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舞台挨拶

作者: 宗真匠


「ごめん、別れてほしい」

 一瞬のことだった。

 その瞬間、これまで積み上げてきた全てが崩れる音がした。

「うん、わかった」

 Noと言えない私のことを理解している彼は、それ以上のことは何も言わなかった。

 どうしてなのか、私の何がダメなのか、はたまた新しい女か、どうしてその女なのか。

「今までありがとう」

 私はその疑問全てを飲み込んで、彼にそう告げた。

 ツー、ツー、という寂しい電波音だけが耳に響く。

 こんな気持ちはもうたくさんだ。

 私は自分の気持ちに蓋をして、心の奥底にしまい込んだ。



「ってことがあってから、やっぱその辺の男じゃダメだなーって思ったわけよ」

 購買で買った牛乳をストローでチューっと吸い上げて、私は一息ついた。

 目の前では私の友人、里美が呆れたと言いそうな、溜息をつきそうな、冷めた表情で私を見ている。

「何その目」

 里美は予想通り溜息をついた。

「はるか、あんたどうしたらその結果から今に至るの?」

 その結果とは、恐らく本音が言えず彼氏と別れ、それ以来男と付き合えなくなったことを指すのだろう。

 そして今とは、スマホに映る私の愛しの人について言ってるのだと思う。

「もう男は信じられないの」

「そうね」

「だから彼に生涯を捧げることにしたの」

「は?」

 笑いの取れない憐れなピエロを見るような目で、里美は私を睨めつける。

 私は里美から目線を逸らし、彼を見る。

 彼、とは私のスマホの中で私に笑いかける彼のこと。

 浅川リョウ。それが彼の名前。

 リョウ君は最近デビューした人気の若手俳優で、その中性的な顔立ち、女の子みたいな高めの声、男の子にしては小柄な体格と『可愛い草食系男子』の完成系とも言える最高の俳優なのだ。

 デビュー作は『夕日の沈む丘』という映画のヒロインの友人役。これがまたどハマりしていて、ヒロインの可愛さに引けを取らないその愛おしさに加え、ヒロインを好きでいながらも、ヒロインが困った時には背中を押してあげる男らしさも兼ね備えてそれはそれは

「ちょっと、聞いてるの?」

 里美がたいそうご立腹そうに頬を膨らませている。

 いけない、リョウ君の話になるとついつい考えすぎてしまう。それだけ魅力に溢れてるのだ。

 初めての主演映画『浅川家の三姉妹』についてはまたゆっくりと映画を見ながら感傷に浸るとしよう。

「ごめんごめん、なんの話だっけ?」

 里美は「またか」と声が漏れそうなほど深い溜息をついて、呆れ顔で答える。

「浅川君の新しい主演映画の完成披露試写会のチケット取れたけど、行くでしょ?」

 里美はそう言って、鞄から取り出したチケットをピラピラと見せる。

 それは確かに、喉からと言わず今すぐ右手が出て引ったくりそうなほど欲しい物、だけど。

「ごめん、ちょっとその日は…」

 里美が持っていたチケットがその手を離れ、ヒラヒラと地に落ちていく。

 里美はそれを拾い上げるよりも先に、身を乗り出して私に顔を近付けた。

「はるか、本気で言ってんの?」

 ジリジリと迫る里美に気圧されつつ「う、うん」と答えると、里美はチケットを拾い上げて椅子に座り直した。

「はるかなら親の葬式よりも浅川君を優先すると思ったのに」

「え、なにそれ失礼」

 さすがにそんなことはないよ。…たぶん。

 里美が誰と行こうかぶつぶつ呟いていると、准教授が教室へと入ってきた。



 私も本当ならリョウ君に会いたかった。

 映画も里美と見に行きたかった。

 でも、それはできないのだ。

 なぜなら――



「浅川君、そろそろスタンバイよろしく」

「あ、はい」

 映画も終盤、浅川リョウとヒロインの女優が短く言葉を交わし、すれ違うシーン。

 浅川リョウの繊細な表情を撮るために何度も撮り直しを要求されたため、音を聞いているだけでもシーンが蘇る。

「表情固くなってますよ」

 死角から話しかけられ、身体をビクッと震わせる。

 クスクスと笑う彼女は、今作のヒロインで若手人気女優の櫻井桃香。整った顔に小柄な体型、明るいキャラクターで男女問わず人気がある、所謂『可愛い』を体現したような女性だ。

「ごめん、今上映してるシーン、何度も撮り直ししたなーって記憶が蘇って…」

「あー、確かに監督にこっぴどくしごかれてましたもんね」

 櫻井はいたずらっ子のように笑いかけて続ける。

「でも、浅川さんの演技とても良かったですよ。私もドキドキしちゃいました」

 この子のこういう優しさが人気の秘訣なんだろうなとつくづく思う。

「ありがとう」

 僕はそう言って、舞台挨拶のために心を落ち着かせた。


 エンドロール後、会場が明るくなると同時に監督を始め、出演者が次々に壇上に上がる。

 僕も当然その列に続く。

 満員の客席からパチパチと拍手があがる。

 本当なら私もあちら側にいたのにな、なんてありもしない理想を脳内に巡らせ、誰にでもなく客席に向かって手を振る。

 それだけで湧き上がる歓声の大きさから『浅川リョウ』という俳優の人気がわかる。

 それは、私が私の一番好きな人を全力で演じているのだから、当然と言えば当然なのだが、それにしてもすごい人気だ。

 前列の女の子なんて、感動のあまりか泣き出してしまい、友人らしき茶髪の女の子に慰められているが、その涙は止まることを知らない様子だ。

 私も浅川リョウに会えたらと考えると人のこと言えないけど。

 監督が挨拶を終え、私にマイクが回される。


 この会場に里美も来ているのだろうか。

 里美は、こんな私を見てもいつものように冷たい目で見て、笑ってくれるだろうか。

 男装した自分のことが好きだという私を見ても、いつも通り接してくれるだろうか。


 私は深く息を吸って呼吸を整え、私、深海遼(ふかみはるか)は人気俳優、浅川遼(あさがわリョウ)として挨拶を行った。


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