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第8話 これは怪奇か、悪戯か

「……今さっき見た事は私達以外には他言無用だ。勿論、この部の連中もだ。新聞の記事にもするな。いいか?」


「……蛇塚先輩は何を知ってるんです?」


 今、僕はPP部の部室にいる。北側に僕と幽月、南側に蛇塚先輩が机を挟んで座っている。蛇塚先輩は腕と脚を組み、険しい表情で僕らを睨んでいる。幽月はさっきのショックが癒えていないのか、自分の体を抱くようにして震え続けている。下を向いているので表情は分からないが……。かく言う僕も、何とかして脚の震えを抑えようとしているが未だに止まる気配を見せない。


「さあな、何も知らない。だが、お前たちも見ただろう?()()を」


「……」


「それでも……まだ記事にしようとでも言うつもりか?」


 蛇塚先輩はより一層厳しい目つきで僕を糾弾してくる。だが、僕は生憎ここで引き下がるつもりは無かった。今でも震えてはいるが……これは興奮しているのだ。あれを見てしまった事に。17年生きてきて、ついに本物を見つけたのだ。こんな一大ニュース、PP部副部長としても僕自身としても放っておけはしない。

 僕は椅子から勢いよく立ち上がり、蛇塚先輩のまさに蛇のように鋭い視線を真っ直ぐに見つめ返す。


「こ、ここはPP部……超常現象研究部なんですよ?折角最高のネタを見つけたっていうのに、それをみすみす逃すなんてこと……」


「……はあ」


 蛇塚先輩は呆れ果てたように大きく溜息を吐いて眉間をつまむ。そして、同じように勢いよく立ち上がると、つかつかと僕の方に歩み寄り、至近距離まで迫ってくる。


「これには人の命が懸ってる。だから……分かっているだろう?」


 最後にもう一度、蛇塚先輩は僕をきつく睨み付けると、踵を返して部室を出ていった。先輩は校舎に隣接している学生寮住みだから、この時間でも部屋に帰る事が出来る。ちなみに、今隣で震えている幽月も同じく学生寮に住んでいる。


「……帰らなくていいのか?」


 僕は幽月の方は見ずに、小さな声で尋ねる。彼女は暫く思案していたようだが、やがて緩慢な動作で荷物を纏めると、早足で部室を去っていってしまった。

 当然ながら、部室には僕一人が取り残される形となる。人の温もりというものが消え去った途端に、この世界には自分しか存在していないのでは無いかという猛烈な孤独感に苛まれる。普段は温かいイメージを持つ照明も、今はどこか冷たく、頼りなく感じた。


「……とっとと寝るか」


 僕はわざと大きめの独り言を漏らすと、部屋の隅に置かれていたダンボールを床に敷く。そして、薄ら寒く感じていた照明を落として、ダンボールに寝っ転がった。

 部屋は一瞬にして闇に覆われる。その途端に、僕の身体は寒気を覚え始める。この年齢にもなって何とも情けない話だが、見てしまったものはどうしようもないし、あの光景が強烈に脳に焼き付けられてしまって離れようとしないのだ。そして、自然と僕はさっき起こった出来事を一つ一つ回想し始めた。


 壁に突き刺さるようにして現れた生首。蒼白いオーラを纏ったそれを見た瞬間に僕の意識は消失した。僕はその時発狂したのだろうか。それとも叫ぶ余裕すらなく倒れ込んだのだろうか。それすらも覚えてはいない。

 気が付いた時には、目の前には肩に模造刀を担ぎ、脇に気絶している幽月を抱えた蛇塚先輩が僕を見下ろしていた。扉に刺さっていた生首は既にどこかへ消え失せていた。


「おい、何をしている」


 蛇塚先輩は侮蔑的な表情を浮かべたまま、僕に吐き捨てるように言う。その問いは、どうやら答えを求めるものでは無いようだった。

 僕が壁を支えにしてどうにかして立ち上がると、蛇塚先輩は僕の体調などまるで気にしていないようにさっさと女子トイレを出ていってしまう。僕は慌てて追いかけた。


「あの……僕はどれくらいああしていたんです?」


「知ってどうする?」


「い、いえ、別にいいですけど……」


 蛇塚先輩は僕の言葉などまるで興味が無いという風に、振り返ること無くズカズカと先を進んでいく。気絶していたせいか、僕はついていくのがやっとだった。


「お前は……ここの生徒が殺された事件を知っているか?」


 唐突に話しかけられた事で一瞬何を言われたのかを理解出来なかったが、瞬時に脳の記憶領域に蓄積されているデータを辿り始める。そして、そのデータはすぐに発見出来た。


「2年前……心ヶ丘高校から帰宅中に当時高校一年生だった生徒が通り魔によって殺害された事件……」


「そうだ。名前は……確か五十嵐と言ったな」


 死者1人、負傷者3人の凄惨な無差別殺人だったという。その時はまだ僕は中学生だったが、事件現場が近かった為、暫くは登校禁止になった程だ。だが、今その事件の話が関係あるのだろうか。


