだぜ?」

「まあ、そうなの?」

「今も昔もアンナにかっこよく思われたいんだ。どうだい、俺、かっこいい?」

「かっこいいんじゃないの?」

「やったー! へへ、そう言われると、すっごく嬉しいぜ、お世辞でもな。そういや、ケヴィンは元気?」

「元気に遊びまわってるわ。話したっけ、お嫁さんもらったって」

「話してもらってないけど、知ってる。おめでとう」

「ふふ、ありがとう」

 と、もぐもぐ昼食を食べていると、後ろから突然「あの」と声がしたものだから、彼は目を見開いて後ろを向き、アンナは固い微笑みを携えて声をかけてきた女生徒の顔を見た。

「マシューがアンナさんにお話がって」と言った後、小声で「破棄のことで……」とぼそぼそ。

 マリアの顔が近いので、ハリスは椅子をずらして遠くに移動した。アンナはそれがなんとなく嬉しいような気がした。が、ともかく、目の前の彼女である。

「ええ、いいけれど、私、食事中なの。それなら、もう少し前に誘ってもらわないと困るわ。今度にして」

「でも、すぐに行っちゃったから」

「おいかければいいじゃないの」

「足が速いし、後でもいいかと思ったの……。その、じゃあ、そっちに行ってもいいですか」

 アンナは思案顔で、嫌だと言えば、この食堂でじろじろ見ている人たちになにを言われるかわからない。しかし、かと言って、食事の席を同じくしたくない。本心を言えば角が立つ、言わずにおけば苦しい。困ったな、と彼女は曖昧に微笑んだ。

 それを見て居たハリスが一際大きな声で「悪いが!」と彼女の肩を抱いた。

「俺、今、彼女を口説き落としてる真っ最中なんだ! 申し訳ないが、そういうのは後にしてくれ。邪魔をするなんて野暮だぜ」

「え、で、でも……」と彼女はちらりとマシューを見た。マシューはどうしても呼んできてほしいといった様子。それなら、自分でこい、とアンナは内心、イラついた。しかし、彼女は微笑んだまま、ハリスを押しのけつつ「ごめんなさいね、食事中でもあるし、また今度」と断りをいれた。

 ハリスはすぐに肩から手を離し、身体もまるっと離して「本当に申し訳ない! もしも成功した暁には、お呼びするから、今日のところは、というより、俺が口説いている最中は遠慮していただいてもいいだろうか」とニコニコ言った。

 二人からの拒否と周りの目で、彼女は「じゃあ、また今度。今日の放課後にでも」と約束を一方的に取り付けて、席に戻っていった。

 アンナはにこやかな顔のまま、何事もなかったかのように食事を続けていたが、ハリスにはしっかり、顔に「心底むかつく」という文字が見えていた。だから、彼はそうっと彼女の好きなシュークリームをつけて機嫌をとった。

 さて、ランチも終わり、次の休み時間に直行でやってきたハリスは、言っていた小テストの紙を抱えてやってきた。

「ほら! 俺のテスト! すごいだろー!」とニコニコ。

「すごいすごい」と犬を褒めるような気持ちで彼女は穏やかに頷いた。

 彼は近くにいたアンナのクラスメートにも小さく自慢をしてニコニコ「俺、アンナの隣に立っても遜色ないよな!」と聞いた。

 クラスメートは頷き、彼女の一緒に憤ってくれた友人はその光景を見て「マシューよりも確実にいい男じゃないの。むしろ破棄されてよかったんじゃない?」なんてこそこそと言っていた。

 ハリスはアンナに褒められて満足したのかすぐにテストをしまいこみ「今日、一緒に帰ろうぜ」と言った。

「いいわよ。でも……」とちらりとあの二人を見て「先約があるわ」と言った。

 彼はひょいと肩越しに彼らを見てから「大人しくしてるから連れていってくれよ」と言い、少しかがんで彼女にだけ聞こえる声で「それに俺にも関係あるだろ? 破棄の話なら」と目を細めた。

