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第3話 私の出会い、私の思い

 ●●●


「う~ん、おいしい!」


 私は香澄ちゃんから貰ったサンドイッチを頬張りながら感嘆の声を上げていた。


「ですよねですよね!何たって私が心を込めて作ったんですから」


「へ~、柊って料理とか出来たんだな」


「む、失礼ですよ、正木先輩。私だってこのくらいなら出来ますってば。私が出来ないのは勉強ぐらいですからねっ」


「いや……お前それ、得意げに言う事じゃねーと思うぞ……」


 いつものように香澄ちゃんと将くんが軽口を言い合っている。実を言うと、私はこの光景を見ているのがこの部における一つの楽しみみたいなものだった。部の雰囲気がいつも明るく保たれているのは、主にこの二人のおかげと言ってもいい。


「そもそも、サンドイッチぐらい誰でも作れるだろ」


「あっ!永崎先輩までそういう事言うんですか!?だったら二人とも、ほら、食べてみてくださいよ」


 ソラにまで馬鹿にされてしまった香澄ちゃんは、ソラと将くんに弁当に詰められていた残り二つのサンドイッチを食べさせようとしている。


「いや、俺はいいって……お前の分が無くなるだろ?」


「……僕も遠慮しとくよ」


「いいからっ!味見してくださいよっ」


「うっ、むぐっ!」


 やがて、香澄ちゃんは二人の口に無理矢理サンドイッチを突っ込んでしまった……。二人は味わうどころか、サンドイッチを喉に詰まらせて涙目になりながら水を求めている。そして、慌て切った美月くんはペットボトルの水を一気に将くんに浴びせかけ、将くんはびしょ濡れに……という悲惨な状況になってしまった。そして、ユカちゃんはと言うと、こんな状況でも相変わらずニヤニヤしながら弁当の焼き魚をひたすら口に運んでいる。


 ちなみに……今、私たちは心緑山にいる。理由はもちろん、例の調査のため。あのミーティングの後にバスと歩きでここまでやって来て、早速その小屋の調査にかかった。ちなみにその小屋は完全に自然の中に溶け込んでしまっていて探すのに非常に苦労した。そして、いざ見つけたはいいものの、そこの扉に鍵が掛かっていたせいで入る事が出来なかった。

 で、私たちは諦めて退散しようか……と思っていた時に、偶然そこの小屋の鍵の持ち主という少年に出会った。その少年に中を見せてもらうよう頼んで、中の調査に成功した。そして……小屋の中から聞こえる謎の音の正体について明らかになった。


「それにしても、まさかあの音の正体がハムスターが回し車を回す音とは思わなかったよね」


「ああ、そうだな……」


 私が言うと、ソラは少し悔しそうに呟いた。まあそれも当然で、私自身も少なからず落胆していた。何しろ、最近ろくに良いネタが見つからずに悩んでいて、やっと情報が手に入ったと思ったらこれだったのだから。

 あんな場所にハムスターがいた理由は、少年の家では親が動物嫌いでどうしても買えないから仕方なくあの小屋に住まわせているということだ。何もわざわざあんな場所で飼わなくてもいいのに……と思ったが、複雑な事情もあるのだろう。

 そして、折角山まで来たのだからピクニックでもしよう、と私が提案し、みんな賛成してくれたので、こうして全員で昼食を取っているというわけだ。


「しっかし、ありゃ傑作だったよな。回し車の音が聞こえてきた時のソラのあのビビりっぷり!」


「ちょ、お前、あれは忘れろって」


「ほんっと、永崎先輩ってオカルトに興味津々の割にビビりっすよね~」


「ぐ……」


「ソラは昔からこんなだからね、仕方ないよ」


「おいトワ、お前まで馬鹿にする気か……」


「ち、違うって!誤解だよー」


 私はふと、昔の色々な出来事を思い出していた。

 私とソラと将くんは小学一年生の頃からの付き合いだ。出会ったきっかけは今でも鮮明に思い出す事が出来る。


「それ、なに?」


 きっかけは、私の少しの好奇心。小学生だったら大抵の子は休み時間に外に遊びに出るものだが、ソラは違った。彼はいつも自分の席で少し小難しそうな本を眺めていた。私は、そんな彼に興味を持ったのだ。