「その五十嵐……噂では相当な悪戯好きだったらしいな。例えば……トイレの鍵を全てロックして本当に入れない人をトイレに入れなくしたり、とかな」


 そう言われて、漸く僕はその話とさっき発生した謎の現象との繋がりが見えた。だが……そんな事、すぐに受け入れられる訳が無い。いつの間にか、僕はその場に立ち竦んでしまっていた。再び、嫌な汗が噴き出し、脚が小刻みに震え始める。……僕は、触れてはいけない領域に足を踏み入れてしまったのではないか?そんな思いで頭が支配され始める。

 蛇塚先輩は僕が歩みを止めると同時にこちらに振り返る。彼女の左目は無感情に見えた。果たして眼帯で隠されている右目はどうなのだろうか。


 それからは、部室に戻って幽月が目覚めるまで僕も蛇塚先輩も何も言わず……そして幽月が目を覚ますと蛇塚先輩は今の事を記事にはするなと言い出して、今に至るという訳だ。

 それにしても今日は忙しい一日だった。朝っぱらから新聞制作の為の資料探しやクラスの準備、部もクラスも関係無い場所で雑用をさせられ……おまけにさっきはあんなものまで見てしまった。あれは悪い夢だった……そう思いたかったが、夢とは違って僕の脳内からその記憶が抹消される事は無かったし、それどころかこびり付いて離れようとしてくれなかった。


「ああ、そうだ……トワから返事来てるかな……」


 ふいに僕は、朝にトワへメッセージを送った事を思い出した。バタバタしていてスマホを見る事が出来なかったので返事を確認し損ねていた。僕はズボンのポケットをまさぐりスマホを取り出して『RUIN』を開く。……が、そこには返事は疎か、既読すら付いていなかった。


「旅行で忙しい……のか?」


 まあ、大方父親に振り回されてスマホなど見る暇無かったのだろう。きっともう疲れ果てて眠りの中かもしれない。

 思い立って、僕はトワに今日あった事をまとめて送ろうとメッセージを打ち始めた。次々と、何個かに分けて送信していく。……さっきの事は伝えるか否か散々迷った挙句、結局送るのをやめた。蛇塚先輩の言いつけを守ろうという訳では無い。トワにだけは、必ず伝えるべきだ。だが、今はまだそのタイミングじゃない……そう判断したのだ。

 僕はスマホを近くの椅子の上に置いて、今度こそ目を閉じた。結局、その日の夜はなかなか眠りに就けず、悪夢にもうなされ、まともに寝る事は出来なかった。


 ●●●


「ほ、本当に閉まってる……」


 午後8時半頃。私は例の噂について確かめるべく、一人きりで女子トイレの中にいた。本当はソラと一緒に調査したかったけど、私たちの部新聞はやや行き詰まりつつある。だったら、ソラの熱が治るまで、私が事前調査をやっておくべきだ。私はオカルト現象が起きている事を確認し、そしてソラと一緒に原因を探求する。これが私の計画だ。

 そして、本当に狙い通り、私の目の前でそれは起こった。まさかここまであっさり現場に遭遇してしまうとは思ってなかったから少し拍子抜けだけど……と思っていた時だった。トイレの個室の内の一室から突然ガタガタと小さな物音が聞こえてきたのだ。


「だっ、誰!?」


 突然の出来事に、私は慌てて体をその個室から遠ざける。もしかして、本当に幽霊の仕業じゃ……だとしたら大発見だ。ソラもびっくりするに違いない。私は何としてもその世紀の大発見を捕える為に、スマホを構えつつ、ゆっくりゆっくりと個室へと近づいていく。物音はしない。しかし、ほんの微かに呼吸の音が聞こえる。私のとは違うものだった。


「誰か……いるんですよね?」


 意を決して、私はその個室の扉を軽くコン、コンとノックした。中からは何の反応も無かった。しかし暫くすると、何かを諦めたような大きい溜息が聞こえてくると同時に、個室のロックが解除され……果たして中から一人の男子生徒が現れた。


「あ、あなたは……」


「いや〜、バレちまったんなら仕方ない。この悪戯もそろそろ潮時ってとこかな」


 その男子生徒は、首筋を掻きながらケラケラと笑った。私は呆気に取られつつも、彼の足元を確認する。脚はちゃんと付いてる。どうやら幽霊では無いようだ。とすると、この人は一体こんな時間に女子トイレで何を?そういえば、さっき悪戯とか何とか……。


「じゃ、そういう事で。先生にはチクらないでくれよな」


 私が全てを理解し終える前に、男子生徒は駆け足でその場を去っていき、女子トイレには私だけがぽつりと残されてしまった。数秒の間、呆然としていたがどうにか頭を働かせて状況を整理する。


「あっ、そういえば3年生の悪戯好きの男子がいるって噂があったような……」


 ふいに記憶領域の底に眠るそんなデータが私の頭に浮かび、今起こった状況を全て理解してしまった。つまり、今の現象はオカルト的な現象でも何でもなくて……


「ただの悪戯ってこと〜!?」


 私は静寂に包まれた学園中に響き渡るような声で叫んだのだった。

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