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私、彼が、好き、かも…?

 カップケーキを渡した瞬間のハリスの笑顔はピカピカを通り越して、ビカビカという感じだった。

 それはもう嬉しそうで嬉しそうで、飛び跳ねずに唸って、座り込んで「ちょううれしぃ……」とカップケーキを潰さないようにしながら抱え込んだ。

「うわ……思った以上にめちゃくちゃ嬉しい……」

「え、あ、そう……」

「嬉しいのとなんかこう痒いというかなんというか、あー、ともかくすごく嬉しい。飛び跳ねるくらいじゃないくて噛み締めちゃうぐらい…いや、どっちもめちゃくちゃ嬉しいには変わらないんだが、なんていうんだろうな。ともかく、嬉しい。うん、嬉しい。ありがとう、アンナ」

「それ、あなたへのお礼よ? お礼言うことじゃないわよ、あなたが」

「でも、言わせてくれ!」とガバッと立ち上がり「ありがとう! アンナの手作り、めちゃくちゃ嬉しい! 大事に食べる! 今、食べる!」と袋を早速開けて目の前でガブリ。

 それを食い入るようにドキドキと見つめ「おいしい…?」と聞けば、なぜか赤い顔で「おいしい…です。めちゃくちゃおいしい」と返され、ほっと息をついて、よかったあ、と笑った。

 その笑顔を惚けたように見つめ、赤い顔でそのまま無言でもぐもぐ一個を食べきり「あのさ、また、よかったら作ってくれよ。カップケーキ以外も。……まあ、機会があればでいいんだけど」ともぞもぞと言った。

「作れたら、作るわ」

「本当か?」

「ええ」

「やった! 友達と作った余りとかでもいいし、俺、アンナの作ったものなんでも食べてみたい!」

「ふふ、粘土で作ったウサギとかも?」

「食べろっていうならありがたく食べるぜ」

「バカね。そんなの言うわけないでしょ。それよりも早く教室に行きましょ」

「おう! へへ、アンナの手作り、本当に嬉しいなあ。アンナが思ってるより嬉しいと思ってるんだぜ、俺! 昨日、なかなか寝付けなかったんだ。早く朝にならないかなってずっと思ってたら、朝になってた。うん、まあ、普通に寝付いちゃったんだけどさ、でも、本当に朝が来た時、めちゃくちゃ嬉しくて「朝だ!」って叫んじゃったもんな、ははは」

「そんなに?」

「そんなにさ」

「そう、そうなの…」と少し耳を赤くさせて俯いた。そのうなじになにか赤いぽつとしたものがあり、ハリスはなんの考えもなしに「首、どうしたんだ」とつ……と少し触った。

 驚いた彼女はそこをバッと隠して、赤い顔で「な、なに?」とまじまじとハリスを見つめた。彼の方も彼の方で、触っちゃいけないとこを触ってしまったのを自覚して赤くなって「あ、いや、悪い。ただ、首のとこに虫刺されじゃないと思うんだが、なんか赤いのがついてて、その、つい気になったというか。別にやましい気持ちはないんだ。本当に、まったくない!」とあわあわ言い訳をした。

 じとっと見つめつつ「あ、そ……」とだけ答えた。

「お、怒った?」

「別に怒ってないわ。びっくりしただけよ」

「本当?」

「本当よ」

「そっか、よかったあ」と胸をなでおろして「次からはそんなことしないので安心してください」と真面目な顔をするので、吹き出してしまった。ハリスもつられて笑った。

 そういえば、こうしてよく笑うようになったな、とアンナは彼をちらりと見た。

 ハリスと会う前はこうでもなかった。


 昼休みにいつも通り二人で食べていると、ふと、そういえば、この人はマナーが少し変だ、というのに気が付いた。が、アンナはそれが嫌な気なんかちっともしなかったので、なにも言わなかった。

 ハリスはふと目があうとふんわりと笑う。その笑い方がいかにもやさしげで、アンナはつい目線を外してしまう。恥ずかしいとは違う感情である。

 ハリスはそれを悲しいと思えばいいのか、それとも、段々と意識しているのか、どう判断すればいいのか、少しだけ迷っている。だが、まあ、彼女が、屋上のことがあってから少しばかりスッキリとしたらしく、表情が前よりも明るくなっているのだから、そんな些細なことはどうでもいいような気がした。

「そうだ」と手を止めて「あのさ、放課後にどっかデートしようぜ」と急に提案した。

「え? いいけど……」

「よっしゃ! カップケーキのお礼に最近できたカフェに行かないか? 俺、お菓子作るの下手でさ、砂糖入れまくっちゃうから、そのお礼になにか作って返すのができないからさ…。ダメか?」