「え、これは……おばけとかが出てる本だよ」


「お、おばけ!?こ、こわいな……」


「そうかな?僕は面白いと思うけど……」


「面白い……じゃあ、一緒に見てもいい?」


「え、ああ……うん、いいよ」


 その本は世界各地で発見された怪奇現象をまとめたものだった。ソラは普段の物静かさから一変して、その本の内容について色々と解説してくれた。私にとってはやっぱりちょっと怖かったけど……でも、その時のソラはいきいきしていて、私も夢中になって聞いていた。


「というわけで、僕はその洞窟に行ってみようと思うんだ」


 その本をきっかけによく一緒に話すようになってから数日後、ソラはそんな事を言い出した。ソラが行きたがっている洞窟は、小学校の間で幽霊が出ると噂の場所だった。


「じゃ、じゃあ、私も行きたい!」


 怖かったけど、ソラと一緒に冒険してみたい……と思った。私はきっと、好きなものに対して一生懸命なソラに惹かれたんだ。私には当時、特別好きなものというのが無かった。だから、彼の『好き』についていこうと、そう思ったんだ。


「うわあああああ!」


 いざ洞窟に入り、暫く進んでいた時に、突然ソラが素っ頓狂な叫び声をあげながらひっくり返った。一体どうしたものかと尋ねても、彼は真っ青な顔で歯をガチガチ言わせながら前方を指差すだけだった。その指の方向を見ると、確かに遠くにユラユラと揺れる光が見えた。


「あ、あ、あ、あれ……ひ、ひひひひと……ひと、人魂……!」


 ソラが人魂だと言ったそれは、徐々に徐々に足音と共にこちらに近付いてきた。


「え、足音?」


 私が疑問に思い始めた間に、その光はすぐ近くまでやってきていて……。


「な、何やってんだお前ら?」


「うわあああああ!ひ、人魂が……しゃべっ喋ったあああああ!」


「いや、俺は人魂じゃねーから……」


 人魂の正体は、懐中電灯を持った少年……そう、将くんだった。

 どうやら将くんも幽霊についての噂を聞いたことで、その洞窟に探検に来たらしい。将くんは別にオカルトが好きという訳では無いそうだったが、冒険が大好きらしかった。

 こうして、この三人は出会う事になった。それから将くんもソラの元によく遊びに来るようになり、いつの間にかいつもこの三人は一緒に活動するようになっていた。私は、この三人で過ごす時間が一番好きだった……いや、今でも一番好きなのだ。


「……トワ、どうした?」


「え?ああ、ううん、何でもない。ちょっと昔の事を思い出してただけだよ」


 私がぼーっとしている事を心配したのか、気が付くとソラが私の顔を覗き込んでいた。そのせいで、私とソラの顔は至近距離に迫っていて。私は慌てて目を逸らした。顔が少し熱い気がする……。


「あっ……悪い」


 ソラもそれに気が付いたのか、慌てて私から離れる。そして動揺を隠すように眼鏡の位置を直し始めた。この眼鏡の位置を直す行動は、彼の昔からの癖だ。十年以上ソラを見てきた私の調査によると、ソラは主に気合いを入れる時、恥ずかしい時、動揺している時、機嫌が良い時、後は本当に眼鏡がずれている時にこの行動をするのだ。


「おやおや、先輩方。どうしたんですか~?そんなに顔を紅くして」


「へ~……やっぱりお前らそういう……」


 私とソラの気まずい雰囲気を目ざとく見つけた香澄ちゃんが悪戯っぽい笑みを浮かべながら言う。それに続いて将くんまでもからかってくる。そのせいで、ますます私の顔は熱くなってくる。


「ち、違うから!何でもないから~!」


 私が慌てて否定すると、香澄ちゃんはニヤニヤしたまま耳打ちをしてきた。


「永崎先輩とトワ先輩って相当昔からの知り合いなんでしょう?だったらっ、もう早くくっついちゃえばいいんですよ!」


「くっついちゃえ……って、そんなあ……」


「トワ先輩……ぶっちゃけ、見てるこっちとしてはまどろっこしくてしょうがないんですよね~。いい加減、お互いの気持ちに素直になるべきだと思いますよ?」


「お、お互いの気持ちって……?」


「もう、言わなくても分かるでしょう?」


「う、うぅ……」


 私はすっかり火照り切った頬を手のひらで覆う。何で私の身体はこんなに熱くなっちゃってるんだろう?いや、理由はもう何となく分かってるのかもしれない。でも……私とソラは仲の良い幼馴染で……それ以上になりたいとか、そんなのは考えたことが無かった。だって、私は今が……すごく幸せだと感じているから。


