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異世界人のうざい思い出

 ロロルトの故郷であるタタルタは、トリアル最大の港湾都市である。

 魔力大崩壊時でも海上には魔物がほとんど出現しなかったこともあり、かつては魔物への反抗拠点というか、最後の拠点としてトリアル中から人が集まっていた。今では地球側の協力もあり人類側が優勢になっており、タタルタもかつての喧騒から比べるとかなり落ち着きを取り戻していた。

 ちなみにタタルタというのはこの都市を築いた冒険者の名であり、ロロルトの名も彼にあやかったものである。


 ロロルトと父親の関係は、まあ平均的なものである。お互い定期的に近況を報告しあっているが、あまりプライベートな話はしていない。

 そもそも彼の父親は穏やかで口数が少ない性格で、母が生きていた頃は家族の会話というとほぼ母とロロルトのものだった。生真面目で口やかましい母と、物静かで落ちつた父。誰が見てもバランスがとれたいい夫婦だった。ロロルトは母が存命中にそんなことを考えたことは無かったが、今思えばそうだったんだろうと感じる。

 その母が欠けた家は、ロロルトにとってあまり居心地のいい空間ではなかった。

 トリアルでは大崩壊後から魔力の使用制限があり、夜を照らす明かりは魔力灯からすっかりLEDに置き換えられていたが、ロロルトはむしろその人工の灯火の方が落ち着くことに気づいて驚いていた。いつの間にか随分地球の暮らしに慣れていたらしい。

 久々の実家での夕食後、沈黙に耐えかねたという訳ではなかったが、ロロルトは父に向かって美由紀の話を切り出した。

 父は黙ってロロルトの話を聞いていたが、ロロルトが話し終わった後もしばらく何も喋らなかった。どうせもう聞き飽きた慰めの言葉しか返ってこないだろうとあまり期待はしていなかったが、返事がないのは予想外だった。

 話を聞いていなかったのかとロロルトが疑い始めた頃、父は何かを思い出したかのように微笑んだ。

 そして「勘違いしないで欲しい」と前置きし、さらに母のことは今でも愛しているしロロルトは自分の自慢の息子であると念押ししてから、

「二人の話は、いつも正しいことを言っているというのは理解出来るんだが、心情的には納得出来ないこともよくあった。まあ感情的なことで曖昧な反論をしてもすぐ理論的に論破されるだけだから、そういう時は黙って話の流れが変わるのを待つんだがね」

 無口だと思っていた父の、無口である理由を今更に聞かされて、ロロルトは絶句した。そこへ、

「『うざい』か…地球には面白い言葉があるんだね」

 しみじみとそう言って、思い出に浸るかのように父は再び口を閉じた。

 物思いに耽る父を見ているうちに、ロロルトの頭のなかにある記憶がふと浮かび上がってきた。


 それはロロルトが地球で言うところの中学生の頃である。

 トリアルではその頃から魔法を学び始める。小さい頃から勉強が出来たロロルトにとっては、苦手な科目が増えた嫌な時期でもあった。

 当時クラスメートにライバル的な人間が一人いて、彼が魔法も得意だったことから余計に苦手意識を感じていた。まあライバルというのはロロルトの一方的な思いで、今考えると相手の方は気にしていなかったようだが…

 ロロルトの両親は地球的な表現で言うと家事代行業をしていた。誰もが魔法を使えるトリアルでも、誰もが魔法を生業に出来る訳ではない。得意不得意は誰にでもある。特に希少価値のある呪文の使い手は忙しく、家事まで手が回らない事が多い。ロロルトの両親は魔法は得意で無かったが、几帳面で完璧主義者の母はどんな些細な事でも手は抜かず、たまに客と衝突する場合も父がフォローするおかげで評判は上々だった。

 ロロルトも両親の仕事には誇りを持っていた。あの日までは…

 何かきっかけ的なものがあったかどうかは、もう覚えてすらいない。その日、彼のライバルだと思っていたクラスメートが親しげに話しかけてきた。細かな内容は忘れたが、ロロルトの両親に感謝を伝えるものだった。

 彼の両親は優秀な魔法師で、ロロルトの両親のお得意様だった。同じ地域に住んでいるのだから、友人の家で両親が仕事をするという状況は今までもあった。そして友人達の口から両親の仕事ぶりを聞かされるのは、ロロルトにとって心地の良いことだった。

 だが彼の口から聞かされた時、ロロルトは言い知れぬ不快さを感じた。彼の言い方に問題があった訳ではない。むしろ彼の賞賛は今までロロルトが聞いた中でも一番のもので、それの何が嫌だったのかロロルトにもよく分かっていなかった。恐らく子供じみた対抗心をこじらせていたのだろう。

 ただロロルトは我慢が出来ず、両親に彼の家の仕事を取りやめてもらうように頼んだ。

 そのロロルトの我儘に、母は理路整然と言葉を返した。

 曰く、彼の両親は皆の役に立つ素晴らしい仕事をしているということ。曰く、そのせいで家事まで手がまわず誰かがその代わりをしなくてはいけないということ。曰く、自分たちにはその力がありそれを提供する義務があるということ。

 何もかもが正論であり、反論の余地は無かった。だがロロルトは納得できず、それからしばらく無言で抵抗を続けた。

 今思えば、反抗期だったのだろう。ロロルトと母の絶縁状態はそこそこ続いた。

 どうやって母と仲直りしたのかも、はっきりと覚えていない。父が何度かとりなしたこともあったし、ロロルトが数学の楽しさに目覚めて魔法に対する劣等感が薄れたことも関係があったかもしれない。とにかくロロルトの両親は仕事の方針を変えなかったが、いつの間にか母ともそれなりに話すようになっていた。

 だがその短くはない断絶期間は、まだ思い出話に出来るほど軽くは無かった。母とあれほど早く別れることを知っていれば、自分はもっと早く仲直りしていただろうか。


 LEDの電灯が照らす中、ロロルトと父はしばらく思い出の中に浸り続けていた。

 そろそろ眠る時間になり、父が立ち上がったのをきっかけに、ロロルトは今まで父の感情に気づかなかった非礼を謝罪し初めた。思い出せば、父をうんざりさせていたという局面はいくらでも心当たりがあった。あの時のこと、その時のこと、言い出せばアレもこれもと湧き上がり、ロロルトは長々と謝り続けた。

 見かねた父がロロルトの肩に手をおいて彼を黙らせ、

「うざい」

 たった一言、嬉しげに微笑みながらそう言った。


 母と仲違いしたあの時、『うざい』という言葉を知っていれば、自分もそう呟いていただろうかとロロルトは思う。

 その感情を吐き出していれば、母ともっと分かり合えていただろうか。

 

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