第一話 それぞれの世界
余は、百六代目の天帝になる橋寧である。
先代、つまり父が二十年前に各国守護の勝手な振る舞いを抑えようと作った議会の相手をさせられている者だ。
こんな日々は懲り懲りだが、父というか官僚の議会を作るという提案は成功し、内戦は収まったのだからしょうがないところであろう。
当時、父が官僚の提案を受け入れたのは自らが四十五歳で、跡継ぎに安定した基盤を渡すために急いでいたからであった。
しかし、その継がせたかった一番上の兄は余が生まれた年に死に、二番目の兄も余が三歳のときに死んでしまった。
結果、父が六十二歳で死去すると、残された十二歳の余が後を継ぐことになる。
この三年間、余は官僚たちから歳相応に扱われてきたが、意外にも政は乱れることはなかった。
理由は議会の影響である。
議会は、天帝に仕えていた神官たちと、各国守護たちが送り込んできた代表者たちを議員として行われていた。それは、神官たちの集まりである神宮院と、守護配下の集まりである元老院という派閥に分かれて対立する構造を作った。
この二つの勢力と、官僚という勢力の三つ巴で均衡を保っていたために、たまたまとはいえ安定していたのだ。
その中で、何もできない余であったが、任されている勤めがある。
それは、神から地位が与えられた天帝にしか引き継がれない、特別な能力がなければできないことであった。
そしてそれをするために作られた機関が『警察統合局神託部連邦調査隊』であった。
警察機構を束ねる統合局内にあり、各国にある警察本部の影響を受けず越境して活動できる機関である。
今年はその統合局が設置した武蔵国にある学校に、面白い者たちが入ってきたらしいのだ。
京にいる余が、どのようにして聞き及んだかは秘密だが楽しみである。
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六月上旬、憧れだけで何も知らずに入学した俺は、部隊の六人で幌付き貨物自動車を改造した人員輸送車で移動していた。二年生の二人は前の座席に、俺たち一年生の四人は座るための長板を両脇に付けただけの荷台に乗っていた。別に、貨物自動車に乗り心地など期待していないし、俺はこの扱いでも悪くは思わなかった。
街道筋より外れた武蔵国側、甲斐国との国境付近で初めての実戦相手になるであろう何かに遭遇する。
そいつは耕作放棄された畑にウロウロしていた。
十字に縛られた棒に千切れた布がかかっていて恐らく“元”案山子である。
「堀田先輩あれ、案山子ですよね?」
「そうだよ隼人。今日はあれを四人で倒して欲しい」
「倒すって……」
保管庫から貸し出された装備が短めの剣だったり、胴の広い部分に四角い鉄板があるだけで草摺も腰から腿の辺りをなんとか囲っているという品疎な鎧だからと困惑しているわけではない。訓練をほとんどしていないことが気になっていたから立ち尽くしているのだ。
横に目をやれば、槍が貸し出されていた長三郎も同じように見える。
「大丈夫だよ。この前僕が倒した雪だるまみたいに弱いから。近寄ると攻撃というか、ぶつかってくるけど死んだりしないし」
堀田先輩の説明によれば、まだ演習程度に過ぎない敵ということだ。敵の水準はともかく、こんなところで死んではたまらないと思う。
そこに、もう一人の先輩である松下先輩も続ける。
「そうそう。それに何かあれば私と鮫吉だけでも倒せるから平気平気! 後ろで見ているから、ガンガン攻撃してね」
俺は長三郎と顔を一度合わせてから、ゆっくり右に左にと動いている案山子のもとへ共に真っ直ぐ進み、攻撃を仕掛けた。
剣に属性の力が流れる姿を想像しながら振り下ろす。剣は僅かだが赤っぽい光りを発しており、うまくいってると思った。だが、案山子は“クルッ”と、一本足を軸に体を九十度回転させるので剣はかすりもしない。
長三郎も続いて槍で突くが動きがぎこちない。ひょろひょろと掴みどころがない相手に、どこを突けばいいのか分からないようだ。その後、かすかに黄色く光る槍の先は横に組まれた棒から垂れ下がる布へと向ったが、避けられたというよりも突いたときに発生した風に押されたかのように当たらなかった。
攻撃が空振りに終わった俺と長三郎はそのままその場で止っていたものだから、急速に回転し始めた案山子の横の棒でペチペチされてしまう。
「誰が、ガンガンやられろって言ったー」
松下先輩は半笑いで声援を送ってくる。
後ろで距離を取っていた穂見月は、案山子の攻撃を受けている俺と長三郎に対して回復しようと一生懸命に力を飛ばして可愛らしいのだが、そもそも被害と言えるほどのものを受けていないところへの効果はない。
霞はといえば、穂見月の横で片足に体重を乗せ頭の後ろで手を組むと、俺たちを見て笑っていた。
そのためあえて言うならば、俺と長三郎は細い棒でペチペチやられる姿を味方に晒してしまっていることで精神的に被害を受けているのである。
そんな俺と長三郎はハッ! とした。気がつくと、霞がそこにいたからだ。
彼女は腰につけている左右の短刀を逆手になるよう真っ直ぐ抜くと構え、案山子の回転に対してそれを右左へと間を合わせて出す。続けて両腕を切られなくした案山子の中央を蹴ると、そこから折れて倒れてた案山子は動かなくなる。
「練習から考えれば、こんなもんかな」
「そうだね。霞がちょっと、出来過ぎなだけかも」
松下先輩の言葉に堀田先輩もそう返しているので、先輩の二人は勝てなくても当然だと思って俺たちを試していたのだろう。