表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

第4話 全ての始まり、彼女のいない時

 8月25日―


 ○○○


「ああああああああああ!」


 日付が変わったか変わってないかという辺りの時間に、僕は叫びながら飛び起きた。気が付けば服は寝汗でぐしょぐしょに濡れており、右目からは涙がとめどなく溢れ出していた。


「ど、どうしたのソラ?」


 僕の叫び声を聞きつけて、母さんが血相を変えて僕の部屋に飛び込んできた。母さんはこちらに駆け寄ってきて、僕の身体を揺すり始める。それによって何とか気持ちを()()()()に取り戻す事が出来た。


「え、ああ……何でもない。悪い夢を見て……」


「そ、そう?ならいいのだけど……」


 僕が右目から溢れ出て止まらない涙を拭いながら言うと、母さんはそれでも少し心配そうな表情で部屋を出ていった。

 早鐘を打っていた鼓動も段々と落ち着き、右目から暫くの間流れ出ていた涙もようやく止まった。そして、寝汗で濡れ切った服を着替えながら……僕はなぜ大量の寝汗をかき、大量の涙を、それも右目だけから流し、叫びながら飛び起きたのかについて考えを巡らせた。


「そうだ、右目……」


 僕は慌てて近くに置いてあった鏡で自分の顔を見る。右目は、さっき強く拭ったせいか少し充血してはいるものの、特に異常は無さそうだった。

 僕が飛び起きた原因の一つは、その右目に激しい痛み走ったからだ。それはもう、目玉に思いっきり(きり)でも刺されたかのような痛みだった。

 そして、もう一つの原因……。それは、悪夢。いや、果たしてあれは夢だったのだろうか?……そう思ってしまう程に、リアルな感覚だった。夢の内容は、どこか今の自分がいる世界とは全く違う世界へと無理矢理連れて行かれそうになるという突拍子も無い、現実味の無いものだったが。それでも僕はどうしても今のがただの夢の中の出来事とは思えなかった。

 

 結局、その後は目が冴えてしまって一睡もすることが出来ずに朝を迎えてしまった。

 まだ午前7時過ぎだというのに、外は既に昼のように明るい。それとは対照的に、僕は容赦ない眠気に襲われている。だが、今日から夏休み最終日までは毎日部活がある。9月4日から学園祭である『心緑祭』が開催されるので、オカルト新聞特別号を完成させねばならない。また、他にも心緑祭の雑用係にPP部は充てられている。理由は暇そうだから、ということだが僕としては心外でしかない。こう言われてしまうのも、大体いつも部活に来てはしゃべくり倒す連中のせいだろう。


「ま、一週間もあればトワと二人でも何とか作れるだろ……」


 部内で真面目に活動してくれるのはトワぐらいのものだ。明里先輩も活動できる日はちゃんとやってくれるが、大体は陸上部に出ているので戦力にはなりにくい。双海も将吾に絡まれてまともに活動できる状況にはならないだろう……。それに、突然雑用に駆り出される可能性もあるし、新聞の役目は基本的に二人でやってしまうのがいいだろう。残念ながらオカルトネタは自分たちで見つけることは出来なかったが……まあこれはインターネットで色々調べてお茶を濁せばいいだろう。そもそも超常現象というものは、滅多に起こらないから超常現象なわけなのだ。そうポンポンと見つかるものではない。……などと開き直りつつ、僕は学校へと向かった。


「よっ、ソラ。はよーっす」


「ああ、おはよう」


 校門まで来たところで、将吾に出会った。ほとんどの人が制服の中、こいつだけ真っ赤なTシャツなので相当目立つ。彼曰く、情熱の赤だとか何とからしいが、この馬鹿みたいに暑い中でそんな暑苦しい色の服を着て来ないでほしい。


「それにしても、夏休みだってのに人来すぎじゃないか?」


「ま、そりゃあそろそろ心緑祭だからな。準備で忙しいんだろ」


 ざっと校内を見回してみると、既に立て看板だったり飾りだったりがまばらに用意されている。また、既に甲斐甲斐しく荷物運びなどをしている生徒も見受けられる。よくまあ、そこまで張り切って頑張れるものである。こういう学園祭なんてものは、往々にしてリア充のリア充によるリア充の為のものになりがちで、それはここも同じだ。