 それが獲物を狙う猟犬や狼のように見えて、彼女は少しだけ眉をひそめて「あなた、怖い顔すると、本当に恐ろしいわね」とからかうように言った。

「俺もなんで自分の顔がこんなに強面なのか不思議なんだ。なんでだと思う?」

「さあ?」

「うーん、自分で言うのもなんだけど、そう悪くない顔してると思うんだけどな」

「そうね」と言った後に、しまったというように「お父様の方がかっこいいけど」と付け加えた。彼は一瞬落ち込んだ後「でも、悪くない顔って思ってるなら嬉しいや」とニコニコ。

「そもそも、あんたのお父さんと比べりゃ、俺なんてそらまめくらいだもんな」

「変な例え。とりあえず、ついてくるのは勝手にしたらいいと思うわ。そろそろチャイム、なるわよ」

「あ、本当だ! アンナと喋ってると、すぐに時間が過ぎちゃうみたいだ! またすぐにくるな!」と元気に教室に戻っていき、チャイムが鳴った。

 放課後にハリスが来る前に、マリアが「アンナさん」と呼んだので、カバンに教科書なんかを詰め込みながら「わかってる、行きますから」とだけ答えた。

「玄関で待ってます」

 彼女が頷くと、マリアとマシューは教室から出て行き、友人達がすっ飛んできて「大丈夫?」と気遣わしげに聞いてきた。それにアンナがほうっとするような心持ちがして「大丈夫よ」と答えた。

「破棄についての話ですって」

「あら、まあ……」

「一緒に行きましょうか?」

「ううん、大丈夫よ。ハリスがついて来るらしいから」

「まあ!」と友人達は嬉しそうに顔をほころばせて「それなら大丈夫だわ!」とにこにこ。

「え、なんで……」

「だって、マシューより、よっぽどいい男じゃないの! 気遣いもできるし、にこやかだし!」

「そうそう! なんせあなたを大事にしてるし、あんな顔で紳士だし、かわいいし」

「ねえー! それに頭もいいみたいだし?」

「あと、あなたも彼がいるとほっとしてるみたいだし」

「え、そうかしら…?」

「そうよ! 気がついてないだけで……。あ、彼がきたみたいよ!」と指をさす方にいるのはハリスで、にこやかに「御機嫌よう!」と友人達に手をふり「アンナ、帰ろうぜ!」と教室の前で待っている。

 友人達は彼女にカバンを持たせ、背中を押し「それじゃあ、アンナをよろしくね!」と彼に押し付け、にこやかに「さようなら、また明日!」と手を振った。それに手を振り返して、ハリスは「外堀が埋まりつつあるぞ」と隣でなにがなんやら……という顔をしているアンナを見つめてニコニコした。

 さて、学校の玄関先にはきちんとあの二人が待っていて、あの騒動を知っている人々は野次馬らしい表情をして四人をじろじろと見た。それを気にしてか、マシューは周りを睨むようにピリついているし、マリアはどこか居づらそうにしている。

 本来であれば、居づらいのは自分ではないかしら、とアンナは思ったが、まあ、気にしたとしても仕方がないことだ、と周りの目をまったく気にしていない。隣のハリスなんかはどうでもいいらしく、カバンをがさごそしている。

「忘れ物?」

「ん、いや、違う。こういう場合はさ、メモとかとっといた方がいいだろ?」とペンとノートを取り出しやすい位置に収めてにっこりとし、そのまま玄関先の二人に「御機嫌よう、お二人さん! 俺、あとで彼女に用事があるから、一緒に行っていいだろ?」と言った。

