第6話 苦悩する部員、意外な返答
「さーて、そもそも新聞をどうするかだよな」
将くんは縦の長さが1m以上はあるであろう模造紙を手に持ち、宙でぶらぶら彷徨わせながら言う。
私達は部からの出し物としてオカルト新聞の特別号を製作する事に決まっていた。ちなみにこれを作るをを決めたのはソラで、誰も反対する事も無かった。……が、ソラが不在の状態で、いざ作ろうとなると何をすればいいのかもよく分からない。
「とりあえず……手分けしてインターネットとか図書室にある書籍とかで特別号に載せるに相応しいネタを探すのがいいと思うよ?」
ヒナ先輩が挙手をして言う。私もとにかくネタを集めない事には新聞なんて書けないわけだし、それをするべきだろうと思っていた。……けど……
「うーん、でもただそのネタを集めるだけなのは面白くないんじゃないですか?」
「うん、トワの言う通り。もちろん、それだけじゃダメだよね」
私が遠慮がちに意見を述べると、ヒナ先輩は爽やかな笑顔で肯定してくれた。ヒナ先輩は部活に出てくる時間こそ他の人よりも短いけど、出ている時は積極的に部の活動に参加してくれる。それに、部の中でも数少ない先輩なので私は彼女をとても頼りにしている。
「でもでも、じゃあどうすればいいワケ?」
美観ちゃんが顎に手を当てて尋ねる。何だか色々考えているようで……逆に何にも考えて無さそうな……そんな掴み所の無い態度。何でだろう。私はもう彼女と一年以上も一緒に部活仲間として過ごしているはずなのに、彼女を理解できていない?
「だったら、今までの新聞で書いて評判が良かったネタの総集編もやるってのはどうっすか?」
「お、さっすが香澄。ウチも同じこと考えてた」
「えっへへ、やっぱ気が合いますねえ私達っ」
「なんなら、もういっそ付き合っちゃおっか?」
「それもいいですけど……やっぱり私にはお兄ちゃんがいるから……」
「なーんだ、それは残念」
私はちょっとした思考の渦にはまりかけていたが、香澄ちゃんとヒナ先輩の仲睦まじい会話によってその思考はいつの間にか忘却の彼方へと去っていた。ユカちゃんはそのやり取りをまるで自分の事のように幸せそうな表情で眺めていたが……気にしない事にする。
「よしっ、じゃあ皆で手分けしよう!皆は何がしたい?」
私が尋ねると、各々やりたい事を決めていった。結果、私と将くんが過去の新聞からネタの獲得、香澄ちゃんとヒナ先輩が部のPCで調べもの、ユカちゃんと美観ちゃんが図書室で調べもの……といった分担になった。
○○○
世界は、私たちのいる現実世界だけで構成されている訳ではない。
寧ろ、この現実世界は、世界全体から見れば本当にちっぽけな世界なのだ。
世界にはいくつもの階層がある。
私たちのいるこの世界……『現界』は、その階層の中でも下段に位置する。
人は死ぬことで肉体から魂が遊離し、その魂が天に昇って最初に至る場所が『幽界』なのだ。
更に、その魂の中でも、生きている間に徳を積んだ者はやがて更に上に位置する『霊界』へと昇る。
そして、その階層世界の中で、最も高位に位置する世界……それは神の存在する『神界』なのだ―
「……だとさ」
僕は無駄に分厚い本の、そんな一節を読み上げて本を閉じた。表紙の時点で、タイトルといい禍々しい絵といい明らかにヤバそうな代物であることは分かっていたのだが……僕の期待するオカルトとはこういうものでは無いのだ。そもそも、何だってこんな本がこの学校の図書室に置いてあるのか。
「荒唐無稽、ってヤツだな」
「何だか……宗教っぽい話だね」
後ろから覗き込んでいた将吾も呆れたように呟く。同様に隣にいる双海もおっかない物でも見たような表情で呟いた。僕も、一つ大きな溜息を吐くと、少しずれていた眼鏡の位置を直すと、その本を元の位置へと戻した。
