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幻想怪異狩猟譚  作者: キロール
ファイル1 原野に近い村にて
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原野に近い村(3)

 電気が消えたヒース家に忍び寄るのは、何も不定の恐怖ばかりではなかった。この村は二百年近く、原野に潜む物に支配されてきたのだ。原野となった土地を何度となく開墾しようとし、そのたびに失敗してきた彼等には、深いレベルで恐怖が刻まれている。


 約二百年、家々に、或いは村にひっそりと伝わる恐怖。子供の頃からまことしやかに語られる恐るべき出来事とそれに対する対処法は、村のあり様を変質させる。犠牲者は村の住人で無くても良いのだ。数年に一人の割合ならば、如何にか見繕える。


 原野に近い村は、そうやって生き延びてきた。もし、通信機器の発達やインターネットの出現が無ければ、まだ上手くやって居た事だろう。余所者を引き寄せる餌は、原野が――原野に潜む物自身が用意してくれているのだから。


 ねじくれた奇妙な植物、それを食した家畜、原野を水源とした水、それらを育む土……。原野全てが、ある種の人間を引き寄せて止まない。今回も上手く行くはずだった。原野の植物に魅せられた者が、ある種の功名心に駆られてやって来た。三人の内、二人はその魂を永遠に捕らわれる事になったが、最後の一人は潜む物の眼鏡に適う。村の仮初の主となったのだ。


 今回も仮初の主が村に現れ、余所者を搾取し、最後に潜む物に食われる。一連のサイクルは変わらず続く。そう、彼等は家畜なのだ。餌を与え、太らせ、最後に顧客に提供すれば良い家畜に過ぎない。だが――今回は大きな問題が発生した。


 村に赴任してきた牧師が家畜の家に介入してきた。牧師が村に在住していたのは随分昔の事で、人員整理の名の下に、最近では隣町の教区に牧師が一人いるだけだったのに。突然の赴任騒ぎに村人達は警戒をしていた。この村のあり様がバレたのかと。それでも、ここまでの大きな異常は起きないと踏んでいた。牧師一人ならば如何とでもなると考えていたのだ。程なくして仮初の主と呼ばれる狼男が処分するだろうと。


 だが、その狼男が――家畜が殺されてしまった。――確かに二百年の月日の中には、その様な事例は何度かあった。だが、今回はかなり特殊だ。あまりに、呆気なく家畜おおかみおとこが殺されてしまった。仮初の主とは言え、潜む物の力を注がれた驚異の存在が。


 今までは、数日間にわたる攻防があり、如何にか家畜おおかみおとこを倒すと言う状況が殆どだった。中には一日で勝負がつく事があったが、その場合は家畜おおかみおとこが入れ替わっただけだった。伝承通り、傷を負えばそいつは感染し、家畜おおかみおとこになるのだから。傷を負わないように戦えば長い時間を有するし、その時間に原野に潜む物は家畜を殺そうとする者を見定めて、取り込めそうならば取り込み、無理そうならば、敢えて見逃すか事故死させてきた。


 だが、今回は見定める事も出来ず、そいつが来て一時間もせずに家畜(おおかみおとこ)は殺された。故に村人たちは原野に潜む物の焦りを感じ取り強硬手段を取ってしまった。まず村長がこの村出身の警官を呼び寄せる。そして、数名の男達が、ヒース家――家畜小屋の電気の供給を断った。


 場合によっては感電死するかもしれない電線切断をやってのけたのは、恐怖に支配されている為か。それとも自分達の安寧の為か。――暗闇は原野に潜む物が最も得意とする状況である。場合によってはそれだけで片が付く筈と、村人は固唾をのんで見守った。原野より忍び寄る霧。ヒース家を包み込み、内部に侵入して中の者達の息の根を止める。そう思われた霧は、突如、霧散してしまった。


 その光景に、村人は恐怖した。本来ならば、恐怖を解き放つ者が来たと喜ぶべき状況を彼等は喜べない。生まれた時から続くこの支配が消える事の方が、今や恐怖なのだ。潜む物が傍にいる状況が、あまりに長く続きすぎたのだ。道徳や倫理など関係はない。常識では測れない恐怖が傍に在り過ぎた事で、この地に住まう者達はある意味狂ってしまっていた。


 恐怖に駆られた者達が行うのは概ね二つ。恐怖に流され逃げるか、恐怖を怒りにすり替えて暴動を起こすか。この村の者達は――後者を選んだ。霧の霧散を目撃した男達の報告は怯え、狼狽した有様で。その恐慌は伝え聞いた村人たちに伝染していく。その挙句が農作業用のフォーク、猟銃、作物を刈る鎌などを手にした村の老若男女合わせて75人が、一斉に襲撃を仕掛けようと言う無謀な試みであった。彼等は思い思いの格好で、しかし凡そ正気とは思えぬ表情を浮かべてヒース家を伺っていた。村人が遠巻きにヒース家伺う頃、時計の針は0時を指し示そうとしていた……。