「ダメじゃないけど、あれあの時のお礼なのよ?」

「細かいことは気にするなって! 正直、俺がアンナとどこかに出かけたいだけだし!」とにかっと笑っていうので、しょうがないわね、と肩をすくめて頷いた。

 それを昼休み後に聞いた友人たちはニヤニヤ「楽しんでえ」と放課後、教室から送り出した。

 さて、そうして外に出ると、ハリスは完璧なエスコートでその店までアンナを案内した。店の内装はどこか異国情緒の溢れるものであった。それを見回して、ハリスは「うーん、こんな感じの国に一回行った気がするなあ」と呟き、店員に「ここってどっか別の国からですか」と聞いた。強面が聞いてくるので、ビクビクしながら店員は、はいそうです、と国の名前を教えた。

 それを聞いて、彼はニパッと笑って「ああ! あそこか! ありがとうございます」とアンナの元へと帰った。店員は「子犬のようななにかが見えた気がする」と目をこすった。

「これ、俺が一回いったことある国の店らしい。あの国だから甘さ控えめだな……。だいたい全部にバニラビーンズが入ってるんだ。あとはアイスも乗っかってうまいんだぜ」

「へえ、そうなの」

「まあ、この店には入ったことないけどさ」とニッコリと案内されて、椅子を引いて彼女をすわらせ、己も座り「俺のおごりだから、気になるの頼んでいいぜ。二つでも三つでもさ!」

「悪いわよ」と言いながらメニューに目を走らせて、ぱっぱと決めた。ハリスの方はうんうん唸って決めた。

「アンナは選ぶのが早いよな。決断力がある」

「そうかしら。人間関係じゃ迷ってばかりよ」

「当たり前だろ。それで迷わないやつはある意味すごいよ」

「……ねえ、相談していい?」

「いいよ。俺、アンナに頼られるの好きだし、力になりたいっていっつも思ってるからさ」

 それに少しだけ笑って「家になんて書けばいいと思う?」と聞いた。

 ずっとどうしよう、どうしようと思って、なにもできなかったことだった。家が決めた婚約で、そこにはもちろん、家の地位だとか父親の場所がためだとか、そういう諸々のことも関わっていることだ。マシューは公爵で、公爵だからこそ持っているものがある。

 それになによりも、苦労して親がとって来た婚約だ。それを考えると、情けなさと申し訳なさ、それから親を裏切るような辛さを毎度毎度感じて疲弊する。実のところ、夕食をあまり食べていなかった。これはハリスも知らないことだ。昼、ちゃんと食べているのは目の前の彼のおかげであった。

 ハリスは、彼女の相談を聞いて、ニコニコしていた顔から、真剣な表情になって、黙り込んでしまった。

 それほど、大事な報告なのである。

 強面がにこにこせず黙りこんでいると、圧迫感がある。いつものニコニコ顔をみなれ、どういう性格かも昔のことも含めて知っているアンナでも、少しばかりは怖さを感じるものだ。

 彼は黙って、やってきたスイーツを食べながら、どう言えばいいのか考えていた。考えてみるものの、わからない。

「……すまん。俺もどうすればいいのかわからん。だから、見当違いなこと言うかもしれないが大丈夫か?」

「まったく気にしないわ。話を聞いてもらうだけでもいいんだし」

「そうか……。俺、昔のあの一年くらいしかアンナの家のことを知らないけど、苦労してとってきた話だとしても、無理なら、無理でしょうがないっていうと思う。昔さ、俺が、アンナの親父さんに確か誕生日になにかあげようと思って、約束したことがあったんだ。前にいた国のものを渡すって。でも、結局無理で、謝った時に「無理だったんならしょうがない。人生にはそういう時は五万とある。それに一々憤慨したって仕方がないだろう? いいかい、ハリス君。俺は侯爵なんて偉そうなのやってるがね、根は爵位のほとんどない自由人さ。ノブレスオブなんて言ったってね、人間は人間だぜ、君。誇りだなんだ、責任だなんだ、ああ、大事なことさ。それくらいはわかってる。でも、無理なもんは無理だ。そういうもん。だから、話は長くなったが、そんなことくらい気にするなってことだ」って笑ったんだよ。だから、俺、ああ、この人は失敗を笑って許してしまう人なんだって思ったんだ。その失敗がどれだけ頑張ったとしても無理なことであるなら、無理だった事なら、しょうがないの一言で済ましちゃうような人なんだって。

 それがいいのか悪いのか、俺はわからないが、きっと、アンナの婚約破棄の話聞いたら「しょうがない」って言うと思うぜ? それは、ちゃんとアンナを突き放すような言葉じゃない。受け入れるっていうしょうがないだ。あの人は、受け入れる人だと、俺は思ってる……。

