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幻想怪異狩猟譚  作者: キロール
ファイル1 原野に近い村にて
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原野に近い村(4)

 武装を解除させて、皆で取り囲めば如何にかできると考えていた村人たちは、自分達の予想が外れた事に狼狽した。


「ブレット! 如何してあいつの武装を取って来なかったんだ!」

「あいつはヤバい! 村を出て多くの犯罪者を見てきたが、あそこまでイカれてる奴はそうはいない! ……話には聞いていたが、狩人とは、あれ程の物か……」

「臆病風に吹かれやがって! だったら俺達が――」

「止めろ! 奴は原野のアレを狩る為なら俺たち全員を殺す事も厭わない――いや、眉根一つ動かさず殺し尽くすぞ!」


 恐怖は直に触れねば伝わらない。ましてや、片や二百年の長い時間を蟠り続けた怪異である。如何に警官のブレットがその恐怖を力説した所で、実際に狩人を見ていない村人にはその言葉は届かない。


 だが、ブレットは警官として村の外を見てきた男だ。普段生活する場所も村から離れている。それだけに、原野に潜む物の影響は薄く、だからこそ、それを上回ろうかという異常性を垣間見押せた狩人により強い恐怖を感じる。それに、警官としての激しい訓練や教育が、村の異常性を無意識に自覚させていたのも大きい。狩人が原野のアレを狩ってしまえば、村も何処にでもる農村になるのではないかと、無意識に感じていた。


 故に、村人と口論となっても退く事は無かった。ブレットの様子を白髪の老いた村長はじっと見ていたが、特に口論に参加はしなかった。村の在り方を変えようと足掻いてきた者達は、居なかった訳ではない。だが、その全ては無駄に終わっている。村長の父親とてそうだった。大戦を無事に生きて帰った村長の父親は、しかし、村の改革を推進している最中に死んだ。母が殺したのだ。原野に潜む物の語り掛けに応じて。この村は、呪われているのだ。解放される事など、無い。


 そんな諦観を抱えて押し黙っていた村長だが、ヒース家に動きがあるのが見えて視線を其方に向けた。村人の何人かが持つ松明の明かりが照らし出したのは――漆黒の、闇夜と同じ色のコートを羽織った男の姿だ。狩人……その彼が背に背負っている物が何か気付いて村長は目を見開いた。


「ブレット! 奴はライフルを持っているのか?」

「あ? いや、俺が確認した銃器の中には――」

「背負っておるぞ、長銃を!」


 狩人の武装はハンドガンばかりではない。いや、それ所か警官相手であっても武器の全てを見せていない強かさを垣間見せている。そうだ、最初に響いた銃声はハンドガンの物ではなく……ショットガンではなかったか? 散弾など撃ち込まれては、確かに村人の武装では徒に死者を出すだけだ。村にある猟で使うショットガンは水平二連の古い銃が数丁。軽いが反動で銃口が上向くから、続けざまに打つのは難しい。


 つまり、相手の銃にもよるが、下手すれば村人にも多くの死者が出る事になる。そうなれば、流石に隠ぺいは無理――。村の秘密が、罪が白日の下に晒される。――奴を刺激すれば、どのみち破滅なのかと村長は目の前が暗くなるような思いを抱いた。



 さて、一方の狩人の方でも事態を楽観視はしていなかった。警官は如何やら自分に屈したようだが、村人は違う。ああして、口論している分、まだマシかと最初に投げ捨てていたショットガン――レミントンM870を背負って外の様子を伺う。まだ時間は稼げると判断すれば、自身が乗ってきたバイクに細工されていないかを確認した。この状況下となれば、原野に居る奴が何か行動を起こすはずだ。その時に居場所を把握して、一気に叩かねば……。村人と警官の口論が微かに響く中、バイクの安全を確保した狩人は屋内に戻った。


