第七話 夏服
朝、寮で迎える起床は、並んでいる列が廊下まで伸びる厠の争奪戦から始まる。考えが及ばなかった初日には、まじかよ……と思いながらも事故には至らず、ほっとしたものだ。
そして次は、廊下にある共用洗面所に殺到する。これを終わらせ部屋に戻ることで、ようやく制服に着替えることができるのである。
六月に入ってからは開襟の夏季略服になり、冬の詰襟にくらべれば時間がかからなくなったので、それだけでも気が楽だ。
そして食堂に行き朝食を終えてから、授業のため大教室へ向うのが日課であった。
普段の午前中は共通授業だ。
「教壇遠いな、長三郎」
「ああ、俺はこれでいいが」
大教室の座席も決まっていないのだが、最初に座ってしまった所でなんとなく決まりっぽくなってしまい、俺たちは後ろの方にいる。霞のお友達ということで、前の方にいる穂見月の近くになりたいのだが、むしろ勉強に集中できていいことなのかもしれない……やっぱりウソ、穂見月と前後の席とかがよかったです。
しかも、実戦や訓練のない日の午後は学科ごとに分かれての授業になるので、穂見月とは教室まで別になってしまうのである。
学校側で勝手に決めたとはいえ、指揮・装置機械学科、輸送・修理学科、治療・回復学科の三つしかないのに、一緒になれないなんて寂しい話だ。
しかし今日は、部隊ごとの実技訓練なので寂しくない。
昼食を終えて寮に戻り、戦闘服に着替える。それから長三郎と一緒に部隊棟まで行き、部隊ごとに割り当てられた準備室に入った。
六人全員が作戦準備室に集まると、西隣にある装備保管庫へ武器と防具を借りに行く。そして堀田先輩が手続きを済ませると、すでに部隊分まとめて置いてあった装備を管理官から預かり、更に西隣にある屋内訓練場へと移動した。
広い訓練場は、屋根は薄い鋼板の波板で壁も完全に覆われているわけではなかったが、奥行きはあったし途中に柱がない。簡単な手合わせぐらいしかできない施設の扱いらしいけど、素振りから始めるような俺たちの実力なら十分な場所であった。
「始め!」
号令をしている堀田先輩の刀と違い、俺が今使っている両刃の剣は初心者用で短い上に太めであり、正直格好悪いと思うのだがこれには意味があるのでしょうがない。
武器は、自分の属性を気にせずとも最も高い能力が発動するので、気合を入れて振ればいいだけである。力が武器に流れれば、鍔と一体になっている装飾がほのかに光り、更に力が大きければ刃まで光る場合がある。
「いいぞ、その調子だ」
堀田先輩が褒めている。しかし、穂見月の杖まで素振りで光るので不思議だ。
それで格好悪い意味に戻ると、刃や鍔、それから柄も太い方が力が伝わり易いからである。ただ、太くて伝達できても、力そのものが弱いと先まで効果が届かないので、そこで短くする必要があるわけだ。
こんな事情を知らなくても、コツさえ分かれば俺でも簡単に光ってしまうものらしく、これでいいのかと思うぐらいであった。
訓練を始めていくらも経っていないのに、長三郎の動きが鈍くなるのを感じる。俺と一緒で飽きたのか、槍の担当が嫌なのかは分からないが掛け声に力が入っておらず、口をすぼめる表情からもやる気がないと分かる。
それでも堀田先輩は怒らない。
「ちょっと休憩にしようか」
休憩中、座って輪になると訓練の意義を堀田先輩が話し出した。
「こういった訓練をしているのは、もちろん実際の戦いを想定してなんだけど、その戦いは物理攻撃の効果があまり期待できず、属性力によって勝敗が大きく左右されるものなんだ。相手の属性力と自分の属性力の差があればそれだけ被害を与えられる。だから、属性値を伸ばしながら戦闘技術も覚えられるようにと考えてやっているんだ」
「警察なんだから鉄砲を使えばいいんじゃないですか? それに相手が飛び道具を使う場合もあると思いますけど」
疑問はもっともだと思う。たぶん、こういった話をするために休憩に入ったのだろうけど、長三郎の話し方はいくらなんでも突っかかり過ぎだ。
「確かに属性を用いた戦闘でも飛び道具はあるんだけど、特殊なんだよ。たとえば弓を使うと矢が発射されたとき、その矢は使い手から離れることによって属性力が切れてしまうんだ」
しかし、使えないわけではないらしく説明が続く。
「その矢に属性力を乗せ続けるには空間を範囲で捕らえて、そこに属性を確立するという方法を取らなければならない。だけど、空間全体を支配するので出力属性も大きいし、維持するためには保有属性の量も必要になるんだ。もし使えれば、本人が飛び道具で攻撃できるだけでなく、その範囲内で直接攻撃をする者も同じ属性での攻撃なら合力されるから、うまくやれば有利なんだけどね。使い手が少ないんだよ」
「なるほど……」
説明を受けてもやる気のない長三郎の様子に、松下先輩がどこで聞いてきたのかやっかいな話を引っ張ってくる。
「あのさ、長三郎。君、山城なんだって?」
その様子は世間話でも、という感じではない。
「はい、そうですが」
「あそこはいいよね。京があって、公家さんとかいて雅なんでしょ? 私は遠江の出身なんだけど、そこではみんなうらやましいと思っているんだよ」
出身地の話になり、長三郎の機嫌がさらに悪くなるのが分かる。
「そんなんじゃないですよ。あそこは腐ってる」
「そうなの? でもそんな場所にみんな憧れているんだよね。たださ、私はその気持ちが分からなかったけど、今の君を見ているとみんなと違ってよかったと思うんだ。あなたも腐ってるから」
俺は驚愕した。
そして慌てた堀田先輩は繕おうとしたがそれは無理な話で、訓練は重い空気が残ったまま再開になってしまうのであった。