ちなみに、今僕らは三人で図書室に新聞のネタ探しに来ていた。双海にはわざわざクラスでの準備を切り上げてもらって、だ。だが、意外と面白いネタというものは見つからないもので……もう軽く二時間は探している僕らはそろそろ活字を見るのに辟易していた。
「他の連中は良い感じのネタを見つけただろうか……」
他の連中……とは、柊、幽月、蛇塚部長の事だ。柊には部室に置いてあるPCでネタ探しに勤しんでもらっており、後の二人は過去に発刊した新聞を漁って面白かったネタを探してもらっている。僕は将吾と双海に引き続き調査をしてもらう事にして僕は一人で部室へと向かった。
部室に戻ると、そこには四人の部員がいた。いつの間にか明里先輩も戻ってきていたようで、デスクトップPCの前に座っている柊の後ろに立って何やら話している。また、机上には過去に出した新聞が何枚もばら撒かれており、酷く雑然としている。幽月は無表情で新聞を眺めている。いつものようにニヤケ顔じゃないあたり、それなりに真剣にやっているようだ。蛇塚部長の方は椅子にもたれかかって足を組み、スマホに何やら高速で文字を打っている。何だかいつも以上に難しい表情をしている気がする。それにしても、部長だと言うのに作業を後輩に任せて何をしているのやら……。僕は大仰に溜息を吐きたくなるのを堪えて、柊たちの元に向かった。
「調子はどうだ?」
「うーん……あんまり良くは無いみたいだね」
キーボードをガタガタと叩いて画面を凝視している柊の代わりに、明里先輩が答える。僕もディスプレイを覗くと、そこには大量のウィンドウが開かれていた。が、いずれも既に新聞のネタに使ったような題材ばかりである。
「うわ~!ネタが全っ然無い~!」
やがて柊はお手上げだと言わんばかりに両手を上げてそう叫んだ。まあ、それも仕方ないだろう。実際、超常現象というものは滅多に起こらないから超常現象たり得るのであって……そうそうネタがあるはずも無いのだ。まあ、それっぽい情報自体はネットの海に大量に存在するが、大半は口から出任せのようなまるで信憑性の無い情報ばかりだ。そもそも信憑性のあるオカルト情報というものが存在するかは怪しいのだが……。
ちなみに、僕はUFOだったりUMAだったりというあまりに現実離れしたような現象にはさほど興味は無い(ネタとしてのウケは良いから何度か新聞の記事に載せはしたが)。僕の興味は霊的な現象が主だ。要するに、心霊現象とか幽霊とか降霊とかポルターガイストとか……そんな所である。
「ていうか、ネタが無いなら無理に新聞作らなくてもよくないですかぁ?」
「いや、そういう訳にもいかない。これは部がちゃんと活動しているという証明になるから……逆にこれを出さないと部費を減らされる可能性がある」
「そうなのか、それは困るね」
「はい、だからこの新聞は何としても完成させないといけないんだ」
「だったらもう総集編だけでよくないです?」
柊は投げやりな感じで言う。確かに、普通に新聞として出すならそれだけでも別に問題は無いだろう。だが僕のPP部副部長としての意地がそれを許さなかった。
「あ、そういえば……」
そうだ、僕は大事なことを忘れていた。例の、心ヶ丘高校七不思議の最後の一つでは無いかと言われた女子トイレの謎。あれをまだ解明していないじゃないか。トワが帰ってきたら一緒にやる予定だったが……来れないのなら仕方が無いのでもうやってしまおう。
「突然だが……今日の夜に女子トイレで起こった怪奇現象についてもう一度調べてみようと思う。協力してくれる人はいるか?」
僕は眼鏡のズレを直しながら、部室の女子部員たちに告げる。すると、柊と明里先輩は暫く顔を見合わせて、少し困ったような顔になる。先に口を開いたのは柊だった。
「あ~、申し訳ないです。私、夜は用事があるんで」
「用事?塾でもあるのか?」
「いや、塾なんか行ってないですよ。でも、その時間はどうしても外せなくて……」
「もしかして……月9か?」
「ご名答!」