 ヒース家の中は相変わらず暗く、牧師は眠りと覚醒を繰り返している。出来れば今夜中に全てを終わらせて早朝になる前に999に連絡して、近場の病院に連れて行ってもらわねばならない。それを思えば、今にでも行動を起こして貰いたいが……。僅かに焦りを覚えながら狩人は一度落ち着こうと椅子に腰かけた。その時にテーブルの上に投げ出されているスマートフォンが鳴り響いた。また、あのシンフォニックメタルの壮大な音と歌唱が響くとこの家で搾取されていた姉弟がそちらに視線を向ける。


「其方は終わりましたか。流石に早い。ええ、ええ。テリトリーの焼却? なるほど、それでようやく姿を見せると。確かに一般の原野とかけ離れた異質さがありますね。ええ、焼却の手段は考えてありますよ――ローンはまだ終わって居なかったのですがね。――――狩れるのならば、悔いはないですね」


 手短に会話を終えた狩人は、最後に電池残量が危ういのでと告げて通話を切った。そして、テリトリーかと小さく呟くと、暗闇から幼い二対の瞳が此方を見ている事に気付いて、微かに肩を竦め。


「弱点は分かった。いや、狩りが出来る状況まで引きずり出せる方法は分かったと言うべきか」

「そうなの? でも、私は知りたいのはその曲名。何てバンドで何て名前の曲?」

「……姉ちゃん?」


 狩人――アキヒトは状況の改善を伝え安心させようとしたが、姉のアリシアの反応は予想をしていない物だった。淡々と、しかし、何処か熱っぽく問いかけてくる様子にアキヒトは少しだけたじろいだが、弟のリチャードも訝しげである。この状況下であれば、ましてや、音楽に然程興味が無かった事を知る弟であれば、姉の質問の突拍子も無さは異様に思えたのだろう。だが、アキヒトが一息ついてからバンド名と曲名を伝えると、僅かに嬉しそうにアリシアは礼を述べた。そこには何の作為も感じられなかった――。


 さて、これは良い傾向なのか如何か、さっぱり分からなかったが、狩人であるアキヒトは二人の姉弟にある指示を出した。家の中にある小麦粉を集めさせると言う作業を申しつけたのだ。二人は戸惑いながらも狩人の言を聞き、ありったけの小麦粉を集め始めた……。後は、原野に潜む物の反応を待つばかり……。



 未だに口論続く村人達とブレットだったが、双方流石に疲れてきても居た。互いが互いの恐怖に突き動かされており、折れる事が無かったからだ。これで少数意見のブレットが無事なのは、彼が警官であり、彼の身に何かが起きると村に不利益を与えると村人達の理性が辛うじて働いていたからだ。時計の針は既に二時を回ろうとしている。最も闇が濃くなる時間――遂にそれが起きた。


 村人全員に強く働きかけるのは、原野に潜む物の声にも似た思念。一向に結論を出さない村人たちに業を煮やして、早くあの狩人を追い出すか殺すかしろと言う強迫観念めいた思念を叩きつけたのだ。村人たちはその思念の強さに頭を押さえて呻いたが、すぐに響いた爆音に今度は其方に視線を向けざる得なかった。


 ヒース家から突如、煌々と一筋の灯りが放たれた。それは、ヒース家を遠巻きに伺っていた村人達の姿を浮かび上がらせ、そして脇へと逸れていく。それが、バイクのヘッドライトであると気づいた時には、バイクは爆音を響かせて原野に向かって走り出した後だった。再び村人に向けて放たれた思念、恐れや戸惑いに満ちたそれが、謀らずとも村人を縛っていた恐怖に綻びを与えた。これ程恐れ戦く何かがあの狩人にはあるのだと言う消せぬ思い。警官ブレットの必死の説得の意味がおぼろげながら彼等にも分かり始めていた。


 そして、二十分もしない内に響き渡った爆発音が、その思いを一層強くしたのである。ヒース家を守る者は今は居ない。だが、態々そこを襲い、恐るべき虎の尾を踏む事は無いのではないか……と。それ所か、この原野に潜む物による支配に終わりが来たのではないかと。

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