 一方のヒース家では、静かな夜が続いていた。電気が使えなくなって既に二時間以上が経過している。あれから狩人――アキヒトのスマートフォンが鳴り響く事も無く、不用意に使う事も無い為、電池残量は32%を示している。


 サイモン牧師は、如何に止血して応急処置を受けているとはいえ怪我人。うつら、うつらと眠りの園へと足を踏み入れている。幼い姉弟の弟、リチャードは牧師の傷の関節圧迫をひたすら繰り返していた。眠れない事など、この家に来て以降の生活に較べれば如何と言う事も無い。


 姉のアリシアは、全く輝きと言う物が無い様な暗い瞳で、暗闇の中でありながら黒衣の狩人の姿をじっと目で追っていた。アキヒト自身もその視線に気付いていたが、敵意を向けられている訳ではなさそうなので、暫く放って置いたのだが……。


「如何した?」

「――何でもないわ」


 思わず問いかけたが、返って来たのは平坦で無機質な少女の声。それでも、暗闇の向こうからじっと視線を向けてくる。不快ではないが、何とも言えない心地を覚えるのは致し方ない。冷めて居ながら何処か熱い視線を受け続けるのは、奇妙な物だ。


 更に言葉を投げかけようかと思案したアキヒトであったが、不意にヒース家の扉をノックする音が響く。そして、続いた声は……。


「警察だ、銃声が響いたと聞いた。確認したい」


 事態の改善を思わせるような公権力の介入。だが、狩人は決して気を抜く事は無かった。こんな片田舎では、法や道徳よりも悪しき怪異や幻想の方が人の心に根付いていると師より何度となく聞かされているからだ。故郷でもそう言う事はあった。この地ではないと言い切る保証は何処にもない。スマートフォンの画面を付けて、灯りとして二人の姉弟を見やる。二人とも、身を硬くしている。やはり、警察だろうと信用できないか。


「今開ける」


 それでも、万が一事態が改善するのならば牧師の命を助ける公算が増える。それを無視できる程に狩人は非情にはなれなかった。


 


 その結果がこれである。


「お前……なんだ、これは? コルトパイソン、コルトガバメント、グロッグ――17じゃないな? 18か? それにトカレフにデザートイーグルだと? お前は何と戦う心算だ……」


 黒衣の狩人は不審者として尋問を受ける羽目になったのだ。銃器を出せと言われて、仕方なく所持していた全ての銃器をテーブルに並べる。それをライトに照らして確認しながら警官は額に脂汗を浮かべながら、アキヒトを伺い銃器の一つ一つチェックしていく。これだけの銃器を自在に扱えるのならば、農具で武装した村人では相手にならない……。


 警官はこれで全てと思ったか、額に皴を作りながらも、ハンカチで脂汗を拭い狩人を名乗るアキヒトを如何扱うか悩んでいた……。家畜おおかみおとこを倒したのだから、早々に帰ってもらうか、排除するか――。不意に警官の脳裏に原野の方から注意を促す声が響く。この村に生まれた者ならば誰しもが持つ感応力が囁く。警官は弾かれたようにアキヒトを見やれば。


「皇国人、コートの中を見せてみろ」

「銃器はすべて出したぞ?」

「良いから見せろ!」


 そう怒鳴った。公権力の強制が入っては断るのは面倒だ。善意であれ、悪意であれ。身を竦ませている姉弟を怯えさせるのも酷だからと一つ息を吐き出せば、アキヒトは仕方なくコートのボタンを外して内側を見せた。そこには警官が――原野に潜む物が絶句する武装が備わっていたのである。


 鞘に収まったマチェーテが四本、大型ナイフが二本それぞれコートの内側に専用の収納場所をこしらえて収められており、腰のホルスターにもマチェーテがぶら下げられている。その全てに古の印が刻まれており、数多の怪異が流した血潮で鍛えられていた。如何に血脂を拭おうと宿る念が違う。


「お前――お前……」

「原野のアレは私が殺す、そう村長に言っておけ。これ以上の手出しをするなとな」


 怯んだ警官を見やり、狩人は凄味の在る笑みを浮かべて言ってのけた。十中八九のうち八九の事態が起きているだけだ。牧師の命を繋げるには、村の連中を縛りながら狩りを遂行せねばならない。それにはこの警官を利用するしかないなと、冷徹な視線を向けながら狩人は算段していた。黒衣の狩人の持つ全武装を見た警官は、古くから伝わるまことしやかな恐怖と同等かそれ以上の異常性を、狩人に見出した。数多の幻想殺し、怪異殺しにより鍛えられた武器は、使い手の異常性を、強固過ぎるその意思を垣間見せたのだから。


 恐怖に支配されてきた者は、それを上回る新たな恐怖の前には成す術もなく投降する者だ。そして、警官は黒衣の狩人と言う恐怖に、彼が垣間見せる異常性に心が折れたのだ。

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