「ま、結局僕には関係ないんだよな」


「っておいおいおい、お前心緑祭楽しみじゃないのかよ?」


「別に楽しみじゃないわけじゃないが……結局リア充が楽しむだけじゃないか、こういうのって」


「……いやいやいや、お前、もしかして自分がリア充じゃないと思ってるわけ?」


「……そうだが?」


「ばっかお前、トワという幼馴染がいて、俺という素晴らしい親友がいるというのにリア充じゃないとかどの口が言ってやがる」


 そう言い放つと、将吾はいきなり肩を組んできた。その勢いで僕は思わず体勢を崩してしまう。

 ……確かに、僕は周りから見れば恵まれた環境にいるのかもしれない。今までは三人だけで共有していた趣味も、高校になってから沢山の部員に囲まれて出来るようになった。それに、トワと将吾の二人は今まで何年も僕の趣味に付き合ってくれた。……でも、何故だろうか。僕は自分の人生が充実していると思った事はほとんど無い気がする。


「あ、そうだ。トワで思い出したけどよ、あいつがいないってのは結構痛いんじゃないか?」


「は?トワがいない?なんで?」


「あれ、お前のとこには連絡来なかったのか?」


 連絡……。僕は慌ててポケットからスマホを取り出してトークアプリの『RUIN』を立ち上げて、トワのトーク画面を見ると、確かにそこにメッセージが送られていた。


『ごめんね、パパが急に旅行期間を8月31日までに延期しちゃった』


『だから部活の準備には参加できそうにないや……(´・ω・`)」


「だから準備任せちゃう事になると思うから』


『本当にごめんね!」


 そして、最後には可愛らしいキャラクターが「よろしく!」と言っているスタンプが送信されていた。まさか、トワが不在になってしまうなんて……。二人で作ろうという計画が台無しだ。


「いや~、それにしてもフリーダムだよな、トワのパパさんって」


「フリーダムすぎるのも……困りものだな」


 こうなったら、何とかして部員をまとめて新聞製作に励まないといけない。早くも折れかけていた心を何とか奮い立たせて、僕はトワに返事を送った。


『こっちは何とかするから、楽しんできなよ』


『後ついでに、可能なら旅行先でオカルト関連の調査とかしてくれると助かる』


 トワの事だし、こう送っておけばちゃんと取材とかをやってくれるはずだ。既読は付かなかったが、すぐに確認してくれるだろう……と、僕はスマホをしまって部室へと向かった。

 部室に入ると、そこには既に蛇塚先輩と柊と幽月がいた。蛇塚先輩はいつものように不機嫌そうにスマホを弄っており、柊は朝っぱらから部室に大量保管されているヤングドーナツを貪り食っている。そして、幽月は机の上にカードを何枚も広げて何かの儀式のような事をしている。


「あ、永崎先輩に正木先輩。おはよーございまーっす」


 柊は僕らが入ってきた事に気が付くと元気よく挨拶してくる。何だかんだで彼女のこの無駄とも言える元気の良さが僕ら部員を元気づけてくれていた。事実、今の大音量の声で僕を襲い続けていた眠気もどこかへと消え失せていた。


「先輩方はクラスの出し物とかの手伝い、しなくていいんですか?」


「そう言う柊はドーナツばっか食ってていいのか?」


「いいんですよ、別に。私が手伝うことなんてありませんしー」


 そう投げやりな口調で言うと、柊はさっきまでヤングドーナツの入っていた小袋をゴミ箱に放り捨てると、また別の小袋を取り出してドーナツを食べ始める。どんだけ好きなんだろうか。


「双海と明里先輩は来てるのか?」


「あーっと、ヒナ先輩と双海先輩はクラスの手伝いに行きましたよ」


 そういえば……双海のクラスは女装&男装ファッションショーをやるとか言う話だったはずだ。双海は女っぽいと言われる事をあまり好ましく思っていないのだが、女子たちは双海に関してはかなり張り切って女装させるつもりらしい。実際、双海の女装は相当サマになるだろう。それも、女子以上に女子っぽくなるに違いない。ちなみに将吾も双海と同じクラスだが……想像するのはやめておこう。


