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ハリスという青年

 ハリスは休日に一人でニヤニヤしていた。パーティーの後は片付けやらなにやらが入るため、次の日は休みになっていた。それを利用して、一緒に出かけたりする生徒が多いのだが、ハリスはどこにもいかずにベッドでニヤニヤゴロゴロしていた。

 彼女にでかけないかと聞いたが、首を振られて大人しく帰ってニヤニヤしているのである。

 両親への大事な手紙も書いたし、あとは外堀という外堀を埋めまくればいい話なのだ。


 ハリスとアンナが出会ったのは、正確には十二歳ではなく、十一歳から十二歳の間である。

 アンナの父がたまたま出会ったハリスの母に「おや! こんなエキゾチックな美人、ここで見たことがない。美人さん、あなたの名前は?」なんて絡んだのが始まりであった。

 もちろん、隣にハリスの父がいたのだが、そんなことを鑑みて話しかけないような父ではない。

「うちの妻になにか?」なんてガンつけられてもヘラリと笑って「いやはや、申し訳ない! あまりの美人ぶりに声をかけずにはいられなかった。それにしても、あなたはどこかで見たことがある……。ああ、そうだ。最近近所に引っ越してきた外交官殿だろ! そうだろ、そうだともさ。いやあ、いいですな、仕事でいろんなところを行ったり来たり、きっと毎日が新婚旅行のようでしょうな。しかも、こんな美人の奥さんまでいたんじゃ、もう…はははは!」なんて愛嬌たっぷりに言ってみせた。

 それに軟化したハリス父は「いや、そんな毎日とはいきませんよ。なにせ息子がいますから」と言い「おや、うちにも息子がいますよ。それから娘もね」と喋るうちに、お互いの娘と息子が同い年だとしり、懇談もかねてお茶でもしようじゃないかということで、彼女らは知り合うことになったのだった。

 あの当時のハリスは久しぶりすぎる故郷でも両親の転勤先でも、同い年の子供たちから変わったところがある、こちらの常識をしらないみたいだ、と笑われてばかりいた。おかげで、彼の精神は「舐められたら負け」というものが出来上がっていた。

 彼は最初嫌がったが、親父がここまで乗り気なのは珍しいや、と思ってついていくことにした。

 アンナはというと、父や兄がまた不思議な縁で友達を呼んだらしい、しかも自分もまた駆り出されるらしい、ということだけで嫌もなにもなかった。

 さて、アンナの邸宅にやってきたハリス一行は和やかにおしゃべりをして、お茶を飲み、流行っているらしいお菓子を食べたりした。こちらのテーブルマナーに慣れていないハリスは時折、おかしな行動をしたが、なぜだかこの家族たちはまったくもって気にしていないらしく、彼は不思議に思った。

 子供らで遊んでこいと言われて大人しく一緒に遊んだ時、その疑問を口に出すと、アンナとその兄、ケヴィンはお互いに顔を見合わせて「楽しければいいじゃない、こんなの」とマナーとかばっからし! というような表情で「それより遊ぼう」と駆け出したのだった。

 これがまずハリスにとっては嬉しかった。

 それから、他の子には不評というか、おかしいよ、とか言われた他国の遊びを提案しても、面白そうに乗ってきたので、またハリスは嬉しかった。

 おかげで、すぐさまハリスはこの家の人たちになついた。

 アンナが好きになるのはもう少し先ではあるがすぐだった。

 それははっきりと覚えている。まあ、アンナの方は忘れているが。

 初夏、ピクニックに行った時のことだった。ハリスが彼らに懐いたので、二家族は急速に仲良くなっていっていた。たしか、ケヴィンはデートを申し込んだ相手に頷かれたとかでいなかった。

 ヒナギクがたくさん咲いている野原であった。名所にもなにもなっていないが、いい場所であった。他にピクニックにきていないのが不思議なくらいだった。大人たちは日よけになる大木の近くに座っていて、子供は二人きりで後ろの林の中を冒険したり、川に足を浸したりして遊んだ。

 きっかけは些細なことで、彼女がヒナギクの花畑にパッと大の字になって寝転ぶと、手を差し伸べ眩しい笑顔で「ハリス」と言ったことだけだった。

 まあ、そんなことだけではあったが、彼は「あ、俺、アンナが好きだ」と気がついたのである。そこからは坂道を転がるよりも簡単だった。ものすごい勢いで彼は入れ込んで行った。

 かくしてハリスは両親にこう宣言することになったのだ。

「俺、不治の病にかかった…」

「え?」と驚く両親に向かって、服の上から心臓をつかむようにして、鎮痛な面持ちで「こい、わず、らい……」とつぶやいた。

「は?」

「だから、恋の病気にかかったんだって! 俺、この国にいたい!」と叫んだ。

 父と母はもちろん困惑した。

 そろそろ次の仕事で移るから用意しろと言うと、いつもより暗く沈んだ表情で頷いたので、なにかあるとはおもったが、まさかのこの宣言。

 面食らったまま「……アンナさん?」と聞けば、息子はピタッと固まって、こっくりと頷いた。母は思わず「かわいい」と漏らした。

「だから、俺、この国にいたいんだ!」

「しかしなあ、いたいと言っても預けられる先が、そのアンナさんのご家庭になると思うんだが。そうなると、きっと、近すぎて家族同然、そんな風に見られなくなるかもしれないが、それでもいいと言うなら、交渉しようじゃないか」