 マシューは頷き、すぐに玄関先を出た。

「ちょっと愛想悪くなってない?」

 アンナは肩をすくめ「ちょっとピリついてるけど……」と周りを見てからこっそりと「私の方が居づらいもんじゃないの?」と聞いた。

「ははは! そうかもしれないけど、アンナがあんまり気にしてないみたいだからさ、そんな雰囲気にならないのかもよ」

 彼女はあまり納得できていないように、うーん……とゆるく頷いて、少し遠くの彼らを追いかけ始めた。

 負け犬だとか、新しい男にすぐに鞍替えした尻軽だとか、かわいそうな子だとか、そういうことをこそこそ言われるものじゃないのかしら、と思っていた。

 いや、でも、と隣を見て、あっちから来たから、そう言われないのかしらね、と首を傾げつつも納得させた。

 人気の少ない庭園の奥の池の側で彼らは止まった。

 マシューはくるりと向き合って、手紙を差し出し「僕の家からのだ」とだけ言った。

「はあ……」と、だからなんなんだ、と思いつつ受け取り、開けていいようだったので開けて文面を見た。

 そこには、当たり前にも、彼の親からのお怒りと家に帰って説明しろという文句、それから、破棄は認められないから謝れ、という内容だった。隣で同じく手紙を見ていたハリスは「あんたバカだなあ」という表情を一瞬だけした。

「で、なに」

 アンナは、そう言いながら手紙を返した。

 マシューはムッと「君からも言ってほしいんだ。そっちだって、もう彼がいるんだろう」とハリスを少し見上げて言った。

「は?」

「おいおい、待てよ。俺はまだ正式に申し込んでないし、口説いている最中ではあるが、婚約者じゃない。今はお友達だ。そういう言い方はよせよ」

「そうだとしても、彼女に関係ある話だ。そうじゃないか、アンナ?」

「関係?」

「あるだろ。なにせ頷いたじゃないか」と睨んだ。

 それに「まるで、彼女を責めてるみたいだ。実際のところ、責められるべきはその手紙の親父さんの通り、あんただぜ」と茶々を入れた。

「そうかもしれないが、そちらだって、僕が破棄しなきゃ、なにもできないだろう」と暗に協力しろと言って来るのに、困ったように頭を掻いて「いや、俺は案外待てができるタイプだから、なんの問題もなくできるまでは、お友達におさまっとく気なんだが……」とバツが悪そうに言った。

「いや、だってさ、俺が困るって言ったて、もっと困るのは彼女だぜ、振り回されてさ。だから、普通に待つよ。まあ辛い時もあるだろうが、誠実じゃないだろ」

 それにマシューの方がなんだか分が悪いように感じられ、頷き「ともかく、こういうことで、まだ破棄はできない。君からもどうにか頼んでくれないか、彼女のいいところを言ったり、根回ししたり」と言う。

「なんで私がやらなきゃいけないのよ……」

「一応、まだ、婚約者だ。困ってるなら、助けるのが当然だろう?」

「まあ!」と怒りに目を釣り上げ「都合のいいことばかり言いますわね!」と少しキンとした高い声で言った。

「アンナさん!」とまるでかばうように前に出て「都合がいいことは承知してるんです! でも、お願いできないでしょうか」と目を潤ませて言う。

 マリアには恨みもあるし、怒りもあるが、あの奪還作戦の意地悪を耐えたというある種の尊敬と戦友のような複雑な気持ちがある。要は、少し彼女はマリアに弱かった。

 だから、怒りを抑え込み「彼の協力はできない」ときっぱりと言った。

「だって、普通に嫌じゃない。どうして破棄されたのに、その上、こんな手伝いまでしなきゃいけないなんて。私、そこまであなた達のためになにかやりたいなんて思わないし、思えるわけがないとは思わない?」

「…君、そんなに意地が悪かったか?」

「意地が悪いとかそういう話じゃないわ。あなたこそ、そんなに考えられない人だった?」

「なんだと!」

「ちょっと、急に怒鳴らないで! あなたが、私を嫌ってる理由はわかるけど」とちらりとマリアを見て「だからって、私に協力させるなんて酷い話だと思わないの? 断るわ」

「待て」と手首をしっかりと掴み「頼む、君の力が必要なんだ。僕だって、君に協力してもらうのは嫌さ。だけど、背に腹は変えられない。父は頑固だし、僕だけではなんとも説得できない。君と一緒に穏便に決めたのだ、ということにできれば、あとは僕がなんとかするから……。だから、頼む!」