「み、みんな……あんまりからかうのは止めた方がいいよ……」


「双海先輩は優しいっすねえ。まあ、確かにこれ以上言うのも無粋ってもんですな」


 こんな私の姿を見かねたのか、美月くんが消え入りそうな声でそう言うと、香澄ちゃんも納得したようだった。


「……はあ、全員昼食は食べ終えただろ?じゃあ、そろそろ下りるぞ」


 ソラは呆れたようにそう言うと、さっさと荷物をまとめ始め、それに続くように他の部員も片づけを始めた。その間、ソラは私と目を合わせようとはしてくれなかった。……ソラは、私の事を一体どう思ってるんだろう?やっぱり、ただの幼馴染ってだけなのかな……?


 ……空は既に真っ暗になっていた。その漆黒の空を、いくつかの星が綺麗に彩っている。そんな空の下で、私とソラは二人で帰路についていた。別に私とソラは帰り道が同じというわけでも無いのだが、暗くて危ないからとソラが私を家まで送り届けてくれる事になった。


「しかし、結局何も見つからなかったのは残念だったな……」


 ソラは心の底から残念そうな声で言う。そう、結局女子トイレで発生したという謎の現象を確認する事は出来なかったのだ。つまり、今日の部としての収穫はゼロだったというわけだ。


「でもね?確かにオカルトな現象は何も見つからなかったけど、みんなでピクニックしたり夜中の学校に忍び込んだりしたの、私は楽しかったよ?」


「まあ、それはそうだが……やはり女子トイレの謎については日を改めてからハッキリさせておきたいんだ。……協力、頼めるか?」


「うん、それはもちろん!あっ、でも……」


「でも、何だ?」


「私ね、明日から一泊二日で家族旅行に行くことになって……」


 本当は残り少ない夏休みだし、毎日部活に参加したかったけど……パパが昨日急に一泊二日の温泉旅行に行くと言い出し、私も有無を言わさず連れて行かれる事になったのだ。でも、私は部活はもちろん大好きだけど、家族と過ごす時間も大好きなのだ。


「家族旅行か……それなら仕方ないな。楽しんでこいよ」


「うん、もちろん!」


 そんな会話をしている内に、いつの間にか私の家の目の前まで辿り着いていた。一人で帰っている時は長く感じる道のりでも、ソラと喋りながら帰っていると何だかあっという間に感じてしまう。部活だってそうだ。長く続いてほしいと感じる幸せな時間に限って、時間の流れは容赦なく加速していく。


「ありがとね、ソラ。送ってくれて」


「いや、別にこのぐらいなんてことないよ。それじゃあな」


 ソラは別れを告げると、私に背を向けて歩き出した。何故だろう。少しずつ私から離れていくソラの後姿を見ていると、無性に不安になってきて。


「ソ、ソラ!」


 気が付けば、私はソラの背に向かって叫んでいた。ソラはそんな私の声に驚いたように振り返る。いつもの、眼鏡の位置を直す仕草と共に。


「……どうした?」


 ……あれ、どうしたんだろう?何で私はソラを呼び止めたんだろう?


「わ、私は……その、ソラのこと……」


 ふいに今日の昼の、山でピクニックをしていた時に香澄ちゃんから言われた言葉を思い出す。


「……ご、ごめんね。何でもないや」


 あはは、と笑って誤魔化した。


「ふぅん……そうか」


 それだけ言うと、ソラはまた私から顔を背けて歩き出し……いつしかその姿は完全に夜の闇に溶けて見えなくなっていた。


「……やっぱりまだ、言えないや……」


 それを言ってしまうと、今の私とソラの関係が音を立てて崩れてしまいそうで。

 そうして、私は自分の気持ちとソラの気持ちから逃げたまま……夏休み最後の一週間の初日、8月25日を迎えた。

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