 だから、全部正直にぶつけてみたらいいんじゃないか? もちろん、それが怖いっていうのはよくわかるし、だからこそ悩んでるのもわかる。情けなくて嫌だってのも、わかる。ただ、どうであれ、親父さんもお母さんもアンナのことを大事に思ってるし、それだけで幻滅したりなんかしないはずだ」

 ハリスは少し黙り込んだ後、彼女をしっかりと見つめ「大丈夫だ。あんたの家族はあんたのことを一番愛してくれてる。だから、大丈夫だ」と言った。

 それにホロリときて、目尻を拭って「そうね。そうだわ」とまだ少しは悩みが残っているらしいが、どこか納得したようなホッとしたような笑みを浮かべた。彼も笑みを返して「大丈夫」ともう一度優しく言い「さあ、さっさとこれを食べちゃおう。アイス、溶けちゃうからさ」と大きな口を広げてぱくついた。

 アンナも同じようにぱくついて「おいしい」とまたにこりと笑った。

 心から嬉しそうにハリスはそれを見つめて目を細めた。それに気がついたアンナは耳を赤くして、目線を外して「おいしいわね、本当に」と黙々と食べ始めた。

 店を出た後、二人はぶらぶらとそこらへんを歩いた。まだ日は高かったし、もう少し歩いていたい気分だった。ハリスは前にデートのために下準備していた時のものを覚えていたので、雑貨屋に入ったり、いい匂いのするらしい石鹸なんかを扱う店にいったりとした。アンナはどれにも楽しそうにしていた。

 昔から、好奇心が旺盛で、あの家族の娘らしい明るさと愛嬌があるものだから、ニコニコしていると青空の下のヒナギクみたいに可愛くて可憐だった。ハリスは彼女の笑顔を見ると毎度毎度ときめくのだった。

 充分に遊び、買い物もしてしまった二人はそろそろと寮に帰ることにした。

 話ながら帰っている途中で、ふと、自分と彼の距離が近いことに気がついた。まるで、父と母、もしくは義姉と兄がデートの最中のような距離感である。

「距離って好きな人だと自然と近くなるのよね。なんでかしらね」と笑う母を思い出し、途端に、耳だけじゃなく頬も熱くなった。

 マシューと比べるなんてあれだけど……、とアンナは心の中で「私、彼と一緒の方が楽だし、楽しい。もしかして、私……」と考えて、隣のハリスを見上げた。

 彼は優しそうな笑顔で「ん? どうした?」なんて少し顔を近づけた。

 ぱっと少し離れて「なんでもない」と慌てて言った。

 ドンドンと頬が赤くなっている感じがする。今が夕焼けが一番赤い時間帯でよかったと、アンナは心底思った。

 だが、ハリスは彼女が赤くなっていることはわかっていて、どういう意味であれ、きっと意識されているのだろう、と嬉しがっていた。

 寮の前で別れる時には、耳だけ赤くして「それじゃあ、学校で」と少しまごつきながら言った。

「ああ、また明日」

「あの、今日はありがとう。私、両親に手紙を書くわ。話を聞いてもらって、私、書こうって気になれた。ありがとう」

「いいや、いいんだよ、そんなこと。だってさ、その、俺、アンナの悩みは全部なくしたいと思ってるし、そもそもの話。あんたの家族の懐がでかいからだよ。アンナはちゃんとやってた。それを抜きにしたって、あっちが悪い……ってまあ、言いたくないんだが、俺は思ってる。だからさ、ともかく、大丈夫。頑張れ。また、なんか相談したかったらいつでも言ってくれよ。俺、絶対にアンナの力になるから! ほんの少しだとしても、絶対にだ」

 それに笑って「うん、わかってるわ。だって……」といいかけ、あの屋上を思い出し、少し恥ずかしそうに「だって、あなた、あの時に助けてくれたもの」とはにかんだ。

「当たり前だろ。俺、アンナを大事に思ってるんだもん」

「そ、そう……」

 そっと重ねた手に人差し指で少しだけつついて「マジだぜ?」と真剣な表情で言うので、アンナは顔が赤くなった。いっぱいいっぱいのように「しってる」と蚊のなくような声でつぶやいた。

「……あー、それじゃあ、明日。また、どっか行こうな」

「ん……」

 と別れて、寮の中に入った瞬間、ほっぺたを抑えて「熱いわ……!」と唸って、部屋まで早足で向かい、ベッドに倒れ伏し「私、彼が、好き、かも……」とつぶやいた。

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