「そういや、ソラと柊のクラスは何やんのさ」


 将吾はパイプ椅子にどっかと座り込み、机の上に無造作に散らばっているドーナツの入った袋を取って、口に含む。


「あ~、勝手に食べないでくださいよ。それ私がお金出してるんですからね?」


「お前が誰でも食っていいって前に言ったんだろーが」


「正木先輩は別です。一袋千円徴収しますからね」


「高ぇよ!つーか、そんな事よりも質問に答えろよ質問に」


 将吾は一口でドーナツを食べ終えると、またドーナツの入った袋を取る。実は将吾もヤングドーナツ好きだったりするんだろうか。

 心緑祭の文化の部では、部による展示等の出し物だけでなく各クラスで自由に出し物が出来る。その出し物の内容は完全に生徒たちの自主性に委ねられており、毎年毎年本当に自由が過ぎるような出し物が行われるのだ。


「私のクラスはメイド喫茶ですよ、メイド喫茶」


 メイド喫茶。その名の通り、メイドの姿に扮した女性がお客様をご主人としてご奉仕する喫茶店のことだ。まあ、学園祭ではありがちな企画だろう。おそらく、柊のクラス以外にもどこかしらはメイド喫茶をやることだろうから熾烈な客の取り合いが繰り広げられるのは想像に難くない。


「メイド喫茶ねぇ。お前、ご奉仕とか出来なさそうだよな」


「まったく、私は猛反対したんですけどね。みんなその場限りのノリで決めちゃうんだから」


 柊は不服そうに愚痴る。しかし……柊のメイド姿か。僕は少しだけ脳内で想像してみる。彼女はこの学校の中でもなかなかに可愛い顔立ちをしている。実際、2年の男子の間でもそれなりに噂になる程だ。そんな彼女が何とも恥ずかしそうに顔を赤らめ、メイド服のコスプレをして短いスカートの裾を抑えながら……


『お帰りなさいませ……ご主人様っ♡』


 なんて言い出したら……うむ、間違いなく多くの男子にウケることだろう。


「ちょーっと永崎先輩?なんか変な想像してないですよね?」


「へぁっ!?いや、してない。してないっての!」


 僕が妄想の世界に入りかけていた間に、柊が心の底から蔑んだような目で僕を見つめていた。思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが……成る程、こういうツンツン系のメイドも需要があるかもしれない。


「で?永崎先輩のクラスは何やるんですか?」


 柊はその軽蔑するような瞳のままで僕に尋ねてきた。


「ああ……劇だよ劇」


 そう、僕のクラスは劇をやる事になったのだ。何をやるかは忘れたが……確かオリジナルの脚本だったはずだ。脚本はクラスにいる文芸部の二人が担当することになった。ちなみに僕はと言うと、PP部の副部長であるという特権を利用してその劇では何も役割をもらっていない。一方、僕と同じクラスのトワはと言うと。


「トワは……その劇の主役だよ」

 

 トワはその劇の主役に自ら立候補した。そして、確かその劇は男と女の主人公がそれぞれいて、トワはその男主人公役に僕を誘ってきたのだ。僕はそういうのは苦手だし、PP部の活動があると言って断った。あの時のトワは酷く落ち込んでいたっけな……。


「へえ、主役なんですか!ぜひ見に行きたいですっ」


「でもよ、その主役さんがずっと休んでていいのかよ?」


「まあ……大丈夫なんじゃないか?台詞とかもう覚えてたっぽいし、9月1日からは来れるんだから他の役とも合わせられるだろ」


 と、僕はどこか遠い所を見ながら呟いた。一体、トワは今どこにいるのだろうか。この夏休みの残り時間、僕は彼女と学校の女子トイレの謎について調査したり、新聞を作ったり、クラスの出し物について話し合ったりするはずだったというのに……。

 そして、僕はトワが少しの期間いなくなるというだけで、ここまで心に穴が開いたような感覚になることに驚きつつ……今日の部活動を始めることとした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