 振り払うように腕をふるって「穏便にですって? 無理よ。もう母にあなたとマリアさんが……って話はもうしたもの」

「じゃあ、簡単なはずじゃないか! 君が、パーティーで言ったように、彼女の熱意にほだされたと言えばいい」

「そんな簡単な話じゃないでしょ、マシュー。そもそも、私、まだ破棄のことは…」

「でも、もう僕は彼女以外、考えられないんだ! 頼む、アンナ!」

「はあ……」と眉間にしわをよせ、目頭をぐっと抑えながら「そんなに言うなら、わかったわ」と吐き出すように言った。

「本当か!」と喜色満面の彼に向かって「ただし」と彼女はよく通る声で遮り「マリアさんにだけよ。あなたにはしない」としっかりと言った。

「とは言っても、ほんの少しよ。私の方からはなにも言わないし、彼のご両親に対してなにも言う気はないわ。これが私の精一杯の譲歩よ。本来なら一切関わりたくないことだもの」

「ええ、ええ! それでもちっともかまいません! ありがとうございます、アンナさん!」

「いいのよ……」

「これでいいでしょ?」とアンナはマシューを鋭く見た。

 そこには、昔はのぞかせていた愛情のある瞳はなく、ちょっとした恋情のようなものもなく、ただただ冷たくもほんの少し怒りや屈辱をのぞかせた敵意のある瞳があった。今まで相対も正面からも見ていなかったマシューは驚いた。

 それで、つい、彼女の手をとって「君……」とまじまじと見つめた。彼女は手を振りほどこうとしたが、その前に、隣で大人しくしていたハリスが「オイ」とドスの効いた声で唸るように「手、離せ」と言った。

 マシューはそれに怯えたようにすぐに手を引っ込めた。

「悪い……。たださ、あんた、もう彼女を振ったんだろ? だったら、そういう軽率な真似はしない方がいいんじゃないの? あんな場所で破棄を言い渡し、そこの彼女の手をとって踊ったんだ。もしも、彼女とアンナの間で揺れ動いているかもしれないって思われると、相当傷になるぜ、あんたの」

「あ、ああ、そうだね」

 マシューがこわごわしている隙に、アンナは「ともかく、彼女には協力する。あなたにはしない。それでいいわね」と言うが早いが、さっと踵を返して、そこから逃げるように去って行った。ハリスは、彼女が行くのを横目で見つつ「それじゃあ、お二人とも仲良くな」とだけ行って追いかけて行った。

 追いかけた先では、庭の枝を折って、むしゃくしゃした思いをぶつけるように生垣を薙ぐようにふるっていた。

「アンナ」

「……」

「おい、アンナ」

「……」

「アンナってば」

「……なによ」

「明日、デートしよう」

「は?」と突然の誘いに、今の状態がわからない? そういう気分じゃないの、というように睨みあげた。

「いや、急だとは思うんだが、そもそも、俺は今日アンナをデートに誘おうと思ってたわけで、それがさっきのでなくなったから、だから、明日デートに行かないか、と誘ったわけなんだが……どう、です?」

「行かない」

「じゃ、明後日は?」

「行かない」

「ふうん、まあ、明日、また誘うか。ほら、気分が変わってるかもしれないし? あ、そうそう、さっきの話、勝手にメモっといた。あのさ、また、もしも話し合う時は俺を連れて行ってくれ。それよりも、アンナ、愚痴聞きしてあげるから、寮の自由時間が終わるまであんたの部屋にいてもいい?」

 彼女は睨みつけて「気分じゃない」と言った。

 しかし、続けて「でも」とつぶやき「聞いてもらった方がすっきりする、かも……」と枝をぽきりと折って、地面に落とした。

 彼はにっこり「アンナの話ならずっと聞くよ」と嬉しそうに言った。

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