第2話 不可思議な謎、沸き立つ部員
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「さて、今日僕が皆を集めたのは他でも無い……超常現象について調査しに行く為だ」
トワが一分遅刻でやってきて、そこから暫く経って顧問の久遠も来たところで、僕は壁に貼り付けてあるマップの前に立って、部活動の開始を宣言した。
「久々だな。前に調査に行ったのって五月の頭らへんじゃなかったか?」
将吾は待ってましたとでも言いたげな表情だ。あいつの言う通り、意外と超常現象なんてものはポンポン見つからないもので(だからこそ超常現象と言われるのだが)、僕らはここ数か月間はずっと調査とかをするわけでも無く、部内で適当に駄弁っているだけだったのだ。
「そうだな。でも前に発行した『オカルト新聞』に、『あなたが体験した事のある超常現象を教えてください』みたいなアンケートを付けただろ?それの答えが二枚届いててな」
ちなみに、『オカルト新聞』とは、我が部で不定期に発行している新聞のことであり、皆で調査した場所の報告や、世界で発見されている超常現象をまとめたりしている。
「たった二枚って……どんだけ興味持たれてないんですかね~この部って」
柊が頬杖をついてぼやく。確かに、一応全校生徒に配ったにも関わらず二枚というのは少し悲しくなるが……。
「そんな事は今はいい。とにかく、今日はその二枚届いたオカルト現象について調査しようというわけだ」
そう言うと、俺は皆に背を向けて壁にある心ヶ丘市のマップの方を見据える。そして、今回調査すべき二つの地点に赤ペンで丸をつける。
「まずはここだ。どうやら、心緑山をちょっと登った所に植物に紛れている小屋があるらしいんだ。ツタとかが巻き付きまくっててとても人が住んでるようには見えないらしいんだけど……中からたまにカラコロ……って音がするそうなんだ」
「……不気味だね……」
双海は僕の説明だけで自分の腕で自分の身体を抱いて怖がっている。が、その隣の将吾と、そしてトワはまるでおもちゃを眺めている時の子供のように目を輝かせている。流石、昔は三人で色々冒険していただけあるな。
「聞き間違えとかじゃないんすか?」
「香澄、それが本当の超常現象なのかただの勘違いなのかを確かめるのも、ウチらの活動の一つなんだから」
「へぇ、そういうもんなんすね……さっすがヒナ先輩です」
何がさっすが……なんだ?と突っ込みそうになるのを抑える。ほんと、柊は明里先輩には素直だな。
だが確かに、一年組はまだ実地調査にはまだ一度しか行ってないのだ。改めて、今までろくに超常現象研究部としての活動が出来ていなかったんだな……と少し反省する。
「おほん……で、二件目だが。それはなんとこの学校だ」
「えっ、もしかして幻だった心ヶ丘高校七不思議の七つ目がついに見つかったの!?」
トワはさっきよりも一層目を輝かせて言う。心ヶ丘高校七不思議とは……その名の通り、我が校に伝わる七不思議の事だ。学生寮の廊下に亡霊が出る噂とか、食堂のパンの一斉消失とか色々あるのだが……それらはまだ七不思議と言いながら六個しか見つかっていなかったのだ。
「その可能性もあるな」
アンケートに書かれていた内容はこうだ。
『私が夜中の八時ぐらいに校舎に忘れ物を取りに行ったついでにトイレに行こうとしたら、女子トイレの個室が全部閉まってたんです。おかしいなって思ってノックしても話しかけても反応が無くて……不気味だったので調査してほしいです』
という訳だ。
「……普通にトイレ行きたい人がいっぱいいただけじゃないんすか?」
相変わらず柊は冷めた反応だ。柊はPP部に入っているにも関わらず、ある一つを覗いて超常現象と呼ばれるものにはまるで興味を示さない。尤も、最近はその『ある一つ』への関心も徐々に失いつつあるようで、単に明里先輩に会いにきてるだけのようなものだ。
「あのな、冷静に考えて普通は夜八時に個室が全部閉まってるなんてことはないだろう」
「ていうか先輩。まさか女子トイレに調査の為に入る気じゃないでしょうね」
「馬鹿を言うな。そこは女子メンバーに任せるつもりだ」
「は?おいおい、お前なあ……失望したぜ、ソラ」
突然、将吾が口を挟んでくる。
「いや待て。今の発言のどこに失望される要素があった?」
「そりゃあお前、PP部員たるもの、実際に超常現象を確かめる必要があるだろうに。そう、たとえ火の中水の中、そして女子トイレの中だろうとな!」
「もう……将くんは相変わらずえっちなんだから……」
トワはまるで外国人のように大袈裟に肩を竦めて呆れている。どうせこういう事を口走るんだろうと大体予想はついていたが……。
「ま、正木くん、ダメだよ……。ボクたち男の子なんだから……」
「いや、でも美月のその顔なら女子トイレに入っても怪しまれないんじゃねーか?」
「うぅ……そ、それは……」
「え、なに、お前、まさかマジで入ったことあんの?」
「なななな無い無い無い無いって!」
双海は顔を真っ赤にして大慌てで否定する。こうやって気弱な双海を将吾がからかう、というのもこの部での日常的な光景だ。こんないじりを日常的に受けていたら愛想を尽かしそうなものだが、双海は将吾の事を兄貴のように慕っている。それも、引っ込み思案で誰とも話せていなかった双海に一番最初に声をかけ、半ば強引にこの部に入れてもらった事に感謝しているかららしいが。
「まあ、とにかくだ。とにかく今日はこの二件について調査する。午前は例の小屋へ。後は適当に時間を夜八時まで潰した後にここの女子トイレに行く。長くなるけど……皆大丈夫か?」
長くなる、と言ってもほとんどが時間を潰しているだけなのだが。なら何故こんな朝から集まったかというと、山周辺は午後になると暗くて人通りもほとんど無くて危険であるからだ。それに、移動だけでも結構時間がかかる。
「……私はパスよ」
ふいに、僕が説明している間ずっと読書に耽っていた蛇塚先輩が呟いた。まあ、最初からそう言うであろう事は分かっていた。彼女は部長であるにも関わらず、ほぼ全ての活動を完全放棄して僕に丸投げしている。オカルトに興味が無いのか……とは思ったが、彼女は部長というだけでなく、この部の創設者でもあるのだ。オカルトに興味が無いというならこの部を作る意味が無いわけで……僕にとってはこれがこの学校の七不思議の一つだと思っていた。
「ごめん……ウチは昼から陸部の練習あるから……夜中の方は参加できると思うけどさ」
明里先輩は申し訳無さそうに手を合わせる。まあ、こればっかりは仕方ないだろう。何より陸上部は大会が近いのだ。わざわざ合間を縫ってここに顔を出してくれているだけでもありがたいと思おう。
「え~ヒナ先輩が行かないなら私もパスがいいでーす」
「いや、ダメだ。特別な理由でも無い限り参加してもらう」
「え~?なんで部長は良くて私はダメなんすか?」
「うっ、それは……とにかく、お前は来てもらうからな」
「ちぇー」
渋々といった感じだが、何とか柊を丸め込むことが出来た。他の部員はというと、トワと将吾は勿論参加で、双海も将吾が行くなら……と参加を決め、幽月も相変わらず怪しげな笑みを浮かべながら参加を決めた。その後、久遠に引率を頼んだが何やら外せない用事があるやらで、結局生徒6人で心緑山へと行くことになった。