 それに彼は顔を上げて「じゃあ、俺、親父と一緒に別の国に行く!」と言った。

 なんて単純なの、と母は息子の頭をおもわずよしよしした。

「母さん……」

「可愛いわねえ、ハリス…。母さん、一つアドバイスしとくわ。別れ際って、大事よ…」

「別れ際……」と呟くと、今まで一緒に遊んだ友人たちとの別れが一気に思い出されてきた。

「お、俺、ちょっと考え事してくる…」と部屋にこもって、別れ際、どういうのがいいだろうか、とうんうん悩み始めたのだった。

 結局、どういう別れになったかというと、案外にも単純な別れだった。

 ハリスはヒナギクの花束を無理やり仕入れ、手紙と目立たないが品のいいネックレスをプレゼントした。

「俺、絶対、アンナのこと忘れない。戻ってくるから、その時は、また…一緒にどこか行こうな」

「ええ、いきましょうね。プレゼントありがとう。私が渡さなくちゃなのに」

「いいんだ! 俺がアンナにあげたかっただけだし! それに、俺……アンナのこと好きだし」

「嬉しい、私もハリスのこと好きよ。あっちに行っても手紙書いてね」

「うん! 書くよ!」

 と二人は別れたのである。あの好きは絶対友人としてのあれだ、と馬車の中、ハリスは落ち込んだ。しかし、もらった手紙を握りしめ「いいや、いつか絶対、彼女と幸せになってみせる」と熱い決意をしたのだった。

 ちなみに手紙については、アンナの方が忘れたり、放置したため、三ヶ月で終わってしまった。ハリスは随分悩んだが、いや、出会った時のサプライズ感かどうとかなんとか言い訳をして、送るのをやめてしまった。両親の方はながーく続いている。

 そんなわけで、なんの音沙汰もよこさずに、ただただ胸に希望という名の結婚の申し込みだけを抱いて帰ってきたら、まさかの先手を誰かに打たれている状態。

 帰ってきたのは確かに晩夏であったが、あまりのショックに彼は一週間ほど寝込んで入学ということになったのだ。

 帰ってきたばかりであったので、両親はあわてて医者を呼んだが、別に変なところはなく、ベッド脇で心配そうに見つめていると、ハリスはむっくり起きて、ワッと泣き「苦しい! 辛い!」と喚いた。

 大病か! と医者と両親が目を見張って、なにがどうしてどこが痛むのか聞くと「アンナが知らない間に婚約してたから胸が苦しい。絶望だ。絶望しかない」とうっうっと泣くので、医者ははっきりと病名を言った。

「恋煩いですな。ほどこしようもありません」

 両親は赤い顔をしながら、ペコペコ医者を見送った。

 まさか、息子がここまで、あの女の子にぞっこんだとは思っていなかったのだ。いずれ薄れる初恋だろうと思っていた。

 しかし、彼は夢に見るほど彼女に惚れ込んでいた。些細すぎるきっかけではあったが、その気持ちは本物であった。

 息子思いの母はその傍らによりそって「ハリス、人の心は変わるもの、未来はわからないものよ……。もしかしたら」という言葉を囁いた。

「母さん…」

「あなたの顔は本当になんというか子犬みたいにかわいいけど」

「母さん、本当のこと言っていいよ」

「猛犬みたいな顔をしているけど……。でも、不思議よねえ。あなたどちらかというと整ったパーツしてるのに、なんでこんな凶悪な顔になるのかしら。色も明るいのに、不思議だわ…」

「母さん、脱線してるよ」

「あら、ごめんなさいね。ともかく、未来はわからないわ、ファイトよ、ハリス!」

 と母は頑張れと腕をまくって応援した。それにハリスもハリスである。

「よし! 俺、諦めない!」と立ち上がって、一週間ぶりに風呂に入ったのであった。


 そうして転入し、あまりの顔面の凶悪具合に当初は怖がられていたが、いろんなところを転々としてきたから身についた明るさで友人も普通にでき、どちらかというと、学園生活をエンジョイしまくっている方であった。

 そんな中で見かけたアンナは想像していたよりもよっぽど綺麗で大人っぽくなっていた。見かけただけであるのにぽっと顔が赤くなり、顔がなんだかキラキラとした。

 友人はそれで一発でわかったらしく「諦めろ、アンナ嬢はかわいいし美人だ。しかし、しかしなのだよ君。その隣を見たまえ。婚約者がいるんだよ、ガッデム」と言われた。

「ああ、うん、知ってる…」

「知ってんのかい! まあ、見るだけならいいんじゃないか?」

「おう…」とキラキラした眼差しで見つめ続けた。

 その時のアンナは、マシューばかりを見ていたので、そのことには気がついていない。が、周りはこの凶悪な顔だが子犬のようにキラキラした目で見つめるハリスを内心応援していた。確実にマシューよりもいいと思うんだが! なんて勝手に友人たちはキャイキャイしていた。

 その矢先のこの事件。

 ハリスがアンナを好きだと知る人はみんな「よかったな、ハリス!」と思っている。

 ハリス自身もなんて幸運なんだ、必ず物にしてみせるぞ! と拳を握っている。

 それを知らぬはアンナばかりである。

 頑張れハリス、きっとバラ色の未来が君を待っている。


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