決戦はダンスパーティー
今日も今日とて奪還作戦のため陰湿にあれこれと言われたりいじめられたりしたマリアは、それでもマシューとの逢引に行った。
このことは、アンナとて知っているがどこでとは知らない。そこに強襲しにいくのは最終手段だと思っているからだ。さっさと行くべきだという声が親戚の中からは上がっているが、行く気がなかった。見ると、ショックを受けそうだし、なぜか怖いと思ったのだ。
そうして、最後の平穏のように感じられるいつもの庭の片隅で、マリアはマシューにヒシとだきよった。
「ど、どうしたんだ?」
「ううん、なんでもないの」
「なんでもないような顔に見えないよ。なにがあったんだい? 僕にできることなら言ってくれ」
そう言われたところで、ある種自業自得であるため、そうそう言えはしなかった。
だから、彼女は「なんでもないの。抱きしめていて」なんてきゅんとくることだけを言って、その日一日彼にひっついていた。
そうしてそれが続くこと三日、とうとうマシューは耐えきれなくなって、その原因を探り始めた。
それで露見してしまうようなアンナではない。なにか探りを入れに来ているな、ということくらいはピーンとわかる。真面目だが女性の涙に弱くて結局女好きの烙印が押されている伯父がそういう探りをいれることがあるからだ。
だから、彼女は彼の目の前でわかりにくい言葉での意地悪をした。友人らはツンと無視を決め込むかこそこそと陰口を言うくらいで目立ったようなことはしないようにした。
おかげでマシューはなにかマリアは意地悪をされているらしい、誰かはわからないが、という結論になったらしい。
いつもの庭の片隅で、マシューから彼女の手を取り「いじめられてるね?」と真剣な表情。彼女は思わず目を見開いた。
「やっぱり……」
「でも、彼女は悪くないの。私が…」
「彼女? いや、君は悪くないよ。いじめるのはなんにせよ良くない」
「でも、アンナさんはあなたを取られたから怒ってるのよ、当然だわ。私に意地悪を言ったり、友人と一緒に囲ってあれこれ言ったりするのは。大丈夫よ、心配しないで。知らない間に制服が汚れていたりしても、私、へっちゃらよ」としおらしいことを言う。
マシューはまさかアンナだとは思っておらず驚いた表情をし「まさか、彼女だとは」とつぶやいた。
「いや、本当はそういうこともあり得ると思っていたが…、まさかそこまでひどいとは」
「マシュー、自業自得なのよ…」
「でも、こんなにやつれてるんだ。やりすぎだ。僕は決めたぞ、断固君と一緒になると」
「マシュー……!」
と、恋人たちはヒシと抱き合った。
これはアンナにとっては誤算だった。まさか、これでさらに二人の絆が深まるとは思っていなかったのだ。とんだ当て馬である。しかし、そうとは知らぬアンナは探るのをやめたらしいとわかって、マリアへの攻撃を再開した。彼女さえ離れれば万事解決だと思っていた。そうそう世の中は甘くないのだが、彼女の生まれ育った環境では、結局戻ってくるのだから、そう甘く考えてしまうのも無理はないこと。
マシューはいじめていても平然とした、悪びれもなにもしていないアンナを見て、嫌悪感を抱いた。いままで一緒にいて培って来た友情に似た親愛も崩れ去り、ただただ、彼女の嫌なところばかりが目についた。彼女を視界にいれないように食事を一緒にとらないようになった。
アンナはそれに焦った。よもやわかられたのではあるまいか、と思った。
「アンナ、いいですか。相手に多少の嫌悪感を抱かれたとしても、冷静に考えれば私たちが正しいのです。愛する人を奪われたくないといういじらしくも激しい気持ち……。それを理解できない無粋な人間はひっぱたいてしまいなさい」
そういう母の声が蘇り、彼女は頭をふるって「だからなんだっていうの。勝てば官軍なのよ」とヨシと気合を入れ直した。彼の心が離れようが、それはどうでもいいのだ。それは後から頑張ればいい。
しかし、依然として彼は冷たいままであるし、マリアはへこたれない。
持久戦だ、体力勝負だ、とやったところで独り相撲のように思えたし、実際、独り相撲であった。
そうしている間にも彼とマリアの仲は深くなっている。むむむ、と唸ってアンナは窓の外を見た、ひとつ学年が上の生徒が仲良く歩いている。カレンダーを見ればそろそろ卒業前の学期末パーティーだ。
「そう、これだわ!」と立ち上がり、すぐさま、ドレスのオーダーを頼んだ。昔、着ていたものなんか着れないわ。これでどうにか決着をつけてみせる。
アンナはいきごんだ。それと同時にマシューもいきごんでいた。
このパーティーでアンナに破棄を言い渡して、決着をつけるのだ。そうして自分はマリアとバラ色の人生を歩んでやる。
決戦は、学期末パーティーだ、と二人は拳を握った。