柊はバチっとウインクをして、こちらに向かってサムズアップをしてくる。そういえば柊はドラマ鑑賞が趣味なんだったか……。よく部室でトワと昨晩に見たドラマについて熱く語り合っている光景が脳裏に浮かぶ。ドラマぐらい録画して見ろよ……と反論したくもなるが、そこにはきっと彼女なりの拘りがあるのだろう。決して部活をサボりたいわけでは無いのだろう。そう、好意的に解釈する事でぐっと堪えた。
「なら、明里先輩はどうですか?」
「ごめん、午後は練習があるから……夜はゆっくり休みたいんだよね」
と、申し訳無さそうに手を合わせる。こう言われてしまえば、無理に連れ出すことなど出来るわけもない。僕には窺い知れない事だが、陸上部の練習―それも大会直前―は相当に厳しくなるだろう。そこで無理に部活なんてさせて体調を崩し、練習に出られず大会でも本調子を出せなくなったりでもしたら困る。
「……なら幽月は……?」
タロットカードを使った謎の儀式に興じている幽月に尋ねる。聞こえていたのか心配だったが、一応ちゃんと耳には届いていたようで、手を机上に並べられたカードの上にかざしながら、ゆっくりと首をこちらに向けてくる。しかし、首はこちらを向いているが視点は未だに机の方に向けられている。まるで錆びついたブリキ人形のようだ。
「……うふ……あ、あたしは……遠慮する……」
「……理由は?」
「……今、占いで、幽霊が出るって……」
「だったら、そういうのを見る為にこの部はあるんだから、いいだろ?」
「う……」
「それに……お前、いつもいつも部室に霊が住み着いてるとか、部員に背後霊が憑いてるとか言ってるじゃないか。霊感強いんだったら、尚更ついてきてほしいんだが?」
そう、彼女……幽月幽香子は自称霊感強い系女子だ。普段は物静かだが、部活中に唐突に霊が出てきたなどと騒いで部員を混乱させることがある。まあ、実際は霊感なんてものじゃなくただの妄想なのだろうが……。僕も最初は驚いたが、最近ではそんな事を叫ばれても適当にあしらう事にしている。
「……そ、そこまで……言うなら……」
幽月は相変わらず目をこちらに合わせようとせず、おさげを弄り始める。よく見ると、目はグルグルと回って焦点が定まっておらず、顔からは汗が噴き出している。何だか無理矢理承諾させたみたいで少し申し訳なくなってきた……。
さて、これで幽月を誘うことが出来たわけだが、幽月だけではあまりに心許ない。それに、正直僕は彼女とまともにコミュニケーションを取れる自信が無い。僕は別にコミュ障というわけでは無いが、こういうタイプの人間は苦手だし、コミュニケーションの取り方も掴めない。更には幽月も極度のコミュ障と見える。これでは部活動に支障をきたしてしまう。後一人、誰か助っ人がいればな……。
ちら、と蛇塚先輩の顔色を窺う。相変わらず不機嫌そうな顔で、ひたすらパネルを指で叩いている。どうやら開いているのは『RUIN』のようだ。それにしても、朝からずっとスマホばかり見ているようだが、誰とそんなに連絡を取り続けているのやら……。思わず出かける溜息を寸前で堪える。こんな時にトワがいればな……と思い始めた時。
「……私も行かせてもらう」
ふいに蛇塚部長がスマホを叩いていた指を止め、しかし相変わらずスマホの画面を凝視しながら、僕に聞こえるか聞こえないかの音量でそう呟いた。
「え?」
「だから、私も行くと言っているの」
今度はスマホから目を離し、こちらをギロリと睨んで言った。二度も言われなくても、僕の耳にはちゃんとその言葉が入ってきていた。だが、それは右耳から入って左耳からあっさりと抜けていった。私も行く、だって?いつも部活動にろくに関わらない蛇塚先輩が?僕に誘われるでも無く自分から行くだなんて。
「わ、分かりました」
僕はこれ以上彼女から睨まれない為に、何とかして声を搾り出す。蛇塚先輩は不機嫌な表情を崩さぬまま再びスマホへと向き直り、呆気に取られる僕をよそに、また何者かと連絡を取り始めてしまった。